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 ミニュチュアダックスフントのさつきちゃんの飼い主さんから電話がありました。
「朝、5時半に潟の公園に散歩に行ったら、すごくたくさんの犬が集まっていたよ。ゴールデンやラブラドールや、セッターもいたなあ。夕方は、また違うところに集まっているんだって。他の人たちに迷惑にならないように、人のいない時間と場所を選んでるんじゃないかな。さつきなんて、喜んじゃって、大きい犬たちにたくさん遊んでもらってたんだけど、いちじくも今度連れて行く?ただ、いちじくは怖がりだから、ちょっと心配だけど」
「行く行く・・・だって、もっといろんな人や犬と仲良くなってほしいから」
「そうだね」
ということで、お休みの土曜日の朝早くに、公園に行くことになりました。
 でも本当に、少し心配でした。いちじくは何度か会ってるさつきちゃんとさえ、まだ決して仲良しとは言えない間柄でした。
 朝の公園は、少しもやがかかっていて、空気がとてもさわやかでした。駐車場にはトラックはリフトバックの車が何台か停めてあって、その車には、大きなゲージがのせてあるのが見えました。
 さつきちゃんが駐車場で待っていてくれました。
「さつきは早く公園へ行きたがってるみたいだよ」
 さつきちゃんは犬同士で遊ぶこともとても楽しいともうきっとわかっているのです。私もいちじくを抱いて後へ続きました。
 公園の入り口にある東屋に茶色のラブラドールレトリバーが来ていました。
「さつきちゃん、こんにちは。あら、新しいお友達。なんていう名前?」
しんちゃんというラブラドールの飼い主さんが、声をかけてくれました。おもしろいことに、ワンちゃん中心で集まっているから、人間の名前も、犬中心の名前になります。たとえばしんちゃんの飼い主さんは「しんちゃんのお母さん」といった具合です。そして若い人も、年配の人も、みんな○○ちゃんのおかあさん、××ちゃんのおとうさんというふうに呼ばれます。
「いちじくっていう名前なんです」(変わった名前って言われちゃうかなって少し心配だったけれど、しんちゃんのお母さんはにっこり笑って
「あら、いい名前ねえ」と言ってくれました。
いちじくが大きな犬のしんちゃんをとても警戒しているのは私にもわかりました。体を硬くしています。
「下に下ろさないの?」
「怖がりなんです」
「そう、だんだん慣れるわよ。やっぱりわんちゃんは人や犬に慣れないとね、つれてきてもらってよかったねえ、いちじくちゃん」
しんちゃんのお母さんもそう言いました。私の気持ちとおんなじ。もっともっと早くいろんな人や犬と仲良くなれるきっかけをつくっておくんだったなあと思いました。
 さくらちゃんという黒い犬、太郎くんというふさふさの毛の犬、プリンちゃんやれいなちゃん、フェレちゃん、サザンちゃん、ラムちゃん・・続々と犬が集まってきました。
 「みんなはじめての犬のにおいをかぎたがるのよ。仲良しになるために必要なの」しんちゃんのお母さんがおしえてくれたとおり、どの犬もいちじくをじっと見ています。下にすわって、私の足のあいだにいちじくを入れると、かわるがわるにいちじくのにおいをかぎにきれくれました。どの犬もそっといちじくのにおいをかいでいるだけなのに、いちじくったら、どうしてこんなに弱虫なのでしょう。「大変だ・・大変だ・・」とばかり、ウーと顔にしわを寄せて警戒してみたり、ふさふさのしっぽをすっかり下におろして、降参の姿勢をとったりして、私の足にぴったりくっついています。
「怖いんだね、さつきちゃんはすぐに飛んできたけど、犬によっても違うし、さつきちゃんはまだ子供だけど、いちじくちゃんはもう大人なんだよね?だから、テリトリーみたいなものも持ってるしね」他のワンちゃんのおかあさんやおとうさんがいろいろなことを教えてくれました。
 いちじくは怖がってるけれど、私はいちじくがワンちゃんたちと少しずつ慣れていってほしかったし、それからその様子を楽しみにさえ思っていました。
 公園の草は朝露にぬれていて、小さいいちじくやさつきちゃんはもうびしょびしょです。家にいて、ちょっとぬれただけでドライヤーで乾かしていたけれど、そしてそれはそれでよかったと思うけれど、でも少し神経質だったのじゃないかなと思いました。他の犬はとても元気に走り回り、水道のところにためてもらった水で、水浴びをしている犬さえいました。
 一度いちじくのにおいをかいでもらったことでいちじくはみんなの仲間に入れてもらえたのでしょうか?どの犬もいちじくから離れて、思い思いのことをしだしました。
 さくらちゃんとさつきちゃんはじゃれあって遊んでいます。柴のサザンは少し離れたベンチの上に座って、ご主人がもう二頭のゴールデンのマリンちゃんとラムちゃんのふさふさの毛をくしでとかしているのを見ています。プリンちゃんのお母さんはプリンちゃんとフェレちゃんとレイナちゃん、ネネちゃんのお母さんでもあるのですが、プリンちゃんはプリンちゃんのお母さんに甘えて、レイナちゃんはしんちゃんのお母さんに甘えて、フェレちゃんはそのそばに座っていて、ネネちゃんはおかあさんのあとを追いかけています。いろいろな犬がいて、当たり前のことだけれど、性格もいろいろで、おもしろいなあと思っていたら、どこからかすごいスピードで一匹のわんちゃんが、いちじくのところへやってきました。ワンワンと大きな声が怖かったのか、いちじくは私の足もとから逃げ出し、遠くへ走っていこうとします。
「待って!!」
でもそのわんちゃんがいちじくを追いかけているので、いちじくは止まりません。一生懸命に逃げるけれど、追いかけているわんちゃんの方がいちじくよりずっと走るのが速かったです。いちじくはわんちゃんにつかまって、コロンところがされて、キャインと悲鳴をあげました。あわてて私が追いかけて、そのワンちゃんのお母さんも「やめなさーい」と声をあげるけれど、そのワンちゃんはいちじくをころがしたり、上に乗ったりするのをやめようとしませんでした。「やめてー、死んじゃう」私も悲鳴をあげてしまいました。またキャイーンと悲しい声でいちじくが泣いたとき、そばにいたしんちゃんがいちじくのそばにのっそりやってきて、一言、低い大きな声で、ウオーンとその犬に吠えました。
 それですべてが終わりました。ワンちゃんは自分のお母さんのところへしっぽを下げてもどって、しんちゃんはいちじくのそばにどすんと腰をおろしました。そしていちじくもまたしんちゃんに守られるようにして、そばにちょこんと座ったのでした。
 たぶんしんちゃんは「いいかげんにしな。怖がってるだろう」とワンちゃんに言ってくれたのだと思います。しんちゃんはおそろしい声で怒ったりはしないけれど、公園のボスみたいな存在なのだと思います。他の犬たちはしんちゃんの強さとやさしさを知っているのです。最初にいちじくのにおいをかいで、いちじくを仲間と認めてくれたしんちゃんは、いちじくをかばってくれたのだと思います。それから、いちじくは怪我をしていませんでした。ワンちゃんもいちじくと遊びたかっただけなのかもしれません。いちじくは小さいくて、大きなワンちゃんから見ればおもちゃのようにも見えたのでしょうか?そして怪我をさせないようにとちゃんと気を使ってくれていたのでしょうか?それからいちじくはしんちゃんが大好きになりました。私もしんちゃんが大好きです。男らしくてかっこいいのですもの。
 ところでしんちゃんはいつもそんなふうにかっこいいのだけれど、ときどきお母さんに「いいかげんにしなさい」と叱られてしまうことがあります。それは女の子のワンちゃんの誰かが生理になったときです。犬たちは、生理になったときが繁殖の時なのだそうです。しんちゃんは男の子です。女の子が生理になると、そのにおいで、しんちゃんはぽおっとなって、いつもの冷静なしんちゃんとはまったく別のように、女の子のお尻を追いかけようとします。でも女の子はたいていつれなくて、そっぽをむかれます。それからそのワンちゃんのお父さんやお母さんも、犬の種類が違ったりして、しんちゃんと結婚しては困るというときもあるので、断られてしまうのです。
 でもしんちゃんはそんなときもあきらめずに、お尻をおいかけようとします。そして大好きなお母さんに「いいかげんにしなさい」と叱られてしまうのです。男の子の太郎ちゃんもやっぱりおんなじです。
 さくらちゃんのお母さんや、レイナちゃんやフェレちゃんやプリンちゃんのお母さんが教えてくれたけれど、男の子の犬はどんなに冷静な犬でも、女の子の魅力にはどうしても勝てないのだそうです。だから、女の子の犬が生理になったときは、公園や犬の集まる場所に連れて行くのは、男の子の犬にとってはとても罪なことなのだそうです。いちじくは手術をしたから、もうそんなことはないのだけれど、そして犬の女の子の生理の期間はとても長いから、お散歩に出られないのはつらいけれど、やっぱりその間はたくさんワンちゃんたちが集まるところにはつれて出かけないほうがいいのだなと思いました。
いちじくは何度か公園へ行くうちに、しっぽがだんだんと上へあがるようになってきました。ときどきはさつきちゃんやしんちゃんの耳のにおいをかいだりもしています。まだまだおいかけっこを楽しむようにはなれないけれど、「お散歩に行くよ」と行って車のドアをあけると喜んで車に飛び乗っていることを思うと、いちじくは公園に行くのがまんざらでもない感じです。
 

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