日本の医療は大丈夫??


日本の医療は安全なのだろうか?先日、幼児の指 を誤ってハサミで切断する事故が報道された。点滴の針を固定するために巻いていたテープをはずす際、テープと一緒に指を切り取ってしまったらしい。あまりにも軽率なミスだ。これまでも患者取り違え手術、消毒薬誤注射、血液型取り違え輸血、抗がん剤や抗生剤の10倍量投与など連日のように医療ミスの報道がなされている。しかも、これらのマスコミ報道は氷山の一角とも言われている。もしかしたら、安全どころか危険に満ちあふれているのかもしれない。(最近の医療ミス報道ーJPMED喜多ゆかりさんの「news」より)

   

『あなた、病院に行くと病気になりますよ!』『健康診断を受けると具合が悪くなる。』『医者が仕事しないと病人が減る!』(故ロバート・メンデルソン著「医者が患者をだますとき」より)は真実だった。この本を初めて読んだときは、著者はもしかしてものごとを“針小棒大”に言って読者を惑わすような人なのかもしれないと思った。また、あまりの辛辣さに半分ジョークかとも考えた。しかし、そうではなかった。もう一度読み返してみると今の日本の医療の姿を的確に批判している。いちいち納得できる内容だ。20年前に書かれたものとはとても思えない。

今や病院に行くこと自体が病気のリスクファクターの一つとなった。たばこを吸うと肺ガンになりやすいのと同じように、病院に行くと命を落とすかも知れないということだ。最近の地元紙に次のような記事があった。

「ミニ・コント」   医療ミス多発 病気になるのも命がけです。−−患者 (小松・スマッシュ)

また今年平成12年発売の「よくない治療、ダメな医者」近藤誠著によれば、『みなさんがいい医者やいい病院を見つける手助けをしたい、という目的で書きはじめた』が、結局決め手はなく、その結論はなんと『痛くもかゆくもなければ、なるべく医療機関や検査に近づかないこと』だそうだ。良い医者を見つけることはあきらめ、“なるべく医者に近づかない”ことが結論になっていた。すなわち『医療なければ被害なし』ということになるのだろう。こんな結論が出るとは、医療に携わる一人としてとても残念だ。一般世間では「少しでも病気があれば悪くならないうちになるべく早く治療すべきだ」が常識だったと思うが、これが本当に正しいのか今一度よ〜く考え直そう!


もしかしたら、医者は“キレル17才”よりも危険な存在といえるかもしれない。“お医者さんはミスをしない”ではなく“医者だからこそミスをする”と考えておいたほうが無難だろう。「吉田さん!とっぴな事を言っては困ります。」とおっしゃりたいでしょう。しかし・・・。医者は一般的特徴として他人から注意されることはないし、たとえ何か指摘されても「自分は偉い」と思っているので深刻に考えない。検査・治療は患者さんの意向を無視してでも自分のしたいようにする(これは体質あるいは習性と言ってもいい)。ミスがあっても隠蔽し、患者さんから指摘されても病気のせいにする。しかも、遠慮深い日本人は医者に向かってミスを指摘することなど滅多にない。医療は情報公開がもっとも遅れた業種だから、ミスを隠すのも容易である。したがって、ミスをしても反省しない。航空機パイロットはミスすれば自分も死ぬが、医療では死ぬのは患者だけで、医者は必ず生き残る(メディカル・クオーレより)。ミスが減らない理由はこのへんにもある。したがって、“医者だからこそミスをする”は残念ながら正しいのだ。 



では、日本の医療がどれほど危険か数字をあげて説明しよう。日本ではこれまで医療ミスの頻度が公表されることはなかった。それは上記のように医者の隠蔽体質による。しかし、今年、大阪の医真会八尾総合病院(森功院長、374床)がデータを自主公表した。これは画期的なことで、森功院長の勇気をたたえたい。それによると、院内の医師や看護婦らの報告に基づいた調査で1997年11月から今年2月までのあいだに関連6施設を含めミスが770件、ミス寸前のケースが408件あった。ミスの内訳は、看護方法や投薬に関するものが大半だったが、中には点滴やX線撮影で患者を取り違えるという深刻なミスもあった(日本経済新聞 平成12年3月20日)。この数値から推計するとミスの頻度は1日1件ほど発生したことになる。同病院は医療ミスの防止に先進的に取り組み、安全性に特に配慮した病院との評価を受けているが、その病院でさえこれだけの頻度である。他の医療機関については推して知るべしであろう。

薬のみについてはどうであろうか。米国での死亡診断書からの調査によると、処方ミスによる死亡は通院患者も含めて93年の1年間で7,391人であった。原因として解熱鎮痛剤によるものが28%と一番多かった(Lancet351:643,1998)。これは処方ミスと死亡の因果関係がはっきりしたものに限った数値であり、実際の死亡数はもっと多いのかもしれない。

これも米国の例であるが、過量投与などの処方ミス除いた薬本来の副作用の頻度調査では、入院患者の6.7%(95%confidence interval誤差範囲:5.2-8.2%)に重篤な症状が生じ、そのため0.32%(同0.23-0.41%)の患者が死亡しているという。これをそのまま全州の患者数に当てはめてみると毎年およそ221.6万人(同172.1-271.1万人)の患者に重篤な副作用が生じ、10.6万人(同7.6-13.7万人)が死亡したことになる。これは心臓病、がん、脳卒中に次いで死因の第4位を占めることになる。低く見積もった数値で見ても、肺疾患、不慮の事故に次ぐ第6位となる。(JAMA279:1200,1998)。もしこれが事実だとすれば、恐るべき数字である。

日本では米国のような調査がなされていないが、多剤併用処方が多いという特殊事情と医師および患者に副作用に対する認識が米国に比べて低いということから考えて、発生頻度は米国と同等かそれ以上と見るのが正しいかもしれない。もし、本当に3大成人病に次いで多い死因だとしたら、副作用死を疫学的な面から見て、一種の病気と見なしてもいいのではないか。たとえば、drug-induced disease(薬原病)という病名で一つの疾病単位として扱って・・・。そうすれば、医者や、患者さんや、行政の意識も変わり、もっと真面目にそして本格的に予防対策がとられると思うのだが。


4種類以上の薬を飲んでいる患者についての比較対照試験はこれまでに行われたことはなく、3種類の薬を飲んでいる患者についての試験もほんのわずかしか行われていない。4種類以上の薬を飲んでいる患者は医学の知識を越えた領域にいるのである。

ドクターズルール425(医者の心得集)クリフトン・ミーダー著・福井次矢訳、南江堂


処方ミスは薬剤師のチェックでリスク回避が可能である。しかし薬そのものの副作用は減らすことはできない。誤解覚悟で申しますと、それに対応する究極のリスクマネジメントとは“薬を調剤しない”ということである。医師の立場から言えば“処方しない”ということになる。そもそも日本では無駄な薬の処方が多すぎる。たとえば風邪に抗生剤や解熱剤を含めた7〜8種類もの処方は決して稀ではない。抗生剤はウィルス感染には全く効かないのに熱が出れば当たり前のように処方されている。最近、手元に届いた製薬メーカーからの報告書では塩酸セフカペンピボキシルによる溶血性貧血と肝機能障害の2例、セフジトレンピボキシルでの溶血性貧血と無顆粒球症の2例はいずれも上気道炎の診断名がついていた。そもそも、風邪は何もしなくても自然に治る。飲まなくてもよい薬で副作用が出たということだ。こういった無駄な処方は抗生剤に限らない。解熱剤や鎮咳剤、止痢剤しかり。降圧剤や高脂血症治療薬、糖尿病治療薬なども軽症例に使われ過ぎている。そして副作用の強い抗がん剤さえも無意味な使用例が多いという(近藤誠著「患者よ、がんと闘うな」文藝春秋)。そのほかにもいろいろある 。薬剤師はEvidence Based Medicine(根拠に基づいた治療)をもっと取り入れ、医師の処方設計に参画すべきである。又、場合によってはそれらの治療に対して警告を発してもよいのではないかと思う。そして、薬の使用を必要最小限にとどめる、原則一剤投与とする、できれば薬なしで治すなどの治療姿勢が求められる。そして、もし、薬剤師が副作用の予防に貢献できれば、数多くの命が助けられることになる。その役割の重要性は計り知れない。