27

 仲のよい友達が犬と一緒に暮らしだしました。近くの小さなペットショップを一緒に見に行ったら、そこにとても愛らしい大きな目をしたミニュチュアダックスフントの女の子がいました。友達は、私がいちじくと出会ったときと同じように、一目でその犬が気に入ったようでした。
「これにするよ」
犬はさつきちゃんと名づけられました。いつも顔をかしげるようにして、じっと買主の友達の顔を見るさつきちゃんはダックスフントだから当たり前なんだけど、足がすごく短くて、歩き方も、動作もとてもひょうきんで可愛いのです。
「はやくいちじくと会わせたいな」友達が言いました。
私もいいお友達ができるなあとすごくうれしかったのだけど、少し気になることがありました。
 いっさい吠えるということがなくて、誰に対してもすぐにしっぽを振っていたいちじくが、一歳のお誕生日を少しすぎたころから、少しずつ変わってきていたのです。玄関に音がするとウーと低くうなって、ときにはワンワンと吠えるようにもなりました。
「吠えちゃだめ、いけない」と言うと、悪いことをしたのかなと私の顔をじっと見てやめるのだけど、でも音がするとまたウーとうなるのです。誰のことも大好きだったのに、ときどき、すれ違う犬を警戒して、すぐに私の腕の中へ飛び込んできたり、やっぱりウーとうなったりするのです。
 どうしたのだろうと思っていたら、近所で犬を飼っている人が「いちじくちゃん、大人になったから、自分のテリトリーを守ろうとするし、警戒することも覚えたのよ。どの犬もそうなるのよ」と教えてくれました。
 本を読むと、小さいときから、よほどたくさんの人にしょっちゅうなぜてもらったり、たくさんのいろいろな犬を時間をすごすと人や他の犬に慣れていくが、そうでないと人や犬を怖がることが多いと書かれていました。
 毎日お散歩に出かけていろんな人と出会っていたつもりだけど、お散歩では、一緒に遊ぶことも少ないし、声をかけてくださる方もかぎられていて、ほとんどが同じ人です。いちじくは私の知らないうちに、よその犬や人を警戒するようになっていて、それは犬の本能なのかもしれません。でも私はいちじくにいろんな人や犬と遊んでほしいし、おだやかでいてほしいなあと思っていました。「番犬にならないわよ」ってたとえ言われても、誰とでも仲良しの犬でいてほしいなあと思いました。
「いちじくとお友達になってね」さつきちゃんに言うと、さつきちゃんは不思議そうな顔で私の顔を見つめてくれました。
 さつきちゃんはどんどん大きくなっていきました。口笛や、太鼓など音が聞こえると、かならす顔を傾げる愛らしい様子はいつまでも赤ちゃんみたいなのだけど、いちじくの体重1,7キロをあっという間に越しました。さつきちゃんは2度の予防注射を終えて、2週間がたったので、お散歩に出かけられるようになったのです。
 「明日はじめてさつきをお散歩に連れて行こうと思うんだけど、一緒に行く?」友達がさそってくれたので、潟の周りにある公園へいちじくと連れて行きました。
 公園について、お互いの車からいちじくとさつきちゃんが降りました。さつきちゃんはまだ子猫のように動くものは何でも大好きだし、遊んでもらうのも大好きです。すぐにいちじくのところにしっぽをぶんぶん振りながら寄ってきてくれて、「遊ぼう遊ぼう」というのに、いちじくは、ただただ、驚いて警戒して、逃げ回っています。いちじくは大人なのに、まだ小さいさつきちゃんが怖いのか、しっぽをすっかり下げて、降参の姿勢をとって、私の胸に飛び込もうとします。
 「だめかな?」友達が言いました。
「ううん、きっと大丈夫。ごめんね、少しずつ慣れるよね」半分は友達に、そして半分はいちじくに言いました。
 「しっぽな」と私があだなをつけたほど、さつきちゃんはよくしっぽを振ります。偶然しっぽに金製のえさ入れがあたると、カンカンといい音をたてます。いつかしぽでなんとか太鼓をたたかせたいと思うくらい力強くしっぽを振るのです。
 そのさつきちゃんの力強いしっぽがいちじくの顔に当たりました。いちじくは顔にしわを寄せて、すごく怖い顔でウーとうなりました。
「だめ、そんな顔したら」
「さつきこそ、だめだよ。そんなふうに突進していったら、怖いでしょう」
しまいにはさつきちゃんが怒られてしまうほどで、いちじくの怖がりも困ったものでした。
そんなふうにして、一回目のお散歩では仲良しになれないまま終わってしまったのでした。

 

28へ

もくじへ