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 「東スクールのあとは、食事をしてそれから若草物語の作者の資料館を訪ねましょう、山元さん、お好きでしょう?自然も素晴らしいし、公園になってるんですよ」
三沢さんがそう言ってくださっていました。
 私は張り切っていました。緊張した講演会も終わったのです。それから東スクールも見せていただけてとってもうれしかったし、さあ、今度は若草物語の世界にひたって、それからそれが終わったら、赤毛のアンのプリンスエドワード島に向かうんだもの。だから車に酔ってなんかいられないわ・・・そう思ったのが間違いのもとでした。前の日に雨が降っていて、ダックツアーでバスがお船にかわった時点で、運転手さんの英語の説明がわからなかったこともあると思うのだけど、船酔いをしてしまったのです。だから今日はそんなことにならないようにしなくちゃ・・・それで、今までほとんど飲んだことのない車の酔い止めのお薬を飲もうと思い立ちました。説明書には大人は一錠とかかれてあります。はい、一錠ね。
 もう万全・・・さあ、見るよ・・食べるよ・・・
 車はボストンの街のさらに郊外へむかっているようでした。ところがそのあたりから私は身体がちょっとおかしいなあと思っていたのです。なんだかふわふわするような感じ、どうも文章では表現しにくいのですが、変な感じがしていました。
 「疲れてるのかな?」普段、あまり眠らない日が続いても、それからお休みをとることができなくても、毎日が楽しいから、疲れたなんて思うことはそれほどないです。だから変なふわふわした感じが何かなあとわからなかったのです。
 前の日の雨がうそのように晴れ渡り、緑がとても美しいのです。道路の脇の街路樹はたぶんプラタナスやメープルだと思うのです。お天気がよくて、お日様の光がとても強いから、形の面白い葉っぱが重なり合って、道路に、レース模様のような影を落としていました。
 レストランに到着しました。由緒のあるレストランということで、雰囲気のある調度品や置物がおかれている、とても明るいレストランでした。
 私の体の様子はますますおかしくなってきました。頭を右に振ると、そのまま右に沈んでいきそうになるのです。左に振るとまた、左に沈んで行きそうになります。またハーバードでの講演会のように、時差の影響が突然やってきたのだろうかと思いました。でもそれだったらその前の日のように時間がたてばなおるはず、それに、三沢さんや今西さんや初鹿野さんや他のみなさんのアメリカでの暮らしについてのお話などを聞いていると楽しくてそんな不安も消えていくようでした。けれど食事をとってから、私は眠いのだと気がつきました。眠かったのだと気がつくなんておかしな話ですが、普段は起きていようと思えば、割合起きていられます。眠ろうとベッドに入っても、意識はいつもどこかにあって、そこで起きていることを気持ちのどこかで知っていました。小さいときはそばで母が縫い物をしていることも、新聞社に勤めていた父が夜勤で帰ってきた様子も、覚えていました。そんなふうなので、眠くて眠くてたまらなくて、目がさめてもまだすうっと眠りそうになってしまうということはあまりありませんでした。ところがその時の私は車に揺れている時間はずっと眠り、つけばそのことをやっぱり気持ちのどこかで知っているから起きて、車から降りて、目的地までみんなと一緒に歩くけれど、ベンチを見つければまた眠り、そこでの説明が終わって、お店を見て歩くことになれば、また歩きながらも、ベンチを見つけると「少し休もうかな」と言って眠っていました。そのころになって、ようやく、それがたった一錠飲んだ、酔い止めのせいだと気がついたのです。
 本当になんということでしょう。せっかく三沢さんたちが「山元さん若草物語、好きでしょう?」とオルコットの家を見せてくれたのに、私ときたら、歩いた道や建物の景色やお店やさんをめぐったことなど、きれぎれにしか思い出せないのです。ただ、眠りながらも、きれいな街並みや緑を感じて、そしてみんなが移動をしはじめたなあと気がつけば立ち上がり、また座ってふわーと眠っていました。本当になんて、申し訳なく、今思い出してももったいないことでしょう。夢なのか、現実なのか、カゥボーイが出てきそうな街並みを歩いて、両側のお店屋さんにはいったこと、アイスクリームがおいしいと聞いていたのに、食べることができなかったこと、そんなことを少し頭の中に思い描けるだけです 
 薬の効果が消えかかったときにはもう、三沢さんたちとお別れのときでした。三沢さんたちの車は朝までいたホテルによって、荷物をのせ、載せきれない荷物をタクシーに載せて、空港に到着しました。
 思えば、このたびの始まりは三沢さんからいただいたメールでした。アメリカで講演会という夢のような話が現実になったこと、たくさんの仲間とこの地を訪れることができたことなど、三沢さんのメールなくしてはけっしてかなわないことでした。
 「またボストンにきて下さい。もっとたくさんの人に聞いて欲しいです」三沢さんの言葉はうれしくそしてあたたかでした。「握手してください」英嗣くんの握手はとても力強かったです。

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