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 いちじくはちょっと「へんなこ」です。
 私がお風呂に入っている間に、いつもこっそり脱衣場に来ます。自分の背丈ほどの洗濯かごによじ登って入って、中に入っている私や家族の洋服や靴下や下着の中から、なぜか必ず私の両方の靴下だけをふたつ口にくわえて持っていきます。家族の小さな靴下や、私よりは一日のスポーツの汗のにおいがついているのじゃないかと思われる靴下もいろいろと入っているのに、いつも必ず私の靴下を選んでくわえて、お気に入りのピアノの下のマットのところへ行って、ふたつの靴下の上に頭を置いて、においをかいで(?)うれしそうにしています。頭を置くだけならいいのだけど、ときどききくわえては上に放りなげたり、噛んだりもするのです。いちじくの歯に靴下の糸がひっかかって、ひっぱられたりしたら、靴下がだめになっちゃう。
「返して。洗うんだから」と代わりにもう古くなった靴下をあげるけど、いちじくはなんだかとてもうらめしそうなのです。
「あーあ。せっかく苦労して持ってきたのに、持って行っちゃうの?」と言うふうなのです。
 おふろに入ってると一番小さい家族が「またいちじく、靴下持ってってるかなあ」と言います。
「どう思う?」
「絶対に持ってってると思う。ね、もうあがっていい?」
小さい家族はいちじくが靴下を持っていってるかどうかを確かめるのがきっと楽しみなのです。いそいで身体を洗って、一目散にいちじくのところへ行きます。たいてい持っていくので、そのときは「あ、また持ってきてる。ダメでしょ」と恐い顔のひとつもしてみせるくせに、持っていっていないときには「あれ?持ってこなかったの。ふーん」となんだか残念そうなのがおかしいです。
 いちじくは私の靴下の他にもヨーヨーが好きです。ひもがついていて、あがったりおりたりするあのヨーヨーです。
 最初、ヨーヨーを見つけたいちじくは、ちょっと味見をしてみたり、噛んでみたりしていただけだったけれど、そのうち、ヨーヨーが転がって、そしていちじくの大好きなひもを出すことを発見しました。それでそのひもを持ってぶんぶん振り回したり、足でつついて転がしたりしているうちに、いちじくの足に、ヨーヨーのひもがからまって、いちじくは動けなくなってしまったのです。
「クーン」ほどいてよぉーといちじくはとてもなさけない声を出して、私に助けを求めます。
そのくせ…そうなんです。そのくせにです。
「ヨーヨーで遊んだら、またからまっちゃうんだからね」とヨーヨーを棚の上にしまうと、いちじくは私が載せた場所をちゃんと見ていて、なんとかしてそのヨーヨーをとろうとします。後ろ足だけで立って、それから背伸びをして、手で引き寄せようとしたり、ジャンプしたりして、いつのまにか、また自分の物にしています。そして、10分もしないうちに、身体中が糸でからまったいちじくのおだんごができあがって、またクーンと泣くのです。「ああ、おばかさんね」二度目もしかたがないので、からまった糸をほどいて、また棚の上に載せます。
 いつもだったら二度も繰り返せば、危ないところや、嫌なものには決して近寄らないいちじくなのに、いったいどうして、ヨーヨーだけはそうじゃないのでしょう。繰り返し繰り返し、同じことをしてまた「クーン」と泣いています。「そのままになってなさいね」と言いたくなるくらいです。
「ねえ、あなた、もしかして、ほどいてぇって泣いて『もう、しかたのない子ね』なんて言われて抱っこしてもらうのが好きなの?」よくわからないいちじくです。
 ところで私はよく泣きます。悲しいことがたくさんあるのじゃなくて、本を読んでも、テレビを見ても、このあいだなんて、30秒のコマーシャルを見て、5分くらい涙がとまりませんでした。
 でもこのごろは、あんまりゆっくり泣いているわけにはいかなくなりました。涙がほおをつたった瞬間に、いちじくが、必ずやってきて、私の顔にとびかかるようにして、涙をなめようとするのです。慰めようとしてくれているのか、それとも涙を味わいたいと思っているのか、それはわからないのですけど、必ず、泣いているのに気がついて、顔をなめに来るのです。私はそのことはあんまりありがたくありません。本や映画に感動して続きをゆっくりと味わいたいのに、それどころじゃなくなるのですもの。
 それにね、いちじくったら不思議なのです。テレビやビデオで漫才なんかを放送してるときは知らん顔してるくせに、アニメでもドラマでも、もうすぐ感動的な場面になりそうというときになると、必ず、まだ私のほおが涙で濡れていなくても、もうそろそろ泣くんじゃないかってわかったみたいに、私の横に座って、私の顔ばかり見つめているのです。
 いちじく、ひょっとしてあなた。テレビの放送の内容、すっかりわかってるんじゃないの?もうすぐクライマックスってわかっちゃうんじゃないの?
やっぱりいちじくってとっても「へんなこ」です。

 

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