「時速30kmの福祉」(2002.06.08.連載開始)




 富山総合福祉研究所の塚本が、ケアマネジャーとして原動機付自転車で地域を回ってい
る中で見聞した事などをまとめ、月1回のペースで配信しています。





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2018.07.12.

時速30kmの福祉(第203回)

 今日の日本の話ではありません。80年あまり前のドイツのお話です。

 1934年にヘルマン・ゲーリンクが作った「勤労大衆の闘争のための9つの訓
戒」という文書の中に次の一節があります。

   「女はフライパンと箒とちり取りを持って男に嫁ぐべし」

 同じ年に「母の戦争」と呼ばれる急進運動がナチス主導で引き起こされ、新
学期には「帝国花嫁学校教本」が学校書架必携となりました。

 それから1945年のナチス政権崩壊までの期間に何が起こったか? 結婚は教
会の神前で誓う儀式ではなく、ヒトラー総統への忠誠を誓う儀式となりました。
ナチスの価値観に合致した「よき妻よき母」を養成する8週間の合宿コースが
組まれ、合格した者はナチス親衛隊の誰かに結婚相手として「下賜」される。
合格しなかった者は結婚そのものが許されない。ユダヤとロマの民族系譜は徹
底的に排除され、身体に障害がある者や精神病の診断歴のある者も同様に排除
されました。結婚するのかしないのか、するならば誰と結婚するのか、子ども
を産むのか産まないのか、産むなら何人産むのか、それらはすべてナチスが国
益を最優先して決定する事であり、女性の自己決定権は否定されました。戦争
で兵士の数が足らなくなると、4、5人産んだ母には銅、6、7人産んだ母には銀、
8人以上産んだ母には金の「母親十字章」がナチスから授与されました。

 さて、このような時代に「ケア」はどう語られていたか? 「国家社会主義
女性同盟」の指導者ゲルトルート・ショルツ=クリンクは、「婦人は霊的な
『ケア』を与える存在(スピリチュアル・ケア・ギバー)である」と言いまし
た。ただし、その意味は、ナチスが理想とする「アーリア人」を胎内で育み、
誕生した後はヒトラー総統に忠誠を誓うように洗脳して育てるのが女性の役割
だということです。折しも戦時経済への転換点となった1936年にニュルンベル
クで開催されたナチス党大会で、ヒトラー総統は「小世界(隠喩としての子宮、
女性)への『ケア』なくしていかにして(大世界として)ますます偉大となる
べき帝国が立ちゆこうか?」と述べています。

 ケアという言葉が国家に従属したとき、差別と支配、暴力と戦争がケアの名
の下に正当化されてしまう。このことは、「ケア」を語り「ケア」を分かち合
う者として決して忘れてはならない歴史の教訓です。





2018.06.27.

時速30kmの福祉(第202回)

 今月に入り、「全国訪問看護事業協会」という団体が初めて行った全国調
査の結果が新聞各紙で報道され、これをきっかけにして訪問看護師に対する
暴力やセクハラの問題が議論されるようになってきました。実は、訪問介護
員(ホームヘルパー)について何年も前から同様の問題が指摘されていて、
介護系の労働組合などが継続的に実態調査を行い、その結果を公表し問題を
提起してきました。

 訪問看護や訪問介護(ホームヘルプサービス)は、少しずつ男性スタッフ
が増えてはきていますが、まだまだ男女比では圧倒的に女性の方が多く働い
ています。単独で戸別訪問を行うため密室性が高く、従事者にとっては心理
的なストレスが高い環境であると言えます。また、被害にあった場合の証明
手段が限られるという問題の他に、所属事業所の毅然とした対応が必ずしも
期待できないような場合に被害者が孤立してしまうという問題も残念ながら
あります。

 この問題に対しては、二人対応を原則とするような介護報酬の引き上げを
求める政策提言がなされたり、訪問看護師や訪問介護員(ホームヘルパー)
が所属する事業所に対して予防策や発生時の対応策をマニュアル化するよう
呼びかけられたりするのですが、残念ながら必ずしも奏功しているようには
見えません。

 これは当方の私見ですが、一連の議論の中ですっぽり見落とされているこ
とがあります。それは、ケアマネジャーの責任です。当研究所は介護保険法
上の居宅介護支援事業所であり、訪問看護や訪問介護(ホームヘルプサービ
ス)を組み込んだケアプランを作ることがよくあります。そのケアプラン上
実際に動かれるのは他事業所の方々なのですが、当方の立てたケアプランを
実行していただく以上、その方々の人権を守るのも担当ケアマネジャーの役
割です。そこで、当事業所ではケアマネジメント契約時に作成する重要事項
説明書の中にこの旨を明記し、従事者に対する人権侵害が発生する場合は担
当ケアマネジャーとして人権の回復に責任を持つこと、具体的には訴訟支援
やケアマネジメント契約の解除もあり得る事を書面および口頭で説明してい
ます。事業を興して今年で16年目ですが、本規定適用事例は残念ながら2
事例ありました。このような対応が、事業所の垣根を越えてケアマネジャー
が当然やらなければならないこととして意識化され広まっていけば、人権侵
害の抑止効果はかなり高いと経験上思います。





2018.06.13.

時速30kmの福祉(第201回)

 年6回のペースで開催している「ケアマネジメントをみんなで考える会とや
まのつどい」が先月で50回目を迎えました。その際に出たお話のなかで、障
害者手帳を持っている人が受けられる医療費の助成制度について、65歳になっ
たら後期高齢者医療制度への切り替えを行わないと助成が受けられなくなって
困るというお話がありました。65歳になっても働き続けたい人だっているし、
会社の側も人手不足で雇用を継続したかったり、障害者雇用枠の人を確保した
かったりすることがあると思うのですが、そんな継続して働く意思のある人の
場合でも、被用者の健康保険から後期高齢者医療制度に切り替えなければ助成
が受けられなくなるというのはおかしな話です。

 そこで、当研究所にて全国の動向を調査してみたのですが、東京都や大阪府、
京都府などの都市部の自治体では被用者保険に入ったまま助成を受けられると
ころが多く、逆に地方の自治体では65歳で一律保険の切り替えを求められる
ところが多いことが分かりました。ちなみに隣県の金沢市では切り替えは不要
でした。やや変わったところで、秋田県内の各自治体では被用者保険の本人は
ダメだけれど、被用者保険の被扶養者は利用可能なほか、国民健康保険の被保
険者でも利用可能という分け方になっていました。

 ところで、この医療費助成制度のそもそもの仕組みですが、事業としては市
町村等が一般財源を用いて行う事業です。都道府県は、市町村等がこの事業を
行う場合にその費用の一部を補助する役割を担います。本来は市町村等の事業
なので、市町村等がどの範囲の人にどの程度の助成を行うか、またどのような
方法で助成するかを自由に決められるのですが、市町村等は都道府県からの事
業費補助を受けたいので、結果的に都道府県が設定する範囲の人に都道府県が
設定する程度の助成を行うケースがほとんどです。富山県の場合は、富山県の
福祉担当課で定めた事業費補助基準上65歳で保険の切り替えを求めているた
め、県内市町村がみな横並びに切り替えを支給要件にしています。富山市は中
核市なので県からの補助は受けませんが、概ね周囲の市町村に合わせた制度に
なっています。

 そうなると、なぜ富山県が保険の切り替えを求めているのかが問題となりま
す。

 国の制度を調べたところ、「高齢者の医療の確保に関する法律」(昭和57
年法律第80号)の第50条で以下のように定められています。

第五〇条 次の各号のいずれかに該当する者は、後期高齢者医療広域連合が行
    う後期高齢者医療の被保険者とする。

  一 後期高齢者医療広域連合の区域内に住所を有する七十五歳以上の者
  二 後期高齢者医療広域連合の区域内に住所を有する六十五歳以上七十五
    歳未満の者であつて、厚生労働省令で定めるところにより、政令で定
    める程度の障害の状態にある旨の当該後期高齢者医療広域連合の認定
    を受けたもの

 この条文だけを見ると、65歳になったら必ず後期高齢者医療制度に切り替
えないといけないように錯覚してしまいそうですが、実はそうではありません。
この法律を施行するための厚生労働省令である「高齢者の医療の確保に関する
法律施行規則」(平成19年10月22日厚生労働省令第129号)の第8条
で以下のように定められています。

第八条  法第五十条第二号の規定による後期高齢者医療広域連合の認定(以下
    「障害認定」という。)を受けようとする者は、障害認定申請書に、令
    別表に定める程度の障害の状態にあることを明らかにすることができ
    る国民年金の年金証書、身体障害者手帳その他の書類を添付して、後
    期高齢者医療広域連合に申請しなければならない。
  2  前項の規定による申請をした者は、いつでも、将来に向かってその
    申請を撤回することができる。

 つまり、保険の切り替えは義務ではなく、自由に選択・申請できる権利であ
るとされていて、一旦切り替えた後でも自由に撤回する権利もあるのです。

 社会保険に加入する権利は、労働者が健康に不安なく働き続けるための大切
な権利であり、国際的にも日本の国内法的にも大変重要な権利の一つです。東
京都や大阪府、京都府などの各自治体が保険の切り替えを助成要件としないの
は、助成制度が社会保険加入権の事実上の制約条件となってはいけないという
まっとうな人権感覚に照らしてのことです。ちなみに、それらの自治体の担当
者の方々から直に聞き取ったところ、数は多くはないものの実際に被用者保険
の継続を希望される方はいらっしゃるそうです。

 法律の条文を「義務」と誤解釈した結果なのか、あるいは保険者間の利害対
立などの背景事情からか理由は定かではありませんが、いかなる理由があろう
と地方自治体の作る制度が社会保険加入権の事実上の制約条件となる状態を放
置して良いとは思えません。問題解決の方法をみんなで探してみようと思います。








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