『告白』
                           ひーやん


「ムーンクリスタルパワーーっ」
「待って!」
 今まさに変身しようと腕を振り上げたうさぎちゃんに、私は思わず叫んで
いた。
 突然の事にみんなが驚いたように私の方を振り返る。彼女達の向こうには、
私達がこれから向かおうとしている所、邪黒水晶が不気味にそびえ立ってい
た。
 邪黒水晶。遙か30世紀のクリスタルトーキョーを奪取せんが為に、ブラ
ックムーンを名乗る一族がこの世界に送り込んだ居城。ブラックレディとな
ったちびうさちゃんがいる場所。そして恐らく彼等と私達の最後の決戦の場
になるであろう場所。
 だからあそこへ行く前に、私はみんなに言わねばならない事があった。そ
してただ一人の人に告げなければならない想いが。
「……今までありがとう」
 みんなの視線に、そのまま呑み込んでしまいそうになった言葉――――を
どうにか紡ぎ出す。
「もう一度、みんなでクラウンのケーキ、食べたかったね」
「「「「…………」」」」
 意図していた訳ではなかったが思わず過去形で言ってしまった事に、みん
なは一様に気まずそうな、それでいて誰かがそれを口にすることを分かって
いたかのような表情を返してきた。
(やっぱり……こんな時に言い出さない方が良かったのかも……)
 一瞬後悔の念が頭をよぎる。けれども一度口から出てしまった言霊は、今
更消えたりはしない。
「ごめんなさい……でも、もしもの時の為に、それだけは言っておきたかっ
たの」
 もしもの時。
 もしも……私が死んでしまった時のために。
 そう、以前ダークキングダムとの決戦の前にもこんなやりとりがあった。


 ――――「もしも」の事があったら後悔するよ――――


 あれは誰が言い出した事だったろうか?
 でも実際その時は、誰も真剣に「もしも」の時の事など考えてはいなかっ
たのだろう。
 普通の女の子の日常からは考えられないセーラー戦士としての日々。だが
それすらも、いつの間にか日常としていた私達。
 怪我をした事もあった、もう駄目かと思ったことも幾度もあった。けれど
も心の何処かで、私達はこんな事なんかで死んだりはしないという不遜な思
いも確かにあったのかもしれない。
 だけど、そんな甘い考えは一瞬のうちにかき消されてしまった。セーラー
ジュピターの……まこちゃんの死によって。
 あんな思い、もうしたくない。


 初めて会った時から惹かれるものを感じた。

 気がついた時には、その姿を目で追っていた。

 いつも側にいたいと思った。

 私を見てほしい、それは初めての気持ちだった。


 けれど、その気持ちをうまく言葉にできないまま私達は決戦の時を迎え、
そして目の前で彼女を失った。
 その時になってようやく私は、自分が彼女の事をどう思っていたのかを理
解した。
 記憶の底から蘇る、はるかな昔に誓った約束。もう叶えることは出来ない。
 でも、それならばせめて伝えたかった「覚えていた」と。
 そして私は選んだ。
 仲間と共に進むより、最後の瞬間まで彼女の側に在ることを。
 ――――今でもその気持ちには変わりはない。私はずっと彼女の側にいた
い。でもあの時の気持ちとも少し違う。
 うさぎちゃんを、みんなを守る為ならば、私は何度でもこの命を懸ける事
ができるだろう。理屈ではなくそう思える私の大切な人達。そして恐らくそ
れが、あの時みんなを捨てた私に許される唯一の償いだから。
(本当に今までありがとう)
「っ…何言ってんのよ。またみんなで食べに行けばいいじゃない」
 刹那、苦しそうに顔をゆがませたレイちゃんは、けれど次の瞬間には笑っ
てそう答えた。
「ケチケチしないで、食べ放題ってのは?」「さんせーいっ!」
 まこちゃんもレイちゃんの勢いに便乗するように提案し、うさぎちゃんが
それに諸手をあげて賛成する。
「うさぎちゃーん、太るわよ」「美奈子ちゃんのイジワルぅ」
 美奈子ちゃんもここぞとばかりにツッコミを入れ、みんなは笑い声をあげ
た。私も少しだけ笑った。
 そこにあるのはいつもと同じ日常の光景。いつもと同じで、それこそこん
な場面にはとても不自然な。
 言葉には出さなくとも、彼女達が私と同じ不安を抱えているのが分かった。
それでもみんな「もしも」とは口にしない。生きて帰って来ることを、明日
からもこの素晴らしい日常が続くことを、自分達の手で未来を作っていくこ
とを信じているから。
 やっぱり言えない……。
 今日私は命を落とすかもしれない。だから悔いを残さない為にも彼女に想
いを告げたい。けれどもそれは私のエゴ。それではあの時と同じだ。私の我
が儘のためにレイちゃんを美奈子ちゃんを、そしてうさぎちゃんを苦しめる
事になったあの時と。
 今にして思えば、記憶が戻った時にすぐに告げるべきだったのだ。一緒に
いられる事のうれしさ、それを失う事の怖さに結局またここまで来てしまっ
た。その結果、今こうして後悔している。
 この状況に合う諺を思い出すまでもない。記憶を取り戻した時からこうな
る事は分かっていた筈なのだから。けれど記憶を取り戻さなければ、この甘
美な痛みを抱く事もまた無かっただろう。
「みんなで帰ってケーキを食べよう」
 レイちゃんが手を差し出す。
 彼女は全て分かっているふうだった。あの時も、そして今も。
 ならば私も未来を信じよう。この想いを告げることのできる未来を。


        ☆        ☆        ☆


 あれから1ヶ月。ブラックムーン一族との長い戦いは終わり、町には平和
が戻ってきていた。
 ちびうさちゃんは未来へと帰り、私達は待ち望んでいた日常を取り戻した。
 みんなと出会ってから迎える2度目の春。私達はそろって3年生へと進級
し、否応もなく受験生という立場へと自分達を追い込んでいかねばならなく
なっていた。でも、それは大変だけれども楽しい事だった。
 自らの将来の為に勉強し、同じ受験生であるみんなの勉強の手伝いをする。
 およそ勉強しか取り柄と呼べるものが無い私は、そのことで彼女達の役に
立てるのが嬉しかった。
 穏やかに流れる至福の時間。けれども、それは長くは続かなかった。
 火川神社でレイちゃんを襲った謎の敵と、私達の前に現れた二人の新たな
セーラー戦士。何かが動き始めたのを、私達は嫌でも感じずにはいられなか
った。


「ほら、私はもう大丈夫だから」
 涙目ですがりつくうさぎちゃんの頭をなでながら、レイちゃんが優しく微
笑む。
 敵は倒され、二人の戦士は立ち去った。残されたのは未だに事情がよく飲
み込めていない私達。
 事情が飲み込めていないのは、当事者だったレイちゃんにしても同じだろ
う。私達の誰よりも勘の鋭い彼女が、変身する隙もなく襲われたのだ。幸い
外傷は無いようだけれど、それでもその顔には疲労が色濃く伺えた。
「ほんとに大丈夫?」「大丈夫だって、ほら」
 うさぎちゃんの肩を借りながら立ち上がったレイちゃんは、腰に手を当て
ると胸をはってみせた。
「私をこんな目に遭わせて。今度敵が現れたら、ただでは済まさないから」
「その意気なら大丈夫そうだね」
 それまで心配げに彼女を見ていたまこちゃんは、そう言って相好を崩した。
「まぁ美味しいものでも食べて、今日は早めに寝ることね」
 美奈子ちゃんの言葉に、張りつめていた気も穏やかに緩んでいく。
「そうだよレイちゃん。後であたし、雄一郎さんによーく言っておくから」
「あのねぇ、余計な世話やかなくていいの」 
「……新たな敵か。もしかしてレイがセーラー戦士だと知っていたのか?」
(!)
 気丈な様子を見せるレイちゃんにほっとしたのもつかの間、アルテミスの
呟きに私は胸を突かれた思いで顔をあげた。見ればみんなも緊張した面もち
でアルテミスを見つめている。
「あ・る・て・み・すーっ!」「ご、ゴメン」
 ルナがアルテミスを睨み尻尾を踏んづける。その光景を視界の片隅に捕ら
えながら、私は先程のアルテミスの言葉に考えを巡らせていた。
 私の持つ情報網に、人外の存在が関わったような事件はこのところ入って
きていない。実は情報がネットやメディアに載らないだけで、既に被害者が
出ているかもしれないが、アルテミスの言うように敵が最初から私達を狙っ
てきた可能性も一概には否定できない。
 あの謎のセーラー戦士。彼女たちが本当に私達と同じセーラー戦士なのか
どうかはまだ判らないが、そういう存在の出現する事じたいが、敵の狙いを
暗に示しているようで、私は背筋にうそ寒いものを感じた。 
「――――ちゃん、亜美ちゃん!」
「え?」
 気がつくと、みんなはもう帰る準備を始めていた。声をかけてきたまこち
ゃんが不思議そうな顔で私の様子を伺っている。
「どうしたの亜美ちゃん? 今日はもうお開きだよ。一緒に帰ろう」
「え、ええ」
 私は頷いてまこちゃんの後を歩き出した。
「じゃあねー」
 後ろからの声に振り返ると、うさぎちゃんが手を振っていた。傍目には元
気に振る舞っているレイちゃんの事が、実はまだとても心配なのだろう。私
達とは帰らずに、もうしばらくレイちゃんに付き添うつもりらしい。
「レイちゃん、気疲れしなきゃいいんだけど」「そうかな? どっちかって
言うと嬉しいんじゃない?」
 美奈子ちゃんとまこちゃんが小さく笑いながら神社の階段を下る。私はそ
の少し後を歩きながら、再び新たな敵の事に考を巡らせた。
 今やセーラームーンとセーラーチームは世間でも知られた存在だ。敵の情
報が何も無いこちらとは逆に、あちらは何らかの情報を持っているかもしれ
ない。ひょっとすると私達の正体も。
 実際、火川神社は何度も敵との戦闘の場になっている。もし誰かがその特
異性に気づけば、そこに住む者、その交友関係、調べるための材料は幾らで
も見つけだす事ができるだろう。
 次に狙われるのは私達かもしれない。
 先程の戦闘の光景が脳裏に蘇る。体の中から何かキラキラしたものを抜き
出されたレイちゃん。あれが何かは分からないが、きっと人が生きていく上
で無くしてはいけないもの、そういうものだという気がする。
(――――いやっ!)
 虚ろな瞳のレイちゃんの姿に、不意にあのDポイントでのジュピターの姿
がダブった。とたんに胸の奥がギュっと締め付けられるような感覚。
「亜美ちゃん? さっきから変だよ。ぼーっとしちゃって。熱でもあるの?」
「!」
 驚いて顔をあげた私の目の前に、まこちゃんの顔があった。
「あ……ううん。ちょっと考えごとをしていたから」
 額で熱を測ろうとでもしていたのだろうか? 身をかがめたまこちゃんの
思わぬ程の近さに、私は慌てて身を引いて周りに目をやった。いつの間に別
れたのか、美奈子ちゃんの姿はもう見えなくなっていた。
「だろうと思ったよ。亜美ちゃん、考えごとをしたまま時々帰ってこなくな
るからね」
 まこちゃんはそう言って笑った。きっと私が気づいてないだけで、実際は
何度も声をかけてくれていたのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい……」
「あ、別に怒ってるんじゃないよ。それより何か心配事があるなら、あたし
で良ければ相談に乗るよ。あんまり難しいことは分からないけれどさ……そ
の、亜美ちゃんにはもっと笑っててほしいから」
 さっきとはまた違った、胸の奥の痛み。
 いつからだろう。彼女にこんな気持ちを抱くようになったのは。
 どうして私はこの人を、こんなにも好きになってしまったのだろう。
 私だけでなく誰にだって優しいのに。
 どうして私はこの人の事なら、こんなにも利己的になれるのだろう。
 分かっていても、私だけを見てほしいなんて。
「亜美ちゃん?」
 知らず、私はまこちゃんの制服の裾を掴んでいた。
「まこちゃん……話があるの」
 言わなければいけない。もう後悔しないように。
 伝えなければいけない。いつか私が消えてしまう前に。


         ☆        ☆         ☆


「ごめんね、こんなものしかなくて」
「ううん……今日は母も戻ってくるし。すぐに帰るから」
 普段と変わらない様子のまこちゃん。気恥ずかしさからなんとなく目を合
わす事が出来なくて、私は勧められた紅茶に視線を落とした。
 結局、人通りのある外では言い出す事ができなくて、彼女の部屋までつい
てくることになってしまったのだ。
「ところで何だい? 話って」
 テーブルを挟んで向かいに腰を据え、こちらに問いかけるまこちゃんに、
どう切り出せばいいか正直迷う。
 いざ告げるとなるとやっぱり怖い。拒否される事が。
 私はまこちゃんの事が好きだけど、まこちゃんが私の事をどう思っている
か……多分、友達としてなら嫌われてはいないだろうけど。
 ううん、例え彼女がどう思っていても、私はそれを受け入れなければなら
ない。これは、私が私の気持ちにけじめをつける為に……いつ死んでしまっ
ても後悔したくない為にする事なのだから。
「まこちゃん……まこちゃんの好きだった先輩って、どんな人だったの?」
 でも私の口から出た言葉は、私の想いとは違っていた。
「先輩? そうだなぁ……振られる前まではとにかく優しかったよ。この人
になら甘えてもいいかなって思えたんだ。話も面白かったし、一緒にいると
あたしの知らないいろんな世界が見えて楽しかったな」
(そうなんだ……)
 まこちゃんを甘えさせる事も、面白い話をする事も、どちらも私には無理
な事だと思うと少し悲しくなった。
 時々、その先輩によく似ているという人に目を奪われる事がある彼女。や
はりまだその人の事を想っているのだろうか?
「今でも……好き?」
「どうかなぁ? 結局振られたんだしね。でも先輩に似た人を見かけると、
なんだかあの優しさをまたくれそうな気がしちゃうのって、やっぱり未練な
のかな……。それよりどうしたの亜美ちゃん? 急に先輩の話なんか。まさ
か……好きな先輩ができたの?」
「先輩? ううん、そうじゃないの。ちょっと聞いてみたかっただけ……そ
れで、まこちゃんは、先輩に自分から告白したの?」
「あ、うん、そうだけど」
「告白する前に、もし断られたりしたら…とか、考えなかった?」
 私はいったい何を聞いてるんだろう。言いたいのはそういう事ではないの
に。これではまるで告白の前にリサーチをしているみたい。
 もし断られたらなんて……私はこんなにも臆病だったの?
「…そりゃ少しは考えたけどね。でも言わなきゃ気持ちは伝わらないし、断
られる前からその事を心配したって何の得にもなんないだろ。それにさ、断
られるかもって顔しながら告白するより、その人の事を好きって気持ちを素
直に伝えた方が、相手の方だって答えやすいと思うよ。…あ、ごめんね、あ
たしが言ってもあんまり参考にはなんないかもしれないけど」
「そんなことないわ」
 私はあわてて首を振った。
 その様子がおかしかったのか、まこちゃんはくすりと笑う。
「……亜美ちゃん、告白したい人がいるんだね」
(!)
 急に真面目な顔で見つめられ、私は心臓が止まるかと思った。まさか私の
気持ちはとっくに気づかれていたのかしら?
 そう思うと急に頬が熱くなってきた。
「それくらい分かるよ。亜美ちゃんの様子を見ていればね」
 ふっと相好を崩す。いつもの優しい瞳。
「断られるかもしれない。相手には他に好きな人がいるのかも。このまま言
わないままの方がいいのかもって思う。それでも、その人を想う気持ちは止
められない。そうだろ?」
「……ええ」
「そして、早く言わないと、その人は何処かに行ってしまうかもしれない」
 まこちゃんの言葉に頷く。
 私の身に。彼女の身に。いつまたあの日のような事が起こるか分からない。
 ううん、そうはさせない。彼女は、みんなは私が守る。例えこの身がどう
なろうとも。だから、もう想いを秘めたままでいる事なんてできない。
「亜美ちゃん、その人のことが本当に好きなんだねぇ」 
 そう言ったまこちゃんの声には、どこか溜息に似た寂しさが感じられた。
「わかった、あたしが協力してあげる。さ」
「?」
 さぁ、と言われても。協力…ってどういう事だろう?
「ほら、勇気をだして。卒業してどこかへ行くのか転校するのかは知らない
けど、もうあまり時間が無いんだろ? あたしを…その好きな先輩だと思っ
て言ってごらんよ」
「え…あ!」
 分かった。でも……なんて皮肉なんだろう。
 まこちゃんの言葉。それは多分、自分を告白の練習台にしろって意味。
 そう…だよね。普通、告白すると言ったらやっぱり異性に対してだと思う
もの。それが先輩かどうかはまた別にして。
(協力……か)
 当然と言えば当然だけど、まこちゃんは自分が告白の相手だとはこれっぽ
っちも思っていないのね、きっと。
 寂しく感じると同時に、私は少し気が楽になった。
「まこちゃん、立って」
「あ、うん」
 ティーカップをテーブルの上に戻してまこちゃんが立ち上がる。私も立ち
上がるとひとつだけ息を吸って、まこちゃんの目を正面から見つめた。
「言うわね」
「どうぞ」
「……初めて会った時からずっと、あなたの事が気になっていました」
 こくこく、まこちゃんが頷く。
「最初はただ憧れていました。あなたが人に向ける優しさも、ひたむきな強
さも、勉強しか取り柄のない私にはとても羨ましくて。いつの頃からか、ず
っとあなたの側にいたいと思うようになりました。それはきっとあなたの笑
顔や優しさに触れていたら、私も変われそうな気がしたから」
 こくり、優しい目をしてまこちゃんが頷く。
「だけどそれから、あなたの側にいると時々どうしようもなく胸が苦しくな
る事に気がついたの。でも私は……私の中にはずっと、この気持ちを説明す
る言葉なんて無かった。そんな想いは、これまでにした事が無かったから。
それが何なのかようやく分かったのは、Dポイントであなたを失った時…」
「うんうん……え?」
「転生してまたあなたに会えて、それだけで私はうれしかった。そして以前
にも増してあなたを失うことが怖くなった。……あなたにとって私は友達の
一人にすぎないかもしれない…あなたは他に好きな人がいるかもしれない…
それでも、この想いを伝えたかった。私が好きになったのは、そういうあな
たなのだから……」
「ちょ、ちょっと――――」
「まこちゃん……私は、あなたが好きです」


「あ、亜美ちゃんっ」
(………………………)
 自分の胸に手をあてる。
 胸のつかえが取れた……とは思えないけれど。でも。
 言ってしまった。これで…もう思い残すことはない。
 一年以上も心の中に秘めてきた気持ち。でも、それは言葉にすれば一分に
も満たない短いもの。ううん、言ってしまった今なら分かる。幾ら言葉で飾
ってみても、本当に言いたかった事は、たった一言だけ。
 もし許されるなら、この次はその言葉だけを彼女に伝えたい。
 許されるなら、だけれども。
「ごめんなさいまこちゃん、驚いたでしょう? でもこれが私の本当の気持
ちなの」
「いや、あ……その……あたし……」
 何を言おうか戸惑っているような彼女。友達としてどう断ればいいか、ど
う言えば私を傷つけないかを考えているのかもしれない。そう思うと胸の奥
がざわめき、私は足下に視線を落とした。
「黙っていようと思ってた……」
 これまでの関係を壊したくはなかった。
「でもずっと言いたいとも思ってた」
 戦いは……私達を待ってはくれないから。
「もうあの時のように後悔したくはないの」
「あの時……って」
「邪黒水晶に突入した時も、Dポイントの事を思い出して本当は言ってしま
いたかった。後悔したまま死ぬなんて絶対嫌だったから」
「亜美……」
「さっきアルテミスが言ってたでしょう。今度の敵は……私達を知っている
かもしれないって。だからもう待てなかったの。今すぐ自分の気持ちを伝え
たかったの。今すぐにでもまこちゃんの気持ちを知りたかった……」
「…………」
「もう…悔いはないわ。教えて、まこちゃんの気持ちを」
 思い切って顔をあげる。でもその視線の先のまこちゃんは、私の方を見て
いてはくれなかった。
「……なんだよ」
 少しうつむいて、気のせいか肩の辺りが細かく震えている。
 その様子に、私は少し不安になった。
「どうかし――――」
「Dポイント? 邪黒水晶? 悔いがないって…なんだよそれ!!」
 声をかけようとした瞬間、まこちゃんは私を睨みつけてそう叫んだ。


         ☆         ☆         ☆


「まこちゃん?」
 怒ったような、ううん、これは怒っている口調。
 私、何か彼女を怒らせるような事を……そうね、やっぱり信じてもらえな
いよね。まこちゃん、自分がからかわれたとでも思ったのだろうか。
「聞いてまこちゃん、違うの。信じられないとは思うけど、私は――――」
「悔いがないってどういう事だよ! そんなの……まるで亜美ちゃんがどこ
かに行っちゃうみたいじゃないか」
 言葉を遮るようにして、まこちゃんが私の肩を掴む。テーブルの上のティ
ーカップが音をたてて床に転がったが、彼女の視線は小揺るぎもせず私を見
つめていた。
 肩に感じる鈍い痛みと投げつけられた言葉。私は訳が分からないままに、
自分の予想が的外れだった事だけは理解した。
「……私はどこへも行かないわ。でも、もしもの時のために気持ちの整理は
つけておきたかったの」
 彼女の台詞を頭の中で反芻しながら説明する。
「もしもの時のため? そんなの認めない!」
 私の肩を掴んだまま、まこちゃんは激しく首を左右に振った。
「あたしに告白することで亜美ちゃんが生きる事を諦めちゃうんだったら、
そんな告白なんていらないよっ」
「違うわ。私、そんな事思ってない」
 まこちゃんの言っている事がよく分からなくて、私の声も少し大きくなっ
た。私は……生きることを諦めてなんかいない。
「でも、告白したらもう悔いはないんだろ? もういつ死んでもいいって、
そう思ったんだろ」
「それは……」
 まこちゃんの言葉を私は返せなかった。確かに告白し終えた瞬間、そう思
った私がいたのは事実。
「……それは、そういう覚悟ができたというだけ。死にたい訳じゃないわ」
「覚悟? 同じことじゃないか」
 まるでとりつく島のないまこちゃんの言葉。
「違うわ!」
「同じだって」
「違う!」
 どうして分かってくれないの? 私はあなたを守りたい。あなたを二度と
失いたくない、それだけなのに。
「あたしは……亜美ちゃんと一緒に生きたいんだ」
 両の拳を固めたまこちゃんがわたしに向かって叫んだ。言葉の内容とは裏
腹に彼女の表情は怖い……敵と対峙している以外に、こんなに怒っているま
こちゃんを見たのは初めてだった。
 その怒りを向けられているのが私だなんて。
「……あなたが……それを言うの」
 理由もなく涙が溢れてきた。
 悔しい? 悲しい? 分からない。
 でも、それを言いたかったのは私の方だ。
 共に歩いて行きたかった。共に生きて行きたかった。でも、そう思った時
にはもう、あなたはいなかったじゃない。
「……私達を残して先にいっちゃったのに! どうして、どうしてそんな事
が言えるのっ!」
(! 違う……私はそんなこと言いたいんじゃない!)
 思うより先に、びくっと震えるまこちゃんを感じた。肩にかかっていた力
が途端に無くなる。
「ご、ごめんなさい……」
 触れてはいけない部分に触れてしまった。そう感じた。
 そのとたん、私は彼女の気持ちが分かったような気がした。


 私は、私の死に対してレイちゃん、美奈子ちゃん、うさぎちゃんの三人に
負い目を感じている。あの時私がみんなと一緒に行動していれば、その後の
展開はもっと変わっていたと思うから。みんなが死ぬことも無かったかもし
れないから。
 あの時の事は、今でも誰もあまり触れたがらない。三人はきっと許しては
くれないだろう。私も自分を許せない。誰よりも先に死んだまこちゃんは、
恐らく私以上にそう感じている筈で。それはつまり――――
「そうだね……あたしにそんな事を言う資格なんかないよね」
 私の肩から手を離し、まこちゃんは小さく呟いた。
 肩をすぼめた彼女からは、いつもの力強さは微塵も感じられなかった。そ
れは恋に破れた時の様子に似ていなくもなかった。
「亜美ちゃんの言う通りだよ。あたしはみんなを守れなかったんだもの」
「……だから、みんなを助けるためなら命も惜しくない」
 私はさっき感じた事を口にしてみた。
「!」
 まこちゃんが驚いて顔をあげる。
(やっぱり……そうなのね)
「亜美ちゃ――――!!」
 私は彼女の胸に飛び込んでいた。
 悲しかった。私と同じことを考えていたのが。
 嬉しかった。一緒に生きたいと言ってくれた事が。
 涙がまた溢れた。
 まこちゃんの背中に回した腕に力をこめる。
「私も、あなたに生きていてほしいの」
「亜美ちゃん……」
 頭の上から声が聞こえ、また私の両の肩に手が置かれるのを感じた。今度
はそっと。
「……いつ死んでもいいと思っているのは、まこちゃんもでしょう?」
 私は顔をあげてそう尋ねた。
「今はもう……思ってないよ」
 そう答える彼女の顔は、いつもと同じ表情に戻っていた。
 私の大好きな、木漏れ日にも似た優しい微笑。
「それより……あたし「も」って事は、亜美ちゃんも認めるんだね」
 私はこくりと頷いた。多少不本意ではあったけど、この見解に関してはま
こちゃんの主張の方が正しかった。
 命が惜しくないなんていうのは、結局は逃げ口上。残される人の悲しさを
無視した自己陶酔だ。命懸けで守ろうとしている相手がそんなふうに自分の
命を軽視していたら、私だって怒るだろう。
「今はもう思ってないわ」
 忘れずにそう付け加えておく。
 まこちゃんがふわりと笑う。
「Dポイントでね、意識がなくなる瞬間にこれで両親の所に行けると思った
ら正直ほっとしたんだ。生まれ変わって、あの時みんなの役にたてなかった
償いに今度はみんなを絶対守ろうって決めた時も、自分の命が惜しいなんて
思わなかった。死んでもあそこに帰るだけだからね」
「まこちゃん……」
 そう、私もみんなを、まこちゃんを守ろうと思った。でもそれは、単にま
こちゃんの死を見たくない……まこちゃんより先に死ねれば良いという思い
だったかもしれない。
「でも、亜美ちゃんが教えてくれたんだ。あたしを好きだと言ってくれる人
がいるって。私の死を悲しんでくれる人がいるって。
 ごめんね、怒鳴ったりして。とっても嬉しかったのに。あたしに生きる気
持ちをくれた人が、ちょっと前までのあたしと同じ事言ってるんだもの」
「ううん。私も非道いこと言ってごめんなさい」
「いいよ。おたがいさまって事でさ」
 抱き合ったままの態勢でまこちゃんはちょっと上体をそらすと、自分の親
指で私の目元の涙を拭ってくれた。
 きっとひどい顔をしているにちがいない。そう思うと、私は急に恥ずかし
くなった。
「……それより返事がまだだったよね。て言うか、あたしも告白したい人が
いるんだけどさ、亜美ちゃん聞いてもらえる?」
「ええ」
 私は抱きしめていた腕を離した。
 まこちゃんが半歩後ろへ下がる。
 目と目があった。彼女の瞳に私が写っているのが分かった。 
「ずっと前から好きだったよ、亜美ちゃん。これからは一緒に生きていこう。
命懸けでね」
 まこちゃんらしい、まっすぐな言い方。それはまっすぐ私の心に響いた。
 また、涙がこみあげてくる。今度は分かる。これは嬉しい涙。
「返事を聞かせてもらえるかな?」
 私は涙のまま頷いた。
 伝えたい言葉は一つしか無かった。
「私も…まこちゃんが好き」
 二度目の告白は、暖かい抱擁で受け止められた。

                              Fin.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           あとがき


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