ke ni a sa n no yo ru


 私はネーチャーウォークが終わったらツアーのみんなの前でお話をさせていただくことになっていたので、いったいどんなお話をさせていただいたらいいかしら?と少し緊張していました。
 ジュマさんにその前の晩、養護学校の教員をしていると言ったら「それは心と心を伝え合う仕事だ」と言ってくださったことがうれしくてたまらず、できたらジュマさんにもお話を聞いてほしいと思っていました。ジュマさんにお願いしたら「OK。聞きたいです。聞きましょう」とにっこり微笑んでくれました。ジュマさんがどんなにお疲れかわかっているのに、こんなわがままをお願いすることもよくないことだとわかっていながら私はそれでもジュマさんにお話を聞いてもらいたかったのです。
 「お部屋にもどったらすぐに4階の講演会をする部屋に集まってください」ということで大ちゃんの詩のコピーなどを出して準備をしていたらノックの音がしました。藤尾さんの声でした。
「山元さん、山元さん。外を見て!!象がきてるよ」
「えー…うれしい!!ありがとうございます。」
急いでテラスに出るとビンセントさんがギャランティしてくださったとおりに3頭の象が水飲み場にいました。大人の象が2頭、少し小さい象が一頭いました。フォーレストの象は小さいとビンセントさんが教えてくださったけれど、象はやっぱり小さくてもとても大きくて、そしてお鼻をあげたり歩いたり、ひとつひとつがとてもかわいくて魅力的でした。ずうっと見ていたかったけれど講演会の時間だからと4階に上がるとそこにも水飲み場が見渡せるところがあって、集まった人はみんな象を見ていました。
「なかなか来れない人もきっと象を見ているんだね。まず象を見ないと始められないね」と小林さんが言ってくださったので、私はまたそこで安心して象を見ることができました。象があまりに大きく見えたのと、森の中で象に折られた木を思い出して、私たちが歩いているときに、もしそばにきて、木も幹をばりばりと折ったりして、人間がキャーなんて言ったら象も人間もびっくりしちゃうから、会わなかったのはそれでよかったのかもしれないと思いました。 
 15人とジュマさんが集まったので、講演会が始まることになりました。調子が悪くて休んでおられた堀さんも出てきてくださいました。
 さあ、始めようと思うと思ったとたん、私はもうなんだか胸がいっぱいになりました。闇が迫ってくる森の中で、動物たちがそこにいるのを感じながら、その時までの4日間に感じたことが心の中にひろがってあふれそうだったのです。
 ゆっくりと息をして会場を見渡すと、みんなが心をこちらへ向けてくださってるのが痛いほどわかりました。
 ジュマさんに聞いていただきたいとお願いしたから、私はジュマさんにわかっていただけるようにお話したかったのです。日本語がとてもお上手なジュマさんだけど、日本で生活していなければわかりにくい言葉もたくさんあるから、ひとつひとつゆっくり言葉を選びながら、そしてジュマさんがその言葉をわかってくださったかどうかを確かめるようにして話していきました。
 あいこさんの目が赤くなっているのが見えました。ハンカチを忘れたからといって小林さんのハンカチを借りてお話を聞いてくださっていました。小林さんは何度も何度も講演会についてきてくださって、何度もお話を聞いてくださってるのに、ハンカチをあいこさんに渡したからと手で涙をぬぐいながら聞いてくださっていました。
 何の涙?読んでくださった方が不思議に思われるかもしれません。私もわからないけれど、子供たちの一生懸命な生き方が聞いてくださる人の心を揺らすのかなと思います。私が子供たちといて、悲しいとかつらいとかそういうのではけっしてなくて、ときどき胸がいっぱいになって涙を出してしまうから、そういうときの涙と一緒かもしれません。わからないの。
 とにかく私はお部屋の中の旅で友達になったみんながひたすら私の話しに心を傾けてくださってるのを感じて、私は胸がいっぱいでした。
 そしてジュマさんも私のお話を少しも目をそらすことがなく、真っ直ぐに、そして温かく見守るように私の話を聞いてくださいました。
「日本語で上手に気持ちを今、話せないです。心がとても動いています。なんと言ったらいいかわからない。山元さん、ずっときれいな心のままでいてください」
そんなことを言ってくれたジュマさんに小林さんが「ジュマさんは特別のスペシャルゲストでした」と言うと
「僕はずうっと思っていました。どうして山元さんが話しのあいだずっと僕を見て話していたのかと…」
私はもちろん一緒にきてくださった皆さんに気持ちをお話したかったです。でもジュマさんにもわかってもらえるようにお話したいと思う私の気持ちはもう全体の気持ちのように感じていました。どうしてって私たちは今ひとつだから…もう私たちは仲間で、お互いに大切に思ってるから…ひとりでもわかりにくくないようにお話がすすんだらいいなってみんなが考えてくれている…そう思ったのです。これは今考えるとずいぶん私の勝手な言い分かもしれません。でもとても優しい空気が、私が思ってるとおりでいいよと伝えてくれているようでした。
 ジュマさんの言葉を聞きながら、私は泣いていました。胸がいっぱいで流れる涙をとめられなかったのです。生きている場所や風習がまったく違う離れたところに住んでいる私たち。でも「みんないろいろだけどみんなが大事な存在で、ひとりひとりが素敵なんだと思う。空も鳥も動物もそして私たちも…」という私の思いに、ジュマさんが深くうなづいてくれている…こんなに離れている私たちなのに、こんなに近くに感じられる…
大切なことはきっとどこでも一緒なのだと思いました。
 私にとってアフリカでの講演会は、何物にもかえがたい大切で思いで深いものになりました。
 お話のあと,夕食になりました。このロッジでは夜中じゅう眠らないで水飲み場を見張っているゲームウオッチャーという方がおられて、見たい動物と部屋番号を知らせておくと、その動物がやってきたときにお部屋まで起こしにきてくれるというサービスがありました。それで夕飯のときにその希望をとっていました。私たちはサイを見ていなかったので、サイがきたら知らせてもらうことにしました。
 夕飯のときにお腹をこわしている人が3人に増えていました。痛かったのはもっと前からかもしれないけれど食事のときに「ご飯はやめておきます」とか「お茶だけにしておきます」とおっしゃるのでそのときに初めてわかるのでした。
 次の日の朝が早いということと、夕飯が終わるまでここにいたらお店がしまってしまうかもしれないと思って私は食事の途中なのに、ちょっとだけ抜けてお店に行きました。さっき見た絵葉書と布と木のお人形と、「ケニアの動物」という子供向けの本をひとつ買いました。アフリカの方とたくさんふれあいたいと思っているはずなのに、私は品物に値段がついていないお店でお買い物をするのが苦手なのでした。アフリカに来る前から「値段を下げていくことを見越して最初に値段を言うからずいぶん高いんだよ、だからそのまま払ったらだめだよ」「質のよくないものもあるから気をつけて」と何人もの方が教えてくださっていたのです。でもホテルやロッジのお土産やさんはそんな必要がなくて値段もはっきりわかって、やっぱり気がらくなのだと思います。
 いそいで戻ったらメインのお皿が来ていました。私は胸が一杯だったからお腹もいっぱいと思ったのに、またお肉を食べました。そしておいしいコーヒーをまた飲みました。
 
 部屋に戻りました。夜の空気の中でテラスはいっそう森とつながっているようでした。私はテラス側の壁にくっついている小さい方のベッドで休みました。窓一枚隔てたそこには水飲み場があり、そこはまさに動物たちが住んでいる森の一部なのです。暗い闇の中で、象の高い鳴き声や鳥の鳴き声がしました。私はそんな森の音を耳にしながら今、アフリカにいるのだ。アフリカの赤い大地の真ん中の森の動物とこんなにも近くにいながらこうして眠っているのだということを何度も噛み締めていました。森に抱かれているようだと感じながら私はいつしか眠っていました。
 「朝早くに地下の動物を見えるところから夜明けの様子を写真に撮ろう」と大谷さんと約束していて、大谷さんが呼びにきてくれたので、カメラの用意をしていたら、小林さんがゲームウォッチャーの人と話しができるよと誘いにきてくれました。
 ゲームウオッチャーさんはフロントの前のロビーの大きな窓のところに電気ストーブを置いて足元に毛布をかけ、コーヒーのカップを手にして外を見ていました。部屋も冷えていたなあとまた高いところに私たちはいるのだと思い出したのでした。
「昨日の晩は何もこなかったそうだよ」小林さんが言いました。
「私は夜,テラスのそばのベッドで眠っていたら,動物たちの住む深い森の中で眠っているような気持ちがしました。自然の中に私もいるのだと感じられてうれしかったです」小林さんの通訳のあとウオッチャーさんは
「そう、ここはまさに森の中なのだ」と言いました。
「湿地の中にある丸い井戸のようなものからここの水は湧いているのですか?あの脇の大きな丸い石は井戸のふたなのですか?」と聞いたら、小林さんは「そんなわけはないと思うけれど聞くね。こんなむつかしいこと通訳するの?」と笑いながらも伝えてくれました。「湿地は自然に湧いてくる水で潤っているけれど、それだけでは足りないから井戸のようなところへロッジから水を足して補給している。あの石?あれはふたなんかじゃないよ。あれは重すぎるからふたにはならないよ」と笑っていました。
でもちょうどぴったりはまりそうだったのですもの。
5時になってウオッチャーさんはお仕事が終わり、部屋へ戻って行かれました。
 荷物を部屋の前に出してそして朝食の時間になりました。ロッジでもホテルでもどこにいても「スクランブルエッグがいいか、オムレツがいいか?」と尋ねられます。私は少ししつこいかもしれないけれど、不思議に思ったことはやっぱり知りたくて「オムレツにしてください」とお願いしました。
 マウントケニアのオムレツも白かったです。
「言われてみればそうやね」
「あ、気がつかないうちに食べてしまった」
「そんなこともあるだろう」
と他の人はこんなこと別に興味がないみたいなのに、一人で
「白いよ。また白いよ、ね、どうしてだろう」と騒いでいるのでした。
 オムレツとクロワッサンとコーヒーで朝ごはんを終えてまたスケッチを始めました。今度はこの要塞みたいな建物を描こうと思い立ったのですが、やっぱりうまく描けません。何度も失敗していたら
「僕描こうか?」と大谷さんがスケッチブックを受け取ってどこかへ行ってしまいました。
 お散歩に外へ出ると大谷さんはロッジの外へ続く橋の上で建物の絵を描いていました。
「絵を描いているだけでいろんな人が声をかけてくれるよ。何してるんだ?何描いているんだ?見せてくれってこちらの人はあまり絵を描かないのだろうか?絵を描いているだけでしゃべるきっかけになるなんてすごいよ」私も見たくなって覗いてみたら、やっぱりとても上手でした。
 小林さんが主催する生命のシンフォニーで作ってくださった私の講演録「みんな大好き」のT、U、Vあわせて3冊を小林さんがジュマさんに渡してくれました。ジュマさんは
「これを読んで山元さんを思っています。がんばって」とどんなときもじっと目を見てお話してくれるのです。そこへ大谷さんが帰ってきたので、ジュマさんが「さっきの絵はどうなりましたか?」と聞いて、スケッチブックを覗きこんでいました。
「イッツ ビューティフル」小林さんもVに出てくる絵は大谷さんが描いたんだよと言うと、また「そんな人とは知りませんでした。ビューティフル、ビューティフル」と言いました。
 ジュマさんが使うビューティフルってどんな言葉があるのかな?お話のときもビューティフルって言っていたし、動物が来たときも言っていたし、きっとただ美しいということじゃないんだな。素晴らしいとかそういうときに使うのかな?と思いました。

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