20年以上前に故人となられた“名薬剤師”の手になる「調剤規範」です。当HPの読者 吉本泰司さんから送っていただきました。薬剤師の一挙一動を厳しく律したこの規範は、日々調剤に忙しい薬剤師にとって得るところ多と考え、HPにアップロードしました。吉本さんとそのご同僚はこれを座右に置き、しばしば目を通し、気を引き締めて調剤に当たられているとのことです。(99/7/2)


清水藤太郎先生「調剤規範」


清水藤太郎(1886−1976)

独学で薬剤師となり、横浜で平安堂薬局を経営
するかたわら、東邦大学薬学部教授として実務、
教育の両面で活躍。生薬、漢方、薬史学、調剤
学の権威。薬の倫理の確立に努め、“名薬剤師”
の誉れが高い。


調剤は不幸にして病魔に侵された同胞を救う業務であるから、薬剤師は(1)常に患者に同情を持ち(2)職務に忠実であって人の信頼を失わず(3)活発であって注意深く(4)敏速であって精密に行うの習慣を養わなければならない。患者は常に不安と疑念を有し、多くはわがままであるから、これに対するに冷静と好意と親切を以てしなければならない。

薬剤師は常に注意して薬局内を整頓し、精良な薬品と、優秀な器具を準備し、以て完全な薬剤師たると同時に、薬局の声誉を増大に努むるを要する。業務が人の生命に関するものであるから、調剤そのものよりも責任が重大である。すべて薬剤師は薬局内における法律上(刑事的及び民事的)及び道徳上の責任を負う。欧米には「薬剤師憲章」“The Ethics of Phamacy”というものがあって薬局業務を規制している。

わが国には「日本薬剤師会憲章」がある。

一、薬剤師は国から付託された資格に基づき、医薬品の製造、調剤、供給において、その固有の任務を遂行することにより、医療水準の向上に資することを本領とする。

一、薬剤師は広く薬事衛生をつかさどる専門職としてその職能を発揮し、国民の健康増進に寄与する社会的責務を担う。

一、薬剤師はその業務は人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学、医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。



[処方箋受付]


  1. 処方せんを受けたときは患者に一礼し、椅子をすすめ、処方せんを一回通読しその裏を見、予定の時間及び交付方法等を告げ、番号札などの調剤票があればそれを患者に交付し、その番号を処方箋に記入し直ちに調剤室に入る。患者は常に不安を持っていて、多くは神経質であるから、患者の面前で処方を読む際、処方に疑点または不明の個所があっても、患者に些少たりとも不安を与えるような行為をしてはならない。患者は処方せんは、すべて完全で疑点のないものと信じているから、首をかしげたすると読めないものと考える。この際ていねいに重々しく行動し、知人でも笑談を避けなければならない。
  2. 患者の質問にはていねいに答える。
  3. 調剤室では、患者の見えないところで処方を2回精読し、必要があれば参考書と引き合わせて全体を十分理解し誤りのないことを確かめた後、調剤に着手する。処方は初め個々の薬物に注意し、次に全体を通覧する。もとより全文を通読しないで調剤に着手してはならない。この際最も重視すべきは薬用量であって、薬剤師の注意により薬用量の誤りを発見し、患者の危害を未然に予防し、医師の名誉を保持したことは数知れない。即ち薬剤師は医師と患者の間にあって、両者の保護者たるの位置にあるものである。電話で来た処方はことに注意を要する。
  4. 処方箋に疑義あるときは、急がずゆっくり考えて同僚に相談し、または上席者の意見を徴し、その指揮を仰いで善処しなければならない。必要あれば処方医に照会する。照会は直接口頭、電話、文書をもって行い、使いまたは患者に依頼する時は、密封した書面で、文書は例文でていねいに書かなければならない。照会文の書きようで自己の真価を暴露することがある。この際疑義の内容は決して患者に語ってはならない。ただ時間のかかることをいって、少時の猶予を乞うだけにする。患者の宅に薬剤の配達を約して、いったん患者を帰宅させるのも一策である。照会を医師はあまり喜ばないで、多くは薬剤師の適切な処理を希望する。しかし患者の安全のために薬剤師は疑義照会の意義をよく理解しなければならない。
  5. 夜の客には、なるべく早くかつ快く応ぜよ。夜間調剤を求むるは患家といえども決して好ましい事ではない。しかし例えば子、母、妻、夫、父等の急病で来るのであるから、自己を客の位置において考える必要がある。




[調剤]


  1. 調剤は清潔に、正確に、手早く行う。
  2. 調剤は、むしろ神経質なほど清潔と整頓を旨とし、いやしくも不潔な動作をしてはならない。薬を服用するは何人でも決して愉快ではない。不潔は患者に甚だしい不快を感じさせるから、調剤者は自己の頭髪、服装等に注意するは勿論、手指の如きも常に清洗するを要する。
  3. 装置瓶を手に取ったときは、瓶を取ったときと、薬を量るときと、元へ戻すときと、少なくとも3度薬名箋を読まなければならない。秤量中は薬品の外観、軽重に注意し、不慮の誤薬を避ける。装置瓶に他薬の混在した場合は、たとえ他人の誤りでも、第一の責任は使用者に来たる。秤量を終わったときは再び念のため薬名箋を読んで、真否を確かめ原位置に復する。
  4. 処方箋の調剤中は、なるべく他の用事をしてはならない(電話、来客等)。薬局内にみだりに他人の出入りを許さない。
  5. 調剤が終わったとき、更に一回処方箋を通読し、薬品の誤脱秤量の過不足を想起する。誤謬あれば剤を捨て再製し、又ある薬品を入れたかどうか疑問があるときも再製しなければならない。まちがった薬を投与して名誉を失うよりも材料を損失した方が安い。
  6. 調剤は、手早く、入念にあわてずに行う。調剤の遅いのは知識または経験の不足によるか、多くは両方とも欠けているためである。
  7. 調剤はただ器械的ではいけない。油断なく研究的に注意深きを要する。誤りはその人に属し、その人の注意によってのみ避けることが出来る。
  8. 不明の点を人に聞くに憚ることなかれ。
  9. 調剤は常に静粛なるを要す。調剤中は私語雑談を禁ずる。又高声を発し、また棚越しに話しかけてはならない。患者はよく調剤者の一挙一動に注目しているものである。一流の薬局は静かなること林の如しである。


[交付]


  1. 交付は誤謬の発生しない様、極力注意を要する。交付を完了するときは、薬剤は既に患者の口に入ったも同然である。実に患者の病の運命は(1)処方箋交付時、(2)調剤交付時に定まる。
  2. 交付後薬剤に誤謬を発見したときは、迅速に適切な処置を講じなければならない。もし上席の者はあるときは直ちに申告し、善後策を講ずる。



[一般心得]


  1. 薬局は患者のために存するのであるから、すべて患者本位たるを要する。
  2. 患者に親切ていねいを旨とし、いやしくも冷淡粗暴の行為があってはならない。又あまりになれなれしくあってはならない。常に言動態度に注意し、これをどう良習慣化するに努めるを要する。
  3. 患者から苦情を持ち込まれたときは、一応これを弁明し、満足しないときは上席者に申告し、その処置を乞わなければならない。
  4. 業務上の秘密は、決して人に漏らしてはならない。直ちに自己の人格にかかわるものである。薬局内の一調剤者の不名誉は、全局員の不名誉となるものであることを想到すべきである。
  5. 誤って物品を破損し、または業務上における、金銭上及び、名誉上の損失を与えたときは、遅滞なく上長に報告して、その指揮を仰がなければならない。この報告は勇気を要する。
  6. 上席者の命に服従すべきである。上席者は原則としてすべての方面に経験に富み、内外の事情に精通しているからである。
  7. 薬剤師は誠実にして向上心をもち、常に熟練した上席者の仕事を注視していなければならない。
  8. 薬剤師は工夫に富み、業務上の良方法を案出するにつとめ、仕事には常に理想をもち、これに近づくよう心掛けなければならない。
  9. 自己の俸給以上に励精せよ。物と金は使えば減損するが、身体と頭脳は、使用によってのみ発達するものである。励精は決して他人のためのみではないのである。



出典:「平成4年度薬局・病院薬剤師指導者研修会講義録」 財団法人日本薬剤師研修センター・発行

なお、20年以上も前に作られた規範でもあり、一カ所ですが私の考えで削除いたしました。