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 いちじくの爪がのびました。そろそろ切らなくちゃいけないなあと思っていたのです。でも、怖いから一日のばしになっていました。
 本には、
「犬の爪には血管が通っています。赤い血が見えるところは切らないで、先だけを切りましょう。切りすぎると血が出て、痛みを覚えていて、切らせてくれなくなります。白い爪は血管が見えますが、黒い爪は血管が見えないから充分注意しましょう」
と書いてあったのです。そしていちじくの爪は半分は白いけど、残りの爪は黒なのです。
 「血」とか「痛い」という字を目にしただけでもぞっとします。いちじくがどこかで怪我をして血を出してきたとしたら、それだってとてもとても怖いから考えたくもないけれど、自分がいちじくのつめを切って、いちじくの血管を切ってしまって血が出たなんて想像しただけで、もっと怖くて、自分の指先がぞわぞわして痛いような気持ちです。
 だから爪を切るのが一日のばしになっていました。でももう限界でした。爪は魔法使いのおばあさんみたいに、長くのびて内側に曲がっていました。床を歩くと爪が床にあたって、カチカチと音をたてました。抱き上げたときに、爪が手にあたって、痛い思いをするようになりました。もうどうしても切らなければなりません。
 注射のついでがあるときは、お医者様に切っていただいていました。けれど、爪切りだけでお医者様やペットショップに行くのはなんだか気が引けました。私にはぜいたくな気がしたのです。一度ペットショップで「爪を切っていただくといくらくらいかかるのでしょう?」と聞いたことがありました。「5千円で……」ってその方はおっしゃいました。今思いかえすと、もしかしたら5千円のあとに、「爪切りと、シャンプーとカットと…」というふうにいろいろ言っていたのではないかな、全部まとめた値段だったんじゃないかなあと思うのですが、そのときは「爪きりは5千円!」と思いこんでしまって、それは私にはやっぱりぜいたくな値段でした。それで爪は自分でなんとか切ろうと思ったのでした。
 爪切りバサミはいちじくがおうちに来てからまもなく買いました。人間用の爪切りでパチッと切ると、爪が割れてしまうのだそうで、犬用ギロチン式という怖い名前のついた爪きりバサミを買いました。それは犬の丸い爪が入れられるようにはさみの上の刃も下の刃も半円の穴があいているしくみなのです。
 「今日、いちじくの爪を切るから!」
 まるで一大事のように、私は家族の前で宣言をしました。「押さえていようか?」といちじくが来てから二人と一匹の兄になった家族が言いました。
「いいの。一人でやってみる」
 押さえ込まれるともうそれだだけで、いちじくは何事だろうと怖い思いをするに違いないし、暴れてもどうしようもなく抜けられないと知れば、なお怖い気持ちが残るだろうと私は思いました。いちじくには爪きりは少しも怖いことじゃないと知ってほしいのです。「爪を切ろうね、今から爪を切るけど少しも怖いことはないよ」といちじくに言い聞かせて、一人と一匹で切ることにしようと私は決めたのでした。
 けれどそんなに簡単にはいきませんでした。お手をするみたいにいちじくの前足をとって、握った瞬間、いちじくはぱっと前足を引っ込めてしまうのです。何度もすると手を出すことすら警戒しそうでした。きちんと押さえられなければ、爪を切る事なんて危なくてできっこないのです。
 そこで一計を案じました。最初はまねからにしよう…前足を持って、すばやく爪切りを出して、爪を切るふりをして、「パッチン」と口に出して言いました。いちじくは何かをしたわけではないけれど、パッチンって言うまで私に前足を持たせてくれたから、「おりこうさん、おりこうさん」といっぱい誉めて、お座りをしたときにもらえる奥の手の半生のえさをひとつあげました。
 いちじくは「何でもらえたのかなあ?まあいいや食べちゃおう」という感じでうれしそうにえさを食べました。また前足をにぎって、すばやく「パッチン」と口と言って、また誉めてえさをあげました。そしてだんだん「パッチン」というまでの時間を延ばしていきました。3,4回したら、また次の日に「パッチン」をしました。
 そしていよいよ今日こそは本当に爪を切ろうという日がやってきました。いちじくはもう爪きりを見せただけでうれしそうにしっぽをぶんぶん振っています。それもそのはず、何にもしなくてもえさがもらえていたのですもの。
 いちじくはうれしそうだったけれど、私はとても緊張しました。小さいギロチンの穴に爪をいれると、いちじくはまだ「パッチン」って言わないのかな?早く「パッチン」って言ってほしいなと私の顔を見ていました。怖がってるのは私の方です。深爪しないように、まずほんの少しだけ爪を切ることにしました。爪の途中を指で持ち、そこにハサミの刃をあてて、勇気を出して「パッチン」と言いながら今度は本当に爪を切りました。人間の詰めきりと違って、爪はパッチンというふうに飛んでいくような感じではなく、ムギューというにぶい感触で、爪がつぶれるようにして切れました。ムギューという感じはあまりいい感じではありませんでした。いちじくは「あれ、なんかした?」というふうにキョトンとした顔を一瞬しましたが、でもすぐにえさちょうだいとしっぽを振っていました。
「やった!!成功!」初めての爪切りは成功です。だけど足は4本もあるから、爪はいっぱいあります。私はムギューの感じが嫌だったのと、やっぱり切るたびに緊張して就かれてしまって、最初の日は片足だけでやめました。
 そんなふうだから、全部切るのに4日もかかってしまって、おまけにちょっとずつしか切っていないから、まだ長いのです。爪を切るのもなかなか大変なのでした。
 それにしても、私、いちじくの爪を切らなくちゃって思ったときからずっとずっと不思議に思っていることがあるのです。それはオオカミやライオンは爪がのびたらどうしてるの?っていうことなのです。外で飼われている犬は、たくさん運動しているうちに、コンクリートの道路を歩いていて、爪があまり伸びないということを聞いたことがあるのだけれど、オオカミやライオンがいるのは土や草の上です。だからきっと削れたりはしないと思うのです。
 もしかしたら石を見つけて、そこに足をこすりつけてるんじゃないかなあ?そうでなかったら、小さい子供みたいに爪噛みしてるのかな…想像したらとっても楽しくて、本当のことはどうなのか、知りたくて仕方がなくなりました。本を見ても、インターネットで調べても、残念ながら、爪のことは書かれていませんでした。
 二人と一匹の兄になった家族に
「ねえ、ラジオ子供相談室っていうのはいつしてるの?」と聞きました。
「ラジオ子供相談室?子供のふりして聞いたって、ばれちゃうよ。第一そんなことする勇気ないじゃない。もしかして誰かに質問してもらおうって考えてない?だめだめ。だめだよ。どうせくだらない質問に決まってるんだから」
 やっぱりだめ?私どうしても知りたいんだもの。誰か教えてくれないかなあ?
 
 
 

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