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 秋になりました。秋は日が短くて、学校から帰るとじきに日が落ちてしまいます。夏の、日が高い頃は、暑さをさけるために夕飯のお買い物をして夕食の準備をしても、まだまだ時間がたっぷりあったのに、今は5時になるともう薄暗いのです。
 いちじくも私が帰ったと知ると、すぐに「お散歩行かなくちゃ、お散歩行かなくちゃ、お散歩に行かなくちゃ・・」とそわそわして、もうリードを口にくわえて、私のうしろをうろうろしています。
 「お散歩行きたいんだよね」いちじくの気持ちをわかってるくせに、でもちゃんと言葉に出してお話するようにしています。お散歩仲間のしんちゃんのお母さんが、犬は話し掛けていると、5年もすると人の言葉が全部わかるようになるから話しかけなくちゃだめよ。そうじゃなくても犬は何でもわかってるのよ」と教えてくれました。そしてその通りだなあとこのごろつくづく思うのです。
 私が公園に行くころはもういつものメンバーの犬と飼い主がきています。
 最近、かなちゃんという子犬が仲間入りしました。かなちゃんはメリーちゃんという柴犬を飼っているおじいちゃんのおうちのお庭に捨てられていた犬です。柴犬と何かのミックス犬で、一匹犬を飼っているおうちならもう一匹飼ってくれるかもしれないと思ってか、おじいちゃんのおうちに置き去りにされた犬なのです。
 メリーちゃんのおじいちゃんが、「誰か飼ってくれる人はいないかなあ」とお散歩につれてきたのはまだ夏の頃でした。かなちゃんはまだ名前もない、小さい小さい可愛いお人形さんみたいなコロコロの赤ちゃん犬でした。メリーちゃんは自分が生んだ赤ちゃんでもないのに、3日間一緒だっただけで、もうすっかり赤ちゃん犬のお母さんのようになっていて、どこかへ赤ちゃん犬が行こうとすると、近くにいないとだめよと叱ってみたり、他の犬が近づこうとすると、珍しくウーとうなったりしていました。
「メリーが可愛がるから、飼ってやりたいんだけど、二匹飼うのは無理やから」とおじいちゃんが言うと、黒いラブラドールみたいな犬のさくらちゃんのお母さんが「柴犬がほしいと言ってる人がいたから、つれていって聞いてみてあげるわ。こんな可愛い子は見たら絶対に飼いたくなるに決まってるわ。こんなに可愛いんだもの」とくりかえし言いながら、その赤ちゃん犬を抱いて、さくらちゃんと一緒に帰っていったのでした。
 メリーちゃんはそれを見て、すごくあわてていました。
「え?いったいどこに連れていっちゃうの?」
切なそうに赤ちゃん犬の後をついていきました。いつもはおじいちゃんに名前を呼ばれるとすぐに帰ってくるのに、その日ばかりは、赤ちゃん犬が気になって、帰って来れないくらいでした。
 おじいちゃんやそこにいたしんちゃんのお母さんが「犬は本当に情けの深い生き物やねえ。メリーちゃんは完全にお母さんの気持ちになってるから」と言うのを聞いて、私もそれからそこにいたみんなもきっと切ない気持ちになったんじゃないかなあと思います。
 それからしばらく、おうちの都合で、お散歩はいつも近場ですませていて、公園にいけない日が続きました。赤ちゃん犬はどうなったかなあと気になっていました。だって、お人形さんみたいに本当に可愛い犬なのです。
 ダックスのさつきちゃんの飼い主でもある友達が「赤ちゃん犬はかなちゃんという名前がついてて、さくらのうちの犬になっていたよ」と教えてくれました。それを聞いたときなぜだか「やっぱり」って思いました。お知り合いとのお話がうまくいかなかったからということもあるのでしょうけれど、可愛くて絶対に飼いたくなったのは、どうやらさくらちゃんのおかあさんのようでした。
 メリーちゃんはさくらちゃんのお母さんのおかげで、公園でかなちゃんと毎日会えるようになりました。あいかわらずメリーちゃんはいつもかなちゃんの近くにいます。それから新しい家族になったさくらちゃんもかなちゃんのことを妹のように思っているようで、小さいかなちゃんはさくらちゃんのすることは何でもまねをしていて、さくらちゃんはそれを許しているという感じなのです。さくらちゃんは大きな木の枝が好きです。枝というより大きな折れ木を茂みから探してきては、それをかじるのが好きです。他の犬が近づくと「あっちへ行け」と吠えるけど、かなちゃんにはそれを許していますもの。
 秋になって、かなちゃんはずいぶん大きくなりました。お顔は柴犬そっくりだけど、耳がずいぶん大きくなって、それから足がすらりと長いのです。ダックスのさつきちゃんとよく追いかけっこをするのだけど、あっという間にさつきちゃんの背をを追い越してしまいました。
 公園には大きな甘い柿の実る木があります。ラブラドールのマリンちゃんとマリンちゃんの子供のラブちゃん、そして白いミックス犬のサザンのおとうさんはとても背が高いのです。しんちゃんのお母さんが公園のワンちゃんのみんなのお母さんなら、マリンちゃんたちのお父さんはみんなのお父さんと言った感じです。
「犬は柿がすごく好きなんや、食べ過ぎると糞づまりになるけど、少しならいいよ」と手を伸ばして木から柿をとってくれます。マリンちゃんとラブちゃんは、公園にくると、すぐに柿の木下に正座してすわって、「柿ほしいです」という顔をしています。マリンちゃんのお父さんは「しかたないなあ」と笑って、少しだけ柿をとってあげます。そして忘れずに私たちにも柿をくれます。柿を食べるのは私です。いちじくにもほんのちょっとだけおすそ分け。
 白い犬のサザンは公園のみんなの様子を少し離れたところに座ってみています。人間でも犬でもサザンに近づくと、ゆっくり立ち上がって、少し離れたところに座りなおします。でもけっしてどこかへ行ってしまっていなくなるということはありません。お父さんが「帰るぞ」と声をかけると、お父さんの方へ寄ってくるのじゃなくて、お父さんの車の軽トラックの方へ帰っていくのです。
 たできちくんというラブラドールの犬がいます。水浴びが大好きで、それからフリスビーで遊ぶのが大好きです。公園で遊んでいたかと思うとふらーっとどこかへいってしまい、しばらくしてどろどろになって帰ってきます。たできちくんのお母さんが「あー。また川につかりに行ってたんやね」と教えてくれました。公園は大きな潟の周りにあって、小さい川もいっぱいあります。たできちくんはお気に入りの浅い川があって、暑いとそこへ水浴びに行くし、水道からお水が出ていると、水の下に座って、びしょびしょになるのがすきなのです。たできちくんの体はお水をはじくようにできているみたいで、ブルブルと何度か体を振ると、もうお水でびしょびしょという感じではなくなります。でも秋になって寒くなってからは水浴びも川遊びもちょっとお休みのようです。
 それから、フリスビーを口にくわえて、公園に来ている人の近くに行って、その人をじーっと見ます。「ん?何か用?」ってみんな最初は思うけど、すぐにああ、フリスビーを投げて欲しいんだなあとわかるのです。そして一度投げてあげると、何度も何度も「投げてくれるのね、投げてくれるのね、うれしいなあ」とまたその人の所へ行って、顔をじーっと見るのです。
 このあいだ、フリスビーを何度か取りに行ったあと、急に途中から足をひきずりだしました。「ときどきこんなふうになるの。何度も飽きずにとりにいくから。休むとなおるんだけどね。もう今日はフリスビーを持って来てもも投げないであげて」お母さんが言うのに、たできちくんは足をすごくひきずりながらも、また戻ってきて、じーとさっき投げてくれた人を見つめます。あれ?投げてくれないんだなと思ったら、今度はまた違う人のところへ行って、またじーっとみつめます。たできちくんにみつめられて投げないでいるのはつらいです。みんなたできちくんに悪いような気持ちがして、「ごめんね」とこそこそとたできちくんから離れます。みんなたできちくんの期待にそえられないのが、申し訳ないという気になるからです。
 じゅんくんという柴犬は甘えん坊さんです。すごく元気に走り回っているけれど、じゅんくんのお母さんが、他の犬をなぜるとすぐにもどってきて、お母さんの腕にジャンプして抱っこしてもらうのです。だからじゅんくんのお母さんは「他の犬もかわいがりたいんだけどねえ、もうやきもち焼きでねえ」と言いながらもうれしそうです。
 さつきちゃんは秋になって、大きくなって公園で遊ぶのがますます楽しくなったのか、「帰るよ」という声を聞いたとたん、「私、帰らない。帰りたくない」と逃げ出します。でも飼い主さんのことが大好きだから、けっして遠くには行かないのです。でもつかまえようとすると、けっしてつかまらず、ぱっと腕をすりぬけて、遠くに逃げていきます。もうすっかり暗くて、茶色一色のさつきちゃんは闇に隠れて見えなくなってしまうから、このままいなくなってしまうのじゃないかとドキドキしているのに、それをわかっているのかわかっていないのか、「遊びたいもん。まだいるんだもん」とずっと繰り返し逃げるのです。
「もうひとりでそこにいなさい」飼い主さんは怒ったふりをして、車の戸を閉めて、車を出しました。
「えー!!そんなあ」と大あわてで、さつきちゃんが車を追いかけていきました。クーンと悲しい声で泣いてもいます。ああ、やっぱりさつきちゃんも可愛いです。
 いちじくはあんまり他のワンちゃんと遊ぶことはありません。前のようにしっぽを足のあいだにはさみこんだり、しっぽをさげてしまうことはなくなったけれど、追いかけっこをしてあそぶことはありません。いつも私の足元にいて、他の犬の様子を見ています。私が他の犬のそばに動くと、やっぱり犬が少し怖いので、他の人の足元に行きます。あの犬は怖くないと思えば、私の足元にそおっと他の犬に気づかれないようにと抜き足差し足やってきます。そんなふうだから、公園で遊ぶことは楽しくないのじゃないかなと思うけど、そんなことは決してなくて、いつも「お散歩に行く、行く、行くの!!」と催促します。いちじくもいちじくの気持ちがあって、そうしているのだろうと思います。
 もっと秋が深くなって、冬に近づけば、明るいうちにお散歩にくることもできなくなるのでしょうか?そうしたら、他のワンちゃんと遊ぶこともなかなかむずかしくなります。どの犬も可愛くて、どの犬も大好きだから、冬が来るのがさびしいです。

 

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