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 ゲージ、ペットシート、えさ二種類、ペット用ホットカーペット、水のボトル、えさ入れ、ぬいぐるみなど、お店やさんがすすめてくれたものをやっとのことで台車に乗せ、大切に子犬を抱きかかえて、車が停めてある駐車場にいそぎました。
 いろいろと買ってしまって、気がつくと荷物はずいぶん大きくなっていました。一番の大物のゲージが入っている段ボールの箱がはたして車のトランクにおさまるのかしらと心配だったけれど、それはまるで計ったようにちょうどの大きさでトランクにおさまりました。本当に2センチくらいの隙間を残したきり、ぴたりとトランクにそれはおさまりました。
 二番目に小さい家族の腕の中で、丸い顔をした小さな小さなパピヨンは不安そうに身体を丸めるようにして震えていました。
「震えてるよ。怖いの?」
「ね、車酔いはしないの?」
二人の小さい家族は子犬の顔をのぞきこみながら、私にいろいろなことを尋ねます。でも私だって何にもわかりはしないのです。できるだけ揺らさないように、そしてできるだけ急いで家へいそぐことしか私にはできませんでした。子犬だって、いったいどこへ連れて行かれるのか?この家族は優しいのだろうか?など不安なことはいっぱいあったのでしょう。それに、やはり黒と白の兄弟の犬と分かれたことも悲しかったに違いありません。ああ、こうして人間の勝手で、犬は家族とは一緒に暮らすことができないのだなあとふと考えました。
 子犬のゲージは玄関に置くことにしました。玄関の廊下のところのちょうどいい位置に電気のコンセントがあったのです。これでホットカーペットも大丈夫。
 でも段ボールに入ったゲージの組み立て方がわかりません。私ときたら、いつもどんなときも使用説明書とか組み立て説明書とか、説明書と名のつくものが苦手です。自慢じゃないけどビデオだって予約録画はできません。なぜだかパソコンは少しわかるけど、それだって、説明書というものは少しも理解できないし、読んでもいないのです。ただ、コードをいろいろな穴につっこんで、ちょうどぴったりだったところにつないでいるだけです。スイッチもいろいろさわって、ああここをさわるといいんだなと覚えていっただけなのです。このあいだ車にも使用説明書があるのが、車の中の引き出し?をあけて初めてわかったのですが、でもいいや動くから…と読んでいないまんまです。
 そういうわけでピンクのゲージも逆さまにしたり、横にしたり、広げてみたり、いろいろとしながら、どうにか四角い形に仕上がりました。あとで、ふたの部分が実はぜんぜん違っていたんだということがわかるのですが、そのときにはそんなことは少しも気がつかなくて、「ちょっと時間かかっちゃったけど、できたじゃない…」と独り言を言いました。
 「さあ、ここが君のおうちよ」中の半分にペットシートを広げて、半分にはホットカーペットをしきました。
「どうやって、ペットシートの方におしっこするんだよって教えるの?」
「ね、犬は人間の言葉わからないんでしょう?」
また二人の質問が始まりました。
「ね、あとで、おしっこの仕方の本があるかもしれないから、本やさんに行こう」
「そんな本あるの?」
「あるよ、きっと。みんな知りたいことだもの。そうだ、しつけとか育て方とかいう本なら出てるよ」
 私たちときたら、犬を飼うまで、たくさんの犬の写真は見ていたけれど、肝心のことはあまり知らないままなのでした。
「ねえ、なんという名前にするの?」
「何にしようか…」
私は犬といったらこれ…と思う名前がありました。それは「いちじく」という名前でした。
 昔大親友だった犬と初めてあったとき、その犬はいちじくの木の下にいました。下に落ちているいちじくの実をぺちゃぺちゃとなめていたのです。小さい小さいその犬はそれからずっといちじくの実しか食べませんでした。ミルクをあげてもけっして飲まず、ただただいちじくの実だけを食べていました。「ほら、いちじくだよ」といちじくの実をあげているうちに、その犬は自分の名前を「いちじく」と思ったようでした。「いちじく?」と呼ぶとついてきて、「いちじく」と呼ぶとこっちの方へやってきました。
 いちじく以外何も食べないから、いちじくの実がなるのが終わったらもう死んでしまうのじゃないかと思っていたのに、うまくしたもので、実がなくなるころ、ちょうど離乳が終わったように、いちじくはドッグフードを食べるようになりました。
 いちじくとの別れはとてもとても悲しかったです。もし今度犬と一緒にくらせるようなときがきても、いちじくのことは忘れない、またもしいつか、仲良しになれる犬にめぐりあったら、その犬はきっといちじくの生まれ変わりなのに違いない…そう思いました。たとえもし生まれ変わりでなかったとしても、私はやっぱりその犬をいちじくと呼びたいなあと思っていました。いちじくという言葉はもう私にとって、可愛い犬、大好きな犬、大切な犬という意味になってしまっていたのです。
「私、いちじくって呼びたいな」
なぜか二人の小さい家族はこのへんてこな呼び名にそのとき反対はしませんでした。そうして、パピヨンの名前はいちじくになりました。
 けれど、日がたつあいだに、小さい家族たちは、いちじくのことを「パピヨン」とか「パピ」と呼ぶようになりました。「いちじく」という名前がもしかしたら呼びにくかったのかもしれません。
「ねえ、やっぱり、パピという名前にしよう…」もう一月もたってそんなことを言うのです。
「だって、もういちじくって呼ぶとお返事するんだよ」私が言うと、
「パピって呼んでもこっちへやってくるよ」
そうなのです。私たちが好き勝手に呼んでいるあいだに、いちじくは僕にはきっとふたつ名前があるんだなと思ったようでした。こうしていちじくのフルネームは「いちじく・パピ・ヤマモト」になりました。

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