「在宅介護支援センターにおける『重層的ケースワーク』
の意義について」(1996.11.30.)



出典:太陽苑在宅介護支援センター「在宅介護支援センターにおける『重層的ケースワーク』の意義について」
   (富山県在宅介護支援センター協議会「在宅介護支援センター相談事例研究集平成8年度版 所収)1996年


 はじめに

 法の名称で言う「老人介護支援センター」は、制度上おおむね65歳以上の「在宅」高齢者を対象とする。しかし、字義をかたくなに解釈しすぎる
と、将来在宅に戻る見込みの高齢者のケースワークに遺漏をきたす事となりかねない。一旦入院・入所したら、入院・入所先のケースワーカーに一
切を移管して支援センターとしてのケースを終了し、退院・退所時に再び入院・入所先のケースワーカーからケースを引き継げば足りると考えるの
は、一見常識的に見えて実は危険な事である。なぜならば、受け入れ先の施設の事業方針にもよるが、当該施設のケースワーカーが、必ずしも
他の施設スタッフとの間で協力関係を構築できていない事があり、甚だしい場合には退院・退所の事実すら知らされていないケースワーカーも少
なからず存在するというのが、医療・保健・福祉現場の実態だからである。

 もちろん、ケースワーカーが大変重要な役割を果たし、入院・入所前から退院・退所後まできちんと整合性のあるケースワークを行っている場合も
ある。しかし、支援センターとして本当にその人のケースワークに責任を負う覚悟があるのならば、施設入所を理由としてケース終了の扱いとするの
ではなく、受け入れ施設のケースワークを優先させつつも、支援センターとして一定のケースワークを継続的に実践すべきである。当支援センターで
は、これを「重層的ケースワーク」と呼び、入院・入所時の受け入れ先施設へのケースの引継から始まって、受け入れ先施設側ケアプランの
聞き取り、定期的なケアプラン実施状況の聞き取り、退院・退所の日程が方針として定まってくれば、退院・退所後のケアプランについての
合同カンファレンスの申し込み、その実施によるケアプラン確定、退院・退所に間に合わせる形での在宅介護環境等の整備、退院・退所後の
ケアプラン実施状況の退院・退所施設ケースワーカーへの報告という一連の手続きを踏むようにしている。

 小稿は、当支援センターにて扱った「重層的ケースワーク」の事例の説明と考察に関する記述である。このような実践が、果たして支援センターソ
ーシャルワークとして適切であるかどうか、意見の分かれるところと思うが、大方の批判を待ちたい。
 尚、クライエントのプライバシー権に配慮し、ケースの本質を損なわない限りでケースの内容を加工してあるので、この旨ご了解いただきたい。


(1)ケースの概要(インテーク期)


 Aさんは、年齢60歳ぐらいの男性で、妻、息子夫婦らと同居していた。若い頃に重症筋無力症と診断され、呼吸不全等を理由として入退院を繰り
返しながら少しずつADL低下が進行した。支援センターにてクライエント登録した時のADLは、終日呼吸器使用で胃瘻造設もあり、すべての項目
で何らかの介助を要した。痴呆などの精神的ないし知的な障害はなかったが、闘病生活が長いことから、ストレス等に対する心理的なケアを要する
ものと判断された。


(2)ケースの把握契機


 Aさんに関しては、以前から介護者の妻より、障害年金等に関する相談を受けてきた。しかし、1994年の5月某日、救急車にてB病院に搬送
され、そのまま入院となった。入院事実について介護者から知らされたのはその2ヶ月後、新規の相談申し込み来談があった時である。

 Aさんの介護者によれば、治療については特定疾患で費用面の心配はないのだけれども、個室のため差額室料が一日3,000円以上もかかり、
月々の支払いが大変なのでなんとかならないかという事であった。
 この相談を受けて、まずソーシャルワーカーより介護者に対し、ご希望があれば「重層的ケースワーク」を当支援センターにて実施できる事を
説明した。その結果、「重層的ケースワーク」を希望する旨の意思表示を確認した。


(3)ケースの援助経過


 第1期

 まず、差額室料について制度調査を行った結果、救急患者や、治療の必要から特別療養環境室へ入院させたような場合には、患者に対して
差額室料負担を求めてはならないという厚生省通知(「保健医療機関及び保健医療費担当規則の一部改正等に伴う実施上の留意事項について」
平成6年3月16日保険発第26号)がある事が分かった。そして、この規定の解釈や本ケースへの適用の方法等について弁護士等の専門家や
富山県厚生部等担当機関を交えて検討した結果、差額室料を徴収している当該病院の取扱は、厚生省通知の趣旨に反するという結論に達した。

 このような制度調査と同時並行して、病院ケースワーカーを通じて病院側と本件取扱の協議を数回に亘り行った。その結果、病院側が当支援セン
ターの考えを受け入れてくれ、差額室料は払わなくてもよくなった。また、この経過と関連があるかどうかは不明だが、入院給食費の徴収の案内ビ
ラがAさん宛に配られていたのだが、費用徴収はされなかった(特定疾患なので制度上支払い義務なし)。

 さらに、本件の発生原因として入院申し込み書の書式に問題がある旨当支援センターから指摘していたのだが(詳細は参考文献1)参照)、本件問
題解決以降、病院側が書式の問題箇所を改善してくれた。

 このような経過の中で、病院側に対して、退院後のケースワークに当支援センターとしても最善を尽くしたいのでケースワーク協力を求めたい旨
説明し、本ケースについて病院側との協力関係の確立に成功した。

 その後、病院ケースワーカーを通じて治療方針、リハビリ方針等の連絡を受け、当支援センターからは善処いただくよう依頼するにとどめてい
た。

 数ヶ月後、あらためて介護者より当支援センターまで別の相談があった。病院の室内テレビがすべてカード式に切り替わるため、病室に持ち込ん
でいたテレビの撤去を求められたとの事であった。しかし、病院の準備するテレビにはリモコンがなかった。それは、事実上寝たきり状態のAさん
にとっては、自分の意思で自由にテレビの操作を行う事ができなくなるという意味で大きな問題が発生した事を意味していた。

 この相談を受けて、支援センター内カンファレンスを実施し、対応を協議した。その結果、今、病院の言う通りカード式テレビに切り替えてしま
ったら、退院して在宅に戻った時に(この時点では在宅復帰を前提とした治療方針だった)リモコン操作を行う能力が失われ、Aさんの生活価値に
重大な影響を与える事が懸念されるという認識で一致した。また、入院中の本人の治療の観点からも、リモコン操作は重要な意義があると判断され
た。そこで、支援センターとしての本問題についての見解を「ケース伝達票」(現在では別様式の連絡書式を利用しているが、当時はこの書式のみ
であった)という書式で病院側ケースワーカーに伝えた。

 その結果、病院側がこの問題提起を受け止め、「入院加療中のリハビリの観点から、現在使用中の自宅テレビを継続使用してもよい」という決定
を下し、テレビ撤去というこれまでの取り扱いを変更してくれた。

第2期 退院準備期

 その後、病状悪化の時期があり、在宅復帰を断念する空気が支配的となったが、Aさん自身の在宅復帰を望む心の強さもあり、また胸腺摘出術の
施行、異例とも言える密度の濃いリハビリプログラムの実施など、可能性のある治療・リハビリについてはすべて試したと思われる積極的な取り
組みが行われ、約2年というこれも異例の長期入院の末、退院の声を聞く事になった。ADLは、当初病院側も当支援センターの側も予期してい
なかった向上を見ることとなり、電動ベッドのギャッジアップ(自立)により起居動作自立。平地であれば手すり使用を前提として歩行も自立と
なった。呼吸器も、万一の事を考えて夜間に使用するのみで足りるようになった。コミュニケーション意欲も増し、カニューレをスピーチセラ
ピー対応のものに途中から変更していた。

 主治医の退院指示を受け、当支援センターと病院とで協議した結果、臨時の拡大院内カンファレンスを実施する事となった。また、特定疾患の
ため、所管保健所の保健婦も同カンファレンスに参加する事となった。病院からは、主治医、病棟婦長、担当看護婦、医療ソーシャルワーカーが
参加した。当支援センターからは、看護婦、ソーシャルワーカーが参加した。

 その結果、退院後の治療方針も含めてのケアプランの大まかな方針を決定した。支援センターの役割分担として、退院期日に間に合うように電
動ベッドと移動バーを御自宅に搬入し、玄関、廊下、トイレに手すりを設置する事となった。また、ショートステイとデイサービスの登録(大沢
野町は総合利用登録証制度を採用しているため年度ごとの登録・更新を要する)手続きを入院中に済ませ、退院と同時に必要に応じて当該サービ
スを利用できる体制を確保する役割も担う事となった。

 うち、まず電動ベッド等の搬入と手すり設置については、身体障害者日常生活用具給付制度と老人日常生活用具給付制度を組み合わせて、一部
公的補助を受ける形で退院前に作業を完了した。また、登録申請手続きも直ちに行い、サービス利用可の町長発決定通知書を退院前にご自宅へ
送付した。

第3期 在宅復帰後

 1996年春、Aさんは念願の在宅復帰を果たした。しかし、当初予定していたケアプランは、順調には稼働しなかった。まず、デイサービス
の利用による大腿筋の負荷訓練(疾患の性格上、この点の確保が重要課題であった)が、デイサービス受け入れ困難との理由で延期扱いとなっ
た。理由は、第一に胃瘻造設のため昼食が流動食となるのだが、その準備から介護・後片付け(人肌に温めるところから管を洗浄するところま
で)の対応が人手不足で困難であるという事、第二に、カニューレからの吸痰は看護行為に該当すると思われるところ、現状では看護婦が非常
勤であるため時間帯により対応困難という事であった。もっとも、ショートステイについては、同様の問題を抱えつつも、個別的に対応可否を
判断してもらい、利用に結びつく場合もあった。

 主に大腿筋を中心とするリハビリの機会をどう確保すべきかで数ヶ月模索を続けたが、やがて町の保健事業として40歳からのリハビリのサ
ービスが創設されてその適用を受けられるようになった。その結果、頻度に不足があるものの、部分的にはニードの充足をはかる事ができた。
また、さらに月日が経過して老人医療受給者証を取得、老人保健施設のデイケアに通えるようになり、ほぼ当初予定していたプランに相当する
ニード充足をはかる事ができた。もちろん、自宅でテレビを見たいときは、使い慣れたリモコンスイッチを用いてAさんが自分でチャンネル操
作をしている。


(4)ケースの現況および所見


 本ケースにおける当支援センターの現在の役割は、退院後引き続き主治医を引き受けていただいた医療機関のケースワーカーや保健所保健婦
への定期連絡、老人保健施設ケアプランの定期的な実施状況の確認などである。Aさんは、その疾患の特質から、冬期に風邪などをこじらせた
り、転倒などで安静臥床を余儀なくされたら、たちどころに寝たきり状態に逆戻りしてしまう恐れがある。そうなれば、ここ数年の関係各機関
の地道な努力が水泡に帰する事となる。そうならないためにも、定期的なケアプランの実施状況の確認に万全を期したい。

 現時点での本ケースへの関わりの反省点としては、まず入院事実の把握が入院後約二ヶ月も経過して後であったという事が挙げられる。当支
援センターでは、クライエント登録をした方やそのご家族に対して、「病状の変化や入院・入所などの事実が発生した場合に、必ず支援センタ
ーに知らせてほしい」といった依頼を行っていない。どの機関に相談するかはその人の自由であるという点を大切にしたいので、相談先の限定
ないし強制と受け止められる恐れのある働きかけを避ける趣旨である。それを言わなくても、本当に相談機関としての信頼が獲得できているな
らば、先方から勝手に相談してくるという気負いの部分もあるかも知れない。
 今回の場合は、入院後に問題が発生して当支援センターを訪れてくれたので入院事実が分かったが、何も問題が発生していなかったら、入院
事実の把握はさらに遅れたと思われる。最終的には強制ではなく信頼関係に委ねるべき部分と思うが、課題としては残ったと受け止めている。


おわりに


 以上が、当支援センターにて実践している「重層的ケースワーク」を適用した一つの事例の簡単な報告である。支援センターがこのような
「重層的ケースワーク」を行う事の意義を以下のようにまとめてみた。

(a)サービス供給先機関のケースワーカーに対しては、サービスを受けているという負い目などが原因となって相談をはばかられるといった
   問題について、支援センターが相談窓口となり、その人の権利・利益を代弁して問題解決を図る事ができる(アドボケート機能)。

(b)サービスの供給先のケースワーカーでは、所属組織の実践に不備がある場合に、組織内部の立場上、改善を積極的に進められない嫌い
   がある。場合によっては、支援センターが外から第三者として改善を求めた方が、問題解決を早める事ができる(オンブズマン機能)。

(c)サービスの供給機関との間に適度な緊張関係を持つことにより、支援センターが関わらない場合よりも、クライエントに対するサービス
   供給についてサービス供給機関の側が注意を払うようになる(サービスの適正化機能)。

(d)入院・入所中の医療・看護・介護・リハビリ・ケースワークと退院・退所後のそれとの間に有機的な連携関係を構築し、矛盾のない
   継続した環境を保障する事ができる(連携促進機能)。

 当支援センターでは、支援センターソーシャルワークは狭義のケースマネージメント(インテーク部門の独立した技能)を行うだけではなく、
トータルでソーシャルワーク(コミュニティ・ワーク、ソーシャル・アクション、ソーシャルワーク・リサーチ等も含めて)を担うべき機関で
あると認識している(参考文献2)参照)。また時代の流れが、否が応でも支援センターにそれを求めてくるものと考えている。その意味で、
「重層的ケースワーク」の実践を支援センターソーシャルワークの中でどのように位置づけるべきかが今後検討されていかなければならないも
のと思われる。

 これに加え、目下、政策論議として介護保険構想が浮上している。これまで述べてきたような「重層的ケースワーク」は、介護保険制度の枠
組みの中でどのように位置づけられるかという側面の問題も出てくる。仮令介護保険制度が実施された場合、ケアマネージャー以外のサービス
供給機関のケアマネジメント内容に関する発言権を報酬との関わりでどう捉えるか、入院・入所中のクライエントへの主たるケアマネージャー
はサービス供給機関であるとしても、退院・退所に向けて入院・入所中から連携をとる支援センターの実践は、報酬との関わりでどのように位
置づけられるのか、保険原理を徹底すれば、避けて通れない問題となるであろう。

 いずれにしろ、支援センターのソーシャルワークとして「重層的ケースワーク」が果たして必要であるのかどうか、必要であるならばその
実践を保障する人的・物的環境をどう確保するのかについて、大いに議論を深めていく必要があるのではないかと考える。
                                               以上(1996.11.30.)


参考文献

1)塚 本  聡「在宅介護支援センター相談員から見た健康権保障の現状」
  (医療・福祉問題研究会「医療・福祉研究」第7号 1995年 p.73-)

2)一番ケ瀬康子監修「福祉のしごと」労働旬報社 1996年 p.136-





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