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 外にも少しずつなれてきたので、夕方毎日いちじくとお散歩に出かけるようになりました。
 パピヨンという犬は、少しずつは知られてきているけれど、それでもわたしが住んでいるところでは、まだ知らない人も多いのかもしれません。
「いったい何を連れてるの?」
「猫に首輪つけてるの?」
「なんという種類の動物?」
「犬?」
というふうに通りがかりの人によく尋ねられます。たぶんいちじくが犬にしてはとてもとても小さくて、身体の部分の毛が長いから、身体の様子がわかりにくいのかもしれません。
 いちじくのおかげでわたしはたくさん人とお友達になりました。いちじくと歩いていると、いろいろな人がいちじくに微笑みかけてくれるし、それだけでなく、声もかけてくれます。私が一人で歩いていたり、公園で座っているときには、声をかけてくださることってとても勇気がいるし、「何の用事なのかなあ」ってたとえば警戒してしまったり、それから別にお互いにお話する用事がなかったりするかもしれないけれど、でもいちじくと一緒にいると、まるでお話しないことが逆に不自然みたいに、みんなが、声をかけてくれるのです。だからわたしにとってはいちじくは仲良しにしてくれる魔法を持ってる気がします。
 夕方近くの公園に行くと、ひとりのおばあさんによく会います。おばあさんはゆっくりと公園のまわりを何周かして、それからベンチに腰掛けます。
「かわった猫ちゃんね」
「いいえ、犬なんです。パピヨンっていう種類の犬なんです」
 わたしはいちじくは決して猫には似ていないと思うのです。顔も猫ちゃんのように平たくないし、それにはねるように歩いてますもの。でもおばあちゃんには猫のように見えるのでしょうか?猫にはあまりつなをつけてお散歩ってしないんですけどね。
「そう。ねえみいちゃん?食べ物は何が好き?」
「いちじくっていう名前なんです。変わった名前だけど。いちじくはドッグフードしかまだ食べてないんですよ」
「あらあら、みいちゃんはドッグフードを食べてるの。そう」
おばあちゃんはいちじくをそれからずっと「みいちゃん」と呼ぶのです。いちじくはみいちゃんと呼ばれても、別段かまわないよというふうに、おばあちゃんにうれしそうに背中や頭をなぜてもらっています。
 もしかしたら、「おうちでも、いちじくとかパピとかパピ子とかいろいろな名前で呼ばれているからいいんだもん」って、いちじくは思っているのかもしれません。でもみいちゃんはないんじゃないの?だってそれって猫につける名前じゃないの?とわたしは少し思うのです。(いちじくの方が変ってるって言われそうだけど)
 その日もおばあちゃんに会いました。おばあちゃんはまた公園を2周してベンチにすわって、
「みいちゃんおいで」って言うのです。みいちゃんじゃないんだけどな、そう思うけど、いちじくを呼んでくれてるから、やっぱり私といちじくはそっちへ行きます。だってもういちじくがしっぽをぶんぶん振って返事してるんだもの。
おばあちゃんが言いました。
「ねえ、みいちゃんネズミはとらないの?おばあちゃんのおうちに来てねずみ取ってくれない?」
 いちじく?あなた本当にいいの?みいちゃんでいいの?猫って勘違いされているみたいだけどいいの?
 いちじくはなぜてもらえるなら、猫だって、みいちゃんだって全然きっとかまわないのです。もう本当にうれしそうに、喉をなぜてもらってるんですもの。


 

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