ヴァイオリンの響き

「満月音楽会」

 「あ、やってるやってる…」銀ギツネのトーシーが銀色のしっぽを光らせながらうれしそうに空中で二回周りました。
森の奥に住む妖精のアナーザがひいているヴァオリンの音が聞こえてきたのです。
「うきうきするね」あなぐまのシューモが言うと、「でも僕たちはまだ何の楽器も練習してないよ。どうするんだい?」とスナーコ博士が心配そうにたずねました。
 尋ねたスナーコ博士には返事もせずにシュウモは夢見るようにまたヴァイオリンの音を聞いていました。
「僕、アナーザのところへ行ってこよう…モナをさそって」
小さい魔女のモナは犬のいちじくと一緒に、森の奥にある家に住んでいました。トーシーがやってくると、犬のいちじくとモナは二人で切り株の上に座っていました。
「モナ、モナは今度の音楽会で何をするつもり?」
見上げたモナの様子がなんだか変でした。モナの身体はそこに確かにあったけれど、トーシーにはそこにモナが感じられなかったのです。「モナ?モナ?どうしちゃったの?」
モナはうつろにただ前をぼんやりと見つめているだけでした。そしてそのうつろな目には涙がたまっていました。涙はさらにじんわりと奥の方からにじんできて、目が涙でいっぱいになるとそれはゆっくりと一筋の流れとなって、ほおを伝っていきました。
「いちじく。モナはいったいどうしちゃったんだ?」
トーシーがあわててモナの洋服を口にくわえてひっぱると、モナの身体はゆっくりとトーシーの方へ倒れていきました。
いちじくのこれ以上ないといった悲しい声がワォーンとあたりに響き渡りました。
モナが倒れたという知らせは森中にひろがりました。モナはあれ以来、ずっと眠っていました。ただ、ときどき目から涙が流れているだけでした。森の住人がかわるがわるモナのそばにいたりモナに会いにきたりして、心配そうにモナの顔を見つめ大きなため息をついて、また帰っていくのでした。
「かぼちゃのスープを作ってきたんだけど」こっくのマーがやってきました。ずっとそばにいたトーシーが悲しそうに頭を振りました。「何も食べない・・・ずっと何も食べていないんだ」
「本当にモナはいったいどうしてこんなことになってしまったのだろう。お医者さんに見せたのかい?」
 「ああ、町のお医者さんにも来てもらったけど、わからないんだ。ただ、涙の理由がわかれば、モナの病気もわかるかもしれないとお医者さんは言っていた」
 トーシーはうつむきました。「モナの病気はぼくのせいだ。モナが倒れた前の日にぼく、川で鮭をつかまえたんだ。たくさんとったよと自慢したら、モナが『食べる分だけにしておいてね』って悲しそうな顔をしたんだ」トーシーは銀色に光る毛の上に、涙のつぶを落としました。
「いや、それだったら、僕のせいだよ」マーが言いました。
「『また旅に出るよ』とモナに言ったら、モナが『音楽会には帰って来る?』と言った。けど『金のりんごで世界一のアップルパイを作りたいから、金のりんごのなる木がみつかるまでは帰らない』と言ったら、モナが『マーのつくるアップルパイはいつもとてもおいしいから、そんなところへ行かないで』って悲しそうだった」
いつのまにかモナの部屋にお見舞いにきていたあなぐまのシュウモとスナーコ博士も口々に自分たちのせいかもしれないと言いました。あなぐまのシュウモは、「僕たちが『音楽会を聞くのは楽しみだけど、出るのは嫌だな、僕たちなんて下手だもの』とモナに言ったら、モナが『じゃあ、一緒に太鼓を叩きましょう』って言ってくれて、それなのに僕は『太鼓なんてできない。笛?できないよ。鈴だってできない。演奏ははにがてだもの』そんなふうに言ったら、モナが黙ってしまったんだ。きっとモナを悲しめちゃったんだと思う」
 またいちじくがクーンと悲しそうに鳴き、部屋にいるみんなが深いため息をつきました。
「このままだとモナが死んでしまうよ。何も食べてないんだ。いったいどうしたらいいんだろう」マーの声にみんなもただうなずくだけでした。
 そのとき、あいた窓から風に乗ってアナーザのヴァイオリンの音が聞こえてきました。するとモナのくちびるが少し動き、ウーンという声が聞こえました。
「モナがしゃべった」「モナは音楽を聞きたいんだ」「そうだよ。音楽会!音楽会が開かれたらモナの病気はなおるかもしれない」「何もしないでただ心配しているより、音楽の練習をしよう」みんな口々に言いました。
 トーシーは海で拾った貝で作った笛を担当しました。マーは外国で手にいれた雲の形のギターをならすことにしました。シューモは森の木で作った木琴をたたこうと決めました。そしてスナーコ博士は風の音がするハモニカを吹きました。他の森のものたちもみんな何か楽器を受け持ちました。
 音楽会までたった二日間だったけれど、みんな一生懸命練習しました。
 満月がやってきて、音楽会が始ります。モナのベッドは音楽会が開かれる小高い丘の真ん中に置かれました。モナの青白い顔が、月の光に照らされていっそう青く見えました。
 アナーザがくぬぎの木で作ったマイクの前であいさつをはじめました。「今年も一年で一番美しい月の夜に音楽会が始りました。いつもはコンクールをしていますが、今年は我々の仲間のモナのために心をみんなでひとつにして、曲の合奏をしようと思います」森中のものたちが一同に、心をこめて拍手をしました。もしここでモナが起き上がらなかったら、モナの命は消えてしまうかもしれません。
アナーザは心の芯まで届くような美しい音色でヴァイオリンを弾き始めました。「こんなに染み入る音だもの、モナは聞いているよね」シュウモの声にマーが「そう信じて僕たちも演奏しよう」と低くささやくような声で言いました。
 さあ合奏です。アナーザのヴィオリンにあわせてトーシーが笛をかなでました。トーシーの笛は海の波を思わせました。マーがギターを弾きました。まるで空の雲が走っているようでした。シューモが木琴をたたくと森の木々が一緒に歌を歌いだしたようでした。そしてスナーコ博士がハモニカを吹き、他のみんなもいっせいに楽器をならしだしたとき、そこにいた全員の体が不思議な感覚におそわれました。大きくなって夜空いっぱい広がるような、あるいは、小さくなって、森の一部になるような・・・くるくる宇宙を回っている様な・・・ 気がつくと、みんなは湖のふちに立っていました。いちじくがワンワンほえるので、その先を見たマーが気がつきました。「あ、モナだ!」モナの体が湖の中に沈んでいこうとしているのです。「モナ、待ってろ」トーシーといちじくがモナにかけようろうとしたとき「待て」とマーがとめました。「これは悲しみの湖だよ。どこかの国で聞いたことがある。世界中の悲しみがここへ流れ込んでいるんだ。湖の水に足をとられると、僕たちも悲しみに沈んでしまう。船をこいで、モナを助けるんだ」湖のふちには小さな小船がありました。マーは言うがはやいか船に飛び乗り、モナのところへかけよって、モナを船にひっぱりあげました。
「モナ、しっかりして」船に乗せて岸に生えているやわらかいこけにモナを抱いて下ろすと、モナは静かに眼をあけました。そして小さい声で言いました。「ありがとう。きてくれるって信じていたの」みんながモナにかけよりました。いちじくもうれしそうにモナのほおを何度もなめました。
「モナがいて、楽しい毎日が当たり前だった。それなのに、モナが倒れてから、火が消えたみたいだった。毎日が楽しかったのはモナのおかげだった」シュウモが言うと、スナーコ博士が「そうだよ。計算じゃわからなかった」とうなずきました。
「僕が外国へ出かけられるのも、モナがここで待っていてくれるって思うからだってわかったよ」マーがモナの手をにぎりました。
「モナ、また元気になってみんなで楽しくすごそうよ」
 モナはにっこり笑ってうなずきました。「悲しみの淵に足をとられていたときもみんなの気持が届いていたの。みんなは私が倒れたのは自分たちのせいだって言ってくれた。そして今、うれしいことは私のおかげって言ってくれた。みんないつも悪いことは自分のせい、いいことは君のおかげって言ってくれる。そんなやさしい仲間と一緒にいられるから、私はいつも楽しくてうれしかったのね。ね、私、気がついたの。私、みんながこんなに好き。大好き。好きって大切なことね。ありがとう。」
 みんなで涙を流して抱き合ったとき、気がつくとまた森の丘の上にみんながいました。
 「さあ、モナも元気になったから満月の音楽会をはじめよう」
モナは歌で参加をしました。モナが元気になる前はあんなに悲しげに聞こえた曲がふしぎなことに今はとても楽しげに森にひびいていました。

魔女の花びらへ