「時速30kmの福祉」(第255回)




2022.11.17.

時速30kmの福祉(第255回)

 前回の「時速30kmの福祉」で話題として取り上げました「共通診断書」問
題ですが、その後地元関係者の方々のご努力で来年3月末をもって運用を終了
することが決まりました。地域で発生した問題を地域住民自らの力で解決する
ことができてとてもよかったです。4月以降のことはまだ決まっていないそう
ですが、もしかしたら富山県内の他の市町村で現在も運用されている「診療情
報提供書」という文書を新たに導入する案が出てくるかもしれないので、以下
にご参考まで診療情報提供書について触れたいと思います。

 診療情報提供書には、「共通診断書」と比べていくつかよい点があります。

1 国の制度で医療保険の適用となるので、文書料が窓口負担1割ならば250
  円、3割でも750円見当で済みます。重度心身障害者等医療費助成に該当す
  る人であれば、通院医療費や薬剤費同様0円となります。
2 国の制度が根拠なので、お住まいの地域外の医療機関がかかりつけ医でも
  そのことを理由に作成を拒まれることはなくなります。
3 患者の書面による同意が作成条件となるので、患者や家族の同意をでっち
  上げられる危険が減ります。
4 共通診断書は患者と医師と介護サービス事業者の三者のみで作成できてし
  まいますが、診療情報提供書の作成には必ず居宅介護支援事業所や地域包
  括支援センターのケアマネジメント担当者などが関与しないと作成できま
  せん。従って、ケアマネジャーの知らない間に厚生労働省の事務連絡に違
  背する文書が作成されてしまうのを未然に防ぐことができます。逆に言え
  ば、違背する診療情報提供書の作成を未然に防ぐことができなければ担当
  ケアマネジャーが専門職としての落ち度を問われることになります。

 上の1から4の理由で、診療情報提供書を導入することにはよい点がありま
すが、その反面で問題もあります。例えば、県内の事例を調査して分かったの
ですが、本来ケアマネジャーに対して交付すべき診療情報提供書が介護サービ
ス事業所に対して交付される例があるのです。その場合二つのパターンがあり
ます。一つは宛先自体が介護サービス事業所になっているパターンで、この場
合は医療保険の適用とならず、共通診断書と全く同じ問題が残ることとなりま
す。

 もう一つは、宛先がケアマネジャーの事業所になっているけれども、受けと
ったケアマネジャーが原本のコピーを各介護サービス事業所に転送するという
パターンです。このパターンの場合作成した医師の複写提供同意を書面で得る
ことが必要ですが、実際の運用事例の中には、同意をとっていなかったり、同
意をとっていても「ケアプラン作成のために役立てることに同意します」など
の抽象的もしくは包括的な同意条項に署名があるだけで、具体的にどこの介護
サービス事業所に提供するのかが明示されていない事例がありました。こうい
った運用は作成した医師の権利を侵害する恐れがありますので改める必要があ
ります。

 また、たとえ医療保険制度上適法に診療報酬を請求できる診療情報提供書で
あったとしても、それが厚生労働省の事務連絡文書に違背する形で運用されれ
ば、結局のところ共通診断書と同様の問題が生じることになります。

 ここまで診療情報提供書についてくどくどと説明しておきながら恐縮ですが、
ケアマネジメントの現場実務に携わっている者として率直に言わせていただけ
れば、在宅サービスを利用されるにあたり診療情報提供書で情報が得られなけ
れば困るような事態などほとんどありません。入院や入所の場合は主治医自体
が入院・入所先に切り替わりますので紹介書面によって引き継ぐのはむしろ当
たり前ですが、在宅サービスの場合は主治医が変わるわけではありません。本
当に在宅介護サービスの提供に必要な機微ほど書面ではなく直接対面で主治医
から真意を伝えてもらうほうがよほど的を射た情報を得ることができます。国
は、ケアマネジャーが通院に同道して医師から直接指導や助言を得てケアマネ
ジメントに活かす取り組みに対してわずかではありますが介護保険法上の加算
を設けて評価するようになりました。熱心なケアマネジャーであれば、そのよ
うな加算などできる前から当たり前に行ってきたことです。

 そう考えると、その地域に共通診断書の書式があろうとなかろうと、診療情
報提供書の書式があろうとなかろうと、本当は関係がないのかもしれません。
介護サービス事業者の側が厚生労働省の事務連絡文書に違背する行いを正しく
理解し、そのような使い方をしないよう心がけてさえいれば発生しない問題で
あった。また、担当のケアマネジャーがもし事務連絡文書に違背する行為を目
撃したり、あろうことか医師への仲介などの協力を求められてしまったという
ときに、介護サービス事業者に対して毅然とした態度をとり、「それは法的に
適切ではない行いですのでやめてください」とか「協力できません」と返答で
きてさえいれば発生しなかった問題であったと言えないでしょうか?

 前回の「時速30kmの福祉」では、この問題を「共通診断書の問題」として取
り上げましたが、本当の問題は紙切れの方にではなく、地域ケアに携わるケア
マネジャーなどの専門職としての情報処理能力や判断力、問題解決能力、そし
て倫理的な水準の高の問題であったと言えるかもしれません。いまこのタイミ
ングで当事者の方々がこれを自覚できなければ、問題の種は残り、何度でも姿
を変えて芽吹いてくる恐れがあります。そうならないためにも、しっかりとこ
れまでの対応を検証・反省する作業が必要であると個人的には考えます。当研
究所では、ひきつづきこの問題で困ったという人からの相談を受け付け、個別
問題の解決をサポートしていきます。








  • 富山総合福祉研究所目次ページにもどる