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第一回 あえて和泉元彌を弁護する(完全版)M

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 マスコミは大本営発表を今も続けている

 古典芸能はそのままでは滅びていく絶滅寸前の朱鷺のようなもので、国も保護しようとしている。

 和泉元彌という、国の保護がなくても生きていけそうな生命力に満ちあふれた朱鷺が折角生まれたのに、こんな朱鷺は見たことないと言って、みんなで寄って集って殺そうとしているように私には見える。

  

 30数年前、市川猿之助は歌舞伎の世界にあまたいる御曹司の一人ではあったが主流の名家でなく、大きな役がつかなかった。

 彼は、テレビドラマや映画に出て、自分をアピールし、自分が出演する舞台を自分でプロデュースしていくしかなかった。

 しかし、その舞台に付き合ってくれた大物の名題役者は、同じく映画に出て、主流派から外れていた関西歌舞伎の一方の旗頭、先代・中村雁治郎だけであった。

 生き残る手段として、市川猿之助が「宙づり」をするなど歌舞伎従来の手法と作品を、現代にあわせて蘇らせようとしたとき、あれはケレンだとか、歌舞伎の伝統から逸脱しているとか、言って批判されたが、観客は支持した。

 その後、中村芝翫親子など大物も付き合ってくれるようになり、人気が本物とわかると、歌舞伎座でも大きな役がつくようになった。

 今や、梨園最高の大名題・尾上菊五郎ですら、恥ずかしげもなく宙づりをする時代となった。

 彼が育てた弟子たちだけの公演も出来るようになった今、昔を思うと、隔世の感がある。

 彼が今日あるのは、影のプロデューサー藤間紫の力もあったが、やはり観客のおかげであった。

  

 世界は違うが、アントニオ猪木もそうであった。

 力道山が作った日本プロレスに属していた彼だったが、力道山の死後、会社の幹部たちが腐敗していったのを正そうとして、逆に公金横領の汚名を着せられ、追放された。

 その真相を知っていたはずのマスコミだが、体制側につき猪木を糾弾する側に回った。

 彼は仕方なく、新日本プロレス(以下「新日本」)という自分の会社を作ったが、日本人レスラーは勿論、有名な外国人レスラーのほとんどが、ジャイアント馬場率いる全日本プロレス(以下「全日本」)に握られていたので、従来のショープロレスではない、ストロングスタイルのプロレスを打ち出し、誰とでも戦うという姿勢を見せることによって、差別化を図らざるを得なかった。

 プロボクシングの現役・世界チャンピオンであったモハメド・アリや、柔道の世界チャンピオンであったウィルエム・ルスカ、マーシャル・アーツの現役世界チャンピオンであったモンスターマンなどと戦い、格闘技色の強い試合を続けていった結果、いつしか彼の作った新日本プロレスは、業界一大きな団体となり、現在の格闘技ブームの先駆けとなった。

 栄華を誇った馬場の作った全日本は馬場の死後分裂し、今の全日本のエースは新日本出身である。

 その他、各プロレス団体の主催者のほとんどが新日本出身者であり、プロレスだけでなく、K1やプライドなど他の格闘技系団体にまで影響を及ぼすカリスマ的な存在に猪木はなった。

 「世紀の凡戦」とマスコミに散々叩かれたモハメド・アリとの戦いだったが、ショーとしてではなく、勝負が至上主義の総合格闘技が受け入れられた現代から見たら、それは緊張感にあふれた凄い試合であり、ショーではなかったことが、事実として受け入れられている。

 もしショーであったら、アリ側は猪木をがんじがらめにするルールを要求する必要などなかったし、試合直前まであんなにルールでもめることもなかったし、もっと面白い見世物にしていた筈であったし、アリが負傷しあんなに早く引退に追い込まれることもなかったが、当時のマスコミのほとんどは、そのことに触れようとしなかった。

 あの試合以後アリは猪木を尊敬し、ことあるごとに彼をいろいろな式に招いて、交際が続いている。

 マスコミは、歴史によって、時間によって、負けを宣告されたのだった。

  

 戦争中の大本営発表が事実とは程遠かったように、今も、主流派からの誤った情報を鵜呑みにして流し続けているマスコミは多い。

 「毒は毒をもって制す」目的で外相に任命された田中真紀子を追い出すために、外務省や与党の抵抗派議員たちは、田中真紀子にとって不利な情報をマスコミにリークした。

 各新聞社外務省担当記者たちは、自分たちのところに情報が来なくなることを恐れ、リーク記事をそのまま流し続けた。

 自分たちの都合を優先させ、悪魔に魂を売った記者は多い。

 主流派がいつまでも主流派であり続けるとは限らないし、反主流派が主流派になるかもわからないことを、アントニオ猪木のことで学び、従来の芸と新しい芸、どちらが大きく育つのか、正しいのか、時を経なければ出ない答があることを、市川猿之助のことで学んだ筈なのに、マスコミは今また、折角生まれた和泉元彌という新しい芽を摘もうとしている。

  

 東儀秀樹が、雅楽の世界から出て新しいジャンルで活躍しているように、和泉元彌もまた和泉流や宗家会、能楽協会から除名されたとしても彼はやっていけるだろう。

 むしろ心配なのは、和泉元彌が抜けた後の狂言の世界である。

 折角、狂言の世界を引っ張っていけるだけの馬力を持った、大スターであり、カリスマにもなれる素質を持った逸材を、つまらない勢力争いで追放して、どうする気なのだろう。

 失ってから、失ったものの大きさに気がついても遅いのである。

  

 和泉元彌が勝つのか、職分会が勝つのか、芸があるのか、ないのか、どちらの言い分が正しいのか、或いはどちらも正しいのか、最終的には観客が決めるのであり、マスコミが決めるべき話ではない。

 十年後、二十年後、三十年後はどうなっているのか、という長い視点で考え、歴史の審判を仰いでも恥ずかしくない取材をし、公正な報道をする記者が育って欲しいものである。

 マスコミのそのつど変わる身勝手な論理によって、芸人を弄んだり芸人としての生命を奪う権利などどこにもないことをどうか肝に銘じて欲しい。

  

   (文中敬称略)

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