エスクード TA01W 1997年11月 SUZUKI エスクード1600ハードトップS 1994年式 TA01W私の車です。このモデルは1994年にエスクードの中でスポーツモデル(エコノミーモデル?)として発売されました。特徴(その時の1600ハードトップとの比較)
やっぱ、ガラスのくもり止めの為にも、エアコンは必要ですね。購入時に取り付けました。 安いCDチェンジャーを付けました。 ふーん。 へー。 マッドな路面でもの足りず、交換する事となった。 冬タイヤ用のホイルとなっています。 オートより私はマニュアルの方が信頼性が高いと思う。(以前、ハイラックス・ピック・アップに乗っていたとき、オートのハブが壊れた。) 純正にしては、なかなか、効きはいいと思います。交差点でラフな運転をするとタイヤがすぐ鳴きます。(はずかしい!) キズがついても、目立ちません。 改造点
以前はTOYOマッドステージ195R16(オフ日誌:エスクードにTOYOノマディックマッドステージを装着)を履いていましたが、腹下の高さを稼ぐ為XZLを選択しました。 10PRですが、巷で言われるほど硬いタイヤではないと思います。舗装路のグリップもよく、CCV誌でかかれていたようにクロカン系ATタイヤという感じです。 マッドステージに比べると、縦方向のトラクションはマッドステージの方がいい感じですが、横方向のトラクションはXZLの方がよく、トラクションが逃げないという感じがします。 その後、ミシュランXCL6.50-16 10PRを宮谷さんより譲っていただきました。(2000年12月) いわゆるジムニー用。(5.5JJx16+22) 1999年9月にリアサスの縮み側のストロークに余裕があったので、それを有効利用するために手を加えました。(オフ日誌:エスクードのリアサス延長作業) その後、リアショックをAE86用社外品に変更。より長いストロークを得る事ができました。 (2001年1月) 機能もいいが、カッコもいい!? べこべこに曲がってます。かなりダメージを受け、とり付けも一部壊れ、強度がかなり落ちたので、新たなガードの必要があります。 スバルの乗用車(レガシィ)のアンダーガードを手に入れ、加工装着いたしました。(2002年3月) キズ有り。エアジャッキが 掛け易い。 特価のナルディのクラシックに変更。純正よりも滑りにくい。 もう少し握りが太いほうが好みです。 運転席のシートを友人にもらったエバのタイプはサファリというものに交換。 リクライニングバケットでターマック、グラベル用というものです。 肩のサポートは遊ぶときに邪魔なので思い切り広げてあります。 ふんばりやすくなり、キャンバー等で運転しやすくなりました。 サイドシェルをぶつけた時に、邪魔になったので外しました。 (オフ日誌:エスクードのサイドシェル) ノーマルバンパーに長い間こだわっていたのですが、ハイリフトジャッキを使用できるように前後バンパーを変更いたしました。(2002年3月) エスクードの移り変わり1997年11月 かみさんの実家近くで1994年に新車で購入後、だんだんと林道走行からクロカンごっこへ目覚めて2年ほど経ちました。このときにはスズキスポーツのパーツ(アンダーガード、タンクガード、サスペンション)そしてマッドタイヤ(マッドステージ)とそれなりの装備になっています。ガード類は林道走行の為と思い車両購入時に装着いたしました。その他の装備はボチボチと装着していきました。 1998年12月 SポイントでYASUさんと年賀状用画像を撮影しに来たとき今は無きサンラージヒルで同じクロカンするエスクードらと共に走った年です。アンダーガードやナンバー、バンパーが歪んできています。 1999年10月 topoさんの案内で長野の林道を走った後この年は、北軽井沢ナチュナルパークでEOSのオフ会をしたり、topoさんと知り合うことができました。ナチュナルパークでは左フロントフェンダー、長野方面の林道を走った時に右リアフェンダーをぶつけて、かつ、フロントバンパーに穴を開けてしまいました。 この後、石川県小松市で行われた草トライアル大会で見事、最下位を得ました。ついでに右フロントの足回りを大きく歪ませてしまい、大きく右下がりになってしまいました。右下がりは、この冬にスペーサーを入れて対処しました。 サイドシルも段々とへこんできました。 2000年10月 小松市でのトライアルの競技中個人的に色々あった年で、年の前半はほとんど走りに行っていません。夏にはSポイントで遠征してきていただいた方を迎えて走行会が行われました。そして、そこでレベルの高い走りに触れることができました。 秋の小松市の草トライアルでは、昨年のリベンジ(クラス優勝)をなすことができました。その後、諸問題でこの大会が開催されなくなったのは残念です。 サイドシルも一段と無くなってきています。 2001年12月 Sポイントにて年の初め(冬の間)にリアショックを長い物に交換し、より安定した走破性をもつことに成功しました。昨年の夏からどんどん岩場主体に走るようになり、ボディはかなり痛んできました。操作も色々と試行錯誤が増え、クラッチを焼いてしまう失敗もしました。トランスファーマウントを傷めて、亀の子になるとギヤ抜けする癖がついてのもこの頃です。もう少し腹下の高さが欲しいと思うようになって来ました。ハイリフトジャッキを使うようになったのもこの年からです。 サイドシルはほとんどなくなり、サイドシルが引っかかるということは無くなりました。『ボディリフトしていないのにボディリフトしているように見える』とも言われました。 2002年11月 Sポイントまた、また年の初め(冬の間)に手を加えました。前後バンパーを鋼管にして、ハイリフトジャッキを使い易くしました。遊びに行くたびに、どこか壊すようになってきました。前年からトランスファー・マウントとフロント・デフをよく壊してしまいました。とくにトランスファー・マウントは、ボディ側の取り付けが歪んでしまい、無理がかかっているのかすぐに壊れるようになってしまいました。 いい出物があれば乗り換えようかと思っていたら、年末に格安JB32Wを見つけました。 2003年03月 Sポイント 「さようならエスク」走行会税金がかかるようになり4月前、3月にSポイントにてエスクード最後のクロカン遊びをしてきました。腹下のクリアランスと高いギヤ以外の不満は少なかったです。もしかしたら腹下のクリアランスの欠点が大きすぎて、他の欠点が見えにくかっただけかもしれません。 |