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 モナはそのとき、ブナの森にはもういませんでした。
 けれど何者かにつれさられたわけではありませんでした。
 モナは森の仲間が大好きでした。そしてマーがとても好きでした。そのマーがいなくなったのに、ブナの森にじっとなんてしてはいられなかったのです。
 
 「いちじく行きましょう」モナは干してあった緑の服を着て、ブナの森のはずれに行きました。きのこやしいの実やそして恐らくはマーが飛んでいったのが見えたところです。いつのまにかお日様が沈み、夕闇がせまってきていました。
 
 気がつくと緑色の服のポケットに何やらずっしりと重いものが入っています。
いったいいつからそこにそれはあったのでしょうか?洋服を着たときに気がつかないはずはないのに…なぜってそれはずっしりと重かったのです。
 モナはポケットにそっと手をいれてそれを取り出しました。それは見たこともないほど素晴らしくきれいな万華鏡でした。外側の3つの面は美しい森のみどりの色の大理石でできていました。そして中をのぞくとそこには言葉ではいい表せないような美しい世界がひろがっていました。けれどその万華鏡には魔力でもあるのでしょうか?体が引きづりこまれそうに思えたのです。モナはあわてて目を離しました。
 
 「どうして私のポケットに入っていたのかしら?」本当に奇妙なことばかりおこります。万華鏡からもう一度、緑色の大理石に目をうつすとそこにはアルミニウムでできたプレートが貼られていて、トーシーと書いてありました。
「この万華鏡はトーシーのものなのかしら?トーシーがポケットに入れたのかしら?」
万華鏡に目を奪われていると、いちじくがそばに来て、モナを見つめました。
「そうね。いちじく。万華鏡を見ていても,マーは見つからないね。マーは本当にどこにいってしまったの?私どうしたらいいの?」
 いちじくはモナの悲しそうな顔をぺろぺろなめていました。けれど急にぱっとモナから離れ、森の端の方を見て、うーっと低いうなり声をあげました。
 木々の間から銀色の光が見えました。トーシーでしょうか?いいえ、トーシーのようなやわらかな銀色の光ではありませんでした。冷たくとがった光でした。その光のものはとても大きく重いものだということがモナにははっきりとわかったのです。そしてそれがモナを探してモナをつかまえにきたのだということも、モナにははっきりとわかったのです。
モナの身体は恐ろしさに氷つくようでした。
「吠えちゃだめ。見つかっちゃうわ」けれど銀色のものはすでにもうモナを見つけてしまっていました。ぎーーぎーー奇妙な音でだんだんモナのところへ近づいてきたのです。

 「万華鏡をさかさまに…」
 突然モナの頭の中でマーの声がしました。
「マー」モナは心の中のマーの声に従いました。万華鏡をさかさまに持ったのです。
そのとたん、銀色の重い光はモナの姿を見失ったようでした。きゅうにあたりをみまわして、そのまま遠くへ行ってしまいました。
「助かったんだわ。いちじく。私すごく怖かった。マーが助けてくれたのね」
 
 遠くの方からまた銀色の光が飛び跳ねながらやってくるのが見えました。今度の光は確かにトーシーのものでした。
 
「モナ、無事かい?ブナの森にいないから、てっきりさらわれたんだと思って、僕どうにかなっちゃいそうだったよ」
「トーシー。トーシーありがとう。トーシーの万華鏡が助けてくれたの」モナはトーシーが来てくれたことが、抱きつきたいくらいうれしかったです。
「万華鏡?」
「トーシーが私のポケットに入れてくれたのでしょう?」
モナはトーシーの目の前に万華鏡を取り出して差し出しました。
「あ…これ!」トーシーの驚きようにモナもびっくりしました。
「これは確かに前に僕のところにあったんだ。いつのまにかそれは僕のほらあなの中にあったんだ。本当にそれは突然僕のところに現われたんだ。なんてきれいなものなんだろう、僕の宝物にしようと思ったけれど、中をずっと覗いていたら、身体がゆらゆらして、だんだん気持ち悪くなったんだ。ぶらんこに長く乗ったときみたいに…急に怖くなって。だからそれをほらあなの奥に大切にしまったのに、気がついたら、いつのまにかなくなっていたんだ。僕のところにあったときには『トーシー』なんて書いてなかった。それは確かだよ。きれいだなあと何度も眺めたから…。いったいどうしてここにあるんだろう」
「マーの声が確かに聞こえたの。さかさまにって言ってくれたから助かったの」
「モナ。僕、思い出した…昔マーに教わったことがあるんだ。マーはいろいろなところを旅していたから、いろいろな国の言葉を知っていたんだ。『トーシー』は『to see』(見るために)じゃないのかな?」
「じゃあ、さかさにしたら?」
「そうか、きっと『見えないために…』っていうことだよ。だからモナといちじくの姿が隠れたんだ」
 モナは少し考えていいました。
「もしかしたら私、つかまったほうがよかったの?だってそしたらマーのところへ行けるもの」
いちじくが違うよと首を振りました。
「そうだよ。それは違うよね。いちじく。だってマーが来るなとモナを助けたんだから今、あっちへ行ってはいけないんだよ。それにモナといちじくがつかまってしまったらマーを助け出す手立ても消えてしまうかもしれないんだ。ねえ、勝手に行っちゃだめだよ。絶対に約束してほしいんだ」
 
 ブナの森の方から、ミウユウやあなぐまのシューモやダビッドソン、そしてスナーコ博士がやってきました。
「無事だったんだね。ほっとしたよ」
 モナは今ここであったことをみんなに話しました。
「その銀色にひかるものがマーをつれさったのだろうか?」シューモが言いました。
「おそらくはそうだろね。モナといちじくは我々と同じ時間にいながら、すきまの時間にも万華鏡のおかげで行けたのだと考えられる。相対性理論によると……」スナーコ博士のむつかしい話を他のみんなは最後まで聞いてはいませんでした。
 「つぎはどうするかだよね」ミウユウはいつも物事をすっきりと考えたいほうでした。
「みんなでマーのところへ行くというのはどうだろう」ダビッドソンが言うと、
「だってどうやって?」とシューモが不思議そうに言いました。
「万華鏡を使えばきっといけるよ」トーシーがきっぱりと言いました。
けれどシューモとダビッドソンはすぐに賛成というふうではありませんでした。
「危険すぎやしないかな?銀色のおそろしいものが僕たちをあっという間に襲うかもしれない。マーは助けたいけれど、命知らずだということが一番いいとはけっして言えないからね」シューモの意見にダビッドソンもうなづきました。
「無鉄砲なのではないかな」
 みんな銀色の光の主が怖かったのです。臆病ではないけれど、たくさんのしいの実やきのこやそして人さえも音もなくつれさってしまう大きな力の持ち主のことを考えると、慎重にならざるを得ませんでした。

「どちらにしても僕たちはどうにかしなくてはならないよ。夜になってもこの暑さだよ。このままだったらあと何日かで僕たちはどっちみち暑さで全滅することになるだろうから」ミウユウがため息まじりに言うと、みんなそろってうなづきました。
「それにマーが帰ってこないとモナが悲しむから…」トーシーの声を聞いて、他のみんなの顔は少し明るくなりました。
「そうだね。マーが帰ってくると、モナがよろこぶね。僕たちは森の仲間がひとりでもいないと僕たちは悲しいし、モナも悲しいからね」
「ありがとう、私、マーのところへ行きたいの」
みんながモナのことを考えたのは、もちろんモナのことが大好きだということもあったけれど、モナが好きなのは自分のことを好きでいることになるとみんなはふとそう思いました。

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