『A SWEET LITTLE BITTER LOVE』



 そうね、みんなで勉強会をやってる時にあんなこと言ったのは悪かったと思
っているわ。特に亜美ちゃんの前で言ったのはね。


「もう勉強なんてやってらンない!」


 だってそうでしょう? 昨日は13日だったのよ、13日。バレンタインの
前日っていったら、普通の女の子なら落ち着いてなんかいられないわよ。
 ま、本当のことを言っちゃえば、お勉強が退屈だったんだけどね。イベント
にかこつけての息抜きってのもいいじゃない、ねぇ。
 受験まであと2週間。バレンタインは毎年くるけど高校受験は1度きり。
 亜美ちゃんに言われなくても私だって分かるわよ、それくらい。
 だからさ、悪かったと思ってるんだってば。


「今年のバレンタインは今年しかないのよ!」


 売り言葉に買い言葉・・・・って言うんだっけこーいうの。
 こう言えば亜美ちゃんが黙っちゃうの、分かってて言っちゃうのよねぇ。
 私は勉強の息抜きができればそれでよかったの。1日くらい受験の事は忘れ
てのんびりとね。みんなだってきっとそう思ったはずよ。
 だからみんなに持ちかけたの。


「ほら、うさぎちゃんだって衛さんにあげたいでしょ。誕生日にガラスの靴を
もらったまんまで、何もお返ししてないじゃない」
「レイちゃん、雄一郎さんあれで結構いー男なんだから、しっかりキープしと
かないと駄目よ」
「まこちゃん、やっぱり本命の相手には手作りよね。一緒に作りましょうよ。
まこちゃんだって実は渡したい人いるんでしょ? そーだ、いっその事みんな
でまこちゃんに作り方教わっちゃおうよ」


 でもさ、こーいう時って何故かみんな亜美ちゃんの様子をうかがうのよね(^^)
 亜美ちゃんが駄目って言うこと、滅多にないの知ってるんだけど、亜美ちゃ
んがいいわよって言ってくれるとほっとする。あ、やっぱり分かっててくれる
んだなぁって、安心できるの。


「今はそんな事してる時じゃないはずよ」


 だからね、亜美ちゃんが駄目だって言ったときには、ほんとびっくりしたわ。
 ううん、びっくりしたって言うより辛かった。分かってくれてると思ってた
のに、なんか裏切られたような気がしたのよ。
 亜美ちゃんの様子を見る時って、自分の心にうしろめたい思いがある時なの
よね。だから「いいよ」って許してもらえるとほっとするし、「駄目」って言
われると苦しくなるの。
 結局はね、亜美ちゃんがいいと思うか悪いと思うか訊いてる訳じゃないの・
・・・、彼女を、亜美ちゃんを自分の心を写す鏡にしてるってとこかしら。
 でもね、愛と正義の美少女戦士って言ったって、人間やっぱ普段は自分がか
わいい訳じゃない。
 自分のうしろめたい思いが亜美ちゃんに「駄目」って言わせてるのに、自分
を責めずに亜美ちゃんが分かってくれないって感じちゃうの。
 ただ・・・・今そう言えるのはもう時間がたっちゃってるからで、あの時あ
の場ではそこまで考えられなかった。
 駄目って言葉が亜美ちゃんの口から出たとたん、「駄目」っていうのは彼女
の考えで、私は私って思いがむらむらって沸き上がっちゃったの。


「亜美ちゃんには分からないわよねぇ」


 言いすぎだって事はすぐに感じたわ。
 自分とは違うっていうのは、亜美ちゃんには言っちゃいけない言葉なの。
 言わなくても、それは亜美ちゃん自身が辛い思いをして、一番よく分かって
る事だもの。
 でもさ、亜美ちゃんがバレンタインにチョコレートなんて、実際想像つかな
いじゃない? あげる相手って言ったって、いいとこ衛さんくらいよ。それも
うさぎちゃんに気を使って、誰が見ても義理にしか見えないようにしてね。
 亜美ちゃん、結局黙りこんじゃって、とっても気まずかった。
 けど、その時わたし、こうも思ったの。
 亜美ちゃんどうして黙っているの? 文句があるならちゃんと言ってみなさ
いよ。「駄目」って言ったんでしょ?
 他人は他人、自分は自分てもの分かりのいい納得しないで、駄目って言った
んなら最後までとめてみせてよ・・・・ってね。
 私も随分勝手よね。分かってもらいたくて、裏切られた気持ちで、それなの
に説得されたがってるなんて。
 ピュアな乙女心は複雑なのよ。
 矛盾してるですって? いーから黙って聞きなさい。
 でね、あんまり雰囲気が暗くなっちゃったから、まこちゃん、なんとかフォ
ローしようとしたのよ。


「美奈子ちゃん、そんなにチョコあげたい人、いるの?」


 義理チョコばらまくだけなら、今年はべつにやらなくたって--------
 まこちゃんがそういう理由で言ってるんだなって事は、察しがついたわ。
 勿論、私にはこれといってチョコをあげたい人なんていなかった。
 さっき言ったでしょ?
 私は1日くらいお勉強をパスしたかっただけなの。でも、1度動き出してし
まったものはもそう簡単には止められないのよ。


「そりゃあ、まあね」


 いま思い出しても名演技よねぇ。あのおもわせぶりな態度。あれでみんな私
に本命の男性がいるって信じたみたい。
 人の恋路を邪魔する奴はなんとかって言うでしょ? 馬に蹴られてどうとか。
 私達、うさぎちゃんと衛さんの恋を見てるから、恋してる人とか見ると応援
したくなっちゃうのよ。
 私ね、だからみんなのそーいう気持ち、利用したの。


「そーいう訳でぇ、美奈子きょうは帰りまーす」


 恋に本気だって知ったら、多分誰も何も言えないと思う。
 それが分かってるから、すぐに帰ることにしたわ。
 亜美ちゃんが「駄目」って言ったんだもの。うさぎちゃんやまこちゃん、き
っと乗っこないだろうから、それならいても邪魔になるだけだもんね。
 自分のこと棚にあげてこう言うのも何だけど、もし誰かがあの時「私も帰る」
なんて言ったら、きっとわたし怒ったと思う。
 どうしてかって?
 さぁ、どうしてかしらね。でも多分怒ったんじゃないかな?
 結局亜美ちゃんは黙ったままで、うさぎちゃんも、レイちゃんやまこちゃん
も何か言いたそうにはしてたけど迷ってるみたいだったし、そのまま出てきち
ゃったの。
 それでね、みんなの前で言った手前、やっぱり一応作っておかないとまずい
かなーと思って、お菓子屋さんで手作りチョコの材料を買って外にでたら・・
・・どうしたと思う? 表に亜美ちゃんがいたのよ。
 私がレイちゃんの部屋を出たあとでどんな事を話したのかは知りようがない
けど、みんなで私を探そうってことになったみたい。
 でね、その時ほかの3人は全然違う場所を探していたのよ。
 うさぎちゃんは、私がとっくに帰ってると思って私の家へ。
 レイちゃんは私が時間を潰してると思って公園へ。
 まこちゃんは、私が自分でチョコを作るなんて思えなくて(!)コンビニを
片っ端から。
 笑えるでしょう。
 あの私の「男がいるように見せかけた」名演技を見破ったのは、つまりうさ
ぎちゃんとレイちゃんだったって訳。
 やっぱり彼氏がいると分かっちゃうものなのかしら?


「美奈子ちゃん、受験まであと2週間しかないのよ」


 知ってるわよ。
 でも、私が亜美ちゃんから聞きたかったのはそういう言葉じゃないの。だか
らこう答えたわ。


「いいでしょ。今日1日くらい」


 なるべくいつもの調子になるように心がけて。挑発しているのがそれとなく
分かるように。
 そうよ、私、亜美ちゃんを挑発してたの。私のことを怒ってみなさいよ。自
分の正義を貫いてみたらってね。
 亜美ちゃんは黙ってうつむいたわ。
 わたし不安だった。次に亜美ちゃんが顔をあげた時になんて言うか。自分勝
手だとは分かっていたけど、「分かったわ」なんて納得したような台詞、私を
見捨てるような台詞は言ってほしくなかった。
 だからつい、もっと挑発してみたくなったの・・・・。


「亜美ちゃんが気にする必要ないでしょ。十番高校なら楽勝じゃない」


 亜美ちゃんびっくりしたみたい。そりゃそうよね。亜美ちゃんがどこの高校
に行くかなんて、誰も何も知らされてないんだもの。でもね--------


「それくらい分かるわ。寂しがり屋の亜美ちゃん。今さらうさぎちゃんやまこ
ちゃんと離れたくはないもんね」


 私達の心はいつまでも一緒--------


 「だったら・・・・私が言いたいことも、美奈子ちゃん、分かっているでし
ょう」


 勿論分かっているわ。
 私が行きたいと思っている高校は、十番高校しかないって事も、今の成績の
ままじゃボーダーラインって事も。けどね、私は亜美ちゃんが言いたい事は、
亜美ちゃん自身に言ってほしいの。
 だから「分かってる」なんて言わない。
 私は意地悪。
 亜美ちゃんの本当を見てみたいの。


「分からないわ。それよりこれ以上人の恋路の邪魔しないでよ--------」


 パンッ!
 一瞬何が起こったのか分からなかったわ。左の頬が熱くなって、え? って
思った時には亜美ちゃん、私の服、両手でぎゅっと掴んでて。


「うさぎちゃんもまこちゃんも一生懸命お勉強しているのよ。みんなで一緒に
・・・・一緒に十番高校に行くんでしょ!」


 涙まで流しちゃって。あはっ、本当に心配しててくれたんだ・・・・。
 ぶたれた割には嬉しそうな顔してる、ですって?
 あったりまえじゃない。あの亜美ちゃんがぶったのよ。これって凄いことな
んだから。「心配してる」ってのが、あんなにストレートに表現されるなんて、
完全に私の予想以上よ。
 亜美ちゃんてほら、感情表現が下手な方じゃない? それが悪いだなんて言
わないけど、あーいう娘でしょ。言いたいこと言えずに損してる事、多いと思
うのよ。
 でも安心した。ちゃんと怒れるんだもの。
 ふふっ。でもね、正直なとこ亜美ちゃんが言う「みんな」の中に、私もちゃ
んと入ってたのが一番嬉しかったかな。寂しがりなのは、亜美ちゃんだけじゃ
なくて、多分私もそう。
 でもこーなったら絶対に十番高校に合格しなくっちゃね。


 あ、そうだ、チョコ食べる? せっかく買ったのに放っておくのももったい
ないから作ってみたんだけど。
 心をこめて1つだけ・・・・。
 あら、大丈夫よ。みんなで勉強した後で作ったんだから。おかけで・・・・
ふぁ・・・・今日は寝不足だわ。はい、御賞味あれ。
 何よ、その嫌そうな顔は。私が作ったものが食べられないって言うの?
 どうせ他には誰からも貰ってないんでしょう。ね、アルテミス。
 そーよ、最初っからそうやってありがたく食べればいいのよ。
 え? 苦いって?
 ・・・・当然じゃない。ヴィーナスのハートは甘くはないのよ。


                               End.

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