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 いちじくにそろそろきょうだいがいたらいいなあと思うようになりました。いちじくは毎日、公園でお散歩の仲間と遊んでいるのに、でもやっぱりなかなか犬同士で遊ぶのが上手ではないのです。家でも人とばかり遊んでいるからかなあと思うのです。そして、いちじくは、日中はずうっとひとりぼっちです。
 兄弟ですごしている、いちじくの犬友達のしんちゃんとれいなちゃん、たろちゃんとこころちゃんたちを見ていると、きょうだいっていいなあと思うのです。公園でみんなで遊んでいながらも、きょうだいたちは、いつもなんとなくかばいあったり、関係をもちあっているのがわかるのです。日中も、家の中でおんなじように遊んでいるんだろうなあと思ったら、やっぱり日中ひとりぼっちのいちじくに、そろそろきょうだいをと思うようになったのです。そして、何よりも、私はやっぱり犬が大好きで、もう一人可愛い犬が家族だったらいいなと思ったのです。
 いちじくのときはパピヨンという種類の犬にしようと決めていました。いろんな本を読んで、パピヨンが、寒さにも暑さにも割合つよいということ、人なつっこいと言うこと、そして病気をしにくいということ・・・いろんなことを考えて、パピヨンにしたいと思ったのです。けれど、今度は、いちじくと一緒にいて、少し犬といることに自信もついたし、それから、いちじくのおかげで、困ったときに、いつも助けてくれる公園の仲間ができました。だから、大きい犬は、むずかしいけれど、そうでなければ、大丈夫だから、種類も決めないで、また、「きっと私が探しているのはこのワンちゃんだ」と感じた犬にしようと思っていたのでした。
 お休みの日や学校の帰りに、ペットショップをのぞくけれど、なかなかこのワンちゃんと思う犬に出会えずにいました。福井まで出かけたりもしたけれど、なかなか出会えずにいました。
 昨日は、なぜか今日こそという思いがありました。一生のおつきあいだから、はやまって決めないで、ゆっくりと思っていたけれど、でも、やっぱり早く出会いたいという思いはあったのです。そして、今日こそ出会えそうという予感がありました。
 学校の帰りに、いつもの道から少しはずれた道を走って、そのペットショップによりました。そこにその犬はいました。
 やさしい目をしている犬だなあ、少しさびしそうだなあ・・そう思ったけれど、でも私は最初、その犬は家に来る犬じゃないと思っていたのです。それには、理由がありました。
 ペットショップをまわっているうちに、何度か、少し悲しい思いをすることがありました。ホームセンターの一画にあるペットコーナーには、生まれて、もう半年以上もたつ大人になりかかった犬が、何頭も入れられていました。毛も薄汚れていたり、抜けたり、毛玉ができていたりもしていました。そのときは、ゴールデンや、コーギーなど、力の強そうな犬ばかりだったので、つれてくることはできなかったけれど、あのまま、もし家族がみつからなかったら、どうなってしまうのだろうと、心配でたまりませんでした。
 そしてあるペットショップで、私はミニュチュアダックスフントのガラスのケースの前にいました。中にいた犬は、白と黒のまだらの犬でした。お店の方が「この毛色が今、とてもとても人気があって、なかなか手に入らないのですよ。人間がいろいろな犬をかけあわせて作りだした犬なんで、それで、値もはりますが、いいですよ」と声をかけてくれたのです。私はその言葉が、なんだかわからないけれど、イヤだなと思ったのです。それまでも、何かの折りに、「正当なパピヨンは、しっぽと背中の間に手がはいるのがいい」とか、「耳の位置は頭のどのあたりがいい」というようなことを聞くと、なんだか私自身が、「正当な人間は目と鼻と口の関係がこんなふうですよ」「頭の大きさと体の大きさの割合はこういうのが、いいのです」などと言われてしまっている気がして、自分が、そんなふうに言われたらどんなに悲しいだろうと思ってしまうのです。
 そして、今日、ガラスのケースの中から、私のことをじぃーっと見て、私から目を離そうとしなかったのは、その黒と白がまだらになっている模様の犬でした。
 「どんなに私のことをじっとみてくれても、私がその犬を可愛いなあと思おうと、私とは関係のない犬だ」とそう思ったのです。ああ、今日も会えなかったなと思ったときに、その犬のガラスケースの前に、男の人と女の人が、やってきました。
「わぁ、不思議な模様・・・。私はこんなのきらいだな」
「これ、ずうっと売れないで残ってる。このあいだも、いたよ。だから、もう、犬種や値段のカードも貼ってないやろう」
 そこを立ち去ろうと思って背をむけていたのですが、二人の会話を聞いて、思わずまた、振り返ると、なるほど、その犬の前だけ、カードが貼られていないのです。
「本当にずっと売れないのだろうか?まだ小さいのに、でも本当は、生まれてからずいぶんたっているのだろうか?」急にホームセンターにいた薄汚れた、大きくなって、目も合わず、まるでもう、どこかの犬になることなど諦めたとでもいうように、すねてしまっている犬のことを思い出しました。
 そうなると気になってならず、売り場に座っていた女の店員さんに聞きました。
「あの、黒と白のまだらのダックスは、カードがかかっていないのですが、女の子ですか?男の子ですか?」
 「ちょっとお待ち下さい」店員さんは、ガラスのケースの向こうへ消えていって、そして、その子を抱いてもどってこられたのです。
「抱いてください。いい子ですよ。女の子です」
 抱いてしまったら、もうだめですね。なぜって、小さい体をこわごわそっと抱いたとたん、そのダックスは、小さい舌で私の指をぺろんとなめたのです。胸がキューンとせつなくなりました。
「つ、つれて帰ります」ドキドキして、思わず言ってしまったけれど、でも、この犬は高価だというお話を思い出しました。
「あのおいくらですか?」
「ところが、今、すごく流行の毛の色なのですが、すごく不思議なくらいお買い得なんですよ。優しくて甘えん坊ですよ」
 流行の色だとか、お買い得だとかいうお話、聞きたくなかったような、でも聞きたかったような・・・
 その犬は、ずっとそこにいるよと言う男の人の話に反して、まだ生後2ヶ月と何日かでした。抱くと手のひらに、ふくれた小さなやわらなかなお腹が、あたって、いっそういとおしいのです。
「おうちに来る?」その子は、しっぽをちぎれんばかりに振っていました。
 そして、その子は私の家の二人目の犬になりました。
 ペットショップの店員さんは、いちじくのときと同じようなことを言いました。
「二度目の予防注射から一月たつまでは、外へ出さないでください。この子は昨日1度目の予防注射を打ったところだから、あと2ヶ月はケージの中ですごさせてください。そして、一日のうちに、何分かだけ、外へだして、あとはケージの中で静かにすごさせてください」
 いちじくのときは、言われたとおりにしたのですが、そのあとに、NHKのテレビ教室を見たり、お散歩仲間の話を聞いたりして、犬が性格を決めるのはほとんどが2ヶ月までだと聞きました。
「2ヶ月まで他の犬と接しないと、犬嫌いになってしまう。他の人と接しないと、人嫌いになってしまう・・・だから、できるだけ小さいうちから、他の犬や、他の人とせいいっぱいすごさせましょう。それが犬の幸せにつながります。予防注射を打つまでは親の免疫があるから、病気にはなりにくいし、たとえ、風邪などをひかせてしまうにしても、外へ出さないデメリットの方が大きい」
 今度、犬と一緒にくらすときは、いちじくとの日常の中で、もう一匹の犬を育てていこうと決めていました。今日もお散歩へつれていこう・・・
 家につれて帰って、いちじくの近くにその犬をおろしました。
「いちじくの妹よ」
いちじくはびっくりして、逃げて近づいてこないのです。でもその子犬はいちじくのことが気になるらしいのです。同じケージの中にいれて、仲良くしてねというけれど、いちじくは、やっぱりその小さいな生き物が怖いようでした。
「いちじくは恐がりね。おしりが引けてしまってるよ」私に笑われようが、こらって言われようが、いちじくはおっかなびっくり、そっと後ろからにおいをかぐけれど、振り返られると、キャンと悲鳴をあげて、ケージのすみっこにいます。ちょっとなさけないいちじくです。
 そのうちに、小さなやんちゃなダックスは、いちじくのふさふさのしっぽが気に入ったようで、後ろに回ってはいちじくのしっぽにじゃれて、かみつくのです。いちじくはますます困った顔をしています。そして私の方を見て、くぅーんと情けない声で助けをもとめるのです。でも、やっぱり、いちじくとそのワンちゃんの関係はふたりで作ってもらうしかありません。ただ、じっと見ているばかりの私に、いちじくも、自分でどうにかするしかないのかなと思ったのかもしれません。ダックスの耳の毛を軽く噛んで、ワンと小さく吠えることを繰り返していました。
 それはお母さんになれなかったいちじくが、今日、小さなやんちゃなわんちゃんのお母さんになったように見えました。
 このやんちゃぼうずは、「りん」という名前に決まりそうです。
 小さい家族は、鈴と漢字をあてたいのだそうです。もう一人の家族は、りんどうの花・・・・のりん、私は「凛」という字をあてたいなあと思います。
 

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