中村徹也 氏がデザインした "A Victory
Lost" は "Fire
in the Sky" に続く MMP
社の IGS シリーズ
( International Game Series ) の第2弾。 2001年に日本のゲーム専門誌・ゲームジャーナル第4号の付録として出版された
「激闘!マンシュタイン軍集団」 の米国版である。
開発チームは まさに国際色豊かで、日本人デザイナーの他、ディベロッパーの アダム ・ スタークウェザー (米国)、ルール作成の
ヴァンサン ・ レファヴレ (フランス)、 グラフィックアーティストの ニコ ・ エスクビ (スペイン)という顔ぶれだ。
このゲームはスターリングラード包囲後の南ロシアにおけるソ連軍と枢軸軍の闘いを描く。1942年12月17日に始まり、1943年3月8日のマンシュタインの反攻終了まで続くのだが、これはソ連軍がドンバス工業地帯にあるハリコフの占領、ドニエプロペトロフスクとサポロジェでドニエプル川への到達、それにコーカサスから到来する第1装甲軍を阻止・殲滅するためアゾフ海沿岸のロストフ占領をめざす「小土星作戦」「ギャロップ作戦」「星作戦」を再現する。
枢軸軍側はスターリングラードの第6軍の壊滅(このゲームでは抽象的にシミュレートされている)、多数のイタリア軍・ルーマニア軍・ハンガリー軍部隊の喪失、そして第1装甲軍の通過直後のロストフ陥落と次々に大惨事に見舞われる。ソ連軍はドンバスとドニエプル川に到達し、ハリコフは一時的に占領された。しかし、ソ連軍親衛部隊の先鋒は損耗が著しく、加えて、マンシュタイン元帥は麾下の打撃部隊を後退させて破滅の危機を回避していた。この温存した打撃部隊がドンバスやハリコフの再奪取、ならびにドネツ川とミウス川近辺のソ連軍部隊を包囲・殲滅する反攻作戦の実施を可能にした。ドイツ軍の攻勢は3月末の泥濘のため中断。このドイツ軍の勝利は
同じ年の秋には早くも帳消しされてしまうため、 “失われた勝利” と呼ばれている。
上質な内容物・・・
ゲームマップはスターリングラードが面するボルガ川から、ハリコフのもう少し西にあるドニエプル川まで広がり、1ヘクス=
13km となっている。北端はベルゴロドの北でちょうど収まり、南端はロストフとアゾフ海に達する。淡いブルー、褐色、それに
白 の彩色は見事にイマジネーションを刺激し、カラフルな駒との調和は良好。
予め両陣営の初期配置がマップ上に印刷されているため駒の配置は短時間で済み、両陣営の戦略上の柔軟性を簡単に検証できるようになっている。
1ターン=10日間で、ゲームは9ターンから成る。どちらかの陣営によるサドンデス勝利により、早期に終了することもある。
ユニットは司令部と師団を表すが、ソ連軍の機械化部隊と騎兵部隊は軍団規模にまとめられている。駒はとてもカラフルで、歩兵・山岳歩兵・騎兵はドイツ式の兵科記号で表記されている。機械化部隊のユニットは2種類の駒が用意されており、一方は戦車のシルエット、もう一方は(ドイツ式の)兵科記号が描かれ、プレイヤーが好みの駒を選択する。司令部ユニットには指揮範囲と移動力が記されていて、部隊の活性化に欠かせない要素となっている。歩兵と騎兵ユニットには戦闘力と移動力が記載されている。戦車と機械化ユニットでは戦闘力が攻撃力と防御力に分けられ、加えて移動力も記されている。増援ユニットにはこれらの他に登場ターン数も記載されている。兵科記号の中の色は所属軍を表すが、これは初期配置時にのみ役立つ。一旦ゲームが始まってしまうと、いずれの司令部も
その指揮範囲内にある全てのユニットを活性化できる。
ルール冊子は見事なカラー印刷で、ルールの分量は大変少なく、プレイ例が多く散りばめられている。
ゲームメカニズムは幾つか独創的なものもあるが、大部分はヒストリカルゲームの基本原則に従うオーソドックスなもの。短時間でプレイを始められるし、ルールの解釈よりも戦略立案に専念できる点に好感を抱く。
・・・そして 簡単なルール
プレイ手順の基本原則は、両陣営が同じカップの中から命令チットを引き当てるものだ。
命令チットには 軍司令部 ならびに 総司令部名が記されている。 毎ターン、両プレイヤーはマップ上に存在する司令部のチットを、各自指定された枚数だけ選択して同じカップに入れる。
ゲームターンの構成は、カップの中のチットを一枚無作為抽出し、引き当てたチットに記されている司令部を活性化して、その指揮範囲内にあるユニットに移動・戦闘を行わせるという形式。カップ内の全てのチットを引き当ててしまったら最終フェイズに進み、補給の確認・増援の配置・勝利条件をチェックする。
ゲーム開始時、ソ連軍は10枚の命令チットを所持しているが、その中の5枚だけを選び、残りを脇に除けておく。選択した5枚に
もう1枚 "STAVKA" と書かれたチットを加えるのだが、これはマップ上にあるソ連軍司令部ユニットすべてを同時に活性化できる。各ターンの初めに、ソ連軍プレイヤーは
"STAVKA" に加えて、最初に選んだ5枚の中から3枚を選択する。
枢軸軍プレイヤーはゲーム開始時に、 ルーマニア ・ ハンガリー ・ イタリア といった優秀とは言い難い衛星国軍の司令部を所持しているが、プレイが進むにつれ、より優秀なドイツ軍の司令部が増援として到着し、戦線全体をカバーできるようになる。
プレイの途中で “ マンシュタイン ・ チット ” が増援として2枚到着する。この2枚はマップ上に存在する枢軸軍司令部のいずれか1つを活性化、または再度
(場合によっては再々度) 活性化するために使われる。枢軸軍プレイヤーの命令チットはゲームターンが進むにつれ、着実に枚数が増えていく。ゲーム開始時は僅かな枚数だが、その後
第5〜7ターンが最多となり、最後の2ターンは減少する。これはドイツ軍による反撃機運の高まりを見事にシミュレートしている。ただ、チット運に左右される
この 活性化シークエンス (手順) は非常にストレスが溜まる。なぜなら、自軍に最も有利となる状況を想定するのは不可能であり、逆に、こちらのリアクションが無い状態で敵が3回連続で活性化に成功するという最悪の事態を想定するほうがいいからだ。そりゃあ確かに、複数の司令部ユニットの指揮範囲が重なり合うように配置して同一ユニットを何度も動かせるようにしたり、まだ引き当てていない命令チットやプレイの順番のことをきちんと考慮はするけれど、やはり安全策など無いのだ・・・・。
司令部ユニットは、その指揮範囲内 (4〜6ヘクス) にある部隊ユニットのすべてを活性化できる。指揮範囲は敵・味方のユニットの存在には影響されないが、
(道路・鉄道の橋梁の無い) 大河川を通過すると最初の1ヘクス
(訳注 : つまり、大河川に隣接するヘクス) までしか及ばない。
ユニットが敵の支配地域 (ZOC) に入る時、そこから出る時、どちらの場合も2移動力を消費する。例えば、ドイツ軍の歩兵師団なら敵の
ZOC から ZOC へ1ヘクス移動できるし、装甲師団なら複数の敵ZOC内ヘクスを通過できる。
戦闘は戦闘力比を用いて解決し、後退と損耗が生じるオーソドックスなタイプ。大半のユニットは2ステップを持ち、敵のZOC内へ退却する際に1ステップの損耗が生じる。つまり、連続で何度も活性化できる機会に恵まれた場合、機動力の高い戦車部隊による包囲は確実な戦法であり、逆に敵にとっては致命的となる。
ソ連軍は狙撃兵師団 (それほど機動力はないが、密集した戦線を維持する) を多数所持しているものの、敵を殲滅したり阻止したりするのは難しい。他方、戦車軍団と機械化軍団
(それほど頑強ではないが移動力は高い) は 敵ユニットの間をすり抜けて敵の後退を妨害する。
枢軸軍側は、損耗著しい同盟諸国軍の師団、それに少数ながら頑強なドイツ軍歩兵師団を擁して、極めて流動的かつ広大な戦線を維持する。そして強力で機動力が高い装甲師団は貴重な戦力なのだが、防御戦で浪費してしまう場合が多い。マンシュタイン・チットと連係した攻撃を繰り出した時の
SS装甲師団の強さときたら、それはもう、ドイツ軍プレイヤーにとって至福の時だろう。
ロシア戦線 1942〜43年の戦い
シナリオは1つだけ用意され、この戦役全体をシミュレートする。
勝利するには、両プレイヤーは主要都市を占領しなければならない。ロストフ、スターリノ、ドニエプロペトロフスク、サポロジェ、ハリコフが
各 5 勝利ポイント (VP) 、敵ユニットを除去すると、ドイツ軍装甲師団 (訳注
: 正しくは機械化ユニット) が 3 VP、ドイツ軍歩兵師団 ・ ソ連軍機械化ユニットが 1 VP、その他は
0 VP。 どちらかの陣営がターン終了時に 30 VP以上獲得していたら即座に勝利が決まる。それ以外ではゲーム終了時に
VP の多いプレイヤーが勝利する。
キャンペーン (シナリオ) は攻・防の立場が次々に入れ替わるため、両陣営にとって真に挑戦と言えるものであり、激烈な闘いとなることが多い。ゲーム開始時のソ連軍は極めて強力で、これに対峙するドイツ軍は逆に弱体である。そのため、(ソ連軍が)敵に損害を与えて領土を拡大するのは容易に達成できる。ゲームの中盤、枢軸軍は前線部隊の再建がほぼ完了し、装甲部隊の集結を始められる。後半には枢軸軍が本格的な攻勢に移り、敵に重大な損害を与える光景が見受けられる。ゲームの展開は史実に極めて忠実であり、このゲームは見事にそれをシミュレートしている。
ゲーム開始時にドイツ軍が被る損害、それと終了間際のソ連軍が直面する お約束の虐殺に耐えるには、神経の図太さが求められる。
第1ターン、ソ連軍は可能な限り効率的に行動しなければならない。
確かに、チット運には左右されるのだが、しかし挑発的に敵を追い立てて 大規模に包囲しなければならない。敵は弱小であり、命令チットの枚数も少なく、何よりも指揮範囲外にある動けないユニットを抱えている。
北部あるいは南部のどちらかに攻勢の重点を置くのだが、これは事前の計画に従って3枚のうちの2枚の命令チットを重点戦区に投入することを意味する。その際、選択した2つの司令部の指揮範囲内に最大限のユニットが含まれるようにする。北部に重点形勢するなら第1および第3親衛軍、南部なら第2親衛軍と第5戦車軍となる。
第4ターンに増援を得て再度攻勢に出ることは可能だが、くれぐれも慎重に。 というのも、枢軸軍が本気 (マジ)
で獰猛になっちゃうから。
ゲーム開始から3〜4ターンの間、枢軸軍は歯を食いしばって耐えねばならない。
たとえ枢軸同盟諸国軍を犠牲にしてでも、可能な限り多くのドイツ軍部隊を救出せねばならなくなる。被る損害はどれも重大なものとなる。マップ領域の大半を放棄するつもりでいないといけないが、それでもすぐに南方で第1装甲軍到着の時期が到来する。
第5ターン以降、士気は回復するものの、ソ連軍は未だ危険で厄介な存在だ。それでも装甲師団群の増援、そしてマンシュタイン・チットをはじめとする命令チット枚数の増加に伴うマンシュタイン元帥のバックハンド・ブロウは、敵にとって手痛い打撃となる。
勝敗の算定は、被った損害のみならず、占領した都市も対象になる。
A Victory Lost
: 出来の良いゲーム
中村徹也氏は、シンプルなメカニズムを用いて面白いシミュレーションゲームを創作できる 本当に偉大なゲームデザイナーだ。
"Fire in the Sky"
と同様、かなり抽象的なメカニズムを使って 戦役の精髄と史実の結果の両方を伝えることに再び成功しており、まさに この戦役の
“写生” と言える。 確かに、"Enemy
at the Gates" ほどの精細な写真ではないが、プレイアブルで かなり迅速にプレイが進行するし、魅力的である。
これは傑作だ!
私の不機嫌を我慢してくれた フィリップ・ジェルマンに感謝します。
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