『ひとの作りしもの』


   いつものエヴァの訓練も終わり家へと向かう帰り道。シンジの足取りは
  これでもかというほど重かった。
   その理由はただ1つ。夕食の担当がミサトだからという事に他ならない。

  「さぁシンジ君。今日もサービスしちゃうわよん」
  「い、いいですよミサトさん。夕食なら僕が作りますから……」
  「いいからいから、私にまっかせなさい!」

   ミサトが自ら料理を作りたがるのには理由があった。先にリツコと共に
  旧東京に出かけた際、パーティーの席上で時田という男にさんざんバカに
  されたのだ。

  「良かったですねぇ、ネルフが超法規にて保護されていて。あなた方はそ
  の責任をとらずに済みますから」

   時田はミサトのカレーを食べてのたうちまわるネルフ職員のスライド写
  真を前に自信満々といった様子。機密事項であった筈のネルフ大食堂での
  出来事は世間にダダ漏れだった。
   それからというもの、ミサトは食事当番を進んで引き受けるようになっ
  た。無論とばっちりを喰らったのはシンジである。リツコに頼んでミサト
  やめてもらうように説得してもらったが、それも徒労に終わった。

  「無駄よ。おやめなさい葛城一尉。うまく作れる確率は0.000000
  2パーセント。まさに奇跡よ」
  「奇跡を待つより捨て身の努力よ! やることやっとかないと後味悪いで
  しょ」

   この場合捨て身なのは作るミサトではなく、それを食べるシンジである。
  そしてミサトの作りだす料理というのは、後味だけではなく全てにおいて
  悪かったのだ。

  「…ただいま」

   だがしかし、家に帰ったシンジが食卓の上に見たものは、日々のミサト
  からは想像もつかないほどの豪華な手料理の数々だった。

  「ミサトさんっ! これミサトさんが作ったんですか!? 凄いじゃない
  ですか!」
  「…まぁ、サイテーだけどね」

   食卓せましと並べられた料理は、どれもこれも本当においしそうだった。
  だがミサトの表情には心なしか暗いものがあった。
   けれどもシンジがそれに気が付く事はなかった。ミサトの浮かない表情
  よりも、彼女がまともな料理を作ったという事に心の底から感激していた
  のだ。

  「おいしいですよ。…………よかった…本当によかった(;_^)」

   ようやくミサトにも人並の味覚が理解してもらえた。これで自分の捨て
  身の努力もむくわれる。
   嬉しさのあまりむせび泣くシンジ。

  「でも凄いや! 僕見直しちゃいました。本当に奇跡は起きたんですね」
  「……」

   心の底から喜んでいるシンジの笑顔の前に、ミサトはついに本当のこと
  を口に出すことはできなかった。

  (料理は用意されていたのよ…誰かにね)

                                つづく


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