急性肝炎になって 

典拠:「医学図書館」45(2):170−171                                                      東邦大学附属佐倉病院図書室下原 康子

今まで少なくとも6回、私と家族の病気について文献検索、文献収集を行ったことがあります。その中から、私自身が急性肝炎で入院したときの体験をご紹介します。1992年10月、献血で肝機能異常を指摘され、勤務先の病院にかかったところ、自覚症状はまったくないのにいきなり入院、安静を言いわたされてしまいました。私が図書室職員であることを知ってか、主治医からは説明らしきものはなく、実は肝炎という病気についてはほとんど無知で肝臓の正確な位置さえ怪しい私だったのですが、最初に見栄をはってわかったふりをしたためその後も訊ねることができなくなってしまいました。

情報不足、経験不足の新米患者の私に、同じ病棟のベテラン患者さんたちはいろいろ教えてくれました。今思い返してみると、その中には正しいアドバイスや安心材料もいくつかあったのは確かですが、同時に肝癌への過剰な不安もしっかり植え付けられてしまいました。当時、1989年に特定されて間もないC型肝炎は医学界のトピックで、和雑誌特集でもよく取り上げられていました。けれど、関心がなかった私は目を留めたことがありませんでした。

入院中の検査の結果、A型,B型肝炎は陰性、肝生検組織像は急性肝炎の所見のみでした。安静治療だけで肝障害は順調に回復、3週間で退院となりました。しかしながら、肝機能障害の原因は特定できず、抗体が出来るのに時間がかかるC型肝炎の不安は残ったままでした。

仕事に復帰してからの私は、C型肝炎を否定したい気持ちから、かってない真剣さで文献検索に取り組みました。いくつかの論文を読んでみた結果、薬物性肝炎の疑いが非常に濃厚ではないか(そうであって欲しい)という確信めいたものを感じるに至りました。それは次の理由からです。

  1. ウイルス感染の原因になるような心あたりがない(輸血歴なし)
  2. 異常値のわりには症状が軽かった(薬物性肝機能障害の特徴らしい)
  3. 私のと同じ薬ではないが漢方薬の副作用による肝機能障害の発生は報告されており、死亡例さえある(当時私は顔の湿疹に悩まされており、町の漢方薬局で勧められた漢方薬の服用を半年近く続けていました)。


とはいえ、その漢方薬は入院中に副作用を確認するための「リンパ球刺激試験」を行い、陰性という結果が出ていました。発売元の製薬会社に聞いてもそのような例はないとのことで、主治医が、稀だと思われている「漢方薬による副作用」の線を除外したのも無理からぬことでした。しかしながら、患者本人である私はあきらめるわけにはいきません。Lancetのletter で私と似た症例が話題になっているのをみつけて主治医の注意をうながしてみたのですが反応がありません。そこで、文献検索でみつけた薬物性肝障害にくわしい医師に問い合わせてみることにしました。医学論文を真似て症例報告を作成し、手紙に添えて送りました。1週間を待たずして返事が届きました。そこには次のように書かれていました。

「薬物アレルギー性肝炎の可能性はおおいにあります。漢方薬のin vitroの検査は大変むずかしく、陰性だからと言って否定はできません。薬物アレルギー性肝炎は医者の投薬により発症するため、医者自体も積極的に検査するのを嫌がるようです。そのためなかなか的確な診断ができないのが現状です。それにもかかわらず薬が原因かも知れないと貴女が思われたのにはびっくりしました」

手紙は私を喜ばせ、ますます調子づかせました。challenge test(自らモルモットになって薬の副作用を確認すること)を行う決心がこれで固まりました。無謀な行為と知りながらも証明したいという誘惑には勝てず、ちょっぴり科学者の心境でした。私の覚悟に気づかない主治医は服薬の再開を軽く許可してくれました。3週間後、正常値にもどりかけていたGOP,GPTがまた急上昇しているのを知った時の主治医のびっくりした顔。いささか痛快に感じたというのが正直な感想です。ただちに服用禁止を言い渡されました。もちろん一か月後には正常値に戻り、一件落着となりました。後日、学会の地方支部例会でこの症例を報告するという主治医に私が集めた論文をそっくり提供して喜ばれました。現在、この医師は図書室のお得意様の一人です。伊勢さんは『医学図書館』への投稿記事の中で「医療関係者やその周りの人たちは、自分や家族が病気になったとき、懸命に情報を集め納得する医療を受けているように思います」と書かれています。(伊勢美子.患者がもとめる医学医療情報.医学図書館1994;41(3):331-335.)

この体験を通して、まさに伊勢さんのおっしゃるとおりであることを実感しました。納得がいくまで自由に調べることができる環境。欲しい情報を手軽に入手できるありがたいシステム。そしてそこで入手した情報が今回私にとって、もっとも貴重な経験となった専門医とのコンタクトを可能にしてくれたのです。

伊勢さんは医学図書館員に訴えています。「あなたがただけが利益を得られる現状はおかしいのではないでしょうか。すべての人が同じようによい医療を受けられるようになるために、医学医療情報を一般にも公開して欲しいと願っています。どんな人でも自分の病気や身体について知る権利があるのですから」

 伊勢さんの要望に答えることができるようになりたい、心からそう思います。


(掲載にあたり、著者の下原康子さんと日本医学図書館協会より転載許可をいただきました。(2000/5/25)


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吉田均


下原 康子 さん、 名医もびっくりの「副作用体験記」ですね。病気の原因を徹底的に追及し、そして文献にも載っていないような副作用が原因であることを突き止めた。医者でもない一般の方がここまで出来るとは・・・。とても驚きました。と同時に下原さんの知的探求能力に感心しました。すごいことです。真理を追究するために副作用の危険を冒しても、それを証明したい誘惑お押さえ切れない、、まさに科学者そのものですね。そして、医者の専門性とは一体なんだろうかと思ってしまいました。医療の情報を医者が独り占めしていたので、専門家として威張っておれただけで、情報開示がすすめば医者の権威は失墜するでしょうね。下原さんの体験がそれを教えています。図書館が医学医療情報を公開すると医療が変わると思います。一般の方が情報を得れば医者も謙虚にならざるをえないと思います。情報公開は医療改革の起爆剤であることを改めて知りました。素晴らしい体験記をありがとう!


患者があなたの知らない薬を飲んでいるときには、まずそれらの薬についての効能書きを読むこと。そしてできるだけ多くの薬を中止すること。

ドクターズルール425(医者の心得集)クリフトン・ミーダー著・福井次矢訳、南江堂