NPOJIP記念シンポジウム「解 熱 剤 で 脳 症 に な ら な い た め に」

 『見聞録』


梅雨の中休みの日曜日(7月2日)、大阪へ行って来た。会場は御堂筋通りにある御堂会館講堂。お寺の境内の中にあった。脳症で亡くなられたお子さんのことを思えば最適な場所であろう。門をくぐるとインターネットや講演で知り合った薬剤師数名に出迎えられ、挨拶を取り交わす。石川県の知り合いの小児科医2人も見えていて、関心が深いことがうかがえた。受付で全36ページになる分厚い資料を渡された。解熱剤と脳症について書かれたもので、これ以上の資料はどこにもないであろう。会場には「患者よ、がんと闘うな」の近藤誠氏も見えていた。私は彼を「現代医療批判の第一人者」と思っている。この本はすべての国民が読むべき歴史的名著で、がんに対する考え方が一変するはずだ。参加者は約200名ほどで半数が医者(小児科医が多かった)、薬剤師の医療関係者で残り半数が一般市民や脳症・親の会「小さないのち」の会員とのことであった。 5時間にわたる講演・討論のすべてを掲載することはできないので、私の興味を持ったところと会場の雰囲気だけでもお伝えしたい。いずれ詳細はNPOJIPのホームページが開設されれば見ることができるであろう。


1)「インフルエンザとライ症候群」大阪赤十字病院の小児科医山本英彦氏

山本氏は読売新聞・シリーズ「医療ルネッサンス」によく登場され、解熱剤と脳症についてコメントされているドクターだ。 脳症はインフルエンザばかりでなく突発性発疹症でも生ずる事があるとのことで、山本氏の経験した2例(失語状態等になる)の説明があった。突発性発疹症も決してあなどれないということだ。ライ症候群に対するアメリカでの対応について説明があった。アスピリンがライ症候群に関与していると確定されてない段階であったが、CDCは「確定情報が得られるまで使用すべきでない」と勧告した。その後、ライ症候群が急激に減少。それに比べ日本での遅い対応に驚くと同時にあきれた。この違いは一体どこから起きるのであろうか?


2)「炎症、発熱、解熱のメカニズム」及び「解熱剤の日本と欧米との比較」FDRUGの丁 元鎮氏(薬剤師)

パソコンによるプレゼンテーションで、文字が動いたり絵が拡大・移動し、わかりやすい。ただ発熱のメカニズムについては一般の方には少し難しかったかもしれない。しかし、これ以上わかりやすくするのはもっと難しそうだ。

添付文書についても説明があり、ジクロフェナクナトリウム(ボルタレン)はアメリカもイギリスも解熱での適応はない。メフェナム酸(ポンタール)はイギリスだけは解熱に適応ありとなっているが、BFS(British National Formulary)では適応の記載はない。実際はほとんど使われていないとのこと。日本ではボルタレンの1999年の改訂文書では副作用に急性脳症(痙攣、意識障害等)がはじめて掲載された。メーカーの対応は素早いが、医者に周知徹底しているのだろうか。製造物責任(PL法)対策だけが目的(?)と思いたくないが・・・。


3)「日本のインフルエンザ脳症の主因としてのNSAIDs系解熱剤」医薬ビジランスセンターNPOJIP浜六郎氏(医師)

浜氏はNPOJIPの中心的人物で“解熱剤と脳症”の第一人者。長身でトレードマークのバンダナ姿がよく目立つ。 脳症の原因論について未だ完全に確立したものではないが、信頼できるデーターが集まりつつあり、解説に熱がこもっていた。

a)厚生省研究班(森島班)のデーターを再考したところ違う結論が得られた。

森島班報告「インフルエンザ脳炎・脳症でメフェナム酸あるいはジクロフェナクが使用された症例で、症例死亡率が高かった。しかしながら、インフルエンザ脳炎・脳症等、一般に感染症では重症ほど高熱になると考えられるし、ジクロフェナク等強力な抗炎症剤系解熱剤は重症例の解熱に使用される傾向がある可能性も否定できないため、多変量解析を行った。その結果、ジクロフェナクのオッズ比は3.05(P=0.048)、メフェナム酸はオッズ比4.6(P=0.045)であり、インフルエンザ脳炎・脳症の死亡との間に有意のの関連を認めた。メフェナム酸あるいはジクロフェナクなどを解熱剤の一部がインフルエンザ脳炎・脳症の重症化に関連がある可能性が示唆されたが、症例数が少なく有意水準(p値)はかろうじて0.05を下回る程度であったことから、今後も調査が必要である。」以上の結果から厚生省は「医療現場に何らかの対応をお願いする状況にない。」と結論づけた。

オッズ比が3とか4は非常に高い値で、「重症例に使われる」などの他因子は余り問題とはならない。p値に関しても、ジクロフェナクとメフェナム酸服用者をひとまとめにして、p値を出すと0.0021と著しい低い値となった。「有意差はわずかである」とは決して言えないと。同じデータでも違う結論が導き出される。どちらが正しいのだろうか。「解熱剤考」に書いたが、森島班の結論には何かの作為が感じられ、信頼性に欠けるところがある。何としても解熱剤とは関連づけたくなさそうで・・。会場からの近藤氏の発言で、「インフルエンザの怖さを国民に印象づけようと研究班を作ったが、解熱剤と関連がありそうなデータが出てあわてた。このデータ発表後何もせず沈黙を守っているのがなによりもその証拠だ。」実際、アメリカでのライ症候群の時の素早い対応とはずいぶん違う。

それと「解熱剤使用せず」の症例にも解熱剤が使われていた可能性もあると。調査方法が申告制である上に、脳症の治療に当たった病院と初期治療した病医院とは別のケースが多いということで、調査が不十分であるとの指摘も。


b)今回の調査以前の厚生省研究班のデータ(平成2−4年)

ライ症候群罹患時の死亡とNSAIDsとのあいだに森島班のデータと同様の結果が認められる:オッズ比20(p<001)と関連性は明らか。


c)動物実験では解熱剤で死亡率が増加する。

砂漠イグアナにAeromonas hydrophiria菌を接種しサリチル酸ナトリウムを投与する実験。ついでウサギの視床下部にサリチル酸ナトリウムを注入し、ある種の菌を静注感染させた実験。さらにウサギにリンダーペストウィルスを感染させ、メフェナム酸を投与した実験。いずれも解熱剤を投与した群ではコントロールよりも明らかに死亡率が高かった。


d)サイトカインと脳症の関連

ここからのデータは今回私ははじめて知ったことです。今までサイトカインの関与はあくまで仮説の域を出ていなかったのですが、その証拠が固められつつあるようです。山口大学のIchiyama らは熱性けいれん20人と急性脳炎・脳症23人の脳脊髄液のTNF-α、IL-1β、IL-6の3種のサイトカインを測定した。脳炎・脳症のうち22人でいずれかのサイトカインが上昇していた。熱性痙攣の20名は全例正常値であった。

Larrickは、解熱剤の存在下で、エンドトキシンでマクロファー時を刺激し、前述のTNFの遊離を調べた。アスピリンやインドメタシンなどの強い解熱剤では、その濃度を増やすにしたがってTNFが増加した。この事実等から、TNFがライ症候群の発症に関与しているとの仮説を提唱した。

またTreonの文献によれば、健康人にエンドトキシンを静注した場合に、解熱剤イブプロフェンを併用するとTNFなどのサイトカイン類が4倍増加した。さらに、エンドトキシンとアスピリンの投与でラットにライ症候群患者に認められると同様の生化学的、組織学的な変化が認められた。


まれな病気が頻度の高い症状を呈するよりも、頻度の高い病気がまれな症状を呈することの方が多い。

ドクターズルール425(医者の心得集)クリフトン・ミーダー著・福井次矢訳、南江堂


e)台湾でも日本と同様に脳症が多発。

台湾では日本と同様にメフェナム酸が解熱目的で使われている。一方アメリカでは使われておらず、脳症の発生はほとんど報告されていないという。日本と台湾だけの一種の風土病と片づけていいのか、あるいは解熱剤との関与を素直に認めるのか。


<ディスカッション>

3人の講演のあと、ディスカッションが約2時間もあった。その中で特に印象に残ったことは、浜氏の説明で、サイトカインが多臓器不全(MOF)の原因となることは内科学書セシルに記載されている。脳に特に強く障害が現れた場合を脳症というのであって、結局インフルエンザ脳症もMOFの一つといえる。確かに学会での報告を見ると、脳症の重症例は多臓器不全を起こして死亡している。

薬剤師からの質問で二人の方から「解熱剤の処方せんが来た場合、何と服薬指導したらいいのかと惑う」というのがあった。丁氏は「医者に今回勉強したことを伝え、処方しないように指導していくのがよい」と答えていた。処方医に根気よく疑義照会を繰り返すということが大切であろう。

司会者に強くすすめられて、インフルエンザ脳症・親の会「小さないのち」の会長の発言があった。発病から死亡まであまりに短期間で、心構えをしている間もなく、親のショックは大きすぎる。理解が付いていかないうちにすべてが終わっていた。そして、自分を馬鹿な親だと責め続け、1年間苦しみ抜いた。会員の方からも「解熱剤を使ったのが原因か」と必ず聞かれる。どんな解熱剤を使ったのか知らされていないケースも多い。朝、熱が出て小児科を受診し、ポンタールシロップが出た。飲ませていたが熱は下がらず、夜9時にけいれんが起き、翌朝未明に7度台になったが、意識がなくなり救急車で病院に入院。急性壊死性脳症との診断で、今も寝たきりとのこと。ポンタールが原因かどうか分からないそうだが、そんな可能性があるということなら事前にもっと薬のことを知りたかったと。言外に(解熱剤にそんな副作用があるのなら使わなかったのに・・・)とおっしゃりたかったと感じた。情報公開の大切さを再認識した。薬剤師は医者側の立場ではなく、患者さんに一番利益になるように服薬指導すべきだ。処方医のメンツを大切にしてあげるのか、患者さんの命を第一義とするのか。どちら を選ぶかによって国民の薬剤師に対する信頼性が決まるであろう。


会場から「病院薬剤師だが、医局で解熱剤の危険性について説明したところドクターに納得してもらえた。今は使わないことになっている。」との発言があり、壇上の浜氏は満面笑みで喜んでいた。

会場でもらった資料の中に「ポンタールシロップとボルタレン座薬の乳幼児への投与自粛について」というのがあった。八王子市医師会長名で発行されたもので、医師会としては、小児科部会の意見を参考にして検討の結果、当分の間、「当夜間救急診療所では6歳以下の小児の解熱目的にメフェナム酸とジクロフェナクナトリウムを使用しない」と。又、当小児部会では解熱剤にポンタールを使っているのは少数で、多くの会員は使いたくない、使っていないとのこと。その理由は、インフルエンザ脳炎・脳症との関連の疑いの他に、、ポンタールによる低体温、熱性感染症への過剰な干渉をさけたいということ。なお、ボルタレン座薬は小児科ではほとんど使われていない、と記されている。

討論は2時間したが、「もっと」の雰囲気があった。最後に厚生省に提出する要望書を全会一致で決議。


<懇親会>

終始笑顔で司会をされていた小児科医の高松勇氏と懇親会で話す機会があった。「私の出身大学では解熱剤はもう使っていません。」「失礼ですが、どちらの大学ですか?」「大阪市立大学です。」「使わないのは教授の指導があったからですか?」「誰からともなくだと思います。だって、森島班のこんなデータが出れば誰も怖くて使えないでしょう」「私の出身大学では気にもとめず(?)にまだ使っていますが・・。」「えぇ!信じられないなぁ・・・」滋賀県から見えた薬剤師の林寺氏の話では滋賀県の小児医療センター(名前が違っているかも)でも解熱剤は使わなくなっているとのこと。

懇親会での自己紹介でホームページ「鬼の元薬剤部長の辛口薬事放談『おくすり千一夜』」の堀越氏にはじめてお目にかかった。リタイヤして自由の身となったのでNPOJIPに大いに協力したいと挨拶されていた。ホームページは一読の価値あり。“鬼の元薬剤部長”ですので、解熱剤についてもズバリ書かれている。

帰りの列車の時刻が迫っていたので自己紹介を先にさせてもらい、懇親会途中で林寺氏とともに帰途についた。