31

ミニュチュアダックスフンドのさつきちゃんの飼い主さんが3日間の出張にでかけることになりました。
ちょうどさつきちゃんも避妊手術を10日くらい前にしていて、抜糸の日がその出張の日と重なっていたのです。それで、飼い主さんは出張の間ペットショップに預けると、抜糸にいけないなあと少し困っていたのでした。
「私が病院に連れて行こうか?3日間、さつきちゃんはうちにいたらいいよ。うちは大歓迎」
「本当にいいの?」
さつきちゃんの飼い主さんは申し訳なさそうに言いました。
「もちろん。抜糸するまでは皮膚がひきつってきっと痛いと思う。抜糸の日を伸ばすとさつきちゃんがかわいそうだよ」
そんなことを言いながら、本当を言うと、私はさつきちゃんに来てほしくてしかたがありませんでした。いつもは抱っこしたくても、少し気兼ねをしながら抱いていた大好きなさつきちゃんが出張の前の晩からその次の朝まで、5日間もずっと家にいる・・・こんなうれしいことがあるでしょうか?
 当たり前のことだけど、私はいちじくが大好きです。みんなに「溺愛しているね」とか「親ばかじゃなくて犬馬鹿だね」って言われても「そんなことはないよ」なんて否定したりもしません。「そうかもしれない」と言います。でもね、それとこれとは別問題。さつきちゃんはとても可愛いのです。
さつきちゃんはいちじくとは違う性格をしています。明るくて、犬同士で遊ぶのが大好きです。飼い主さんも言ってるのだけど、さつきちゃんは何より、「能天気」(ノー天気って書くのかな?お天気やさんじゃないと言う意味?)なのです。おしっこやウンチをしっぱいして、「こら、さつき!」なんて言われたとしてもさつきちゃんは「どうしたの?どうかした?」というように可愛いお顔で、飼い主さんを見つめてしっぽを振っています。大きな犬も、怖そうな顔の犬も、さつきちゃんにはいいお友達。「遊んで遊んで」としっぽを振り振りとびかかっていきます。お医者さんに行っても、美容院に行っても、さつきちゃんは誰のことも大好きで、いつも愛想がよくて、「さつきちゃんはいい子ね」って言われます。爪切りも、お風呂もいつもニコニコ。お洋服をきせられても、冗談でちょっとのあいだ、靴下なんかを頭にかぶせられても、決して怒ったりしないで、靴下をすっぽりかぶりがらくねくね体を動かして、しっぽを振っています。それに、いちじくはあんなに大変だった避妊手術。もちろんさつきちゃんだって大変だったと思うのだけど、少しも暴れることがなくて、手術が終わったその日は眠っていたけど、あとはすっかり元気になって、人間不信なんてむずかしいことは知りませんという感じで、「この人は痛いことする人?」とか「よくも痛い目になんかあわせて!!」なんて気持ちは心の片隅にも持っていない感じなのです。
比べる必要はないかもしれないけれど、いちじくは弱虫で怖がりです。お医者さんは大嫌い。美容院も嫌いです。とても上手になった爪切りも足の間の毛を切るのも、他の人だとうまくいきません。どうも、手術以来、抱っことかなぜてもらうのはいいのだけれど、それ以外で身体をさわられるのが怖いのです。痛い目にあうんじゃないかと思うのか、ひどく暴れます。疑い深くなっています。
それからもうひとつ。いちじくはどうも自分は犬だという自覚があまりないのだと思うのです。犬同士で遊ばないのです。公園に行っても、いちじくはいつもいつも私の足元にいます。私がいちじくが他の犬と遊べるようにと、わざと他の犬のそばに行くと、いくら私がいても、他の犬と一緒にいる私のところへ近づいてくることができずに、他の人の足元へそろそろと移動します。人から人へと渡り歩いて、そこにいるのが好きなのです。それで、人間のおしゃべりを「ふむふむ」と聞いているのが好きなのです。
誰とでも仲良しで、お友達のわんちゃんともよく遊ぶさつきちゃんを見ていると、知らず知らずのうちに、「さつきちゃんはいい子ね」「さつきちゃんは強いね」そんな言葉が口からうっかり出てしまいます。
そんなさつきちゃんがおうちに来てくれることが、やっぱり私にはとてもうれしいことだったのです。
「さつきちゃんが来てくれたらいちじくだってうれしいわよね」
私はそのとき、いちじくの顔を見ないで、そう言ったけれど、もし見ていたら、いちじくは少し複雑な顔をしていたかもしれません。
さつきちゃんを迎えに行きました。落ちついて私の家にいられるように、さつきちゃんの使っているケージ、それからケージの中にも、いつも使っているタオル、えさいれ、水差し、そしておもちゃもそのまま預からせてもらうことにしました。さつきちゃんは誰とでも仲良しだけど、でもやっぱり知らない家ではさびしいに違いないのです。さつきちゃんのケージをいちじくのケージの隣に置きました。
いちじくとさつきちゃん、どんなふうに仲良く二人で(二匹で?)すごすのでしょう。半分心配で、半分楽しみでした。
けれど、予想はついていました。さつきちゃんは体の大きさも、4キロ以上と聞いています。いちじくの2倍以上です。それからいつも明るくて、元気で、怖いもの知らずに見えるさつきちゃんに比べると、いちじくはすごく弱虫です。さつきちゃんは、私の家の中でも、飼い主さんの家と同じように、きっと元気に飛び回ってすごし、そのあいだ、いちじくはケージの中に避難でもして、そっとすごしているんだろうなと思っていました。
二匹をそれぞれケージから出して、驚きました。「遊んで遊んで」と飛びつくように、いちじくに寄って来て、においをかいだり、鼻をくっつけるようにしているさつきちゃんの長く大きな背中に、いちじくは脇から両方の前足をあげて、押さえ込むように乗ろうとしたのです。体だって、重さだって、前にも書いたように、さつきちゃんはいちじくの2倍の大きさがあります。どうしたってかなうはずもないのだけれど、さつきちゃんはいちじくのしたことに驚いたのか、突然動くのをやめました。
でもね、その時間はほんのちょっとだったのです。すぐにさつきちゃんは
「なんだったの?何?何?」と相変わらずの元気ぶりでした。
いちじくは何度も何度もさつきちゃんが近づくとはさつきちゃんの背中に前足を乗せて押さえ込もうとしていました。きっと「ここは私の家。私の家なんだから、好きにしちゃだめなんだからね」って言いたかったのだと思います。いちじくはいちじくなりのプライドがあったり、どうしてもゆずれないと思うものがあって、がんばってるんだなと思いました。さつきちゃんももちろんかわいいけれど、いちじくのそんな気持ちがとてもいとおしいのでした。
「いちじく、すごいね」「やるときはやるんだね」
私たち家族はいちじくを見直した感じでした。
ところで、このあいだ、おもしろいことがありました。魔女とか魔法とかが大好きな私は、もちろんハリーポッターにこのごろ夢中になっています。ハリーポッターに手紙を届けるふくろうを見て、いいなあと思っていました。
けれど、本物のふくろうを飼うことはそう簡単じゃないから、50センチくらいのおもちゃのふくろうを買ってきました。そのおもちゃはとてもよくできていて、人が近くを通ると、首をかたげたり、回したりして、大きな声で、ホーホーと鳴くのです。
最近、学校のふたりの同僚が、続けて、夜眠っている間に、どろぼうに入られたのです。眠っている間に入られるのは、留守に入られるのより、何倍も、怖いよね・・・同僚と話していると、
「でもいちじくちゃんがいるから、いいじゃない」と同僚が言いました。
「いちじくはいるけどねえ・・・番犬むきじゃないみたいなの」
あ、でも、家にはふくろうがいます。玄関におけば、番犬の代わりをしてくれることでしょう。
いちじくはそのふくろうが玄関に来たおかげで、玄関に行けなくなりました。大好きなお風呂や、台所は玄関前の廊下を通らないといけません。けれど、そこには、大きな光る目でじっとにらむ、あのふくろうがいるのです。ふくろうの説明書には「外で使わないでください」と書いてあるくらい、その鳴き声は本物のふくろうにそっくりです。
いちじくはすぐ近くまで近づいて、最初に突然ホーホーと鳴かれたときに、キャインとしっぽを丸めて、部屋へもどってきて、それ以来、玄関にはなかなか近づけなくなりました。
どうしてもどうしても、玄関を通らなければいけないときは、壁にぴったりと体を張り付かせるようにして、体を思い切り低くして、ふくろうから、できるだけ体を遠ざけて、なんとかふくろうにみつからないようにして、奇妙なかっこうをして通っています。
「ね、いちじく、お姉ちゃんになって強くなったんじゃなかったの?」
その奇妙なかっこうは、かなり笑えるのだけど、弱虫加減がなさけなかったり、やっぱりいとおしく思ったりするのです。


 

32へ

もくじへ