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  いちじくの避妊手術をどうしようと私はまだぐずぐず思っていました。もう手術をしていただこうと心では決めているのに、なかなか決心がつかないのです。
 インターネットのひとつにメーリングリストというシステムがあります。会員の一人がメールを出すと、会員全員にメールが届きます。同じ趣味や話題でお互いにメールを交換しあって意見を出し合うことができるのです。
 いちじくと一緒に暮らしだしてしばらくして、インターネットで「パピヨン」を検索して見つけた「パピヨンクラブ」というメーリングリストに入れていただきました。いちじくとの生活でわからないことがあると、いつも、私と同じようにパピヨンを飼っている「パピヨンクラブ」の会員の方に相談しました。
「手術の決心がつかない」ということをある日メールで書いたら、たくさんの人が、メーリングリストでのメールや、直接のメールでアドバイスをしてくださいました。
「自然なことなのだから、一度は赤ちゃんを産ませた方が長生きすると言われる方がおられますが、医者としての立場から言えば、それは迷信だと思います。子供がほしいのであればもちろん別ですが、いろいろな婦人系の病気になる確率が、犬では、手術を受けない場合どうしても高くなるので、二度目のヒート(生理)の前の手術をおすすめします」
「避妊手術を受けるのには子宮や病気の予防と言う意味もあると思うのですが、2度目の発情期以降になると発情期を迎える毎にその予防効果は薄れるということです。ですから、あまり遅くなると、避妊手術を受けていないワンコと同じぐらい、
病気になる確率が高まります。
しかしあまり早すぎても、良くないようで、うちの獣医さんは一歳になったぐらい、、、ということでしたので、早めに受けられた方がいいのでは???」
 いちじくはもう一度目の生理にはなりました。本によると4ヶ月から6ヶ月、長くて10ヶ月のあいだに次の生理がくるそうです。大変。ぐずぐずしている場合じゃないと思いました。
 さっそくいつもいちじくがお世話になっている獣医さんに電話をしました。電話をしたのが3月の終わりだったのです。お医者さんは、「4月の始めに一斉の狂犬病の予防注射があるから、それを受けて、一月くらいしたら手術をすることにしましょう」とおっしゃいました。
 狂犬病の予防注射?いったいどこに受けにいったらいいのでしょう?わからないことはすぐに友達やメーリングリストに聞いていました。だって大切ないちじくのことなのですもの。
近くに住んでいる犬を飼っている友達のともちゃんが、
「狂犬病の注射は町の公民館に保健所の方がきてくださるのでそのときに受けたらいいよ。何日にどこであるかは、はがきでお知らせが来るの。かっこちゃんのところのいちじくはまだ市に登録してないでしょう。だからはがきはこないでしょう?私のところにはがきが来たらおしえてあげるね。登録は注射の時に一緒にできるから。登録料は3000円、注射も確か3000円だったよ」
ともちゃんのおかげで、狂犬病の注射もなんとか受けられそうです。
4月の中頃ともちゃんが小松市の注射を受ける場所と時間をFAXで教えてくれました。一時間学校からお休みをもらっていちじくを近くの公民館へつれていきました。
会場にはいろいろな犬が来ていました。大きくて真っ白な犬・・まるでくまみたい…むくむくして可愛い。その向こうにはブルドッグ。どの犬もご近所の犬なのに、知らない犬がたくさんいました。
そのときワンワンと激しく吠えている犬がいました。いつも散歩のときに出会う日本犬です。散歩の時は一度も声も聞いたことがないくらいおとなしいのにどうしたのかしら?挨拶をすると「注射のときはいつも吠えるんだ。わかるんだよね、注射に来たって」ってご主人さんが言いました。
いちじくには朝から「今日は注射に行くんだよ」と言っていたのに、平気な顔をして、たくさんの人や犬にあいそよくしっぽをぶんぶん振っていました。いちじくには注射だってわからないんだなと思いました。
注射の順番はさっきのクマのように大きい犬の次でした。いちじくは登録のときも、保健所の方に、あいそを振りまいていたのに、いちじくの番になって、奥から白い服の人がこられたら、どうしたのでしょう。ウーと低くうなり声をあげました。「どうしたの?だめよ」いちじくに言うと、その人は「自分に危害を加える人のことはわかるんだよ」と言いました。その人は注射器を持っていたのです。その注射器を見て驚きました。すごく大きいのです。クマみたいなわんちゃんがしていたと同じ大きさです。
「あの、すみません。この子は2,5キロしか体重がないんです。さっきのワンちゃんは20キロくらいありそうなんだけど同じ注射でいいんですか?」あわてて聞くと
「ええ、量は関係ないんです。大丈夫」
え!?本当?本当に大丈夫なの?でもまわりの保健所の方もうなづいて大丈夫と言うので、すごく心配だったけど、注射を受けてきました。いちじくは針をさすときにキャンと言ってそれから私のふところに入るようにして「痛かったんだよ。恐かったんだからね」とでも言いたいようで私を大きな目で見つめていました。
心配したけれど、そのあといちじくはとても元気でした。本当に身体が10倍くらいある犬でも、いちじくみたいに小さい犬でも注射の量は同じでよかったのかな?と今も不思議だけど熱を出すこともなく、注射は無事にすみました。
「注射から一ヶ月したら手術しますから、半月くらい前に予約してください」と言われていたのです。
ところが5月に入ったすぐのときに、またいちじくのケージの中のペットシーツが水玉に汚れていました。あーあ、手術前に二度目の生理になってしまった…ごめんね、あわてて病院に電話をしました。お医者さんは
「ヒートのときはお腹に血液が集まっているので、すぐにそばに雄犬がいて、どうしてもという場合をのぞいては、ヒートの時期が終わってからのほうがいいね」と言いました。それで、終わってからまた電話をするということにしたのですけれど、でも、また私の早合点だったようで、水玉についていた汚れはどうもウンチだったみたいなの。それきり、その水玉は現れなかったので、2度目の生理になる前にと思って、あわててまた電話をしました。そして手術は15日と決まりました。あと一週間。すごく心配です。
「手術の前の日はご飯もお水も、夜の10時までにすませてきてくださいね。それから、みとめのはんこ、それから犬を登録したときにもらった丸い登録の金の印と四角い印を持ってきてね。補助が出ますから。朝9時にワンちゃんを置いていって、それから5時頃迎えにきてくださればいいです」
 夜になって、いちじくに、話をしました。
「来週になったら手術を受けるよ。いちじくは本当は赤ちゃんほしい?でも、ごめんね。私、いろんなことを考えたの。そしてね、手術を受けた方がいいなと思ったの。手術を受けた方が病気にならないんだって。痛いけどがまんしてね」
いちじくはまたまあるい目をもっとまんまるにして、私の話を顔を傾げて、神妙に聞いていました。私はいちじくに申し訳ない気持ちでもうなんだか泣きそうです。

 

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