尋常小學國語讀本 巻八 (昭和三年)


もくろく

第一 山の秋 第二 犬ころ 第三 競馬 第四 武将の幼時
第五 揚子江 第六 呉鳳 第七 心と心 第八 手の働
第九 炭焼 第十 朝鮮人参 第十一 大岡さばき 第十二 手紙
第十三 鷲 第十四 餅つき 第十五 町の辻 第十六 看板
第十七 塙保己一 第十八 アメリカだより 第十九 コロンブスの卵 第二十 税
第二十一 水の力 第二十二 唖の学校 第二十三 名古屋市 第二十四 廣瀬中佐 第二十五 胃とからだ
第二十六 分業 第二十七 人を招く手紙 第二十八  乃木大将の幼年時代

第二 犬ころ

庭のすみで,先程からちやらちやらとすゞの音が聞える。しやうじを明けて見ると,小さな犬ころが二匹,上になり下になりしてじやれてゐる。あまりかはいらしいので,僕はじばらくそれを見てゐた。すると其のうちに,僕の見てゐるのに気がついたと見えて,じやれ合ふのを止めて,尾をふりながら,ちよこちよこやつて来た。
僕が庭へ下りて,かはるがわる頭をなでてやると,喜んで僕の手にとびついて,ぺろぺろとなめる。
僕がえんがはへ机を持出して,おさらひをはじめると,二匹ともくつぬぎに手をついて,ぎやうぎよく僕のすることを見てゐる。
ふと,垣根の外でちやらちやらとすゞの音が聞えた。二匹はいちもくさんにかけて行つたが,間もなくかはいらしいのを一匹つれて来た。仲間がふえたので,又一しきりじやれ合ひをはじめた。


第六 呉鳳(ごほう)

台湾の蕃人には,お祭に人の首を取つて供へる風がありますが,阿里山の蕃人にだけは,此の悪い風が早くから止みました。これは呉鳳といふ人のおがけだと申します。
呉鳳は今から二百年ほど前の人で,阿里山の役人でした。たいそう蕃人をかはいがりましたので,蕃人からは親のやうにしたはれました。呉鳳は役人になつた時から,どうかして首取の悪習を止めさせたいものだと思ひました。ちやうど蕃人が,其の前の年に取つた首が四十余ありましたので,それをしまつて置かせて,其の後のお祭には,毎年其の首を一つづつ供へさせました。
四十余年はいつの間にか過ぎて,もう供へる首がなくなりました。そこで蕃人どもが呉鳳へ,首を取ることを許してくれてといつて出ました。呉鳳はお祭の為に人を殺すのはよくないといふことを説聞かせて,もう一年,もう一年とのばさせてゐましたが,四年目になると,
「もう,どうしても待つてゐられません。」
といつて来ました。呉鳳は
「それ程首がほしいなら,明日の昼頃,赤い帽子をかぶつて,赤い着物を着て,此所を通る者の首を取れ。」
といひました。
翌日,蕃人どもが,役所の近くに集つてゐますと,果して赤い帽子をかぶつて,赤い着物を着た人が着ました。待ちかまへてゐた
蕃人どもは,すぐに其の人を殺して,首を取りました。見ると,それは呉鳳の首でございました。蕃人どもは声を上げて泣きました。
さて蕃人どもは,呉鳳を神にまつつて,其の前で,此の後は決して人の首を取らぬとちかひました。さうして今も其の通りにしてゐるのだといひます。


第七 心と心

軒下にはらばへる黒き犬,
 にくらしき黒と思へば,
黒もまた,意地悪き人と見るらん。
はをむきて,うゝとうなりて,垣を出て行く。

えんがはにうづくまる三毛のねこ,
 愛らしき三毛と思へば,
三毛もまた,したはしき人と見るらん。
 尾を立てて,のどを鳴らして,我にすりよる。


第八 手の働

取る・拾う・握る・持つなどは皆手の働なり。もし手なくば,我等は如何に不自由ならん。箸を持つことも出来ず,帯を結ぶことも出来ず,かゆき所をかくことも出来ず,いたき所をさすることも出来さずべし。
大工の家を建て,左官の壁を塗り,船頭の舟をこぎ,農夫の田畑を耕すも,皆手の働なり。又筆一本にて美しき絵をゑがき,のみ一ちやうにて見事なるほり物をほりて,人を感ぜしむるも,手の働なり。
手はすべて仕事のもとにして,いそがしき時に,手の足らずといふは,働く人の少きをいふなり。


第十七 塙保己一

目は見ゆれども,字のよめざる人をあきめくらといふ。昔はあきめくらも多かりしに,まことのめくらにして,大学者となりし人あり。塙保己一(はなわほきいち)これなり。
保己一は五歳の時めくらとなりしが,人に書物をよませて,一心に之を聞き,後には名高き学者となりて,多くの書物をあらはせり。
保己一の家は今の東京,其の頃の江戸の番長にありて,多くの弟子保己一につきて学びたれば,時の人
 番長で目あきめくらに道をきゝ。
と言ひたりといふ。
或夜弟子をあつめて,書物を教へし時,風にはかに吹きて,ともし火きえたり。保己一はそれとも知らず,話をつゞけたれば,弟子どもは
「先生,少しお待ち下さいませ。今風であかりがきえました。」
と言ひしに,保己一は笑ひて,
「さてさて,目あきといふものは不自由なものだ。」
と言ひたりとぞ。



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