「抗生剤」を考える(3) |
抗生剤の適正使用について細菌性髄膜炎を例に論じてみたい。感染症の中で髄膜炎は小児科医にとってはもっとも恐れる病気だ。なぜなら、治ったとしても後遺症が残る確率がほかの感染症よりもずっと高く、死亡もあり得るからだ。したがって小児科医は発熱患者を診たら常に髄膜炎の可能性を念頭に置いて診察するのが通常だ。しかし、見逃してはいけないという気持ちが強すぎて無差別に抗生剤処方してしまうことが多い。
ここ10年ほどのあいだ「抗生剤で髄膜炎が予防できるか?」をテーマに米国の医学雑誌誌上で激論が交わされた。その経緯を追ってみよう。
髄膜炎の多くは細菌が血流に乗って(この状態を菌血症という)頭蓋内に入り込みそこで増殖し発病する。一旦頭蓋内に入り込んでしまうと常用量の経口抗生剤ではたぶん太刀打ちできないであろう。なぜなら、血液脳関門(Blood-Brain-Barrier)で抗生剤が頭蓋内に入り込みにくいからだ。経口薬で髄膜炎を予防するとすれば細菌が頭蓋内にはいる直前、まだ血液中にいる間の発熱の初期段階しかない。従って、小さいこどもが熱を出せばすぐに医者に走って抗生剤を処方してもらうことに一理ありということになる。しかし希な髄膜炎のために全員に抗生剤では余りに非効率的だ。副作用もある。抗生剤の投与患者をもっと絞り込めないのだろうか?
McCarthy氏は1976年の論文Aで体温が40.5度以上なら菌血症の恐れが高くなると述べている。
Fleisher氏らFのデータでは41度以上では菌血症が9.3%に跳ね上がる。いずれにしても“高熱ほど要注意”は間違いない。
体温 | 菌血症のリスク | 髄膜炎のリスク | 重症細菌感染のリスク |
39.0-39.4度 | 1.6% | 0.04% | <0.2% |
39.5-40.0度 | 2.8% | 0.07% | <0.3% |
40.0-40.0度 | 3.7% | 0.09% | <0.4% |
40.5-40.9度 | 3.8% | 0.1% | <0.4% |
41度以上 | 9.3% | 0.25% | <1% |
1980年にBaron氏は白血球数15000以上や好中球数10000以上等で菌血症の可能性が高く、抗生剤使用の基準としているB
。また、1983年の論文でCarroll氏も白血球数15000以上や赤沈値30mm以上を基準値にしているC。
また、Bass氏らによる次のような研究Dもある。3ヶ月から3才未満の小児で、40度の高熱、あるいは39.5度でかつ白血球数が15000以上の患者、比較的元気(well
appearance)でしかも原因のわからない熱(fever without source不明熱)のケースが対象。対象者519名全員に血液培養したところ60名に菌が検出された。これをoccult
bacteremia(注参照)という。その内訳は肺炎球菌51名、インフルエンザ菌b(インフルエンザウィルスのことではない)6名、髄膜炎菌2名、B群溶連菌1名。
このデータから考えると抗生剤治療が必要のある患者はやはり白血球数15000以上、安全策を採れば白血球数10000以上ということになる。逆に言えば白血球数が正常であれば菌血症はほぼ否定的となり、今後髄膜炎に移行する可能性は極端に低くなる。もしなったとしても例外的なケースだ。
また、発熱後12時間以上経過しておればCRPのほうが白血球数よりも信頼性が高い@
。CRP5mg/dl以上あれば菌血症を考えてさらなる検査をすべきだろう。
《注:『occult bacteremia』は比較的元気だが血液培養してみると菌血症があったという意味だと解釈する。たとえばoccult
pneumoniaという言葉がある。咳も少なくて聴診所見も正常だがレントゲンを撮ると肺炎だったというときに使うようだ。toxic(ぐったりして元気がない、顔色が悪い、重篤感がある)な状態でかつ菌血症があればこれを敗血症と言う。即抗生剤の点滴療法・入院が必要だ。このページに出てくる菌血症・occult
bacteremiaの患者はみんな比較的元気な患者ということになる。》
では白血球が15000以上やCRP強陽性で菌血症の可能性ががあった場合治療はどうすればよいのだろうか?
前述のBass氏らの研究(ランダム化試験)Dでは血液中から菌が検出された60名のうちセフトリアキソン(商品名ロセフィン)筋注(75mg/kg)グループでは38名中37名(97.4%)が24時間以内に解熱していた。一方アモキシシリン・クラブラン酸の経口薬グループでは22名中17名(77.3%)の解熱率で注射薬に比べて効果が弱かった。いずれのグループでも髄膜炎の発症はなかった。
Fleisher氏らFはセフトリアキソン(50mg/kg)1回筋肉注射とアモキシシリン(60mg/kg/日)2日間内服を比べたところ筋注に髄膜炎の阻止効果があったと発表している。対象患者6733名:生後3-36週、39.0度以上の比較的元気な不明熱(中耳炎はあってもよい)が対象。このうちoccult
bacteremiaのあった192名でセフトリアキソン筋注グループ(101名)とアモキシシリン内服グループ(91名)にわけて比べたところ(ランダム化試験)、注射薬グループでは血液中から菌が検出された例はゼロ、一方経口薬グループでは3例で血液中から、2例で髄液中から治療前と同じ菌が検出された。
1993年Baraff氏らのシステマティックレビューEでは抗生剤は髄膜炎のリスクを下げると結論づけている(この論文には上記の5、7のデータも含まれている)。906名の子供でoccult
bacteremiaがあり、その内訳は、肺炎球菌が547名、インフルエンザ菌238名、髄膜炎菌8名。その後髄膜炎になった比率(mean probability)は無治療グループで9.8%、経口抗生剤グループで8.2%、注射抗生剤グループ0.3%であった(抗生剤の種類に関する詳しい記載はないが、注射グループで髄膜炎になった2名の使用薬はペニシリンだった)。
いずれも予防に注射薬とは過激だ。なお筋注はいずれの報告も1回だけ行うone
shot療法だ。もちろんこれでも予防できず髄膜炎などになってしまえば入院して抗生剤の点滴療法に切り替わるのは言うまでもない。
これらのデータに基づいてBaraff、Bass、Fleisher各氏らは生後36ヶ月までのこどもの比較的元気な不明熱に対する治療ガイドラインを発表した(Pediatrics
1993;92:1-12Gなぜかこの重要な文献はネット経由では見られない。図書館から取り寄せていただきたい)。生後90日までの発熱は特別扱い(重症感染症になりやすい)なので、ここでははぶき生後91日から36ヶ月までの乳幼児のガイドラインを見てみたい。
ー治療ガイドラインー
チャート式になっています。
(注1)このガイドラインに対して異論も多いため米国小児科学会の公認は得られていない。
(注2)重篤感があるかどうかは経験豊かな小児科医なら一見して分かるがYale Observation Scaleも参考になる。こどもがnontoxic, vigorous, alert, interactive, well-hydrated appearanceの状態であれば重篤感がないということになるようだ。H I
Yale Observation Scale
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体温39度以上かつ白血球数15000以上あればそれだけで血液培養と抗生剤の筋注。ちょっとアグレッシブすぎるような気もしますが・・・、もっとも希とはいえ髄膜炎は後遺症あるいは死亡もあり得ることを考えれば、そしてもし本当に効果があるのなら、これでもいいかもしれない。
38.0度以上の発熱で外来に訪れた患者の何人ほどにこの治療が必要か概算してみた。(参考J
Fam Pract 1985;21:117-122)
発熱患者の25%が39.0度C 以上で、その14%が元気な不明熱(fever without source)で、白血球数が15000以上になる割合が33.3%。これをすべて掛け合わせると1.2%ということになる。これは38.0度以上の発熱患者90名に一名が対象ということになる。1日に30名発熱患者を診るクリニックでは概算で3日に一名、血液培養と抗生剤の筋注をするということになる。
細菌性の髄膜炎の確率はおよそ発熱患者(外来に訪れた)の1.3万人に一人(米国では)だ。希な髄膜炎を一人予防するために多数の子供に培養と抗生剤注射をするということになる。これをやりすぎとみるか、髄膜炎予防のためならやむを得ないとするか、医者によって意見が分かれるところだ。ただ実行するとしても、著者も述べているが、血液培養が必須だ。というのは筋注で完全に予防できればいいのだが、不完全な治療に終わり髄膜炎になってしまったとき、起炎菌が不明になり抗生剤の選択に迷うことになりかねない。そのほか、セフトリアキソンの耐性菌の増加やアナフィラキシーショックなどの副作用のことも考えておかねばならない。
筋注は過激なので内服薬で代用できないかという考えが当然出ると思う。
では、経口薬が菌血症をおさえることができるか?
1987年Jaffe氏らの研究Jによると、「効果がない」という結論が出ている。
3ヶ月から3才未満の小児で、39.5度以上の比較的元気な不明熱で、955名が対象。ランダム化試験でアモキシシリン内服グループとプラセボグループの2群に分け、全員血液培養し、投薬48時間後に2回目の血液培養をした。結果:1回目の培養で併せて27名に菌が検出された(内訳は肺炎球菌、インフルエンザ菌b、サルモネラ菌)。投薬後の2回目の培養ではアモキシシリン内服グループ;2/19名(10.5%)、プラセボグループ;1/8(12.5%)に菌が検出された。髄膜炎になった子はいなかった。結論:アモキシシリンを飲んでも飲まなくても効果は同じ、大部分が自然治癒する。
しかし、前述のBaraff氏らのまとめた1977年から14年間のシステマティックレビューEではoccult bacteremiaの子供906名中その後髄膜炎になった比率は無治療グループで9.8%、経口抗生剤グループで8.2%、注射抗生剤グループで0.3%であった。経口薬に効果がないように見えるが、経口薬で髄膜炎になったのはいずれもインフルエンザ菌で、これはワクチンで予防できる。そこで肺炎球菌だけのデータで見ると(注:髄膜炎の原因はほとんどがこの2つの菌が占める)、無治療グループで5.6%、経口抗生剤グループで0.4%、注射抗生剤グループで0.4%となり、経口抗生剤でも効果あると言えると・・・。(注:日本ではワクチン予防がなされておらず、髄膜炎の起炎菌として今もってインフルエンザ菌が1位を占めている。したがってBaraff氏の論理は日本では当てはまらない)
そんな中で1997年Rothrock氏らKがまとめた1966年から30年間の肺炎球菌菌血症システマティックレビューによれば、肺炎球菌菌血症656例で抗生剤内服グループでは3/399名(0.8%)、無治療グループで7/257名(2.7%)が髄膜炎になった。両グループには4名の差があるので抗生剤が効いたかのように見えるが、統計処理するとpooled odds ratio,0.51;confidence interval,0.12 to 2.09となり、著者らは「経口抗生剤が髄膜炎を予防できる」と結論づけるには十分な証拠が得られなかった、と述べている。また、Baraffらのシステマティックレビュー(前出)は文献を抽出する際の基準に問題があるとも指摘している。この論文では肺炎球菌のみに絞ってデータを出している。米国ではインフルエンザ菌による菌血症・髄膜炎はすでに過去のこととなっているようだ。
どちらが正しいのかその後も議論が続くのだが、髄膜炎の頻度があまりにも少ないので母数が10万人規模のデータを集めない限り決着はつかないようだ。
ここで、セファトリアキソン筋注のガイドラインに話を戻すが、この治療方針の元となった統計の取り方に問題があるなど批判が相次いだ。例えばFleisher氏のデーターを詳細に見ると、注射グループに髄膜炎が2例あり、それが統計に含まれていないし、また経口薬グループの髄膜炎1例は服薬前からすでに髄膜炎になっており統計に入れるべきではないなどと・・・。そして、ガイドラインは検査をしすぎる、無駄な入院が多くなる、不必要な抗生剤治療が行われるなどかえって危険だと指摘(Kramer氏L)。
Rothrock氏ら(Emergency Medicine Reports 1995;Octorber2:193-200)は経口抗生剤は肺炎球菌髄膜炎を防ぐ効果がないばかりでなく(自分の文献Kのことかも)、薬が半効き状態となり、かえって診断が遅れることがあり、危険だ。また、耐性菌をつくる恐れもあると指摘。また、Cox氏らは中耳炎の場合も3%にoccult
bacteremiaがあるのにこれには筋注しないのは治療法に矛盾がある、白血球15000以上という基準はsensitivityが65%で感度が悪すぎ、それにウエートを置きすぎるのは危険ではないか、などと指摘している。
ガイドライン懐疑派の多くは重症感のある(toxic)患者は血液培養などの検査の上、入院や抗生剤の点滴などすべきだが、熱発の原因が見つからず、かつ元気な(appearance
well)な患者は検尿以外の検査はルーチンに行う必要がないし、抗生剤も投与すべきでない。むしろ、慎重にかつ繰り返し経過観察が大切。、もし症状が悪化するようならその時点で検査や入院、抗生剤を考慮すればよい、と忠告している。またその際、親の資質(こどもの状態をちゃんと把握できるかどうかなど)を見きわめることもまた大切と説いている。
この意見に対してBaraff氏MはKramer氏の意見には根拠がなく極論だと反論している。occult
bacteremiaを診断し治療しないと菌血症が持続し、髄膜炎など重症感染症に進展しかえって入院を増やすことになる。実際Harper氏らのデータNでは無治療と注射抗生剤では解熱効果がそれぞれ78%と27%であり、入院の比率がそれぞれ50%と14%となったという。また、Fleisher氏FとBass氏Dのデータを合わせると、7252名の発熱幼児のうち255名がoccult
bacteremiaがあり、もしこの255名を治療しなければ11名に髄膜炎が発症したであろうと推測できる。そして、耐性肺炎球菌の問題から経口抗生剤よりはセフトリアキソン筋注が推奨されると強調している。
概算であるが、3〜36ヶ月の乳児の発熱患者の内39.0度以上で元気な不明熱のケースが3.5%、そのうち3分の1にWBCが15000以上となる。これら白血球増多の患者(及び白血球数とは関わりなく40度以上の高熱患者)の約10%に肺炎球菌のoccult
bacteremiaがある。そして、もし治療しなければその5%の患者が髄膜炎に移行する。もし17400名の発熱患者いたとすると上記の条件に合うケースがその3.5%の600名となる。この全員に白血球検査をし、それが15000以上の患者200名に全員に血液培養を行いその結果が出る前に全員にセフトリアキソンを注射する。occult
bacteremiaの患者は20名でこのうちの1名が髄膜炎になる。この1名を筋注で防ぐことができる(ただし、この1名も予防できる確率は75%)。1人を救うために果たしてこれだけの検査と治療が必要なのだろうか?というのがガイドライン懐疑派の考えだし、一方髄膜炎予防のためならそこまでする必要があるのだというのが推進派の考えだ。
その後今日まで米国では予防のためには注射抗生剤で治療すべきだ、いや経口抗生剤がよい、はたまた経過観察がちゃんとできるのであれば何もする必要がないとする3派に分かれ、論争されてきた。今も決着はついていない。しかし、インフルエンザ菌髄膜炎はワクチンのおかげで激減しており、今後出る予定の(すでに発売されている)肺炎球菌ワクチンがもし効果があれば、このような論争に終止符が打たれ、抗生剤は不必要となるとの予想もある。
2年前に発表された最新のデータOでは、インフルエンザ菌ワクチンのおかげでoccult
bacteremiaの頻度は39度の発熱乳幼児5901名の1.9%に減少していた(以前の報告では2.8-11.6%)。しかも、インフルエンザ菌はゼロで82.9%が肺炎球菌だった。occult
bacteremiaの95.7%は抗生剤筋注しなくても治った。重篤な感染は2名で髄膜炎と1名と敗血症(死亡)1名だった。これは全対象患者の0.03%(以前のデータでは39度以上の乳幼児で約0.15%)ということになる。この文献に関する討論(Pediatrics
2001; 108: 520-521 P をクリックし手続きすれば5ドルでダウンロードできます)でDiTraglia氏はoccult
bacteremiaから髄膜炎になる確率はずいぶん低いので血液培養なしの慎重な経過観察だけで十分でないかと提案している。これに対してKuppermann氏が反論(以前に繰り返されたような)しているが、万が一の髄膜炎を重要視する(Risk-Minimizer)のか、検査や治療のしすぎによる副作用を問題視する(Test-Minimizer)のか、結局は担当医それぞれの考え方ということになるようだQ。
ま、議論はつきないのであるが、私は別のところに注目したい。それは上記のガイドラインの2の『39度C未満:検査なし・抗生剤なし』のところだ。熱の原因が不明でも39度以下で比較的元気なら検査もせず抗生剤治療もしない。ただし慎重な経過観察は必要。日本では38度以上の熱があれば元気であっても抗生剤の処方がむしろ常識となっている。米国では元気な不明熱ではターゲットを菌血症に絞って白血球を調べ、血液培養をし、抗生剤を注射する。そして髄膜炎を予防する。ここまでする必要があるかはさておいても、患者を選んで抗生剤治療をするという基本姿勢がある。
小児全身性肺炎球菌感染症33例の臨床的検討感染症学雑誌75(12);1007-1013,2001
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