「犬が初めてやってきた日はとっても大変だよ。クーンクーンと寝かせてくれないくらい鳴くけれど、そのたびに見に行ったりしちゃだめだよ。鳴けばきてくれると思うようになるからね、あとで苦労するんだからね。よく言っておくよ」
犬を飼うと言うと半ば脅かすように友達が言いました。ペットショップの店員さんも
「何日かは鳴くんですが、最初はゲージの中で鳴かしておくしかありませんね」とおっしゃったのです。
 赤ちゃんだもの、寂しいのは当たり前だよね、そばに行って「大丈夫だよ」って言ってあげたいよね。だって赤ちゃんだもの。だけど、それじゃあ友達が言うとおり、夜中じゅう鳴くようになっちゃって苦労しちゃうのかな…。
 友達がすっかりとお見通しだったように、私は赤ちゃんだろうと大人だろうと、猫だろうと、犬だろうと、泣いている人?にはどうしても弱いのです。遺伝って不思議だなあと思います。誰かが怪我をしている話を聞いたら、それだけでその人が怪我してるところが、痛くなっちゃうし、もし見ちゃったら、もっともっと腕をかかえてしまうほど痛くなるし、泣いているのを見ると、泣いてしまう…どうも父がそうでした。父は泣き虫ではなかったけれど、痛い話を誰かがすると、「やめろー」って顔をしかめて、腕をかかえていたから…きっと遺伝するのって顔かたちだけじゃないのです。気持ちだとか、こういうことだって遺伝をするのです。きっと。だから本当のことを言うと私は夜がとても心配でした。
 でもどうしたことでしょう。いちじくはウンともスンともクーンとも言わないのです。
「ちゃんと生きてる?息してるの?」心配になってこっそりのぞきに行くと、いちじくは頭を持ち上げて、さっとお座りの形になって、私の顔を見るのでした。
「いい子だね。さびしいだろうに、いい子だね」私が頭をひとなでして、またお部屋に戻ると、いちじくは身体を丸くして、また横になりました。
 私は鳴かずにいるいちじくが、なおいっそういとおしくてたまらずに、寝付けずに、のいちじくのゲージをのぞきに行きました。そのたびにいちじくは身体を起こしてお座りして私の顔をみあげました。
 鳴かないでいるけれど、やっぱり不安なんだよね。もう大丈夫なんだよ。家族だよ。私たち、もうすっかり、りっぱな家族なんだよ。私はがまんできずにいちじくを抱きしめました。

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