医療訴訟ランキング、ネットで公開(米国)



8ヶ月前のことだが、ボストン在住の母子がお正月を日本で過ごすため里帰りし、病気で私のクリニックを訪れた。

私「ところでアメリカの医療は日本とは違いますか?」

母親「そうですね。この子がお腹にいるときから、かかりつけになってもらう小児科医を探すんです。」

私「日本では近所の評判を聞いてかかりつけ医を決めているようですが・・・。」

母親「その点は同じですが・・、かかりつけ医として適しているかインタビューに行くんです。インタビューフォームをインターネットで手に入れて、それに基づいてドクターに質問するんです。あっ、そうそう、行く前に電話でnew patient を取るかどうかをまず確かめます。新しい患者はいらないと言うドクターもいるんですよ。」

私「へぇー、患者がいらないと・・・。ところでそのインタビューフォームというのは何ですか?」

母親「患者は素人だからどんなことを質問したらいいのか分からないので、質問事項が書かれているんです。例えばどこの病院で研修を何年したとか、あるいは病気の診断がついている場合はその病気の治療経験はどれくらいあるかとかです。」

私「そこまでしてかかりつけ医を決めるんですか。確かに進んでいますねぇ。」

母親「それと、電話する前に、インターネットでそのドクターのmalpracticeをあらかじめ調べます。」

私「ええっ、malpracticeというのは・・・?」

母親「medical malpracticeが正しいのですが、日本語では医療過誤と言うのでしょうか・・・。ネットを見ると患者から訴えられた回数が載っています。」

私「まさか!?、そこまで・・・。」

母親「えぇ、それに、支払った賠償金額もわかるんですよ。」

私「信じられない!医者のプライバシーは一体どうなってるんでしょう。」

母親「プライバシーよりも、患者のための情報公開を優先するということなのでしょうね。そのほか、医師会から何回指導を受けたかもわかります。」

私「アメリカの医者はそんな厳しい環境にいるのか・・・」

母親「ボストンは情報開示で一番進んでいる所なんです。アメリカ全部がこうだというわけではないんですよ。」

私「それにしても・・・」

この話を聞いてからも半信半疑の状態でいましたが、先日ネットサーフィンしていたら下記のHPに行き着きました。ボストンではなく、フロリダ州のHPでしたが・・。


The Online Medical Malpractice Magazine 

ページの表紙には医療ミスのため息子と夫を立て続けに亡くしたKaren Parishさんの手記が掲載されている。 13才のRobbie君は以前より年に1度ほど頻拍発作があったが、日頃はとても元気で野球を大いに楽しんでいた。1997年6月24日、頻拍発作が起きたとき、いつもの薬剤では止まらずマイアミの“よい”病院に送られた。だが、そこでも薬剤による治療が続けられた。しかし、頻拍は止まらなかった。一般に12時間頻拍が続けば直流徐細動(電気ショック)治療に切り替えるべきだが、それを行ったのは発病3日後だった。しかしその時点ではすでに心筋が疲弊しており、電気ショックに耐えられず副作用である心停止で死亡した。

その6ヶ月後、夫のDannyさんは形成外科手術のためクリニックを訪れた。手術は6時間かかると言われていた。ところがKarenさんに緊急事態発生の電話が入ったので、クリニックに行くと、既に夫は死亡していた。麻酔のかけすぎが原因であり、しかも、術後覚醒していないのに担当医は新米の看護婦にすべてを任せ、ディナーに行っていたのだ。そして、悲しいことにはクリニックのすぐ前に病院があったのにそこに運ばれなかったことだ。その後、担当医も看護婦も麻酔医も、何事もなかったかのように働き続けている。そして「私にはお墓が二つ残った・・・」

この表紙にある「 the Table of Contents」をクリックし、次に「Malpractice Record of Florida Doctors」を開いてみてください。ここには『過去の医療ミスから多くを学び謙虚になった医師は信頼にたる医師かも知れない。しかしもしそうでなければ、ご用心』の一文がある。次いでこのページの「Doctors with the Most Paid Claims」をクリックすると『警告:これらの医師はあなたの健康にとって危険かも知れない』と書かれたページが開きます。ここで「Top Florida Doctors with the most complaints organized by number of complaints」をクリックするとフロリダ州の医師で訴訟の回数が多い順に名前がフルネームで掲載されています。(たどって行くのがご面倒な方はここをクリックしてください)

たとえば、トップのBhuta医師は17回訴えられ、そのうち15回敗訴し、 患者に251,500ドル支払い、訴訟費用は27,000ドルであった。この医師ははじめ Duval 郡にいたが、現在はSt. Johns 郡で勤務している、と記載されている。医療ミスは医者にとって“不運”であったということもあるかもしれないが、これだけの多く訴えられたということは、過去の失敗から何も学んでいないということになるのかも・・・。ちなみに賠償金額のトップはPollack医師で、8人の患者に対して総額4,575,000ドル、日本円でおよそ5億円支払っている。もちろん全額保険が払ってくれるのでしょうが、月々の保険料は相当の額にのぼると推測される。

ボストン在住の母親から聞いたことはやはり事実だったのだ。その実物ページを見ると「すごい!」の一言につきる。200名あまりの医師の名前が訴訟回数順にずらりと掲示されている。米国の患者パワーのすごさ、被害者の怒りの激しさを感ずる。人の命に関わる医者という職種にはプライバシーはないということらしい。それだけ責任のある厳しい仕事ということになるのだ。

そんなことを思っていたら、北陸中日新聞(平成12年7月24日)の「海外消費者情報」欄に下記の記事を見つけました。

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医師の成績公開で医療ミスを減
  

患者励ます新しい波  インターネットが起爆剤

(前略)医療ミス対策として、ニューヨークなど3つの州では医療ミス率を公表している。心臓バイパス手術などの特定手術の成功率と経験年数で、ニュージャージー州はさらに、それぞれの医師が年間、何件の手術をしているかも報告してい。忙しい医師ほどよい結果を出す傾向があるからだ。

同州のツレニスキーさんは、母親の手術でこの情報を利用した。母親が心臓病で入院した病院をインターネット上で検索すると、心臓病手術では州内で最も死亡率が高い病院だった。転院を勧めたが、母親が嫌がったため、今度は担当医師を検索した。するとほかの医師よりも成績が良くなかったため、担当医を変えるよう病院に交渉し、手術は成功した。

ニューヨーク市の医療消費者センターは最近、市が公表する難解な表を分かりやすくして、各医師が手術を何回執刀したかを示すデータをネット上で公表した。乳房切除など29種類の手術を掲載している。ヘルスグレード(現在アクセスできないかも)というネット上のサイトでは5,000の病院、17,000の老人ホームの公的、私的データを収集しして評価したものが成績表として公開されている。

(中略)一方医師や病院は第三者の評価を嫌い、成績の公表などに反対している。特に医師たちは「重い患者の手術に消極的になると」と指摘。評価の正確性にも疑問を投げかけている。

しかし病院側は成績の公表に対応をしつつある。悪い評価を受けた病院は、新しいスタッフを雇って新しい心臓手術チームを編成したり、成績の悪い医師の手術を制限したりしている。また、ペンシルベニア州やカリフォルニア州の大企業は、高い評価の病院や医師を社員が利用した場合、経済的な援助与える施策を取っている。

このように、医療関係者の反対があっても、評価の公表を押しとどめることはできない。起爆剤はインターネット。消費者団体にとってブラックボックスだった病院や医師の情報が入手できるようになった。

データはまだ限定的だが、成績公開は、医師に直接質問できない患者を励ます新しい波である。医療ミスは過剰診療や過剰投与、専門技術に未熟な医師などが要因。データ公表で消費者は質の良い医師を客観的に選択し、より安全な医療を受けることができる。日本の医療ミス対策で欠落しているは、患者の大きな声ではないだろか。(NACS消費生活研究所長・宮本一子)


病院は危険な場所である。賢明な方法で、しかもできるだけ短期間利用しなさい。

ドクターズルール425(医者の心得集)クリフトン・ミーダー著・福井次矢訳、南江堂

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ボストン在住の母親の話よりも更に情報公開が進んでいるようだ。これでは腕の悪い医者は働き場所がなくなり、医療者として存在できず脱落していかざるを得ないだろう。実際そうなっているのかも知れない。米国では子どもに医者になることを反対する医者が増えてきているそうだが、そのあらわれかも知れない。

日本では同業者から見ると「?」のつく医者がかえってはやっている場合もあったりして、彼我の違いにただ驚かされるばかりだ。厚生省は医療ミスの(それもニアミスだけ)情報収集にようやく動き出したが、米国は数千歩先を行っている。後ろ姿が見えないくらいだ。悲観的かも知れないが、おそらく10年たっても20年たっても追いつくことはないだろう。

もし、追いつけるとするとこの記事を書かれた宮本さんが言っているように「患者の大きな声」にかかっている。市民運動が一番の原動力になるということだ。医療事故調査会の森功さん(医真会八尾総合病院院長)も「医療事故の防止対策として、医療改革が必要だが、その原動力になるのは市民運動だ。複数の運動が大同団結し提言を行っていけば、政治も動かざるを得ないでしょう。厚生省や日本医師会に期待してはいけない。」と述べている(日経ヘルスケア2000年8月号、過誤を招く日本の医療の欠陥)。もしかして、インターネットがその起爆剤になるかも知れない。その動きはまだ微々たるものだが、確かにある。


<共同通信> 米消費者団体「パブリック・シティズン」は九日までに、医療技術などに問題のある約二万人の医師を実名で掲載した“医師ブラックリスト”を出版した。掲載されたのは、重大な医療ミスやセクハラのような不適格行為などによって州政府などから制裁的措置を受けた医師で、全米約七十八万人の医師の約二・五%に当たる。同団体は、本来、州政府などが公表すべきリストが明らかにされないため独自に資料を入手、「患者の権利を守るため」出版に踏み切ったとしている。パブリック・シティズンは、米大統領選に「緑の党」公認候補として出馬しているラルフ・ネーダー氏が設立した。


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ついにブラックリストまで発刊されたとのこと。消費者運動の元祖ラルフ・ネーダー氏なればこそか。翻って日本の医療を見ると、ブラックリストなんてとんでもないこと。某団体が決して許さないでしょう。患者の権利、命を重視にするのか、医者仲間を大切にするのかの違いはとても大きい。米国では腕の悪い医者は上司から、同僚からそして部下からも厳しく批判されます。一方日本では、かばい合いの精神が行き届いていて、他の医者の批判は禁句となっています。医学生の時から「他の医者を悪く言わないように」としつけられます。むしろ、“医者村”では批判した医者のほうが「悪者」にされる風習があります。