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12月の半ばごろ、いちじくと私あてに封書が届きました。いちじくに手紙?
 裏をかえして見るけれど、差出人のところに名前がないのです。いちじくあての手紙は今までにもいくつか届いたことはありました。ペットショップからの売り出しの案内だったり、病院からの「そろそろ注射の時期ですよ」という案内だったりで、封書というのは初めてでした。
 誰からだろう? おそるおそる封を切ったら、それはやっぱり少し不思議なお知らせでした。最初に目にしたものは、名簿でした。はじめの大きな欄には、わんちゃんの姓名が書かれています。そうなのです。ちゃんと姓から名前が載っているのです。いちじくの欄を探すと、いちじくという名前だけでなく、山元いちじくと書かれていますと書かれています。それから性別、誕生日、住所、電話番号など、そして最後の連名という一番小さい欄に、人間の名前が、姓はなく、ただ加津子というふうに、小さく書かれていました。これは犬の組織の名簿?
 私はアニメのように、犬たちが集まって会議をして、パソコンを打って、この名簿を作ってポストに入れているいる姿がうかんできました。
 それにしても、その名簿には100近くものワンちゃんたちが登録されているのでした。
 次をめくると、そこに書かれていたのは「○○公園愛犬さんぽ倶楽部新年会のお知らせ」の文字でした。○○公園というのは、よくいちじくが出かける公園の名前です。いつも会うわんちゃんは入れ替わり立ち替わりだけれど、10頭か多くても20頭くらいです。こんなに仲間がいるなんて、びっくりしました。そういえばプリンちゃんたちのお母さんから、「ときどき楽しいことをね、してるの。住所とか教えてくれる?」と仲間にいれてくださるお誘いを受けたことがあったのでした。でもこんなにりっぱな組織だったとは知りませんでした。
 新年会の会場はどうやら居酒屋さんのようでした。そしてそのお知らせには「残念ながら、今回の会は人間だけです」と書かれていました。
 私はどちらかというと恥ずかしがりで、引っ込み思案かもしれません。仲良しの人とお酒を飲みに行くのは嫌いじゃないです。でもそんなときでも、たいていはお話を聞いていることが多いです。自分からおしゃべりすることもなくはないけれど、少ない方だと思います。でも、そんなふうにお酒を飲んだり、お茶をしたりする会にいることは嫌いじゃないのです。でも、初めての方とお話するのは得意じゃないかもしれません。どうも私は、何か聞かれると突飛なことを言ってしまうようで、相手の方がびっくりされることが多いのです。「昔からそんなふう?」って聞かれることが多いし、「変わってるね」って言われることも多いです。だから私自身のことをいろいろと尋ねられるのが怖いのかもしれません。それで美容院なども、初めてのところは苦手で、よく知ったところへしか出かけられずにいます。
 そんなふうな私だから、新年会、どうしようかなあと思いました。大好きなしんちゃんやプリんちゃんやさくらちゃんやマリンちゃんのおうちの方にお会いするのはうれしいです。だって、毎日のように公園で出会ってるし、わんちゃんのことをお話するのはとても楽しいのですもの。でも知らない人もこの会にはいっぱいこられるのです。ちゃんとおしゃべりできるかな?それがとても心配でした。
 でもね、ぜんぜん心配なんていらなかったのです。新年会は時間が止まったらいいと思うのど楽しかったです。こんな会ってあるんだなと思いました。誰も、本名では名前をよびません。「いちじくちゃんのお母さん」って私のことをみんなが呼びます。「しんちゃんのお母さん」とか「じゅんくんのお父さん」というふうに呼び合って、公園にいるときとまったく同じでした。どこに勤めてるの?とか、ご家族は?なんていうことも誰も聞きません。自分からお話すれば別ですが、誰も深くはきかないのです。そして話題の中心はやっぱり犬のことでした。
 どこの病院に通ってるか、どんないたずらをするか、どんなことで困ってるか・・・そんなことを話しながらも、みんな自分のおうちの犬が一番だから、やっぱりどんなふうに可愛いかということを一生懸命お話するのです。
 マリンちゃんのお父さんは、ゴールデンレトリバーを二頭飼っていて、それからマリンちゃんは何頭もの赤ちゃんを産んだから、会の中にもマリンちゃんの子どもや孫にあたる犬がいっぱいいます。しつけもとても上手で、子どもや孫のわんちゃんたちも、マリンちゃんのお父さんの言葉はちゃんと守るのです。すごく豪快に育てていて「俺のうちの犬は一回もお風呂みたいなものは入ったことはないよ。川に入ったり、たんぼに入るからいつだって泥だらけ。風呂みたいなものに入れたらびっくりして病気になるかもしれんな」なんて笑っておられるけれど、公園で、一番ブラッシングをかけておられるのが、マリンちゃんのお父さんなのです。「ごみも食べあさるし、道におちてるものも食べるけど、どうもないわ」なんて言われるけれど、犬たちが一番好きな食べ物は何かを知っておられるのもマリンちゃんのお父さんなのでした。
 私もなかなか人の名前や犬の名前を覚えられないのですけれど、その方もなかなかいちじくの名前を覚えられないのだと思うのだけど(いちじくって変わった名前ですもの、無理ないですよね)「みみずくちゃん」っていちじくのことを呼ぶ方がおられたり、(もうそれだけでおかしくて、うれしくて仕方がないのですけれど)、とっても大きい犬を飼っている方が「うちの犬でもおしりにしいてつぶしてしまいそうになるのに、いちじくちゃんのこと、よく踏んだりつぶしたりしてしまわんね、えらいわ」なんてどんなことでも褒めてくださる方がおられたりして、本当にとてもとても楽しい会でした。
 その会には、20代くらいの方から、もしかしたら、70代くらいの方までこられていたと思います。みんな口々に、犬のおかげでこんな楽しい会に参加できてうれしいと言っていたけれど、私も同じ気持ちでした。こんなにいろいろな年代の方と、ワンちゃんという共通の話題があるだけど、こんなにもうちとけて話すことができて、でも、決してよけいなことに話がおよばない会って、なんて不思議で楽しい会なのでしょう。
「春になったらバーベキューもするのよ。そのときはわんちゃんたちも一緒よ」そう聞いて、とても楽しみになりました。
 ところでこのあいだ、スポーツ用品店で、「会員のカードを作ると値引きがあったり、いろいろといいことがあるからカードを作るといいですよ」とすすめていただいて、カードを作ることにしたのです。カードの申込用紙にはたくさん記入しなくてはいけないところがありました。自分の住所や電話番号はいいのだけど、どうしてこんなことまで?と思うような欄もたくさんありました。私の生年月日や、家族の生年月日、勤め先の住所や電話番号、既婚、未婚のどちらかに○をつける欄、家は借家かそうじゃないか、築何年か・・・「どうしても全部に書かないといけないのでしょうか?」思わず尋ねてしまったのですが、「はい、書いていただけないと作れませんので」というお返事でした。
 わんちゃんたちの会のように、仲良くなって、だんだん家族のことや仕事のことなんかもわかっていくというのがいいなあと私は思ったのでした。
 新年会のあと、しんちゃんのお母さんとプリンちゃんたちのお母さんとパソコンの会をしんちゃんのおうちでしています。「しんぼうのページ」「プリンたちのページ」というホームページをたちあげられることになったのです。おふたりとも、大好きなお友達です。いちじくがくれた大切なお友達です。だんだんとだんだんと仲良くなって、心を許しあうことができたお友達です。やっぱりこんなふうなのが私は好きです。 
 

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