『日本医事新報 時論・「医薬分業」を改めて問う』に反論 

日本医事新報9月18日号1998年に表題の記事が載っていました。分業反対派の医師のご意見で、文中にて「薬剤師が医師の足元にも及ばないのは当然でもある」とも述べていらっしゃいます。これに対して私の反論(投稿予定)を書いてみました。(98/10/24)  
日本医事新報 No.3893:79-80(1998年12月5日号)に掲載されることになりました。(98/11/26)



私はインターネット・ホームページで分業のあるべき姿について情報発信している一小児科医です。長島道夫氏の時論(日本医事新報3881:77,1998)を読み、医薬分業反対のお立場での貴重なご意見と承りました。氏は利益を目的とした分業の進展、薬歴管理のできない門前薬局型分業の広がりを憂慮されている点、大いに共感いたしました。医薬分業はそもそも処方のダブルチェック、薬剤師による調剤、重複投与や相互作用のチェック、アレルギーの薬歴管理、服薬指導、薬剤情報提供、副作用のモニタリングなどを目的としたもので、患者さんを薬の副作用から守るための大切な制度です。ところが、現在全国で進行中の医薬分業は薬の安全使用のためというよりも、薬価差益がなくなりその代償としての経済分業であることが多いようです。したがって、氏の医薬分業についての否定的なご意見はごもっともなことだと思います。ただ、氏の記述の一部に私の考えと異なる点がありましたので、大変無礼なことと思いましたが意見を述べさせていただきます。


『当然のことではあるが、医師は来院した患者に対し問診、診察をした上で・・・中略・・・医学的知識のすべてを駆使して薬を決め、患者に対しては、効果や副作用の危険性などを説明し、さらにその薬剤による効果を観察しつつ、事故があるかも知れないすべての責任を負いながら投薬するのである。』この点はおっしゃる通りです。医療に携わるものとして当然のことであり、すべての医師がこうあってほしいものです。ただ、私自身に当てはめて考えると面映ゆい思いがしないでもない。ここまで自信満々に書ける氏をうらやましく思います。ところで、薬の副作用の危険性を説明している医師はごく少数派ではないでしょうか。むしろ副作用の説明をすれば薬を飲まなくなるのでできないと言う医師の方が多いと思います。氏のような医療姿勢であれば患者さんからの医療不信はほとんどなくなるはずですが、現実は逆のように思います。


『この過程(診断、処方)においては、第三者が介在する余地はなく、また必要もないわけであり、・・・・』のくだりは、不遜とさえ思われるような表現ですね。今はチーム医療の時代だと思っています。医師一人で高度な医療すべてをこなすには限界があります。診断、治療についてレントゲン技師や検査技師、看護婦、薬剤師に教えられることも多く、彼らの協力なしでの医療は私には考えられません。



『薬を患者に手渡す段になって初めて第三者が介在するわけで、この際、薬の種類や数量、服薬方法などを医師の処方通り、間違いなく渡さなければならない。この時の第三者は「院内処方」の場合は一般的には事務員であり・・・』のくだりで、氏は単に一般的な事実を述べただけだとは思いますが、これは無資格者による調剤についての記述です。法的には調剤は薬剤師の専権事項です。ただ、患者さんから頼まれた時など例外的条件のもとで、かつ医師自らが調剤する場合のみ認められています。したがって事務員による調剤は法律違反です。それをこのように何の問題もないかのように堂々と記載されますと戸惑を感じてしまいます。

『薬剤師が患者について知り得る情報は、処方箋に書かれた傷病名と薬剤名のみである。いきおい、薬の効能、副作用などを強調するあまり、患者にいたずらに不安感を与えてしまうこともあろうかと考える。医師は患者の病歴、病状、性格、人格、社会的立場、病識などを総合的に把握しながら服薬指導をするのであり、薬剤師が医師の足元にも及ばないのは当然でもあると思われる。』のところは、薬剤師の仕事について見下すような表現であり、医師のおごりを感じさせます。私の知り合いの多くの薬剤師の顔を思い浮かべ赤面の思いがしました。もしかして薬剤師の役割について誤解があるのかもしれませんので、それについて少し述べさせてください。私は薬剤師の仕事でもっとも大切なことは「薬の安全性の確保」だと考えています。薬剤師の役目の処方監査、薬歴管理、重複投与や相互作用のチェック、疑義照会、専門家による調剤、服薬指導、副作用等の情報提供、いずれも薬を安全に飲むためのものです。これらは患者さんの病歴や病状を知らなくても十分にできることです。そして、薬剤師の服薬指導の目的は副作用を患者さん自身が早期に発見し、薬を安全に飲んでいただ くためのものであって、医師の病気に関連づけた服薬指導とは当然異なります。それは薬理学的知識を駆使して行うものであり、場合によっては医師も足元に及ばない高度な内容になるかと思います。



薬剤師による薬の副作用の説明は患者にいたずらに不安感を与えてしまう云々の点ですが、これを心配される医師は非常に多いですね。確かに、「この薬を飲むとショックが起きることがありますのでお気をつけください。」では誰も薬は飲まないでしょう。しかし、薬剤師の説明技法にはいろんな工夫が見られます。そのひとつに「ショック」などのインパクトのある言葉を使わず、マイルドな表現を心がける。たとえば、「皮膚がかゆい、蕁麻疹が出る、口唇が腫れる、くしゃみや咳が出て、息苦しい等々」患者さんに受け入れやすい表現を用いるのです。それに、このような初期症状を知っていただいた方が、患者さん自身が早期にからだの異変に気づき、薬を中止することにより重症化を防げます。そのための各種服薬指導情報集があり、最近は「重大な副作用回避のための服薬指導情報集」薬業時報社という本も出版されました。このような説明テクニックを用いることにより「いたずらに不安感を与えてしまう」ことはなくなると思います。むしろ、きちんと説明すれば服薬のコンプライアンスが上がります。薬に対する漠然とした不安が解消され、この点に気をつければ安心して飲めるのだという ふうに理解が深まります。


それともう一点付け加えますと、薬剤師の職能はコンプライアンスを高めることではありません。副作用の説明をせずしてコンプライアンスを高めようとすることにある種の危惧感を抱きます。よい例ではないかもしれませんが「この非加熱製剤はこういう作用で関節の出血を止め、腫れと痛みがなくなり楽になりますよ。副作用はめったにありません。安心しておうちで注射を続けて下さいね。」・・・当然コンプライアンスが高まりますね。そしてその結果が薬害エイズ事件。いたずらに不安感を与えることを懸念し、エイズの危険性を説明しなかったことが事件を拡大させたのかもしれません。コンプライアンスを高めるということは大切かもしれませんが、このような危険性をはらんでいることも知っておかねばなりません。副作用の説明があり、他の治療法も考慮し、その中から患者さん自ら選択し、そして納得した上でのコンプライアンスということが重要ではないでしょうか?このような苦い経験から、患者さんの納得のいく薬の選択ということが今後さらに求められるでしょう。そのためには処方医とは別の立場からセカンドオピニオンを聞くことができるシステム(=医薬分業)はと ても重要です。



氏は医薬分業した場合、医療費が増える点について具体的な数値を上げて事細かな説明をされています。確かに患者負担が増える点や医療保険財政が赤字の点から好ましくないという議論はいろんな所でなされています。もちろん、負担が増えないことに越したことは言うまでもありませんが、経費よりも薬の安全性のほうを重要視すべきではないかと考えています。それに、もともと医師は処方箋を発行するよう法的に定められています。そして、町の薬局はその処方箋を受け付け、薬を調剤するためにあります。それが今まで処方箋が来ないため本来の仕事ができない状態でした。そして今ようやく処方箋が発行され始め、本来あるべき姿になってきたということです。このように薬剤師の調剤は本来あってしかるべき仕事ですので、それに付属する技術料も当然のフィーだということです。今までそれを支払う状態でなかったこと自体がおかしかったわけですね。患者負担や医療保険財政については医薬分業とは切り離して別途議論すべき問題と考えます。


最後に、医薬分業は二度手間になるという点ですが、このことは分業反対派の方からしばしば指摘されることです。患者さんにとっては不便なことは認めます。しかし、処方を薬剤師によってダブルチェックすることが医薬分業の大切な目的の一つです。すなわち「わざわざ二度手間をかける」ことを意図したシステムなのです。その上で薬の安全性を確保しようということですので、これは本来、医薬分業のメリットと考えるべきことです。薬の安全性を大切にする医療をするのか、単に利便性のみを重視するのかが問われるところですね。

今後、医薬分業は加速度的に増えていくと予想されます。その動機がたとえ経済的なものであったとしても、医薬分業の意義は「薬の安全性の確保」にあることを十分理解していただき、患者さんのためになる分業形態をとっていただくよう切に願うものです。


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下原康子様

吉田均


資料お送りいただき大変お世話になりました。 お陰様で「医事新報」の原稿ができ、10月26日に投稿しました。ありがとうございました。アクセプトされるかどうかわかりませんが、下記のような内容です。「皮肉」が入りすぎたかなぁと思っています。これが原因で受理されないかも・・・・。長文ですので、ご興味がありましたら、そしてお暇なときでもお読みいただければ幸いです。


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啓発されるところがいくつかありました。

東邦大学付属佐倉病院図書室:下原康子


下原康子です。「医事新報」の原稿、拝見させていただきました。「皮肉」よりも「率直さ」を感じました。もしかしたら「率直さ」こそ最高の「皮肉」かもしれないと思いました。率直さの質にもよりますが。

後半の先生のお考えを書かれた部分に、啓発されるところがいくつかありました。


副作用の説明があり、他の治療法も考慮し、その中から患者さん自ら選択し、そして納得した上でのコンプライアンスということが重要ではないでしょうか?このような苦い経験から、患者さんの納得のいく薬の選択ということが今後さらに求められるでしょう。そのためには処方医とは別の立場からセカンドオピニオンを聞くことができるシステム(=医薬分業)はとても重要です。


まともなことを明快に発言してくださるので、爽快になります。ついでに患者に向かっても遠慮なさらずに「良い医療を受けたかったらお任せではなく勉強してください」とおっしゃってください。


処方を薬剤師によってダブルチェックすることが医薬分業の大切な目的の一つです。すなわち「わざわざ二度手間をかける」ことを意図したシステムなのです。その上で薬の安全性を確保しようということですので、これは本来、医薬分業のメリットと考えるべきことです。


なるほど、と思ってしまいました。看護婦さんや薬剤師さんはじめコメディカルスタッフの方たちといいコミュニケーションを取れるドクターを見ていると、私は安心するし、いいなあと思います。そういうドクターは患者さんともおしゃべりができます。掲載と反響が楽しみです。掲載されないなんてこと絶対ないと思います。(98/11/13)

 

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11月16日、医事新報社からアクセプトしたとの葉書が届きました。掲載号はまだ未定です。

11月25日、校正用原稿が送られてきました。12月5日号に掲載されます。