院内調剤は「危険」だと証明されているのですか?院外調剤は本当に「安全」なのですか?


医事新報に載りました私の『「医薬分業を改めて問う」に反論』に“質問状”届きました。


江野川義文(医師・医療医学戦略研究家)
『医薬分業の意義は「薬の安全性の確保」』にあるとのご意見ですが、以下の点について、紙面の制限のためか、整理されていないので、説得力に乏しいと思います。
1)明らかに院外薬局より優れた点のある院内薬局(a)の「危険性」の証明
2)医院(病院)プラス院外薬局というシステムの「安全性」の証明

ここで「証明」と申しますのは、医学・社会学的証明または確実な予想のことです。経済的なことは個々では割愛しました。以上勝手なことを申し上げました。お許しください。
<参考資料>(a)「日本の医療を問いなおすー医師からの提言」ちくま新書



1)院内薬局の危険性の証明

先生のおっしゃる医学・社会学的証明とは、「院内調剤ではどれほどの頻度でどのような薬剤事故が実際起きているのか」というような統計的データを必要とするというのであれば、残念ながらそのようなデータはないと言わざるをえません。実際、薬に限らず医療事故の内容や頻度を統計学的に出すことはまずできないことです。なぜなら、多くの医師はそのようなことを表に出したくない、できれば内密にしておきたいと思っているからです。実際の薬剤事故数は闇に包まれ、不明ということになります。したがって、先生をご納得させることは、密室という壁に阻まれ、残念ながらできません。

とはいえ、私は現在の日本の「院内調剤システム」の危険性はとても高いと思っています。その一つの証拠として、ソリブジン薬害事件があります。16人の死者を含む23人の被害者を出したこの事件は「院内調剤システム」が試され、そして、その危険性が証明された壮絶なる実験だったとも言えます。

事件は抗がん剤フルオロウラシルとソリブジンの相互作用で起きたことはよくご存じだと思います。 抗がん剤を服用すれば免疫力が低下し、帯状疱疹にかかりやすくなります。それを治すためにさらにソリブジンが投与され、そして、元の薬と作用して死亡とは皮肉なことです。しかも、経口抗がん剤の効果については疑問視する声すらあります。もしその患者さんに抗がん剤は不必要なものだったとしたら・・・・・怖いことですね。


複数の薬を服用中の患者の具合が悪くなったときには、1つないし複数の薬がその原因である。すべての薬の服用を中止し、様子を見ること。

ドクターズルール425(医者の心得集)クリフトン・ミーダー著・福井次矢訳、南江堂



添付文書には相互作用があることはきちんと書かれていました。院内調剤システムではこの相互作用をチェックできなかったわけです。病院で抗がん剤が投与されていた患者さんが帯状疱疹にかかり、近くの医院でソリブジンが投与されたケースが多かったのですが、それぞれの主治医が互いの薬をチェックできなかったことが大きな事件につながりました。がんの告知をせずに抗がん剤を飲ませていたため、ソリブジンとの相互作用をチェックしようがなかったケースも含まれています。患者さんがもし一カ所のかかりつけ薬局でこの2つの薬を調剤してもらっておれば、たとえ患者さんが抗がん剤を飲んでいることを知らなくても薬剤師が気づいたはず。少なくともそのチャンスがあったということです。実際、あるかかりつけ薬局でこの相互作用に気づき未然に救われた患者さんも存在します。

ただ、これに対して次のようなことを主張される医師もいます。「前医で処方された薬をちゃんと聞き出し、あるいは持ってこさせて調べれば、薬局でチェックを受けなくても院内で十分対応できる。したがって、薬剤師の助けは必要ない。」と。確かにそれで十分対応できる医師も多いことでしょう。しかし、この事件で下記のようなケースもありました。

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<1994年07月04日 朝日新聞 >・・・・朝日新聞記事はいずれもホームページ「医者にメス」より

抗ウイルス剤ソリブジン と抗がん剤との併用で重い副作用を起こしながら、一命をとりとめた8人の被害者のうち3人は、20日間余りも生死の境をさまよい、その中の1人はいまも薬に頼らなければ尿が出ず、満足に歩けないなどの重い後遺症に苦しんでいることが、明らかになった。3人の被害者や家族、担当医らが朝日新聞社の取材に語ったもので、他の助かった5人も同様の重い薬害を引き起こしていたとみられる。 3人は痛みが消えた時点で自分の判断で服用をやめたり医師がやめさせたりしており、担当医はいずれも「処方通りに服用していたら、致命的な事態になっていた。」としている。



ソリブジンについては 「フルオロウラシル系抗がん剤との併用は避けること」との注意書がついており、この3人の担当医はいずれも「注意書は見た」としている。とくに、Aさんの場合、帯状疱疹の治療を受ける際、担当医に抗がん剤を服用していることを告げ、「(ソリブジンと併用しても)大丈夫か?」とも尋ねていた。ソリブジンを投与した理由について、Aさんの担当医は「注意書は見たが、抗がん剤との副作用のことは頭になかった。帯状疱疹に効く新薬が出たと話題になっていたので、それに引きずられた」と説明。また、関東の男性の担当医は「注意書は見たが、併用禁忌の記載に気づかなかった。私の指示通りに服用を続けていたら大変なことになっていた。」都内の女性の担当医は「注意書は細かな字で記されていたので、致命的なことになるという意識はなかった」と話している。

<1993年10月25日 朝日新聞>

死亡した乳がんのBさんの場合は、皮膚科医院で診察を受けた際、副作用を心配する家族の助言で、服用している抗がん剤を医師に見せていたが、医師はカルテに薬品名を書き込んだだけで、「大丈夫です」と答えていた。当時、この医師のもとには、裏面に使用上の注意が印刷されたソリブジンのパンフレットなどが配布されており、そこには「フルオロウラシル系抗がん剤との併用投与を避けること」と明記されてあった。


医者が患者をだますとき」ロバート・メンデルソン

この(添付文書に記された)警告が医者に対して本当に効果があるかは疑問だ。というのも、医者が添付文書に目を通すことはめったにないし、たとえ読んでもほとんど気に留めないからである。その気になれば、警告にかかわらず使いたい薬を投与する。それが医者の困った習性なのである。

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担当医の発言からお分かりのように、初めて使う新薬であっても添付文書をしっかり読んでいなかったということです。相互作用の危険性について認識が甘いようですし、そもそも薬は[諸刃の剣」であることを忘れているような発言です。抗がん剤を飲んでいることを患者さんから申告され、そして「大丈夫ですか?」と尋ねられていても、それでもソリブジンを投薬したのですから・・・・。  すべての医師に今後さらに慎重な処方ということが求められますが、それだけではこういった事件は防ぎきれないと思います。この事件は一人の医師に治療のすべてを任せることの危険性も明らかにしたと思います。薬物療法に関しては薬剤師によるダブルチェックの重要性が再認識されたのではないでしょうか。



<1993年12月29日 朝日新聞>

『日本医師会長名で通知された 文書では、今回の事故の原因は、 1.添付文書の記載が不完全であった。2.販売担当者の提供した資料や説明内容に不備があった。──の2点をあげている。そして、医師に対して別途訴えが提起されないよう、事故の責任はあげて製薬企業が負うべき、とメーカーへの「責任転嫁」とも受け取れる文書を各都道府県の医師会長に通知していた。』でも、添付文書には相互作用はきちんと記載されていたことは、当時私自身もちゃんと確認しましたし、薬屋さんからも直接口頭で聞きました。この通知書は日本医師会が添付文書に書かれていてもそれをきちんと守らない、あるいは守れないことを自ら認め、しかも、そのため事故が起きても責任も取らないことを公にしたようなモノですね。現場の会員の行為も{うべなるかな}。

この事件でもう一点、副作用情報の開示の大切さについても考えさせられます。告知せずに、そして薬の説明なしで抗がん剤を投与していたケースについて考えてみますと、副作用の多い抗がん剤を副作用の注意もせず、しかも監視のできない自宅で服用させるということはとても危険なことだということです。このことは分業とは関係ないこととお考えかもしれませんが、院外処方はイコール情報開示です。少なくとも服用中の薬品名だけでも知ることができます。であれば次の担当医に知らせることもでき、危険を避けるチャンスも生まれるということです。



同様なことで次のようなケースもあります。朝日新聞(1994年09月02日) によれば、『死亡した東京都内の女性(当時64)は、メーカー側から「服用中止」の指示が出された後も、ソリブジンの投与を受け続けた。夫(69)は「投与した医師の責任もあいまいなまま。かかりつけの病院に行っていれば、ソリブジンと抗がん剤とを併用させられることはなかったかもしれない。そう思うと妻がふびんで・・・」と涙声で語った。』この夫はかかりつけの病院の責任については言及していません。しかし「この薬を飲むと感染症に対する抵抗力が落ち、帯状疱疹などににかかりやすくなりますので、その場合は必ず私の所に受診してください。」と詳細に説明しておけば飲み合わせの問題は生じなかったかもしれません。処方医にそこまでの情報提供を要求するのは酷でしょうか?薬剤師は副作用の情報提供は法的にも義務づけられています。きちんと服薬指導できる薬剤師であれば、「抗がん剤の易感染性」について説明できたかもしれません。

ソリブジン薬害事件は特殊なケースであって、滅多にあることではないとお考えの方もおられるかもしれません。しかし、相互作用のある薬はソリブジンだけではありません。テオフィリン製剤、マクロライド系抗生剤、抗てんかん剤、強心剤、降圧利尿剤・・・・チェックしきれないほどたくさんあります。97年2月には花粉症でも使われる抗アレルギー剤、トリルダン錠がミコナゾール(抗真菌剤)などと相互作用があり、致死的不整脈の生ずる恐れがあると緊急情報が出ています。



また、「重複投与」についてもかかりつけ薬局でなければチェックしきれないでしょう。下記のようなケースも、多々あると思います。

*血小板凝集阻害剤を二重処方し脳内出血*

1991年**病院でおこった事件。近くの医院で脳梗塞に対し血小板凝集阻害剤を処方されていた75歳男性が、虚血性心疾患のため**病院を受診。担当医師は、患者が他院で薬剤をもらっていることを問診せず、また患者および家族に薬剤副作用として出血しやすい状態になることを説明せず、たまたま同じ薬剤を処方した。患者は軽度の痴呆症状があり、同一薬剤が二重に処方されていることを認識せず服用を継続し、約1ケ月後に脳内出血を発症して寝たきり状態となった。

*医者のハシゴで重複投与*

外来診療で時々ぞっとすることが起きた。13−4年前、当時高血圧で通院していた患者が高血糖と高尿酸血症を合併した。そのうち顔が赤らんで額の生え際と鼻の脇に落屑が見られるようになった。当時9種類の薬を処方していたので、薬害と考えて服用中の薬を確認した。驚いたことに、整形外科医からも9種類の薬を処方されていた。降圧利尿剤、血糖降下剤、尿酸降下剤、精神安定剤が当方の処方と重複していた。降圧利尿剤の副作用で高血糖と高尿酸血漿を併発したと推定した。・・・橋本忠雄「私がカルテをわたす理由」エピック社p141



現在の院内調剤システムでは、現代の薬物療法に対応しきれないのではないでしょうか。実際に起きた事件や薬の重複投与・相互作用のことを考えれば医薬分業の重要性は明らかなように思います。先生のおっしゃる「医学・社会学的証明」ではないかもしれませんが・・・・・。もっとデータがなければご納得いただけないでしょうか?・・・・ソリブジン薬害事件は院内調剤の弱点を見事に明らかにしました。これほど多くの犠牲者を出し、社会問題にもなり、これ以上の何が必要でしょうか?私はもう十分だと思います。薬剤師による処方監査、重複投与や相互作用のチェック、薬歴管理による薬剤アレルギーのチェック、など医薬分業の目的は薬の安全使用です。院内調剤ではこのチェックは理論的にもそして実際的にもできません。


2)医院(病院)プラス院外薬局というシステムの安全性の証明

では、院外処方であればソリブジン薬害事件は防げたのでしょうか?私の知る限りでは、ソリブジンとフルオロウラシルが同一の薬局で調剤され、その時相互作用を見逃し副作用が出たという例は聞いておりません。むしろ、併用の危険性を事前にチェックし大事に至らなかった例が一つあります。この例は文書としては報告されておらず、伝聞ではありますが、私が当時の日本薬剤師会理事から直接聞いた話です。では被害にあった方、全員が薬局で調剤していたら被害を防げたかと問われれば、残念ながらそれを試すことはできませんので「分かりません」としか言えません。ただ、門前薬局の場合は一般にそれぞれの薬が別の薬局で調剤されますので相互作用のチェックは難しくなります。かかりつけ薬局(=面分業)の場合は理論的にはチェックできます。ただし、その薬剤師が薬歴管理と相互作用のチェックなど、薬局としての当たり前の業務をちゃんとこなしておればという条件付きですが・・・



この事件に限らず、事故にならず未然に防げた場合は文書にして発表されることは一般にありませんので、院外薬局の安全性を示すデータはほとんど目にすることはできません。私の処方箋の応需薬局40軒は処方監査、重複投与、相互作用、薬歴管理を日常的に行っており、その都度危険な処方はチェックされ、大事に至ってはいません。この中には薬剤師の助けがなければ重大な事態に陥ったと思われる例も含まれています。ここ数年、全国的にも薬剤師の能力は飛躍的に伸びていますので、おそらく他の薬局でも同様にしっかりチェックしているものと想像しています。ちょっと甘いでしょうか?

なお、統計的データとして私の知るところでは唯一下記のものがあります。

朝日新聞『上田薬剤師会の調査(1989、9月)で15の薬局の1ヶ月の処方箋1万692枚のうち処方箋通り調剤して渡した場合、副作用が出る恐れのあるケースは0.84%に当たる90枚でした。』このデータが正しいとすれば、1薬局あたり、90/15=平均6人/月の患者さんが副作用を未然に防げたということになります。勿論、このひとつのデータだけでご納得くださいとは言うつもりはありませんが・・・・。



医薬分業すれば逆にかえって危険なことはないかと尋ねられれば、勿論、答えはそのようなケースもあるでしょうです。薬剤師も人間です。当然、チェックミスや調剤ミスも起きるでしょう。残念ながら、不勉強で、信頼できない薬剤師もいますし、薬歴管理や相互作用のチェックを初めからしないふとどきな薬剤師も出てくるでしょう。でもでもでも、それじゃ今まで通りの院内調剤のままでいいのでしょうか。薬理作用の知った者(薬剤師)の調剤と知らない者(事務員)の調剤では自ずと違いがあるはずです。事務員に処方監査や相互作用のチェックを求めることもどだい無理な話です。また、面分業(=かかりつけ薬局)では少なくともシステム的に薬の安全性を確保できる体制です。院内調剤とはここが大きく違います。どの医師にもhuman errorは避けられません。航空機事故を防ぐためのfail-safe(安全装置)の思想が医療の現場にも必要ではないでしょうか。面分業(=かかりつけ薬局)がその役目を果たしてくれるはずです。私はそう信じています。そして、この安全装置システムが正しく機能し、そしてさらに進化するかどうかは一に薬剤師の努力にかかっています。

《万人を納得させる「論理的証明」にはならなかった?ようですね。特に、最後のほうは「(確実な)予想」ということでご納得を・・・・。読者の皆様にはいろんなお考えがあると思います。ご意見、反論、ご叱責いただければありがたき幸せです。》