プレイバック版『戦士の友情 さよなら亜美ちゃん
             (前編)−同じ涙を分け合って−』



 木漏れ日がキラキラと揺れている。初夏の日差しは町行く人々の影を地面に色
濃く焼き付けていた。
 そんな中、小学校帰りのちびうさは足どりも軽く歩道橋を駆けていた。
 その後から、猫顔のビーチボールといった感じのルナPボールがふわふわと追
いかけていく。端から見れば、誰も彼女を普通の小学生以外には思わないだろう。
「あーっ!」
 歩道橋のなかほどで、ちびうさは声をあげて立ち止まった。その目は歩道橋の
下、新しく出来たばかりらしいアイスクリームスタンドに注がれている。
 初夏とは言ってももう7月。照りつける日差しには誰しも暑さを覚えるらしく、
アイスクリームスタンドの周りには人々であふれていた。
 若いカップルや女学生が、色とりどりのアイスをおいしそうになめるのを見る
うちに、ちびうさの口元がしだいにゆるんでくる。
「あーっチョコミントだぁ・・・・」
 思わずごくり、と唾をのみこむちびうさ。そのあたりの性格は居候を決め込ん
でいる月野家の長女、彼女とおなじ名のうさぎとたいして変わらない。
「・・・・!」
 ふいにちびうさは我に返った。とたんに今までの自分の行動が、子供じみたも
のに思えてくる。
「ばっかみたい、ガキじゃあるまいし。アイスクリームなんて」
 わざと口にだして否定するところなど、はたから見るとかえって微笑ましい。
 勿論、当人にはそういった自覚はないのだろう。
「はやく銀水晶を探さなくっちゃ」
 自分の目的を再確認することでアイスクリームの誘惑を振り切り、ちびうさは
その場を立ち去ろうとした。
「ちびうさちゃん」
 そのとき、背後から彼女を呼びとめる声がした。
「いま帰り?」
「あみちゃん」
 振り向いたちびうさの前に、十番中学の制服を着た亜美の姿があった。
「こんなところで何を見ていたの?」
「べつに・・・・」
 何にも興味がない、といった顔でそっぽを向くちびうさ。
 あたりを見回した亜美は、すぐにちびうさがさっきまで見とれていたアイスク
リームスタンドを発見した。
「あぁ、新しいアイス屋さんを見てたのね」
「あんなもん、興味ないわ」
 図星をつかれたちびうさは、そう言うとさらに亜美の視線から逃がれるように
背を向けた。
 無論、亜美にはそのそぶりを見ただけで十分だった。
「そう? でもおいしいって評判よ。わたしも食べてみたいなぁ」
 さりげなく、ちびうさに水をむけてみる。
「・・・・・・・・」
 ちびうさは黙っている。しかしその注意が亜美の言葉に注がれている事は、後
ろを向いたくらいでは隠しきれないようだ。
「ねぇちびうさちゃん、付き合ってくれる? もちろん私のおごりで」
「ほんとぉ!」
 亜美の一言にちびうさは勢いよく振り向いた。
「あみちゃんが言うなら付き合ってあげる」
 言葉とは裏腹にその表情を見れば、ちびうさがアイスを食べたかったという事
は、亜美でなくとも容易に分かっただろう。
「あみちゃん、はやくぅ」
 待ちきれずに走りだしたちびうさは、歩道橋の端で振り返ると亜美に向かって
大きく手を振った。ルナPボールがそのちびうさの側を、これまた彼女の気持ち
を代弁するかのように跳ね回っている。
「うん!」
 亜美はにっこり笑って頷くと、ちびうさの後を追って歩きだした。


 火川神社。塾に行っている亜美を除いたセーラー戦士達、うさぎ、レイ、まこ
と、美奈子、そしてルナとアルテミスがミーティングを行っていた。
 もっとも亜美がいない今日はミーティングとは名ばかりで、ちょっとした雑談
をしに集まったと言われても仕方ないだろう。
 うさぎ、まこと、美奈子はそれぞれ学校帰りの制服姿。レイはひと足早くいつ
もの巫女姿に着替えていた。
「ねぇ、最近の亜美ちゃん、ちょっと様子が変じゃない?」
 レイが不意に思いだしたように切りだした。
「変って、どういう風に?」
 美奈子が訊き返す。
「どういう風にって、うまく言えないんだけど・・・・なんていうかこういう風
に話している時に、ときどき別の何かを考えているような事があるの。以前はそ
んな事なかったんだけど、最近少し気になっちゃって・・・・」
「そういえば・・・・」
 レイの言葉にまことも頷いた。
「2、3日前に十番商店街で亜美ちゃんを見かけた時にさ、何度も声をかけたん
だけど、なかなか気付かなかった事があったんだ。言われてみればあの時も何か
考えごとをしているみたいだったな」
「ふぅん」
 4人と2匹はそれぞれに、最近の亜美の様子を思い浮かべた。
 そうやって考えてみると、確かに改めて言われなければ気付かない程度ではあ
るが、普段の亜美とはちょっと様子が違っていたような気がする。
「勉強、忙しいのかしら?」
「亜美ちゃんて、敵と戦った日は睡眠時間を削って勉強しているんだって。この
前からまた新たな敵が現れたでしょう。だから・・・・」
 美奈子の言葉をついでレイが言った。
「だめだめだめ、睡眠時間を削って勉強だなんて、考えただけでも熱がでてきち
ゃいそう。やっぱりぃ、夜は早寝よねー」
 うさぎは、睡眠時間を削って勉強せざるをえない試験前を想像して首を振った。
「うさぎぃ、あんたと亜美ちゃんを一緒にしないでよね」
「ほんと、少しは亜美ちゃんを見習ってほしいわ」
 レイとルナが呆れたようにため息をついた。
「亜美ちゃん、けっこう無理しちゃいそうな感じだもんな」
 まことは軽く腕を組んで背後の木にもたれかかった。
「そうね」
 みんなは一様に頷いた。亜美が努力家なのは誰もが認めるところであり、それ
がはた目にも楽とは言えない事も分かっていた。
(私ね、何かをしていないと不安になっちゃうの)
 ダークキングダムとの戦いの後、再びセーラー戦士として覚醒する以前の亜美
の言葉が思い出される。
「私達がさ、もおっと強くなってー、敵なんかひょいひょいってやっつけられる
ようになれば、亜美ちゃんも睡眠時間を削らなくてよくなるよね」
「うさぎ・・・・」
「うさぎちゃん・・・・」
 レイとルナが驚いたようにうさぎを見る。
「いいこと言うじゃん、うさぎちゃん」
「へへへー」
 うさぎは照れたように笑った。
「そうだ、今日はみんなに渡す物があったんだ」
 不意に思いだしたようにアルテミスが言った。ルナが頷いてくるりと身を翻す
と、美奈子が腰掛けていた濡れ縁の上に、はじめて見るアイテムが現れた。
「新しい変身スティックと通信器。これでみんなもパワーアップするはずよ」
 4人はそれぞれのアイテムを手にとった。
「亜美ちゃんの分は・・・・」
「はいはいはいはい、わたしが預かっておいてぇ、明日亜美ちゃんに手渡すわ」
 ルナをさえぎって、うさぎはマーキュリーのマークが入った青色のスティック
と通信器をつかんだ。


「さてと・・・・」
 公園のベンチに、ちびうさと2人で仲よく座ってアイスクリーム食べてをいた
亜美は、コーンの残りを口の中に放り込むと鞄を持って立ち上がった。
「私は塾に行くから。じゃあね、ちびうさちゃん」
「うん、ごちそうさまー」
 去っていく亜美に手を振りながらしかし、ちびうさは心の中で別の事を考えて
いた。
(亜美ちゃんてしっかりしてる・・・・。もし銀水晶をもっているとしたら、そ
そっかしいうさぎより、あの人の方かもね・・・・そうだ!)
「待って!あみちゃん」
 ちびうさは、今しも角を曲がろうとしていた亜美に急いで追いすがった。
「どうしたの? ちびうさちゃん。そんなに走って」
 振り返った亜美は、ちびうさの視線にあわせるようにしてしゃがむと、制服の
ポケットから白いハンカチを取り出して額の汗をぬぐってやった。
「はぁ、はぁ、あのねあみちゃん。あみちゃんにお願いがあるの・・・・」


「あれーママ、ちびうさは?」
 その夜。いつものように晩御飯の食卓についたうさぎは、そこだけぽっかりあ
いた席に目をやった。
 ちびうさがこの家に来たのはつい最近のはずなのに、その姿がないとなぜだか
食卓そのものがいつもより大きく見える。
「ちびうさちゃんなら今日は亜美ちゃんの家に泊まるって、さっき亜美ちゃんか
ら電話があったわよ」
「えーっ、なんでちびうさが亜美ちゃんちに泊まるのよ」
 先に食卓に並べられたおかずにのばしかけた手をとめて、うさぎはすっとんき
ょうな声をあげた。
「亜美ちゃんにお勉強を教えてもらうんですって」
 食卓の真ん中にシチューの鍋を置きながら育子ママが応える。
「そりゃいいや。バカうさぎが側にいたら、勉強なんてできないもんなー」
「こらぁっ!! 進吾!」
「や・め・な・さ・い、うさぎ。あなたも少しはちびうさちゃんを見習ったらど
うなの? 期末試験も近いんでしょう?」
「あーん、ママまでそんなこと言う(;_;)」
「はいはい、早く御飯食べちゃいなさい」
 うさぎのそんな態度にはもう慣れっこになっているのか、育子ママはそっけな
くそう言うと茶碗に御飯を盛った。
「いっただっきまーす」
(でも・・・・)
 進吾の声を聞き流しながら、うさぎはちびうさの行動について考えていた。
(ちびうさってば一体なに考えてんのかしら? 亜美ちゃんのとこで何もしてな
きゃいいけど・・・・)
 うさぎは茶碗と箸を置くと席を立った。
「うさぎっ、食事中になんです」
「んー、ちょっと電話」
 とりあえず、ちびうさがおとなしくしているかどうか確認だけはしておこう、
とうさぎは亜美の家の電話番号をプッシュした。
 トゥルルル、トゥルルル・・・・
『はい、水野です』
 コール3回目で亜美がでた。
「あ、亜美ちゃん。ちびうさ何もしてない?」
『うさぎちゃん? ちびうさちゃんの事なら心配いらないわよ。いま国語のお勉
強しているところなの』
 受話器から聞こえる亜美の声の向こうに、確かに本を読んでいるらしいちびう
さの声がする。
 うさぎは少しほっとした。それから、ちびうさに聞こえる訳はないと思いなが
らも心持ち声を低めて言葉を続ける。
「もし何かしたら、遠慮なくお尻ひっぱたいていいからね」
『ええ』
 電話の向こうで、亜美は小さく笑ったようだった。
「あ、そうだそうだ、今日ルナとアルテミスからー、新しい変身スティックと通
信器をもらったの。亜美ちゃんの分も預かってるから、あした学校で渡すね」
『・・・・うん・・・・』
 不意に、亜美の声が小さくなった。
「亜美ちゃん?」
『・・・・あのね・・・・うさぎちゃん・・・・わたし』
「どうしたの? 何かあったの?」
 うさぎは亜美の様子に普通でないものを感じ、おもわず訊き返していた。
 昼間のレイの言葉が脳裏をよぎる。
『・・・・ううん、なんでもない。ちびうさちゃんの事は大丈夫だから安心して』
 安心して、という声は、さっきまでと違っていつもの亜美の声だった。
「うん・・・・、じゃあね、また明日学校でね、おやすみなさい」
 チン
 なぜか言い様のない不安に襲われたうさぎは、受話器を戻した後もしばらくそ
の場に立ちつくしていた。


「電話・・・・うさぎから?」
 電話を終えて戻ってきた亜美に、教科書から顔をあげたちびうさが声をかけた。
「ええ、ちびうさちゃんがちゃんとやっているかどうか、心配してたわよ」
「うっそだぁ、うさぎがそんなこと言うわけないわ」
 ちびうさがあまりにきっぱりというので、亜美はついクスッと笑った。
「そんな事ないわ。うさぎちゃん、ちびうさちゃんのこと心配しているのよ。今
だってほら、電話してきたでしょう」
「うん・・・・」
 ちびうさはちょっと下を向いて口ごもった。
 そんなちびうさの様子を見て、亜美は優しげに微笑んだ。
「さぁ、お勉強の続きをしましょうか」
「うん!」
 ちびうさは顔をあげると元気よく頷いた。
 それからさらに数時間後・・・・
「ちびうさちゃん」
 ウトウトしていたちびうさは、亜美のその声にハッと目を覚ました。
「ふわぁ、もう眠いよぉ」
「うふっ、まだ10時よ。あと1時間はやれるわ」
 10時、というのを聞いて、ちびうさはガバッと顔をあげた。
「じゅうじい!大変もう寝なくっちゃ。学校の先生が10時までには寝なさいっ
て・・・・」
「たしかにテレビ見て夜更かしするのはよくないけど、お勉強は別よ。ね、あと
少しだけ頑張りましょう」
「・・・・・・・・(--;)」
 まさかこんな時間まで勉強させられるとは思わなかったちびうさは、自分の作
戦が計画通りに進みそうにないことを悟った。
(なんなのこの人。ぜんぜんスキがないじゃない。銀水晶どころじゃないわ)
 考えてみれば、さっき亜美が電話に出たときが一番のチャンスだったかもしれ
なかった。もちろん今からそう思ったところでどうにもならないのだが。
(・・・・!?)
 自分の考えに没頭していたちびうさは、亜美が頬杖をついたまま何も言わずに
じっと自分のことを見ているのに気がついて顔をあげた。
 それでも亜美は黙ったまま、口元に微笑を漂わせてちびうさの顔を見ている。
「え、なに?」
「ちびうさちゃん・・・・あなたどこから来たの?」
「え・・・・」
 いきなりの質問に、ちびうさは言葉が出てこなかった。
 亜美はちびうさの目を正面からじっと見ている。その顔からはさっきまでの微
笑が消えていた。
「うさぎちゃんのいとこって、ウソでしょ」
「あ・・・・」
 ちびうさは何か言おうとしたが、わずかに口が動いただけだった。
 その顔に不安が色濃く浮かびあがる。
「話したくなければそれでいいのよ。でも、もし行くところがないんだったら・
・・・うちへ来ない?」
「え?」
 突然の申し出に、ちびうさは一瞬わけが分からずきょとんとした。
 亜美はといえば、すでに先ほどまでの問いつめるような雰囲気は微塵もない。
「私、もしかしたら遠くへ行ってしまうかもしれないの。そしたらお母さんが寂
しくなるから・・・・」
「あみちゃん、どこかに行っちゃうの?」
 ちびうさは幾分神妙な面もちで訊ねた。まだ誰にも話してはいないが、ちびう
さも本来の家から遠く離れた所へ来ている。だから《遠く》という言葉の持つ意
味も実感として分かっている。
「うん、ずっと思い描いていた夢がかなう日が来たの」
「あみちゃんの・・・・夢?」
 亜美はふと、遠くを見つめるような表情をした。
 それがいったい何なのか、ちびうさは聞いてみたいと思った。
「ううん・・・・やっぱりだめだわ・・・・うさぎちゃん達を残していけない」
 だがしかし、亜美は目をふせると小さく首をふった。
 そして、ちびうさを見るとちょっぴり寂しそうに笑った。
「ごめんね、今のこと忘れて」
「あみちゃん・・・・」
 本に目をもどした亜美に、ちびうさは何も聞く事はできなかった。


 その夜、うさぎ達の知らないところで、クリスタルTOKYOの結界を形作る
クリスタルポイントの破壊作戦が実行されつつあった。


「あーっ、遅刻ちこくぅ」
 翌朝。今日もまた、といった感じでうさぎが家を飛び出していく。ちびうさが
いてもいなくても、これだけは変わりようがないらしい。
 十番中学に着く頃には、始業のベルはとっくに鳴り終わっていた。
 いつものように教室の後ろのドアから入り、よつんばいでそろそろと前進する。
と、その目の前に2本の足があった。
「・・・・・・・・」
 おそるおそる顔をあげるうさぎ。
「つ・き・の・さ・ぁ・ん」
 一語一語区切るように、担任の春菜がうさぎの名を呼ぶ。
「はぃ(^^;;;;;;)」
 はたして3分後、両手にバケツを持ったうさぎの姿が教室の前にあった。
「まっっっっったく、あなたという人は」
「反省してます」
 春菜を前に、うさぎはしおらしくうなだれていた。
 毎回反省はするのだが、やっぱり起きられないものは起きられない。勿論遅刻
するのはよくない事だと思っている、でも、起きられない。
「あなたも5組の水野さんと仲良くしてるなら、その10分の1でもいいから見
習ってほしいわねー」
「よく言われます(^^;)」
「本当に、見習うなら今のうちよ。水野さん今度ドイツに留学するんですからね」
「え?」
 うさぎは2、3秒の間、春菜の言葉が理解できなかった。
「ドイツに留学・・・・・・・・亜美ちゃんが?」
「えぇそうよ。ぜひ彼女にって強い推薦なの」
 春菜がうれしそうに頷く。
「それであみ・・・・水野さん、OKしたんですか?」
「うーん、それはまだみたいね。でも留学の推薦なんてそうよくある話じゃない
の。それに選ばれるなんて、彼女にとってこれはまたとないチャンスなのよ。ち
ょっと月野さん、聞いてる?」
(亜美ちゃんが・・・・ドイツに行っちゃう・・・・そんな)
 春菜の声はもはやうさぎの耳には届いていなかった。


「亜美ちゃん!」
 休み時間になってすぐ、うさぎは5組の教室に駆け込んだ。
「うさぎちゃん、どうしたの?」
 いきなり駆け込んできたうさぎに、次の授業の準備をしていた亜美は驚いて顔
をあげた。
「ドイツに行っちゃうって本当なの?」
「うさぎちゃん!」
 亜美は言葉を失った。
 ドイツ留学の話は校長先生から直接聞かされた事で、彼女はそれをまだ母親に
しか話していなかった。
 どうやってうさぎがその事を知ったのか? それよりも今はうさぎに何と答え
ればいいのかを考えなければならない。もちろん昨日までに自分の結論は出た筈
だったが、それはまだ人に話せるほど確信に満ちたものではなかった。
 うさぎは亜美の次の言葉をじっと待っていた。
 亜美は一瞬うさぎから視線をそらし、すぐにまた目をあわせた。
(ううん、私は日本に残るわ)
 そう言いかけて、けれども口にはだせなかった。
 それでいいの?
 心の中の声が問いかけていた。
 夢をかなえなくていいの?
「わたし・・・・・・・・」
 亜美はまたうさぎから視線をはずし、今度は戻さなかった。
「・・・・ごめんなさい・・・・みんなには・・・・もっとちゃんと決まってか
ら話そうと思っていたの」
「じゃあ・・・・やっぱり・・・・」
「ううん・・・・まだ・・・・迷ってるの・・・・」
 亜美は視線をそらしたまま小さく首を振った。
「でも・・・・夢だったの・・・・ずっと・・・・夢だったの・・・・」
 消え入りそうな声でそうつぶやく。
「亜美ちゃん・・・・わたし・・・・いやだからね」
「うさぎちゃん・・・・」
 亜美はうさぎの顔を見た。
 うさぎの瞳には涙がこみあげてきている。
「亜美ちゃんと・・・・離ればなれになるなんて・・・・絶対イヤだからね」
 涙がひとすじ、うさぎの頬を流れおちた。
「うさぎちゃん・・・・」
 亜美はかたく握りしめられたうさぎの両の手を、自分の手でそっとつつんだ。
 小刻みに震えるうさぎの手の感触が伝わってくる。
 ずっと・・・・夢だったの・・・・
 亜美の心の中の声がささやいた。


「ええっ、うそ!亜美ちゃんが・・・・そんな」
「ドイツに留学!?」
「考えてみれば・・・・今までそんな話しがなかったのが、不思議なくらいだ
よね。ドイツかぁ」
 放課後。火川神社に集まったレイ達にうさぎは今日の事を話した。
 反応はさまざまだったが、みな突然の事に驚いていた。
「だから、最近様子がおかしかったのね」
 レイは手にしていた竹箒きを濡れ縁にたてかけた。
「それで、亜美はなんて返事を?」
 鞄を持ったまま、所在なげに立っているうさぎにアルテミスが訊いた。
「まだ・・・・返事はしてないみたい」
「やっぱり行きたいでしょうね・・・・」
 アルテミスの隣で一緒に話しを聞いていたルナが、うさぎの顔を見上げた。
「亜美ちゃんの夢は、お母さんみたいなお医者さんになることなんだって。医学
って言えばやっぱりドイツだし・・・・」
「でもでも、亜美ちゃんと別れるなんて絶対にイヤっ!」
 うさぎがまことの言葉をさえぎった。
「それに・・・・それに亜美ちゃんは私達の大事なブレーンなのよ。敵が現れた
らドイツから呼ぶの?」
「うさぎ!あなた亜美ちゃんの気持ちも少しは考えなさいよ」
 レイの口調はうさぎを責めるかのように強い。
「確かに亜美ちゃんがいなくなるのは痛いけど・・・・」
 美奈子は少し考えるようにうつむき、そして顔をあげた。
「でもそれって、あたし達が頑張ればいいんじゃないかしら?」
「じゃあみんなは亜美ちゃんと離ればなれになってもいいの?」
 うさぎは訴えるような表情で3人を見た。
「・・・・・・・・」
 3人は表情を曇らせた。もちろん誰も亜美と別れたくはなかった。
「・・・・亜美ちゃんの夢がかなえられようとしているのに、私達の子供っぽい
独占欲のせいで彼女を縛る事なんてできないわ」
 レイはさっきとはうって変わり、諭すようにうさぎに言い聞かせる。その言葉
を聞きながら、うさぎは力なく視線をおとした。
「あたしも行かせてあげたいな。こんなチャンス、そうそうあるもんじゃないん
だしさ。夢をかなえられるってのは素敵なことだよ」
 まことはそう言って空を見上げた。
(亜美ちゃんの・・・・夢)
 うつむいたままで、うさぎはぼんやりと考えていた。
「うさぎちゃんも言ってたじゃない。みんなには普通の女の子として暮らしてほ
しいって」
 ダークキングダム崩壊後、新たな敵の登場に1人覚醒したうさぎは、4人のセ
ーラー戦士をそっとしておきたかった。普通の女の子として生活している彼女達
を、再び戦いに巻き込みたくはなかった。
 そして、その想いは今でも決して変わってはいない。
「そ、そうだね」
 うさぎはこくりと頷いた。
(・・・・夢だったの・・・・)
 昼間の亜美の言葉が思い出される。
(ずっと・・・・夢だったの・・・・)
「・・・・亜美ちゃんを・・・・ドイツに行かせてあげよう!」
「うさぎ!」
「うさぎちゃん」
 レイ達の表情が、ぱっと明るくなった。
 おそらく亜美は、誰か1人でも反対したらドイツへ行くとは言わないだろう。
それが亜美の優しさだからだ。もちろん、亜美と離ればなれにならなくてすむな
らうれしい。けれど、その優しさに甘える事が亜美の夢を壊すことだとしたら・
・・・そんな事ができるだろうか?
「そうと決まれば、亜美ちゃんの歓送会をやりましょう」
 美奈子がさっそく提案する。
「さんせーい」
 レイとまことは勢いよく手をあげた。
「あ、でも・・・・」
 一緒に手をあげかけたうさぎは、ふっと表情をかげらせた。
「どうしたの? うさぎちゃん」
「私、亜美ちゃんにこの話しを訊きに行った時、行ってほしくないって・・・・
離ればなれになるの・・・・いやだって、言っちゃったの」
「え?」
「どうしよう? 私があんな事言ったせいで、亜美ちゃん、ドイツに行くのあき
らめちゃったりしたら・・・・」
「大丈夫だようさぎちゃん。あたしにまかせておきな」
 まことはうろたえるうさぎに近づき、その肩に手をおいた。
「まこちゃん」
「心配すんなって」
 まことはガッツポーズのように右腕をまげてみせた。
 その姿を見てようやく安心したらしく、うさぎはうん、と頷いた。
「それじゃあ、遅くなったけどミーティングを始めようか」
 一通り話しが終わったのを見計らって、アルテミスが4人の顔を見回した。
 その言葉をうけてルナが口を開いた。
「実は公園通りで怪しいエナジーを感じたの・・・・」


 麻布十番街の中にある進学塾。講義を終えた塾生が三々五々正面の入り口から
自宅へと帰っていく。近くの自動販売器の側で缶コーヒーを飲みながら通り過ぎ
る学生達を眺めていたまことは、その中にようやく亜美の姿を発見した。
「亜美ちゃん、いま帰りかい?」
 飲み干したコーヒーの缶をくずかごに放り込み、彼女に気付かず歩いていく亜
美の後ろから声をかける。
「まこちゃん、どうしたのこんな時間に?」
 振り返った亜美は、そこにまことの姿を認めるとちょっと首をかしげた。
 夜の比較的早い時間とはいえ、私服姿の中学生が出歩くには少し遅い。もっと
もまことの場合上背があるため、ちょっと見では中学生に見られる事はまずない。
「ちょっと、いいかな?」
「え、ええ」
 まことの様子で、すぐに亜美は話の内容の察しがついた。
 そのまま2人並んで歩きだす。
「ドイツ留学の話、うさぎちゃんから聞いたよ」
 周囲の人影がまばらになるくらいまで歩いた後、まことはぽつりと切りだした。
 そう、とだけ亜美が答える。
「水臭いなー亜美ちゃんも。もっと早くに言っててくれればさ、人を集めて盛大
に歓送パーティをやってあげたのに」
「ご免なさい、私どうしようかずっと迷っていたから・・・・でも、もういいの。
わたし・・・・私ね」
「ストップ!そこから先は言わなくていいよ」
 まことは亜美の口の前に手を突き出して喋るのを制した。亜美が驚いたように
まことの顔を見る。通り過ぎた車のヘッドライトが一瞬亜美の顔を照らし出した。
(やっぱり亜美ちゃん、ドイツ行きをあきらめるつもりなんだ)
 多分うさぎの言った通りだったのだろう。彼女の一言が亜美を一つの結論に導
いたという事は想像にかたくない。
「この事、浦和君には話したのかい?」
 亜美がそれ以上喋らないの確かめて、まことは手をおろした。そして何もなか
ったように歩きながら話し始めた。
「ううん、まだだけど」
「こういうのは早めに言っておいた方がいいぜ。恋人なんだろ?」
「そんな・・・・私達まだ・・・・」
 亜美は少し顔を赤らめて呟いた。
「恋人と言えばさ、亜美ちゃん覚えてる? 元基お兄さんの恋人のレイカさん」
「ええ」
 亜美が小さく頷く。レイカはうさぎ達がよく行くゲームセンター『クラウン』
のアルバイター、うさぎやまことが憧れていた古幡元基の恋人だった女性だ。
 妖魔7人衆の1人だったレイカだが、セーラー戦士達の活躍により、今は普通
の人間として海外で研究生活を送っている。
「あたしがまだ元基おにーさんを好きだった(今でも好きだけど・・・・)頃、
レイカさんには留学の話しが持ち上がっていたの。それでね、あたし、元基おに
ーさんとレイカさんを引き離そうと思って、彼女に留学を勧めにいった事がある
んだ」
「それで・・・・レイカさんは留学を?」
「ううん、あたしが話しに行った時、レイカさんまだ迷ってた。留学をとるか、
元基おにーさんをとるか。その姿見てたら、なんかむしょうに腹がたってきちゃ
ったんだ」
「えっ?」
「『もし、元基がひきとめてくれたら・・・・』レイカさんはそう言った。なに
様のつもり?って、その時思ったよ。元基さんがとめたらやめる?そんな気持ち
なら留学なんてやめな!って怒鳴っちゃったんだ。だってさ、それが夢ならなん
で迷う必要があるんだい?」
「・・・・・・・・」
「亜美ちゃん、あたし達がとめたら・・・・って思ってない?それってずるいよ。
それじゃまるで、あたし達が亜美ちゃんの邪魔をしているみたいじゃないか」
「そんな・・・・」
「それとも亜美ちゃんの夢って、あたし達が行くなって言った程度であきらめら
れるものだったの?」
「・・・・・・・・」
「ごめんね亜美ちゃん、こんな勝手なこと言っちゃってさ。でも分かってほしい
んだ。みんな亜美ちゃんに夢をかなえてほしいって思ってるんだよ」
「うん・・・・」
「じゃあ、あたしこっちだから。おやすみ亜美ちゃん」
「おやすみまこちゃん」
 亜美と別れて角を曲がったまことは、すぐに引き返すと塀のかげから亜美の後
ろ姿を見送った。
(ごめん亜美ちゃん。でも、こうでも言わないと亜美ちゃん・・・・きっと残る
って言うだろうから・・・・)


『亜美ちゃん・・・・亜美ちゃん』
 うさぎは亜美の背中に声をかけた。
『うさぎちゃん・・・・』
『えへっ、亜美ちゃん、早く行こうよ』
 少し寂しげな表情で振り向いた亜美に、うさぎは手をさしだした。
『ううん、行けないの』
 亜美は目をふせうさぎに背を向けた。2人の間を風が吹き抜けていく。
『どうして?』
『もう、うさぎちゃんと一緒には行けないの』
『そ、そんな・・・・』
 うさぎは亜美をひきとめようと、1歩前に踏みだした。
『私、遠い所に行くの・・・・さよなら、もう会えない』
『もう会えない・・・・』
 亜美の声にかぶさるようにして、うさぎの背後から男の声がした。
『ま、まもちゃん!』
 振り返ったうさぎの前に地場衛がいた。
『おまえには愛情を感じなくなった・・・・』
 二度とは聞きたくない言葉。うさぎはその場に凍りついたように動けなくなっ
た。いつの間にか2人は揃ってうさぎの背後に廻っている。
『さよなら、うさぎちゃん』
『さよなら、おだんご頭』
 離れていく亜美と衛。追いすがろうとしてうさぎは走った。しかし2人との距
離は広がるばかりで縮まらない。そのうち風に舞う花びらが2人の姿を次第に隠
してゆく。
「あっ、待って!亜美ちゃん、まもちゃん!」
 叫んだうさぎは、自分のその声で目を覚ました。
「夢・・・・・・・・」
 窓からは月明かりが差し込んでいる。その明かりに照らし出された部屋の様子
がはっきり見えないのは、夢を見ながら泣いていたせいだろう。
「うさぎちゃん、どうかしたの?」
 眠そうな声でルナが問いかける。
「ううん、なんでもない・・・・」
 うさぎは頭から布団をかぶった。
(ばかばかばか、うさぎのばかっ。亜美ちゃんをドイツに行かせてあげようって、
みんなで決めたじゃない。亜美ちゃんの夢をかなえてあげようって・・・・)
(でも・・・・やっぱり寂しいよ・・・・)
 やがて朝がやってきた。夜に1度目が醒めたためか、それともまたあんな夢を
見るのが嫌で寝つけなかったせいか、とにかくうさぎは遅刻の心配がない時間に
布団から離れた。
「おはよう、ママ」
「あらうさぎ、珍しいじゃない。こんなに早く起きるなんて・・・・うさぎ、ど
うかしたの?」
 誰にも起こされないでキッチンに現れた娘を見て、冗談めかしに声をかけた育
子ママは、けれどもすぐに娘の様子に気がついた。
「え?」
 逆にうさぎの方が驚く。
「目が赤いわよ。顔もはれぼったいし・・・・熱でもあるんじゃないの?」
「そうかなぁ」
 うさぎは近くにあった手鏡を取って自分の顔を眺めてみた。確かに彼女の母親
が言った通り、おまけに涙の白い跡まである。
(これじゃあ、亜美ちゃんに会えないなぁ)
「顔あらってくる」
「本当に・・・・何かあったのかしら?」
 パタパタとスリッパの音をたててキッチンを出ていった娘を見ながら、育子マ
マは首をかしげて呟いた。
(亜美ちゃんをドイツに行かせてあげる。亜美ちゃんをドイツに行かせてあげる。
亜美ちゃんを・・・・)
 うさぎは顔を洗いながら、それを繰り返し繰り返し心に言い聞かせた。
 顔をあげて目の前の鏡を見る。それからにっこりと笑ってみた。最後に両手で
頬を軽く2、3度叩く。
「よしっ」
 鏡の中の自分に、うさぎは大きくうなずいてみせた。


「亜美ちゃんおっはよー」
「おはよう、うさぎちゃん」
 十番中学に向かう途中でうさぎは、ちびうさと連れだって歩いている亜美の姿
を見つけて声をかけた。
「ちびうさのおもり、大変だったでしょう?」
 ちびうさがうさぎにべーっと舌を出してみせる。
「ううん、いい子にしてたわよねー」
「うん!」
 ちびうさは元気に頷いた。
(どうやら亜美ちゃんは銀水晶を持ってないようね。でも、うさぎといるよりは
居心地いーし。もうしばらくいようかなぁ)
 などと、心の中では相変わらず銀水晶の事を考えている。
「それでねー、まこちゃんから聞いた? 亜美ちゃんの歓送会の話」
 ちびうさの存在を視界から追いやって、うさぎは亜美に訊ねた。
「私の歓送会!?」
 亜美は昨日まことと会ったときの事を思いだした。言われてみれば、確かにそ
ういう話があったのを覚えている。
「でも・・・・私まだ行くかどうか・・・・」
「んもぅ、なに言ってんだかー。出発の期日が迫ってるんでしょう?」
「まだ3日あるわ」
「たったの・・・・3日」
 うさぎは胸がキュッと締めつけられる思いがした。
「手続きは一応すませたんだけど・・・・私、やっぱり・・・・」
(亜美ちゃん・・・・)
「ダメっ!」
 自分でも驚くほどの声で、うさぎは亜美の言葉を遮っていた。
「亜美ちゃんは絶対ドイツに行くべきよ。そんでもって、思いっきり勉強して、
えらーいお医者様になってたくさん人を救うの」
「うさぎちゃん・・・・」
「わたしたち、みんな亜美ちゃんに期待してるんだから。亜美ちゃんならきっと
なれるよ。えっらーいお医者様になって・・・・私が病気の時はタダでなおして
くれるのっ!」
「うさぎちゃーん(^^;)」
「えへへ、じょーだん冗談。安心して、わたしたち亜美ちゃんの分も頑張るから。
だから安心してドイツに行って。・・・・そうだっ、約束しよっ!」
 うさぎは鞄を左手に持ち帰ると、右手の小指をたてた。
「亜美ちゃんはえらーいお医者さんになる。私は亜美ちゃんの分も頑張って敵と
戦う。ねっ」
「・・・・・・・・うん」
 亜美はうさぎの小指に自分の小指を絡ませた。
「ゆぅびきぃりげーんまーんうーそつーいたぁらはぁりせぇんぼぉんのーーます
っ!」
 ちびうさや周囲の視線も気にせずに大声で歌ったかと思うと、急にうさぎはお
し黙った。亜美とつながった小指に心なしか力が入る。
「亜美ちゃん・・・・わたし・・・・強くなる。だから、亜美ちゃんも、ね」
「・・・・ありがとう、うさぎちゃん。わたし・・・・行くわ。夢をかなえに」
 亜美は小指を、そしてうさぎを見て頷いた。
 その言葉を聞いて、うさぎはにっこりと・・・・朝、鏡の前でそうした時のよ
うに、出来るだけ心の底からにっこりと笑い、右手をちょっとあげて言った。
「ゆぅびきーった!」


 1日、また1日と日は過ぎていった。結局、亜美の歓送会は行われなかった。
「私、自分でも嫌になるくらい優柔不断でしょう。だから歓送会とか見送りとか
されるときっとみんなとお別れできなくなるわ。私・・・・さよならは言いたく
ないの」
 うさぎから亜美のその言葉を伝えられたとき、レイは亜美ちゃんらしい、とう
なずいた。
 優柔不断とか、別れたくなくなるというのではなく、亜美なりに気を使ってく
れたのだろう。そうレイは思った。
「亜美ちゃんがなんと言おうと見送りくらい・・・・」
 とはいえ、みんなの気持ちはまことと同様だった。
「だったら、直接空港に見送りに行っちゃうってのはどう?」
 だから美奈子がその提案を出したとき、うさぎ達は全員それに賛成した。
 そして、亜美の出発の日がおとずれた。


『おそーいっ、うさぎっ。いったい何やってんの!』
 レイの声が腕の通信器から響く。うさぎは思わず顔をしかめた。
「レイちゃん声が大きい」
 周囲の視線を気にしながら、うさぎは通信器越しのレイに話しかけた。
 レイ達は既に火川神社に集合しており、これから亜美を見送りに空港にむかう
ことになっている。勿論うさぎも一緒に行く筈だったのだが・・・・。
『いったい今どこにいるのよ?』
「えっとえっと、公園通り」
 うさぎは辺りを見回して答えた。通りをはさんだ向かい側に、最近できたばか
りのアイスクリームスタンドが見える。今日もいい天気とあって、通りすがりに
買っていく人がかなり多い。
『なんだってまだそんな所に。バスもう出ちゃうわよ』
「ごめーん。ちょっと用事があったんだ。レイちゃん達さきに行っててよ。私も
ここから直接空港に行くから」
『わかったわ。遅れちゃだめよ』
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。じゃね」
「用事って何なのよ」
 通信を終えたうさぎにルナが訊ねる。
「いいからいいから」
 うさぎはうわの空で返事をすると、時間をたしかめてあたふたと通りに面した
店に駆け込んだ。
「すいませーん、これラッピングしてくださーい」
 カウンターに駆け寄り、鞄の中から数点のアイテムを取り出す。
(あーっ!)
 店の外から様子を覗いていてたルナは、思わず声をあげるところだった。
 うさぎが鞄から出したのは、亜美の新しい変身スティックと通信器だった。
「包み紙はどれになさいます?」
 二十歳前後の若い女性の店員が訊ねる。うさぎは店内に並べられた色とりどり
の紙を眺めまわした。
「えっとえっとー、これにして下さいっ。あと、これもいっしょにお願いします」
 うさぎが選んだのは、三日月と星座が散りばめられた明るい色調の紙だった。
選んだ紙といっしょにメッセージカードを渡す。
「お友達に贈り物ですか?」
 器用な手つきでラッピングしながら店員が訊いた。
「ええ」
 うさぎは小さく頷いた。
「大切な・・・・とっても大切なお友達なんです・・・・」
(んもぉ、うさぎちゃんたら。ずーっと渡すの忘れてたのね)
 店内を見ながら、うさぎに預けた自分がバカだった・・・・と、ルナはため息
をついた。と、その時、急にぞっとするような感覚が、頭のてっぺんから尻尾の
先にまで走った。
(!)
 振り返ったルナの視線の先にアイスクリームスタンドがあった。
「ルナ、どうしたの? じーっとアイスクリーム屋さんなんか見ちゃったりなん
かして。あーっ分かった。アイスクリームを食べたいんでしょう。猫のくせに贅
沢なんだからぁ」
 店から出てきたうさぎがルナに声をかける。
「違うわよー。見て、うさぎちゃん」
「なによ?」
 ルナに言われるままにうさぎはアイススタンドを見た。今も1組のカップルが
アイスを買い求めている。店員から手渡されたアイスをなめながら、仲よく歩い
ていく男女。そこまでは何事も起こらなかった。
 突然、男と女は言い争いを始めたようだった。うさぎとルナのいる位置からで
は何を言っているのかは分からないが、かなり激しく言い合っている。
「あれぇ、どうなっちゃってるの?」
 結局そのカップルは、ふんっとばかりにそっぽを向くと、別々の方向に歩いて
行ってしまった。
 それだけではない。親子連れ、会社帰りのOL、友達どうしらしい女子高生、
いずれもそのアイスを食べたとたん、異常なまでに態度を変化をさせている。
「あれは絶対に敵の仕業よ。うさぎちゃん、行ってみましょう」
「でも・・・・」
 うさぎは時計を見た。亜美の見送りに間に合う時間までそう余裕はない。
「ここまで来て見過ごせないわ。うさぎちゃん。ほっておいたらどうなるかわか
らないのよ」
「そう・・・・だよね」
 亜美とかわした約束をうさぎは思いだした。
「よぉし、いっちょ行ってみますか。あ・・・・でも、これ」
 うさぎは亜美に手渡すつもりだった紙包みに目をやった。
「私が届けてあげようか」
「ちびうさ!」
「私が亜美ちゃんに渡してあげる」
 いつからこの場にいたのか、ちびうさは今までうさぎがいた店の横の路地から
ひょっこり姿を現した。その側をルナPボールが漂っている。
「そう・・・・じゃあ、お願い。でも、1人で大丈夫?」
 なぜその場にいたのかという詮索はとりあえず置いておくことにして、うさぎ
はちびうさに紙包みを渡した。
「俺が届けてやる」
「まもちゃん!」
 ちびうさが現れたのと同じ場所に、今度は衛が立っていた。突然の事に名前を
呼んだだけで声もでないうさぎを無視する感じで、衛はちびうさを手招きする。
「行くぞ、ちびうさ」
「うん!」
 ちびうさは頷くと紙包みを持って衛の側に駆けていった。そして振り向きざま
にうさぎにべーっ、と舌をだすと、出てきたのと同じ路地に引っ込んだ。
 やがて、走り去る車の音がうさぎの耳にとどいた。
「うさぎちゃん、ボケッとしてないで行くわよ」
「あ、うん」
 うさぎは我に帰ったように頷くと、ルナとともにアイスクリームスタンドに向
かった。そして店員に気付かれないように店の裏手にまわり、店とひと続きにな
っている倉庫のドアに手をかける。
「鍵はかかってないみたい」
 うさぎはノブをそっとまわしてドアを引いた。開いた隙間から凍えそうなくら
いの冷気が漂い出す。倉庫の中の明かりはついておらず、そのせいで中の様子は
全くつかめない。
「さすがはアイス屋さんねぇ」
 とんちんかんな感想をもらしつつ、うさぎは倉庫の中に踏み込んだ。開いたド
アからの夕日が倉庫の中の様子をわずかばかり浮かびあがらせる。
 やがて、闇に徐々に目がなれてきた頃、うさぎは倉庫のそこかしこに、木箱や
ダンボールに交じって大きな氷の塊を見る事ができた。
「うさぎちゃんっ、この氷っ」
 ルナが控えめにだが鋭い声を発した。ルナの目はうさぎよりも早く、この氷の
塊の本当の姿を見抜いたのだ。
「え?」
 うさぎは氷の塊の1つに近づいてみた。光がふっとかげり、氷の中が見通せた。
 そこには、この店の制服を着た若い女性がいた。恐怖に見開かれたままの目が
うさぎをじっと凝視している。
「るな・・・・これ、これって・・・・」
 うさぎが何か言おうとしたそのとき、店側のドアが開けられる音が聞こえた。
「なにものだっ!」
 とっさに陰に隠れたうさぎに誰何の声がかけられる。
(あちゃあ、見つかっちゃったぁ。よーし、こうなったら・・・・)
「それはこっちの言う台詞よ!」
 うさぎは開き直って、隠れていた場所から姿を現し声の主を睨みつけた。相手
は見たところ普通の人間のように見える。
「この氷漬けの人達をどうしようっていうの?」
「そう、それを見たの。それじゃあ生かして帰す訳にはいかないねぇ」
 さっきまで人間の姿をしていたそれは、一瞬後にはダークムーンのドロイド・
ニパスになっていた。どことなく雪女に見えない事もない。
「うさぎちゃん、こっちも変身よ」
「うんっ。ムーーンクリスタルパワーーーーーーメイクアーーーップ!」


「亜美ちゃん!」
 空港ロビーの椅子に腰掛けて、自分の乗る飛行機を待つ間ドイツ語のテキスト
を読んでいた亜美の背後から、彼女を呼ぶ幾つかの声がした。
「レイちゃん、まこちゃん、美奈子ちゃん、それにアルテミスまで・・・・」
 亜美はしおりを挟むのも忘れて本を閉じると、慌てて立ち上がった。
「見送りにきたよ」
「ごめんね、でも私達どうしても亜美ちゃんを見送ってあげたかったの」
「うさぎもすぐに来るから」
「・・・・ううん、私の方こそわがまま言ってご免なさい。来てくれてありがと
う。まこちゃん、美奈子ちゃん、レイちゃん」
 亜美、美奈子、レイ、まことの4人は、互いに手をとりあった。
「オッホン」
 アルテミスがわざとらしく咳ばらいをする。
「僕のことを忘れてもらっちゃ困るな」
「もちろんよ。ありがとう、アルテミス」
 亜美はアルテミスの前にしゃがむと両手をさしだして抱き抱えた。
「よけいな事だったかもしれないけどさ・・・・」
 まことが妙に後ろの方を気にしながら亜美に話しかけた。
「実はもう1人呼んであるんだ」
 そう言ってまことは後ろの方に向かって大きく手を振った。
 それを見て1人の人物が近づいてきた。亜美の目がまことと、やってくる人物
の間を何度かいきかった。まことがゆっくり頷く。
 亜美の目が大きく見開かれ、もうそこまで来ていた男の名を呼んだ。
「良くん!」


 アイスクリームスタンドの倉庫。ダークムーンのドロイド・ニパスは、たやす
く凍らすことの出来る筈だった少女を見失って焦っていた。もしここで逃がした
りした事がベルチェに知られれば、間違いなく自分が消去されてしまう。
「むううう、どこに隠れたぁ」
「あなたの相手ならここよ!」
 凛とした声が倉庫に響きわたった。
「だ、だれだ!」
 声の方に振り向くニパス。
「ご存知、愛と正義のセーラー服美少女戦士セーラームーン!」
 うさぎは名のりをあげると立っていた倉庫の梁から地面に降り立った。
「女の子が大好きなアイスクリームを使っての悪巧み。もうこれ以上許す訳には
いかないわ。月にかわっておしおきよ!」
「ちょこざいなっ。ふぅーーーーっ」
 ニパスは口からブリザードを思わせる強力な冷気を放出した。
「うわぁっ!」
 思わず跳びすさるうさぎ。さっきまでうさぎがいた所は、カチコチに凍りつい
てしまっている。この冷気をまともに浴びれば、この倉庫にいる他の人々のよう
な凍り漬けになってしまうだろう。
「まっててうさぎちゃん。今すぐレイちゃん達を呼ぶわ」
 少し離れた位置で戦いを見守っていたルナは、そう言うとくるりと身をひるが
えした。と、空間から通信器がぽとりと落ちた。アルテミスがセーラー戦士達に
渡したのと同じものだ。
「ダメっ、ルナ。レイちゃん達を呼んじゃだめだからねっ!」
 ニパスの攻撃をさけながらうさぎは叫んだ。
「どうしてっ!?」
 驚いたルナの声はしかし、激しい爆発音にかき消された。
(いまレイちゃん達を呼んだら、きっと亜美ちゃんも来ちゃうもん。こんな事な
んかで・・・・こんな化物なんかに、私たちの亜美ちゃんの夢を壊させたりはし
ない!)


「うさぎちゃん、来ないね」
 ロビーをひと通り見回していたまことが戻ってきた。
「ほんっとに馬鹿うさぎったら、こんな時にまで世話やかすんだからっ。まって
て、すぐに来させるから」
「ううん。もういいの、レイちゃん。来ないでって言ったのは私なんだから」
「でも、うさぎ、ちゃんと来るって言ったのよ」
「本当に・・・・もういいの」
「亜美ちゃん・・・・」
『19時発、ルフトハンザ航空956便の搭乗手続きがお済みでないお方は、8
番ゲートまでお急ぎ下さい。19時発・・・・』
「もう行かないと。本当に来てくれてありがとう」
 アナウンスを耳にした亜美は、自分自身に言い聞かせるように呟くと4人に手
をさしだした。
「亜美さん・・・・。僕、いつかきっと亜美さんに追いついてみせますから」
「ええ、お互いに頑張りましょうね」
 差し出された手を、良は力強く握った。
「むこうで要るものがあったらさ、いつでも言ってくれよな。水でも納豆でも辛
子面太鼓でもすぐに送るから」
「ありがとうまこちゃん」
「和食のレシピも送るよ。目玉焼きは・・・・まだちょっと無理だけどさ」
「うん」
「亜美ちゃん、これ」
 レイが小さな紙袋をさしだした。
「火川神社のお守りとおふだ。西洋の悪霊にもばっちりだから」
「亜美ちゃんなら大丈夫。なんたってセーラーマーキュリーなんだもん」
 以前ロンドンででもセーラーVとして活躍していた美奈子は、そういうと亜美
の肩に手を置いた。
「ありがとうレイちゃん、美奈子ちゃん」
「さびしくなるな・・・・」
「アルテミス・・・・」
「駄目よアルテミス、そんなこと言っちゃ。亜美ちゃんはドイツでしなくちゃい
けない事があるんだから。だから・・・・」
 美奈子はアルテミスを諭すと、亜美の手をとった。
「だからサヨナラは言わないわ。行ってらっしゃい」
「ええ、行ってきます」
「亜美ちゃん」
 亜美と美奈子の手の上に、まこととレイも手をそえた。
 互いに黙ったまま、それぞれの想いがそれぞれの胸をよぎっていく。
「ほんとに、もう行かないと・・・・」
 亜美が手をひいた。美奈子、まこと、レイが名残おしそうに頷く。
「むこうに着いたら、必ず手紙をだすから・・・・」
 亜美はレイからもらった紙袋を小脇に抱えなおすと、搭乗ゲートに向かって歩
きだした。
「亜美ちゃん」
 行きかけた亜美を美奈子が呼び止めた。
「どこにいても・・・・いつでも・・・・いっしょだから・・・・ね」
 最後の方は涙声になっている。
「ウン」
 亜美は頷くと想いを断ち切るかのように美奈子に背を向けた。
 いまみんなにこみあげてくる涙を見られたら、この場から動けなくなるような、
そんな気がした。
「・・・・行っちゃったね」
 足早に立ち去る亜美を見送る美奈子の肩に、まことが手をかけた。
 既に小さくなった亜美の姿は、下りのエスカレーターの前で一瞬振り向いたよ
うだったが、そのまま人混みの中に消えていった。
「うさぎ・・・・本当に来なかったわね・・・・」
 レイがちらりとロビーの方を見る。
「うん・・・・」
 美奈子とまことが不安げな表情でうなずいた。
 3人とも、うさぎがこの場に現れると事を全く疑っていなかった。
「道に迷ったって事はないでしょうね」
「ルナがついてるのよ。そんな事はないと思うけど・・・・それに通信器だって
あるのに」
「まさか・・・・うさぎ、亜美ちゃんと別れるのがつらくなって・・・・」
 見送りには来なくていい、と亜美は言ったが、美奈子の提案で4人で見送りに
行こう決めた。その時はうさぎも賛成していたのだ。
 むしろそんな取り決めなどしていなくても、出発の日にはみんな見送りに来る
つもりでいた。そしてそれは、誰もが同じ想いだとも信じていた。
「うさぎの身になにか・・・・あったんじゃあ・・・・」
「!」
 アルテミスの言葉に、3人はハッと顔を見合わせた。


 亜美はレイの紙袋を手に歩いていた。日本ですごした様々な日々、とりわけセ
ーラー戦士として覚醒した後の思い出が、次々と胸の内に去来する。
(うさぎちゃん・・・・)
 エスカレーターの手前で亜美はうしろを振り返った。美奈子、レイ、まこと、
良、そしてアルテミスの姿が小さく見える。が、うさぎの姿はどこにもなかった。
 その視界を遮るようにして、迷惑そうな顔をしたおばさんが亜美の前に立った。
 口にだしてこそ言わないが、亜美がそこにいると通れないという意志表示を、
その肥った体が表していた。
「ごめんなさい」
 亜美はそう謝ると、エスカレーターの流れに身をまかせた。窓の外に亜美をド
イツへと連れていく飛行機が見える。
(あれに乗っていくのね・・・・)
 エスカレーターの降り場に目を戻した亜美は、そこによく知った顔を見つけた。
「衛さん・・・・それにちびうさちゃん」
「これ、うさぎからだ」
 衛はうさぎから預かった紙包みを亜美に手渡した。
「うさぎちゃんは?」
 亜美の質問に衛は沈黙で応えた。
「うさぎの友情なんて、結局この程度なのよね」
 ちびうさの言葉に、亜美は一瞬びくっとした。
「だってそうじゃない。見送りにも来ないだなんて」
「それは・・・・私が頼んだからなのよ」
 亜美は紙包みを開いてみた。そこには新しい彼女の変身スティックと通信器に
そえられて、1枚のメッセージカードが入っていた。
『どこへ行ってもアタシたちはいっしょよ』
 メッセージカードにはうさぎの字でそう書かれていた。図らずも美奈子が言っ
たのと同じ言葉。それはみんな想いそのものだった。
「そんなの関係ない、だって、他の人達はちゃんと亜美ちゃんの見送りに来てる
じゃないの」
 ちびうさはなおも執拗に亜美に詰めよった。
「うさぎちゃんは・・・・大切なお友達よ」
 亜美はメッセージカードを何度も何度も読み返した。
「そんなのウソよ!」
「きっと・・・・何か事情があるのよ。何か・・・・大事な用事が・・・・・!
まさか・・・・まさか・・・・衛さん!」
 亜美の真剣な眼差しに、衛は黙って頷いた。
『搭乗手続きがお済みでない方はお急ぎ下さい・・・・』
 空港アナウンスが流れる。もうドイツ行きの客のほとんどが手続きを済ませた
らしく、亜美の周囲にはちびうさと衛以外には誰もいない。
「衛さん。お願いがあります」
 亜美は新しい変身スティックをしっかりとつかんだ。


「そうなの、今セーラームーンが1人で戦っているの。レイちゃん達も早く来て!
場所は公園通りのアイスクリーム屋さんよっ」
 ルナは通信器にむかって叫んでいた。うさぎはドロイド・ニパスを相手にかな
り苦戦してる。レイ達の方から通信を入れてくれたのは幸いだった。
『わかったわ。全速力で行くから、それまで頑張って!』
 通信が切れた。これ以上ルナにはどうする事もできない。いくらレイ達が全速
力で来ると言っても、空港からここまでかなりの距離がある。運よく車が拾えた
としても、それなりの時間はかかるだろう。
「いつまでも逃げられんぞ、ふぅーっ」
 ニパスのブリザード攻撃は広域に作用するため、うさぎは近づく事すら容易で
なかった。いずれにせよキューティムーンロッドを使うには、もっと敵の力を弱
めなくてはならない。
「レイちゃん、まこちゃん、美奈子ちゃん、早く来て・・・・」
 ルナは神に祈った。
 その時突然、ルナの背後にあるドアが開かれる音がした。
「セーラーマーキュリー!」
 振り向いたルナは、そこにいるはずのないセーラーマーキュリーの姿を見た。
「ルナっ、うさぎちゃんは?」
 亜美が問いかける。ルナは瞬時に我に返った。理由はともかく、セーラーマー
キュリーがやって来てくれた事に間違いはない。
「あそこよ、セーラーマーキュリー。セーラームーンを助けてあげて!」
「ええ!」
「ルナぁっ!レイちゃん達に通信なんかしちゃ、亜美ちゃんを呼んだりしちゃ、
許さないからねっ!!」
 飛び出しかけていた亜美は、そのうさぎの言葉に立ち止まった。
「わたし、亜美ちゃんと約束したんだからっ、亜美ちゃんの分も頑張るって・・
・・約束したんだから!」
(・・・・セーラームーン!)
「だから・・・・みんなを・・・・亜美ちゃんを呼んじゃダメっ!!」
「セーラーマーキュリー」
 ルナは亜美を見上げた。
 亜美は飛び出していきたい衝動を必死でこらえているようだ。握った拳が小刻
みに震えている。そして瞬きもせずセーラームーンを見つめていた。
(分かったわセーラームーン)
 亜美はきゅっと唇を結んだ。
(わたし・・・・見ている・・・・ここで・・・・セーラームーン!)
「ふうーっ!」
 ニパスがブリザードを放つ。
 うさぎが隠れていた木箱の山が、凍りついて粉々に砕けた。
「ふっふっふ、もう逃げ場があるまい。ふうーっ!」
「あああっ!!」
 うさぎはニパスのブリザードにもろにさらされた。がっくりと両膝をつき、腕
で体を抱きかかえるようにしてうずくまる。
「セーラームーン!」
 ルナが叫んだ。
(セーラームーン!!)
 亜美も心の中で叫んでいた。
「死ねぇ、セーラームーン・・・・・・・・何!」
 ニパスには目の前の光景が信じられなかった。このまま倒れ凍ってしまう筈の
セーラームーンがブリザードの中、再び立ち上がろうとしていた。
「そ・・・・そんな、バカなっ!」
「・・・・強くなるって・・・・言ったもの・・・・あんたなんかに・・・・負
けたりなんかしない!」
 うさぎは完全に立ち上がると足をふんばり、キューティムーンロッドを取りだ
した。
「ムーンプリンセス・ハレーショーーーーンッ!」
 銀水晶のパワーと、ニパスのダークパワーが激しい勢いでぶつかりあい、2人
の間でスパークする。
「だめよセーラームーン!もっと敵を弱らせてからでないと」
「ぐおおおおっ」
 ニパスが吠えた。ルナの叫びもむなしく、ダークパワーがじりっじりっと銀水
晶のパワーを抑え込んでいく。
(お願い、私の力。セーラームーンに届いて!)
「マーキュリーパワーーーーー!」
 亜美の思いに反応してか、銀水晶がひときわ明るく光った。
(セーラーマーキュリー!)
 その時うさぎは、すぐ側に亜美の存在を感じていた。彼女のパワーが自分に注
がれているのが分かる。
「ムーンクリスタルパワーーーーー!」
 銀水晶の光が、ダークパワーを押し戻し始めた。そしてそのままニパスの体を
包みこむ。幾つもの光の粒が弾け飛んだ。
「がああああっっっ!」
 断末魔の悲鳴をあげ、ニパスは元の土へと還っていった。
 それを見届けたうさぎもまた、ゆっくりと倒れていった。
「セーラームーン!」
 亜美とルナは飛び出すと、すぐさまうさぎに駆け寄った。そっと抱え起こすと
うさぎはうっすらと目をあけた。
「亜美ちゃん・・・・わたし、やったよ」
 うさぎの目は焦点を結んでいない。見えていれば変身している亜美の事は、セ
ーラーマーキュリーと呼ぶはずだ。うさぎは今、亜美の幻を見ているのだろう。
「うん・・・・」
 亜美は小さく頷いた。
 うさぎは満足そうに笑うと、そのまままた気を失った。
「セーラームーン!」
 静けさを破って倉庫のドアが大きく開けられた。
「マーズ、ジュピター、ヴィーナス!」
「セーラーマーキュリー!?」
 ようやく駆けつけてきたレイ、まこと、美奈子の3人は、そこに亜美がいる事
に驚いたようだった。なにしろ自分達もふくめ、さっきまで空港にいたのだ。し
かも亜美はドイツに旅だった筈なのだ。
「セーラーマーキュリー、セーラームーンは大丈夫なの?」
 亜美に抱きかかえられているうさぎを、美奈子は心配気に見おろした。
「大丈夫よ。ちょっと消耗しただけだと思う・・・・セーラーヴィーナス、マー
ズ、ジュピター」
「え?」
 不意に呼ばれて3人は、ちょっとびっくりしたような顔で亜美を見た。
「お願いがあるの」


エンディング 『同じ涙を分け合って』

「う・・・・うん」
 うさぎは軽くうめくと、ゆっくり目を開けた。レイ、まこと、美奈子、そして
ルナとアルテミスが心配そうにのぞき込んでいる。
「よかった・・・・気がついたのね、セーラームーン」
 美奈子は手をかして、うさぎが起きるのを手伝ってやった。
「あいつは!」
 起きるなりうさぎは周囲を見回した。外はすっかり暗くなっていたので倉庫内
は明かりが灯されている。その明かりの中に大勢の人が倒れているのが見えた。
「敵はあなたがやっつけたのよ」
 ルナが応えた。
「凍らされていた人達も大丈夫。みんな生きてるよ」
 まことがうさぎに肩を貸す。うさぎはまことに寄りかかるようにしてフラフラ
と立ち上がった。そして思いだしたようにまことを見た。
「亜美ちゃんは?」
「・・・・・・・・」
 訊かれたまことは言葉に詰まった。
「ドイツに行ったわよ」
 まことのかわりにレイが答える。
「そう・・・・だよね」
 うさぎは曖昧な表情で頷いた。

 TOKYO国際空港。亜美を乗せたドイツ行きの飛行機が、ゆっくりと地面か
ら離れていく。ロビーの中から衛は何も言わずにそれを見送っていた。
「ねぇ、どうしてあみちゃん行っちゃうの?」
 ちびうさが衛の顔を見上げるようにして訊く。
「それが彼女達の友情だからだろう・・・・」
 衛は去っていく飛行機の尾燈を目で追いながら言った。
「分かんない・・・・」
 ちびうさは少し寂しそうな顔をして視線を落とした。
「ちびうさにも、そのうち分かる日がくるさ」
 衛は窓に背を向けると足早に歩きだした。その後をちびうさはほとんど走るよ
うな感じで追いかけていった。

「私ね。あいつと戦っている時、亜美ちゃんが側にいてくれたような気がしたの。
だから勝てたんだと思う・・・・なんだか亜美ちゃんが力を貸してくれたんじゃ
ないかなって、そんな気がするの」
 うさぎはぽつりぽつりと話しながら歩いていた。その側にレイ、まこと、美奈
子の3人がついている。
「うん、きっとそうだよ」
 まことが相づちをうつ。うさぎ以外はあの場に本当に亜美がいたことを知って
いるのだが、亜美はその事はうさぎに言わないでほしいと頼んでいったのだ。
「そうだ。亜美ちゃんからうさぎにって、預かってきたものがあるの」
 レイはうさぎに1枚のメッセージカードを手渡した。
「亜美ちゃんから?」
 うさぎはレイからカードを受け取ると、街灯の下でそれを開いて呼んだ。
「なんだって書いてあったの?」
 まことが後ろからのぞき込もうとする。
「へへーっ、ないしょだよーん」
 うさぎはカードを閉じるとするりと身をかわした。
「あーっ、見せてくれたっていいじゃない」
「なんか私も見たくなっちゃったなー」
「うさぎ、隠しごとはよくないわよ」
 まことにまじって美奈子とレイもうさぎに手をのばす。
「だめだっぴょーん。見たかったらこっこまでおいでー」
 うさぎはそういうと走りだした。走りながら空を見上げる。
(そうだよね、亜美ちゃん・・・・どこにいたって、いっしょだよね!)
 空にはいつしか月が昇っていた。その月明かりの下、セーラー戦士達の心はど
こまでも澄み渡っていた。
                              つづく

解説を読む


感想などありましたらこちらまで heyan@po2.nsknet.or.jp

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