星空の向こう側


 高原の澄んだ空気は、星の輝きを一層綺麗に彩っていた。月並みな言
い方をするならば、満天の星空といったところか。高いビルの比較的少
ない十番町でも、これほどの物を見ることはまず無理だろう。
 夏休みを利用して遊びに来た避暑地の高原。
 昼間は近くの湖でちょっとした事件もあったけれど、概ね楽しい旅に
は違いなかった。
 つい先刻までトランプなどしつつはしゃいでいた、うさぎや美奈子達
五人だったが、それも一段落ついて、今はそれぞれがのんびりと自分の
時間を楽しんでいる所だった。
「亜〜美ちゃん、何やってんのかな〜、こんなところで」
 コテージのバルコニーで椅子にもたれ掛かり、夜空を見ていた亜美の
頭上からまことが声をかけた。
「………ちょっと……星を見ていたの」
「ふうん」
 まことは何故か不思議そうな顔をして、亜美の顔を見つめた。
「………何?」
「いや、何でもない−−−隣、いいかな?」
 まことは亜美の隣に座ると、同じように空を見上げた。
 夏とはいえど夜の空気は冷たくて、明日になれば秋になっているので
はないかとさえ思えた。
「…………ひとつ聞いていい?」
「何?」
「笑わないで欲しいんだけどさ……その……今ここに居るの、亜美ちゃ
んだよね」
「え?」
「………いや、なんだか、いつもと違うような気がしてさ」
「どうしてそう思ったの?」
「………さあ、どうしてかなぁ」
 呟くように言って、まことは頭の後ろで手を組んだ。
「昼間のこと?」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
(いつも亜美ちゃんを見てるから)
 まことは心の中でそっと呟いた。
「………もしかして私、亜美じゃないかもしれないわよ」
「へ?」
「………冗談」
 亜美は小悪魔っぽく、くすりと笑った。
「なあんだ」
 椅子から乗り出しかけたまことは、ふっと息を吐いて再び体を椅子に
預けた。
「−−−あ、流れ星」
 つと、亜美が言った。
 まことは、亜美が見ている方向へと視線をとばした。
 しかし、どうやら少し遅かったらしい。流れ星は既に消え去っていた。
「うーん、見逃した」
「残念ね」
「うん、でもいいさ。こうしてるとまた見られるかもしれないし」
「気が長いわね」
「別にあくせくする必要もないだろう?
 まあ、本当はさっきもう少し早く気がつけば、願いごとでもしてたん
だろうけどね」
 その言葉に、亜美は柔らかく笑って言った。
「何をお願いするつもりだった?」
「内緒。口に出したら叶わないって言うからね。亜美ちゃんだって、そ
ういうのは声に出したりしないだろう?」
「そうね………」
 こくっと首を傾けて、亜美はまことの顔を見た。
「でも、なんで声に出しちゃいけないのかしら?」
「じゃあ、亜美ちゃんは口に出してもかまわない?」
「別にいいような気もするけど………」
「ふうん−−−それじゃ亜美ちゃんは何をお願いするんだい?」
「うーん」
 亜美はしばらく逡巡した。
 ほんの少し、静かな時が訪れる。
「やっぱり、私も内緒………かな」
「あ、ずるい」
「あ、ほらほら、また流れ星」
「え?」
 まことは慌てて、視線を戻した。今度はしっかりとそれは見えた。


(どうか、ずっと亜美ちゃんと一緒にいられますように)
(いつまでも、まこちゃんといられますように)


「お願いは、言えた?」
「うん、まこちゃんは?」
「ばっちり」
 そう言って、二人は微笑みあった。
 互いに口には出さないけれど、心はつながっているような気がした。
「あ、二人ともここにいたんだ?」
 ふいに声がかかった。そこには、なにやら大きな袋を持った美奈子が
いた。
「これからみんなで花火でもやんない?」
「うん、いいよ−−−亜美ちゃんも行く?」
「ええ」
 そして、二人はバルコニーを後にした。

                             終わり
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           あとがき


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