『contact』
                           ひーやん


 纏い付くような視線に無関心を装い、ようやく行き着いた先の屋上には
既に先客がいた。


 転校してきたばかりのこの中学のお昼は、給食ではなくてお弁当か購買。
 自炊の経験は長かったから、お弁当を作るのは別に構わなかったのだけ
ど、仲良しどうし机をくっつけあって和気藹々という世界には、あいにく
参加させてもらえないようだった。
 もちろんクラスの中には誰とも机を囲まず、一人黙々とお弁当を食べて
る人もいたけれど、あたしにはそれすら許されない雰囲気。
 それもこれも、ようやく振り切ってきたあの視線のせい。
 いったい誰が流した噂かは知らないが、どうやらあたしはとんでもない
乱暴者って事らしい。
 そういう事なら、話しかけるのを躊躇うのは分からなくもない。食事の
輪に誘ってくれないのも、まぁ仕方ないだろう。
 だからと言って、好奇の視線にさらされるのまで甘受しなくちゃいけな
い謂われは無い。
 正直、誰か捕まえて文句のひとつも言いたい気分だったけど、そんな事
をしたって噂を助長するだけに決まっている。
 教室の窓から、背後から、すれ違いざまに、柱の陰から、あたしに向け
られる視線。「へぇ、あいつが」「あの人が」とでも言いたげに交わされ
る目配せ。
 あたしは犯罪者かってーの。
 教室の中でも外でもそんな雰囲気だったから、なるべく人のいない場所
を探して校内を歩き回る。
 とはいえ、特別教室は使用時以外は鍵がかかっているし、部活もまだ決
めていないから部室もだめ。いっそ外の木陰でとも思ったけど、どこも廊
下からまる見え。おまけに1階どころか上の階からも覗かれそう……上の
階……そういやこの学校、屋上があったよな。


 重いドアを押し開けると外の風が吹き込んできた。校舎の中では感じら
れない、外の世界を自由に舞う風。それに触れただけで、なんだか心がほ
っとする。
 灰色のフェンスの向こうには、これからあたしが過ごしていく十番町の
町並み。ここでお昼ってのも、そんなに悪くないかもしれない。
 なんてことを思いながら扉をくぐる。と、再び風が前髪を揺らす。
 その行方を目で追った先に、一人の女生徒がいた。
 先客……か。
 やれやれ、どこにでも人はいるもんだ。
 けれどあの子以外に人影はない。今更よそを探しても、ここより人の少
なさそうな所はないだろう。仕方ない、隅の方で食べる事にするか。
 そう心に決めて歩き出す。
 それにしても……なんでこの子は一人でここにいるのかな? 誰かと待
ち合わせって訳でもなさそうだし。……ひょっとしてイジメにあってるの
かな? だから教室に居づらいとか。なんか真面目そうなカンジだもんな
ぁ。おにぎり食べながらでも本読んでるし。
 どこの学校にもいるんだよな。いじめる奴も、いじめられる奴も。
「……」
 あ、目があっちゃった……って、あたしいつの間にか立ち止まってる?
わざわざ人目を避けてきたってのに失敗しちゃったなぁ。
(どうも)
 そんな感じで小さく頭を下げる彼女。
(あ、どうも)
 つられてあたしも頭を下げる。
 ……あれ? 
 そうそう、そんな事よりお弁当食べなきゃ、お弁当。
 隅のベンチに座って……もう1度あの子に目を向ける。こっち見てない
よね?
 良かった。どうやら彼女の関心はあたしより読みかけの本の方にあるみ
たいだ。実際このお弁当見られたら、後で何言われるか分かったもんじゃ
ないからなぁ。
 いつもの調子でつい彩りに気を使っちゃったけど、乱暴者の木野さんに
はこんなの柄じゃないってね……はは。ったく迷惑な噂。
 あ……そうか。さっき感じた違和感。
 あの子、他の連中と違ってあたしを好奇の目で見てなかったんだ。興味
が無いってやつ?
 ふふっ、いっそ無関心の方が嬉しいや。
 あー、それにしても今日のお弁当は美味しく出来たなぁ。なのにこんな
所で1人で食べてるなんて。これじゃまるで負けシェフの晩餐だよ。
 そういやあの子、おにぎりとお茶だけだったな。あんなので体が保つの
かな? 確かにあれじゃ、皆で机を囲んでってのは辛いかもねぇ。家の人
とか作ってくれないのかな? あたしだったら自分で作るんだけどな。


 今度のお昼も、あの子はここで食べるのかな?
 もしそうだとしたら、今度は声、かけてみようかな。


                             Fin.


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