介護保険見直しと「認知症ケアモデル」@A

公益社団法人認知症の人と家族の会会報「ぽ〜れぽ〜れ」
通巻371号・372号所収 2011年6月25日・7月25日




      介護保険見直しと「認知症ケアモデル」@

(1)「認知症ケアモデル」って何だろう?

 2012年の介護保険見直しに向けて、「認知症ケアモデル」という言葉が注目
を集めています。2010年11月30日に社会保障審議会介護保険部会がまとめた
「介護保険制度の見直しに関する意見」によれば、「当事者の意見を聞きつつ、
認知症を有する人についてのケアモデルの構築を図った上で、早期の発見と治
療、在宅サービスの利用、施設への入所、在宅復帰、家族への相談・支援などを
継続的・包括的に実施するため、地域の実情に応じてケアパス(認知症の状態経
過等に応じた適切なサービスの選択・提供に資する道筋)の作成を進めていくこ
とが重要である。」とされています(関連情報1参照)。
 つまり、「認知症ケアモデル」は、いますでにあるものではなくて、これか
ら「構築」しようとしているものだということが分かります。これを受けて、
介護保険の改正法案では、「国及び地方公共団体は、認知症の予防、診断及び
治療並びに認知症である者の心身の特性に応じた介護方法に関する調査研究の
推進並びにその成果の活用に努めるとともに、認知症である者の支援に係る人
材の確保及び資質の向上を図るために必要な措置を講ずるよう努めなければな
らないものとすること」(介護保険法第5条の二関係の改正予定箇所。関連情
報2参照)とされています。

(2)認知症ケアモデルと地域包括ケアの由来

 ところで、「認知症ケアモデル」は、最近になって急に登場した言葉ではあ
りません。まだ認知症が痴呆症と呼ばれていた2003年に、厚生労働省老健局長
の私的研究会である「高齢者介護研究会」が報告書としてまとめた「2015年の
高齢者介護〜高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて〜」(関連情報3参照)
の中に、「地域包括ケア」という言葉とともにすでに登場しています。2012年
の介護保険見直しは、おおむねこの報告書の内容に沿って進んでいます。
 報告書では、2003年当時のケアの状況を「身体ケア」モデルであったとし、
認知症の人のケアが抜け落ちていると分析しました。そして、これからのケア
は、認知症の人のケアが当たり前に標準化されなければいけないと提言しまし
た。この「標準化」は、別の言葉では「普遍化」とも表現されていました。認
知症ケアの普遍化を掲げたことは、理念としてはまことにすばらしく画期的な
ことでした。

(関連情報)
1 社会保障審議会介護保険部会「介護保険制度の見直しに関する意見」
  2010年11月30日(厚生労働省のサイトより引用)
  http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xkzs-att/2r9852000000xl19.pdf
2 「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律案」
  (衆議院のサイトより2011年4月5日上程時の原文を引用)
  http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g17705050.htm
3 高齢者介護研究会「2015年の高齢者介護〜高齢者の尊厳を支えるケアの確立
  に向けて〜」2003年6月26日(厚生労働省のサイトより引用)
  http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/kentou/15kourei/index.html




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(3)ややこしい「普遍化」と「標準化」の違い

 「高齢者介護研究会」が2003年の報告書で「認知症ケアの普遍化(その意味
での「標準化」)」を掲げたことは素晴らしいことでした。ところが、今般の
「認知症ケアモデル」の議論の中で語られる「標準化」は、「普遍化」と同じ
意味ではなさそうだということが分かってきました。ここで注意すべきことは、
介護保険では、10年の歴史のなかで、同じ言葉を途中から逆の意味にすり替え
て国民をだますという手法が多用されてきたということです。「介護の社会化」
は「共助」にすり替わり、民間の保険商品の売り込みに使われるようになりま
した。「自立支援」は、「ケアを受けないようにすること」という意味に、
「予防」は、「ケアをあらかじめ制限する」という意味に、そして、本人と家
族が専門職とともに自らのケアを満たすという意味の「協働」は、「専門職が
集団で他人の人生観や価値観に介入する」という意味に、それぞれすり替えら
れてきました。では、「認知症ケアモデルの普遍化」は、どのような「標準化」
にすり替わるのでしょうか。筆者は、次の2つのことを心配しています。

(4)必要なケアを奪う「ケアパス」

 ひとつは、根拠に基づく「標準」のケアでなければ無価値だと決めつけて、
ひとり一人の人生の歴史や価値観、物語性を大切にするケアを否定する方向に
進むという問題です。認知症ケアは、一人ひとりの個別性を大切にするケアそ
のものですが、同じ「認知症ケア」という言葉でこれを否定しようというわけ
です。この危険は、かなり現実味を帯びてきていると思います。

   もうひとつの問題は、「ケアパス」という言葉の危険性です。医療の世界に
は、診断名ごとに決められた治療手順をどの患者にも一律に適用する「クリニ
カルパス」があり、事実上の医療からの強制排除装置となっています。同じよ
うに、あやしげな統計資料を根拠とする「ケアパス」が、認知症の人に一律に
適用されたらどうなるか。たとえば、「あなたは週2回を超えてデイケアに通っ
ても効果がありません」などと回数を制限されかねません。そんなことになら
ないようにするには、どうすればよいでしょうか?

(5)認知症ケアのルネサンス(再生)を!

 筆者は、ここで、「認知症ケアのルネサンス(再生)」を呼びかけたいと思
います。なぜ「ルネサンス」なのか。理由は3つあります。第一に、言葉の本
来の意味をとりもどすためです。人間の社会は言葉によって構築されています
ので、社会の中枢で言葉が詐用され、意味がすり替えられるようでは、社会の
存立基盤がくずれます。ルネサンスという言葉には、「本来の姿をとりもどす」
という意味が含まれています。第二に、認知症の人と家族が、権利主体として
の地位をとりもどすためです。ルネサンスという言葉には、「人間性の復興」
という意味が含まれています。第三に、官僚主導の上からの統治サイクルを、
認知症の人と家族が主体となって下から巻き返すためです。ルネサンスという
言葉には、「巻き返す」という意味が含まれています。上の3つの意味で、いま
私たちが目指さなければならないのは、「認知症ケアのルネサンス(再生)」
ではないでしょうか?

(6)「認知症ケアモデル」とは? それは私たちが決める

 「高齢者のための国連原則」(関連情報4参照)によれば、「自立」は「独立」
と同じ意味です。他者が不当に支配しようとするならば、私たちは独立をかけ
て闘わなければなりません。同原則では、「参加」の重要性も説かれています。
「認知症ケアモデル」は誰が決めるのか? それは、認知症の人と家族が政策
決定手続に参加して決めなければなりません。まずは、「審議会の過半数の議
席を当事者に対して用意すべきだ」と主張しましょう。
 地域包括ケアや医療と介護の連携を説くのなら、老人保健施設に入所した途
端に薬価の高い薬が事実上使えなくなるような仕組みを変えなければなりませ
ん。早期の発見、治療、ケアを目指すと言うのなら、軽度認定者からケアを奪
う制度変更を止めさせなければなりません。そして、認知症「対策」と呼ばせ
ないこと。対策とは、犯罪対策など、撲滅すべき害悪に対する政策です。私た
ちの望みは、認知症の人も安心して暮らせるしくみづくりであり、対策ではな
いはずです。言葉のひとつ一つを点検し、覆し、巻き返していきましょう。

(関連情報)
4 「高齢化に関する国際行動計画および高齢者のための国連原則」
  1999年(国際連合広報センターのサイトより引用)
  http://www.unic.or.jp/files/pdfs/elderly.pdf








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