「若年性認知症の人と家族を中心とした
地域ケアマネジメントについて」(2006.09.17.)
2006年度アルツハイマーデイ記念・認知症について考える県民のつどい
シンポジウム「認知症の予防から診断・介護・ターミナルまで」塚本発表分
日 時 2006年9月17日(日) 午前9時30分〜12時
場 所 サンフォルテ2階大ホール
テーマ 「若年性認知症の人と家族を中心とした地域ケアマネジメントについて」
話 者 塚 本 聡(富山総合福祉研究所所長 兼 介護支援専門員)
主 催 富山県 社団法人認知症の人と家族の会富山県支部
私は、富山県内で介護保険の居宅介護支援事業所を興し、介護支援専門員としてケアマ
ネジメント実践を行っている者です。本日は、認知症のケアマネジメントというテーマで、
富山県内の状況をふまえていくつか述べさせていただこうと思います。
(1) 若年性認知症の方とご家族の自立を支援するケアマネジメントについて
若年性認知症の方とご家族からご相談を受けていると、いくつか共通の課題がある事に
気づかされます。ひとつは、経済的な自立の問題です。若くして発症する事により、稼働
所得が失われてしまう。それを補うために同居家族が働きに出たくても、介護や見守りの
手が必要であるため出られない。成人に達していないお子さんがいらっしゃる場合などは、
その将来が左右されてしまうといった問題です。所得を保障する社会制度としては障害年
金制度がありますが、初期の認知症の方の場合は日常生活が比較的できてしまうため、障
害基礎年金の1級2級に該当しない場合があります。厚生年金にはそれよりも等級が低い
3級があって、稼働所得が見込めない場合は原則として該当するのですが、これを受給す
るためには初めて診断を受けた日が厚生年金保険に加入している期間内であることなどの
条件を満たしていなければなりません。職場に知られたくないなどの理由で、勤めている
間には専門医に診てもらわなかった、退職してから診断がついたということになると、厚
生年金3級を認めてもらうのはかなり困難になります。逆に言うと、勤めている間に恐れ
ずに専門医に診てもらうことが大事だと思います。また、受診してはいないけれど、会社
の定期健康診断の付加健診などでたまたま脳のCTを撮ったら医師の所見を得たという事
実がある場合は、その日付をもって初診日と同様に扱ってもらえますので、あきらめずに
最寄りの社会保険事務所に相談なさる事をお勧めします。厚生年金の3級に該当する場合
は、給料をいくらもらっておられたかにもよりますが、どんなに少なくとも月5万円ぐら
いの年金給付は支給されますので家計は助かると思います。また、症状が悪化した場合は
級数が2級や1級に上がります。ずっと3級のままじゃないかと心配することはありませ
ん。1級や2級に該当する場合は、配偶者への加給年金や子への加算が算定される事もあ
ります。
直接的な所得の保障ではありませんが、認知症である事によって、精神科外来通院医療
費の公費助成や所得税・市町村民税・道府県民税の障害者控除や特別障害者控除を受けら
れる場合があります。
まず、通院医療費の公費助成ですが、これは精神障害者保健福祉手帳という障害者手帳
の交付を申請して認められた場合に、その方の所得に応じて助成額が決まるというもので
す(注:本年4月からは、自立支援法に基づく自立支援医療として支給されています。ま
た、自治体によっては必ずしも手帳取得を求められない場合があります)。お仕事を辞め
られて国民健康保険で精神科医療を受けられるよりは費用負担が軽くなります。申請時に
は、精神科の専門医に診断書を書いてもらう必要があります。この制度はどちらかという
と統合失調症などのご病気の方を想定して作られているため、認知症を理由に申請が出て
くることに、医師の側も行政の側もあまり慣れていません。診断書には自由記述欄があり
ますので、認知症が原因でどんなことに困っているのか、よくよく医師にお話してなるべ
く詳細に書き込んでもらうようにしましょう。あと、制度が変わった関係で、今年の10
月からは手帳に顔写真を貼ることが決まっています。申請時には手帳に貼付する顔写真も
必要となりますので、あらかじめいい顔の写真を準備しておきましょう(笑)。
次に、障害者控除や特別障害者控除についてですが、精神障害者保健福祉手帳を持って
いる方の場合は控除が認められます。本年度の場合、国税である所得税は、障害者控除が
27万円分、特別障害者控除が40万円分控除されます。地方税である市町村民税・道府
県民税は、障害者控除が26万円、特別障害者控除が30万円分控除されます。手帳で1
級ならば特別障害者控除の対象となります。今年は、税額の計算方法が変わって、いまま
で所得税非課税だった方も課税されるようになってきていますが、この控除に該当する場
合は年度途中でも修正申告を行う事によりふたたび非課税になる可能性があります。所得
税や住民税が課税か非課税かによって、入院医療費の上限や入院時の食事代の減額有無、
介護保険サービス利用料や食事代、部屋代などの減額有無が左右されますので、それらの
影響を全部考慮するとかなり月々の出費に影響してきます。障害者控除や特別障害者控除
については、手帳を持っていない場合でも市町村が独自に定める条件を満たした場合は認
められますので、お住いの市町村の窓口でご確認いただければと思います。今回の発表を
期にいくつかの市町村に照会をかけたのですが、認知症を理由に控除申請する前例があま
りないという事で、ちょっと消極的な自治体も見受けられました。しかし、例えば高岡市
などのように厚生労働省の認知症高齢者評価基準のIIb以上の方は一律認めるなど前向
きな取り組みをしておられる自治体もありますので、たまたまお住いの自治体の担当者の
方がちょっと消極的な対応であっても、あきらめず制度改善を求めていくことが大切だと
思います。
ここまでは、稼働所得が失われたことに対する埋め合わせのお話でしたが、単にお金が
支給されれば解決されるかというと、解決されない問題があります。それは、働くという
行為自体が持っている価値、生きがいであるとか、役割の意識、達成感などを失ってしま
うという事です。この職業的自立支援の視点は、実は高齢者ケアマネジメントの世界でも
共通に求められる視点のはずなのですが、これまでほとんど顧みられることがありません
でした。伝統的な障害者福祉の領域では、福祉的就労の取り組みや企業と個人の仲立ちを
するジョブコーチ養成の取り組みが行われてきましたが、認知症の方に対する取り組みは
制度の谷間になっていて、必要であるにもかかわらず整備されていない状況ではないかと
思います。後で申します地域ケアネットワーク構築にあたっては、このようなニーズに対
応する社会資源の開発の視点を忘れてはいけないと思います。
(2) 認知症の人と家族のためのケアマネジメント研修の現状と課題
介護保険制度が改正され、本年4月から各市町村に地域包括支援センターが設置される
など、制度体系が大きく変わりました。その中で、介護支援専門員を対象とした認知症ケ
アマネジメントの研修制度についても変化が見られるようになりました。私はその研修を
受ける立場なのですが、その立場で言わせて頂ければ、縦割り制度の弊害を強く感じてい
ます。市町村レベルでは、研修事業が包括的支援事業の中の権利擁護事業の一部として予
算化されているところと任意事業の一部として予算化されているところに分断されていた
り、市町村の予算で行う研修と、都道府県の予算で行う研修とが全く別個に計画されてい
て関連がなかったりと、研修を受ける側からみると同じく公のお金を使うのであればもっ
と効果的、体系的な取り組みができるはずだと思うのです。このような費用対効果の観点
から疑問のある研修計画になっている理由は、研修を受ける側の立場に立っていないため
であろうと思います。認知症ケアは、パーソンセンタード、利用者中心へと価値を大転換
させたことによって大きく進歩しましたが、この利用者中心という価値は、なにも認知症
の人に対してだけ特別にあてはまるものではありません。むしろ、社会を構成するすべて
の人がその尊厳を大切にされるという意味で、パーソンセンタードの価値が普遍的に承認
された地域社会を作らなければ、そういう社会でなければ、認知症の人のパーソンセンタ
ード・ケアも成立しません。いまは制度が変わったばかりで、行政サイドの方々も研修予
算の割り振りだけでせいいっぱいという事情なのかもしれませんが、これからは研修計画
を立てる際には、研修を受ける側の人が計画策定段階から参加できるようしくみに改めて
いただければと思います。パーソンセンタードを学ばせたいのならば、予算ベーストでは
なく、まず研修参加者を中心に考える価値転換が必要です。
研修についてもう一つ気になることがあります。それは、その内容がエビデンス重視に
偏っている事です。これは、私の狭い体験を根拠に申しあげていることなので、自治体に
よってはそうではないのかもしれません。エビデンス、すなわち客観的な根拠に基づいて
ニーズを拾い上げ、計画を立てるという事自体は間違った事ではありませんが、多くの認
知症ケアの研究者が指摘しているとおり、車の両輪のもう一方であるナラティブなアプロ
ーチを軽視してはバランスを欠いてしまいます。ナラティブ、すなわち一人の人の人生観
や価値観をひとつの意味のつながりをもった物語として読み解き、その物語を将来に向か
って共に展開していく手法、具体的にはナオミ・フェイルのバリデーションなどもきちん
ととりあげていただきたいと思います。
(3) 認知症の人と家族のための地域ケアネットワーク構築の現状と課題について
研修について縦割り制度の問題を指摘いたしましたが、地域ケアネットワークの構築に
ついても、全く同様の問題があると思っています。この4月から地域包括支援センターが
中心になって、地域を回って説明会や懇談会などを開きながらネットワーキングを進めて
きているかと思います。それ自体が直ちに悪いことであるとはいいませんが、地域包括支
援センターができる前から、その地域にはさまざまなネットワークが草の根レベルで育っ
ているはずです。また、市町村社会福祉協議会などが中心になって育ててきたはずです。
そういった既存の取り組みを大切に継承するのではなく、たまたま4月からこういうセン
ターができました、こういう事業ができましたという事で、年間懇談会開催1件いくらの
報酬なので管轄地区で何回開催しますといった事務処理的、予算消化的感覚で、ブルドー
ザーが地ならしをするように上から機械的な組織化が行われてしまうという事があっては
ならないと思います。この点については、大阪市立大学の白澤政和教授も、日本看護協会
の月刊誌コミュニティケア8月号で、既存の資源との連関を制度上位置づけなかったとい
う意味で費用対効果の観点から疑問を投げかけておられるかと思います。
これも研修について指摘した事と同様ですが、地域ケアネットワークの構築もまた、パ
ーソンセンタードの価値をきちんと分かった上で行わなければお金の無駄遣いになります。
当方の狭い経験での話になりますが、今回の発表を期に県内市町村の状況も少し調べさせ
て頂いたのですが、残念ながら認知症の人と家族を中心にした地域ケアネットワーク構築
の例を発見する事ができませんでした。認知症の人と家族はあくまでケアを受ける客体と
いう価値観で、民生委員やインフォーマルな協力者が集められている。そして客体として
認知症の人と家族を観る価値観が、かえってネットワーキングによって広められてしまっ
ているのではないかと思います。
いま、認知症の人と家族にとってどのような地域ケアネットワークが必要なのか、それ
は認知症の人と家族に聞けば分かります。市町村の担当者の方々は、パーソンセンタード
の原義に立ち返り、まず本人から話を聞くという事を実践していただきたいと思いますし、
地域包括支援センターにもその価値を正しく伝えていただきたいと思います。
(2006.09.17.)
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