2

 人とだって、それから犬とだって、「出会い」というものはいつだってとても不思議なものだなあと思います。
 パピヨンにしようと思いたってからしばらくして、今日お店で可愛い子に出会えたら、つれて帰ろうとそう思っていたのです。最初に大きなホームセンターの一角にあるペットショップをのぞきました。
「いる、いる…」陳列台のようにして並んだガラスのゲージの中に、はたしてパピヨンの赤ちゃんが一匹いました。近づいてみると、茶色と白の毛の小さなパピヨンが丸くなって眠っていました。
(可愛い…だけど、だけど、このワンちゃんじゃない…)
なぜ私はそんなふうに思ったのでしょう。自分でもよくわかりません。ずっと一緒にすごすのはこのワンちゃんじゃないと私は確かにそう思いました。そのワンちゃんも私と私の小さな家族が見つめているのに気がついたのか、顔をあげて私を見たけれど、(僕の待っている人じゃないな)そう思ったのか、また頭を足の上において、眠ってしまいました。
 柴犬やミニュチュアダックスフントやコーギーのゲージを眺め終わって、けれど私たちはそのまま家に帰る気持ちにはなれませんでした。そこで少し離れているけれど、金沢のペットショップに行ってみることにしました。
 いちじくはそこにいました。ひとつのゲージに黒と白の模様のパピヨンと、白と茶とそして茶色から黒に変わっていくトライの毛をもったパピヨンが二匹同じゲージにいれられていました。
「小さいねえ」私の一番小さい家族が言いました。
「可愛いねえ」と二番目に小さい家族が言いました。
二匹のゲージには3月1日生まれと書かれたプレートが一枚だけかかっていました。どうやら一緒に生まれた兄弟のようでした。
 私は私の家族が「小さいねえ」とか「可愛いねえ」と言うのを頭の奥のほうで聞きながら、もう心はトライのパピヨンに釘付けになっていました。やさしいまん丸い黒い目が二つ私を見つめていました。私にはそれが「待っていたよ」といっている目に見えました。思いこみだって笑われてしまうそうだけど、私にはそう思えたのです。
「あなたは私のおうちの子になるの?」私が首をかたげて尋ねると、その小さな生き物も私と同じ方向に首を傾げました。
「つれてかえろう…つれてかえろう」小さな家族の声に私はすぐにうなづいていました。けれど小さい家族は「兄弟だもの、ふたりともつれて帰るよね?」と言いました。
「ううん、二人は無理よ。ひとりだけ」
「さびしいって泣いちゃうよ」と二人は言いはりました。二匹つれて帰りたいのはやまやまだけど、一匹だってちゃんと世話ができるだろうかと心配なのです。私たちには今は二匹は無理……困った顔をしていると、お店の髪の長い女のかたが笑いながら「大丈夫。すぐにまたこの子も優しい家族と会えるから…」と言いました。「どちらもいい子だけど、小さい子供がいるなら、トライの方がいいと思う。黒の方はきつい性格だと思う。トライは優しい子だよ」
 言われてみると、黒と白の方の子犬は少し怒ったような顔をしていました。当たり前だけどこんなに小さいときからもう性格が決まっていて、それがお店やさんにはわかっちゃうものらしいということが私には驚きでした。
 小さい家族はお店やさんの言葉に「私もこっちがいい」「この子を連れて帰りたいな」と私の顔を見ました。私はトライのパピヨンを見つめながら、うなづきました。。
 そしてそのパピヨンが家にくることになったのです。
 お店やさんのおねえさんはいろいろなことを私たちに教えてくれました。
「最初は餌を一日4回あげてくださいね。え?お仕事を持ってる?大丈夫。じゃあ3回。朝6時と、帰ってすぐと、夜10時と…この小さい餌入れのお椀のそこにちょうどしきつめられるくらいの量を入れて、それに水を少し足してやわらかくしてね。缶詰も3分の一足してね」 
「最初はあんまりかまわないで。注射は1回すんでるけど、一週間たったらもう一度連れて行って、それからきっとまたひとつきたったら注射するから、それが終わって二週間たつまでは外へ散歩に連れ出せないの」
「ぬいぐるみを入れて置いて…しばらくはさびしがるから…そうそう、まだ寒いからしばらくゲージの中の犬用の電気カーペットを入れてあげてほしいの」……もっともっとたくさんのことを教えてくれました。私たち3人はその話をくいいるようにして聞いていました。
「本当に私たちの犬?家にくるの?」二番目に小さい家族が言いました。私と同じくらいに犬と一緒にいたいと思っていたのでしょうか?
 私の小さい家族たちは私にあれから何度もあの白と黒の犬のことを尋ねます。うちに着た犬が兄弟のことを思いだしているかとか、白と黒の犬はどうなったかとか、ときどき思い出して悲しい気持ちになってるかな…といったふうに。
 尋ねられるたび、私はその兄弟の子犬のことはすっかり忘れていたなあと思うのです。そして二人がいつまでもその犬のことをこうして覚えていることが、うれしかったり、それから不思議だったりするのです。
 あるときは「きっと会いたいと思ってるね。いつか会えるといいね」と答え、あるときは「まだ小さかったから、すっかり忘れちゃってるかもしれない」といい、あるときは「二人ともつれてこれたらよかったかな?」と答えます。どのときも会話は長くは続かなくてそれきりになります。うちにやってきた犬は本当のところ、どう思っているのでしょうか?

3へ

もくじへ