さて、日本での細菌性髄膜炎の状況はどうだろうか。IASRのホームページ(下のほうにスクロールして「細菌性髄膜炎」をクリックしてください。)をご覧になってください。それによると、1997年7月〜2000年6月までの3年間の小児細菌性髄膜炎(症例の定義は髄液所見での細胞数増加と菌の検出)は101施設から428例の症例が報告された。そのうち死亡例は14名であった。分離数の多い上位4菌種について年齢分布を調査した。B群レンサ球菌(GBS)は3年間で25株が分離されていたが2株を除き4ヶ月以下の小児であった。大腸菌は24株で全例4ヶ月以下の乳児であった。インフルエンザ菌は最も多く204株で1ヶ月(2株)
5歳(2株) 6歳 (4株) 8歳(2株)の計10株を除く194株が3ヶ月〜4歳に分布し特に2歳未満に多いとの結果であった。一方肺炎球菌は87株で2株を除いて2ヶ月〜10歳に分布しておりインフルエンザ菌比べて5歳以上の年長児にも患者がみられた。
ペニシリン耐性菌はインフルエンザ菌では25% に、肺炎球菌では39 %にみられ耐性化が相当進んでいるようだ。特に肺炎球菌はセフォタキシムやセフトリアキソンなど髄膜炎の第一選択薬に対しても耐性の傾向にあり効果が期待しにくいという結果であった。そして米国でワクチンのおかげですでに過去の話となったインフルエンザ菌髄膜炎が日本では逆に増加している点にも注目すべきだろう。今後大きな社会問題になることが危惧される。しかも、耐性化が進んでおり治療に難渋するケースが増えている。インフルエンザ菌の耐性菌(BLNAR)による髄膜炎の増加はセフェム系薬を好むわが国特有の現象である(微生物化学研究所北里大学医学部 生方公子医師)。米国のガイドライン(前記)のセフトリアキソン筋注予防法は日本では効果が弱いばかりでなくかえって耐性菌を増やす原因となる恐れがある。
海外ではインフルエンザ菌や肺炎球菌および髄膜炎菌に対するワクチンの開発・導入による予防対策が進められている。米国ではb型インフルエンザ菌 (Hib)ワクチンが 1988年に18カ月〜5歳の小児に導入され、 1990年には定期接種となり、 1989〜1995年に5歳以下の小児におけるHib感染症は95%減少した。現在の標準スケジュールではHibワクチンは生後2、4、6ヶ月および12〜15ヶ月に接種されている。カナダではこれまで2歳以上の小児に23価の肺炎球菌ワクチンを接種していたが新たに開発された7価のワクチンを2歳未満の小児に対して生後2、4、6ヶ月および12〜15ヶ月に接種することを勧告した。
日本では髄膜炎の起炎菌は大多数がインフルエンザ菌と肺炎球菌だ(これは米国の20年以上前の状態)。しかもいずれの菌も耐性化が進んでいる。薬の効く髄膜炎でも怖いのに、薬の効かない髄膜炎はもっと怖い。死亡する確率が高くなり、助かっても、水頭症になる、耳が聞こえない、目が見えない、知能に遅れが生ずる、手足の運動が不自由になるなどの後遺症の可能性が高くなる。耐性菌にはもっと強い薬で対抗していくという方法には限界があり、逆にかえって危険だ。むしろ日頃から、抗生剤の無駄な使用をなくし耐性菌の増加を防ぐことが重要。その上で、海外のようにワクチンによる予防はとても大切と思う。公費による定期接種の導入が強く望まれる(a)。
2001年秋に出版された日本感染症学会・日本化学療法学会編『抗菌薬使用の手引き』の「抗菌薬使用の原則」のなかで、稲松孝思氏は安易な広域抗生剤は耐性菌の蔓延を招くので、集団防衛、社会防衛的な観点から抗生剤の適切な使用が大切だ。エビデンス(根拠)のない抗生剤の予防投与は効果も期待できず、耐性菌蔓延の原因となり、単に患者に抗菌薬の有害反応のリスクを与えるだけと考えるべきと述べている。また、斉藤厚氏も各論「髄膜炎」で、次のように記している。わが国では、一次医療において経口第三世代セフェム系薬やニューキノロン系薬が過剰なほど投与されているという現状があり、それが諸外国に比べてわが国における髄膜炎の頻度を低下させているともいわれている。しかしながら、肺炎球菌やインフルエンザ菌の耐性株の急増には抗菌薬の不適切な投与が関係しているとの指摘もあり、基礎疾患や患者背景を考慮して髄膜炎を起こすような可能性がない限り、不必要な予防投与は避けるべきである。
耐性菌に対して一般的な抗生剤が効かなくなったとき、最後のよりどころはバンコマイシンとカルバペネムだ。しかし、この2種の薬に対しても耐性菌が出現している。バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)とカルバペネム耐性セラチア菌だ。日本では最後の切り札として1980年後半からカルバペネムを多用してきた。その使用量は世界のほぼ半分に達する。薬を使えば使うほど耐性菌が出現しやすくなる。実はペニシリンがはじめて開発されて以来、人類は耐性菌とより強い抗生剤の「いたちごっこ」を繰り返してきた。耐性菌との戦いの歴史は長いのだ。これまでは新しい抗生剤の開発で耐性菌との戦いを何とか凌(しの)いできた。しかしここにきて、「世界的にこの戦略は手詰まり状態」(国立感染症研究所の荒川宜親氏)に陥っている。耐性菌との戦いに負けるとどうなるか?抵抗力が弱ったお年寄りやがんの治療、心臓、脳手術後などに耐性菌肺炎になった場合なすすべがないということだ。移植手術など高度医療は怖くてできなくなる。(清潔好きが耐性菌をはびこらせる)
細菌は人類の英知よりも一枚も二枚も上手で賢いことがわかった。彼らはなんと耐性遺伝子をお互いにやりとりして複数の抗生剤にも耐えられる強い菌に変身していたのだ。ある抗生剤を飲んだとしよう。そのクスリにだけ耐性の菌ができるのならわかる。しかし、飲んだことも使ったこともないあの薬にもこのくすりにも、そして注射薬にさえ多剤耐性になるメカニズムがよくわからなかった。実は細菌は耐性遺伝子を他の菌に渡すことができるプラスミドと呼ばれる特殊なDNAを持っていたのだ。これは染色体とは独立して存在し、自己複製能力を持つそうだ。
腸球菌「おーい、大腸菌ちゃん。こっちにおいで〜。バンコマイシンが来ても負けないようにしてあげるよ!」大腸菌「わー助かるわ。すぐ行くからね」腸球菌「はい、僕にくっついて。そうそう、じっとして。プラスミド入れま〜す」大腸菌「ありがとう。なんか強くなった気がするよ」腸球菌「お互い様だよ。いいプラスミドあったら、わけてね」大腸菌「もちろんだよ。今度お返しするからね。」
てな会話があるのかわかりませんが、細菌同志で異菌種間であってもお互い助け合いながらパワーアップしているということらしい。これではどれだけ抗生剤を開発してもとても追いつかない。
(エンドレスな抗生物質耐性菌問題)
(「ウイルス進化論(1)」まずこの仮説の生まれるきっかけとなった、薬剤耐性菌の話)
髄膜炎の積極的予防を推進してきたFleisher氏とBaraff氏はごく最近の文献RS(602ページにスクロール)で、肺炎球菌ワクチンが普及しoccult bactremiaの頻度が0.5%(現在1.5%)以下になるようなら、抗生剤による積極予防は中止すべきと述べている。米国ではここまで来ているということですね。日本ではワクチンもせず、菌血症や髄膜炎の発症率も調べず、相も変わらず抗生剤のじゅうたん爆撃で対応している。その彼我の差はあまりにも大きい。
米国の最新のワクチン情報は、次の通りだ。Pneumococcal polysaccharide vaccines(日本で発売されているニューモバックスと同じもの、たぶん)は2歳以下の子には効果が望めず推奨されていなかった。今回開発されたPneumococcal conjugate vaccines(商品名Prevnar)は乳幼児にも効果があり、生後2、4、6ヶ月の3回接種で90%の子に抗体価の上昇があり、12〜15ヶ月での追加接種で著明なブースター効果が認められる。そして、重症感染症の93%以上、肺炎の73%、中耳炎の7%、に予防効果があった。副作用は、発熱と接種部位の発赤・腫脹であった。重大な副作用はなくFDAの認可が下りた。このワクチンは7種類のserotype(血清型)に効くようになっている。
肺炎球菌のoccult bacteremia にこの新しいワクチンが効くと期待できるかの調査もされている。5901名の不明熱乳幼児から92名の肺炎球菌のoccult bacteremiaが見つかった。これらの菌の血清型を調べたところ、8種類の血清型が見つかりその内の7種類はこのワクチンが効果ありとされているタイプだった。すなわち見つかった菌の97.7%に効果が期待でき、6Aタイプの2例のみ効果なしという結果であった。
米国のワクチンの接種スケジュールはここをクリック。表の「in this window」をクリックし、拡大されたら表そのものをクリックするとさらに拡大します。他のワクチン(DPTやb型インフルエンザ菌ワクチン)と一緒に接種するようだ。
日本でこれらの2つのワクチンが積極的に使用されないのは何か理由があるのだろうか?厚生労働省とすれば今、国の財政が厳しい折、なるべくお金のかかることは避けたいという思いはあるでしょう。しかし、cost-effectivenessで考えるとたぶんワクチンの方が割安になると思う。この辺はすでに計算済みだとすると、できない理由は他にありそうだ。ワクチンで最も困るのは感染症が減って抗生剤の売り上げが減る製薬メーカーだ。お役人は一般に業界寄りの姿勢を取る。それは血液製剤によるエイズの時の経緯を思い出せば明らかだ。そして、さらに患者第一の立場をとるべき医者自身がそれを阻んでいるかもしれない。その理由は、学会の指導的立場にあり、行政に判断を求められる立場の医者は多くの場合製薬メーカーとタイアップして仕事をしてきた。経済的にも一体化している。業界寄りの姿勢はこの人たちの講演(抗生剤の)を聞けばよくわかる。そのような人にワクチンの導入を望むことはどだい不可能であろう。
話題が変わるが、ウィルス診断学の進歩が抗生剤の無駄な処方を減らすことにつながる。ここ1、2年のあいだに発熱患者の診断に急速な変化が見られた。まず、一つ目としてインフルエンザの迅速診断と抗ウィルス剤による治療だ。これまではインフルエンザの治療にはウィルスには効かない抗生剤が使われ、流行期の冬場にはその売り上げがすごく増えていた。インフルエンザウィルスに効かない抗生剤がなぜ処方されたか?それはインフルエンザで高熱が出ていても咽頭発赤はないかあってもわずかで診察上特徴的所見がない。万が一他の病気だといけないので抗生剤ということになった。また、インフルエンザからの二次細菌感染を恐れてという理由もあった。ところが、鼻水や咽頭ぬぐい液でインフルエンザかどうか診断し、陽性であれば抗ウィルス剤を使用すれば一晩から遅くても二晩で解熱するようになった。これで抗生剤の出番がほとんどなくなってしまった。私の周辺の小児科医のあいだでは抗生剤処方はほとんどなくなった。これは医学の画期的な進歩だ。耐性菌の蔓延を阻止するための武器の一つが得られたということだ。ただ、医者によってはインフルエンザと診断できても、抗ウィルス 剤+抗生剤の処方をしているらしい。肺炎など細菌感染の合併時に限るべきだ。
最近届いた抗ウィルス剤アマンタジンの副作用情報(使用上の注意改訂のお知らせ、2002年2月)に掲載されている4例ではいずれも抗生剤が併用されていた。その内訳は2例がセフジニル、1例が塩酸セフカペンピボキシル、1例がセフトリアキソン(注射薬)が併用されていた。もしかして、全国的にみると抗生剤併用処方のほうが多いのかもしれない・・・。
二つ目としてアデノウィルスの迅速診断キットの開発だ。アデノウィルス感染症は咽頭結膜炎とも言い、39度から40度の高熱(2〜7日間、平均4日続く)と白苔をともなった浸出性扁桃炎、結膜充血を主症状とする病気だ(下記参照)。典型例は診察だけで診断可能だが、高熱と咽頭発赤のみのこともしばしばあり、occult bactremiaなどの細菌感染との鑑別に苦慮する。しかも困ったことにこのウィルスは白血球が2万前後、時には3万にまで増え、CRPもしばしば10以上となり、重症細菌感染症のデータに酷似し、担当医をあわてさせる。そして、血液培養や腰椎穿刺などの検査を目一杯し、その結果細菌培養が陰性であっても、もしかして菌が検出されない敗血症かもしれないと入院し、強力な抗生剤を点滴する羽目になる。ところが昨年から迅速診断キットが導入されてからは事態が一変した。咽頭ぬぐい液を調べるだけでアデノウィルスと診断できるようになった。そして、外来での対症療法のみで治癒することがわかった。今までいかに無駄な検査、不必要な抗生剤を使っていたことか。
小児の3大高熱疾患(インフルエンザウィルス、アデノウィルス、そして突発性発疹症のヒューマンヘルペスウィルス)ではoccult bacteremiaと紛らわしいしく、今まで抗生剤が多用されてきた。しかし、白血球、CRPそしてウィルス迅速診断(突発性発疹症は除く)で鑑別可能となった。この3つの病気で抗生剤を使用しなくなれば、その処方頻度はかなり減るはずだ。
よしだ小児科クリニックでのアデノウィルス感染症の調査データは以下のごとくだ。
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このほかにもRSウィルスやライノウィルス(これは米国のみ)の迅速診断が可能になっている。現在ウィルスのゲノムが次々と解明されており、今後さらに各種ウィルスで診断キットと治療薬の開発が急速に進むと予想される。医学の進歩が無駄な抗生剤の使用を阻止するはずだ。大いに期待したい。そして、それを有効に利用し、古い医療にとらわれず意識改革のできる医者が増えてほしいものだ。
最後に抗生剤のそのほかの副作用についても述べておかねばならない。呼吸困難・浮腫・意識消失など緊急を要するアナフィラキシーショック。@スティーブンス・ジョンソン症候群 A全身の皮膚が真っ赤にただれ、皮がむけ、黒く壊死状態となる皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)や中毒性表皮壊死症(Lyell症候群)。顔色が悪くなり発熱や皮膚に紫斑が出てくる血液障害(汎血球減少症、無顆粒球症、血小板減少症)。腹痛と頻回の下痢、血便となる偽膜性大腸炎。発熱と咳、呼吸困難となる間質性肺炎。尿が出なくなり体がむくむ腎障害。黄疸から劇症肝炎に進展することもある肝障害。抗生剤の種類によっては解熱剤との併用でけいれんが生ずることもある。いずれも副作用も発見が遅れると命に関わる状態となる。重症肺炎など抗生剤を使わざるをえない患者さんでこのような副作用が出た場合ある程度はやむを得なかったと言えるかもしれない。しかし抗生剤の効かない風邪などで服用し副作用が出た場合(これが結構ある)患者さんにすれば悔やんでも悔やみきれない。処方医の責任は重大と考えるべきだ。
薬剤師の役割にも言及したい。処方医の言われるままに何の疑問も抱かず抗生剤を患者さんに渡しているケースが多いのではないでだろうか。最近あるところで講演したとき、大学病院の薬剤師に「抗生剤は細菌感染予防のために必要じゃないんですか」といわれた。大学病院の薬剤師でさえこれくらいの認識しかない。もっと勉強してほしいなぁと思ったものだ。医者の処方に何の批判もせず、抗生剤を出し続け耐性菌を増やすのに荷担しているとすれば、薬剤師の責任も大きいと考えるべきだ。
ではどうするか。熱が出れば一律に抗生剤が処方されているかは処方箋を受けておればすぐ分かる。抗生剤の好きな医者、そうでない医者の区別は簡単に付く。対策として、まずこのホームページを加工して、あるいはそのままコピーして薬局の待合室に掲示することから始めてほしい。また、抗生剤の服薬指導の際、副作用の説明は当然してると思うが、その中に『耐性菌』という副作用も加えていただきたい。患者教育が一番手っ取り早いし有効だ。患者さんから「抗生剤いりません」と言われれば医者は処方しにくい。次に医者教育だが、これが難しい。薬局ウィクリーレポートのような形で、最近の抗生剤処方の動きなどを伝える。米国での「抗生剤適正使用の根本方針」の文献を読んでいるドクターは意外と少ない。勉強不足の医者が多いので理論武装さえしておけば論破することは簡単だ。病院薬剤師であれば、処方医と接する機会も多いので「最近は抗生剤の処方に慎重なドクターも増えてるようですね」などと会話のきっかけを作って、抗生剤の多用に問題が多いことを知ってもらう。心あるドクターであれば理解してもらえるはずだ。
最後にもう一度繰り返すが(処方医に)、抗生剤を処方する際に本当にそれが必要なのかもう一度考え直してほしい。軽率に処方したばかりに後日耐性菌による髄膜炎などの重症感染症になるかもしれない。その危険を冒してもそれでも飲ませる必要があるのか、一人一人の患者で吟味してほしい。万が一、後日、耐性菌の重症感染症にかかった場合、処方医の責任であるということを肝に銘ずるべきだ。(2002/3/5)
(嗤う耐性菌)
(“薬頼り”に警鐘)