ke ni a sa n no ro jji


 ケニアさんの方へ向っていると道沿いに小さな子供たちがたくさん庭でブランコに乗ったりかけっこをしたりして遊んでいるのが見えました。
「なんて可愛い!!学校ですか?」そこはキンダーガーデンでした。きっと学校へ上がる前の子供たちが通う幼稚園か保育園のようなところなのだと思います。私はその時、ゆうべ横井さんにいただいたクレヨンとノートのことを思い出しました。でも私はいただいたクレヨンとノートはそのときうっかりしてスーツケースに入れてしまったままなのでした。
「ノート大きい方のかばんに入れてしまってて残念。今渡せたらよかったな」
でもみんなが「いい考え、私はすぐに出るよ」と言って、大谷さんが「ここで文房具を渡せますか?停まってもらえますか?」とキュリさんに頼んでくれました。
 「アイル トライ」とキュリさんは言いました。
 キュリさんは私たちがどんなに無理なことをおねがいしても、「やってみましょう」「アイル トライ」と言ってくれるのです。大谷さんは何かの本でアフリカの人は「してみましょう」「やってみましょう」とどんなことにも前向きだと書いてあったよと教えてくれました。とても素敵…私も困ったことがあったり、できないかもしれないと思うようなことがあってもきっとキュリさんの優しくて強いこの言葉を思い出して「アイル トライ」とまず口に出して言ってみよう、そしてやってみようと思ったのでした。
 キュリさんはキンダーガーデンの子供たちと一緒だった女の先生にクレヨンやノートのことを話しをしてくれました。その先生は柵越しにクレヨンとノートを受け取ると、とてもうれしいということを手ぶりで伝えてくれました。キラキラした目の子供たちも先生と私たちのいるところへ集まってきてくれました。どの子も笑顔で、そして突然現れた私たちが少し珍しかったのかもしれません。私が握手をしたくておずおずと手をのばすと、一人の女の子がキャハハハとうれしそうに笑ってくれて小さな手で私の手を握ってくれました。胸がジーンとなって、できることならその女の子を抱きしめたかったです。ああなんて可愛いのでしょう。なんてうれしそうで、楽しそうな笑顔でしょう。胸がいっぱいになりました。「メイ アイ テイク ア ピクチャー?」先生に尋ねると「OK」とにっこり微笑んでくれたので、私たちは子供たちの素敵な笑顔の写真を撮りました。「本当に必要な子供たちに渡すことができてよかったね」と昨日の横井さんの言葉を思い出しながら、私たちもみんなとてもうれしかったのでした。
 横井さんがノートやクレヨンをもし持ってきておられなかったら、今の子供たちの笑顔に私たちは絶対に会うことができなかったのだと思うと、いろんなことが本当に不思議に思えます。みんなそれぞれ様々な理由でこのツアーに参加されたのだと思うのです。でもその様々な理由や背景を持つ人たち同士が触れ合うことで、いろいろなことを感じたり経験したりすることができる…旅は人生みたいだな、なんてちょっと大げさかもしれないけれど思ったのでした。
 いつのまにか山道になりました。私たちのバスはどんどん高度を上げているようで、ケニア山に向ってるということを実感することができました。
 ケニア山(マウントケニア)はまた旅行社のパンフレットによると標高5199メートルのケニア最高峰ということです。私はキリマンジャロが最高峰だと思っていたのですが、キリマンジャロはケニアに近いけど、ケニアではないのだそうです。ケニア山は山岳公園になっていて、海抜3350メートル以上が国立公園に指定されているということでした。
 私たちはその山岳国立公園の中のロッジに泊まるのだと聞いて、びっくりしました。(3350メートル以上だなんて富士山みたいなところじゃない…)と思ったからです。でもケニア自体が1700メートル〜2000メートルのところにあるから、それほど高いところに上がった感じはしないだろうということでした。
 道はどんどん狭く細くなり、人家は見られなくなりました。私たちはいつのまにか森の中へと入ってきていました。
 突然,目の前の黒いどっしりとした木材で作られたものものしい門が現れました。門には警備の人が、ジャングル大帝レオに出てくるサファリの探検家のようなベレー帽をかぶって立っていました。そしてその門の奥にはまるで要塞のような大きな建物が建っていたのです。腐るのを防ぐためにコールタールを塗られて、ますます建物を重く頑丈なものに見せていました。建物は4階と地下の部分からできているようでした。
 入り口に入っていくとたくさんの人がにこやかに礼儀正しく私たちを迎えてくれました。フロントの方の洋服、警備の人のいでたち、コックさんの様子…それぞれがおしゃれでそして格式どおりというふうで、森の中に突然現れたそのロッジは、まるで宮沢賢治の注文の多い料理店が森の中にあらわれた時の驚きに似ているかもしれません。
 ウエルカムジュースを手にとって、私たちは小林さんとジュマさんの前に集まりました。二人はその日の予定について相談中だったのだと思うのですが、私が行くと、「ほら外を見てごらん」と小林さんが声をかけてくれました。フロントに続くフロアのそこには上から下まで続く大きなガラスがはめこまれていて、外向きにソファが並んでいました。外を見て驚きました。バッファローがすぐそこに見えたのです。そこは水飲み場になっていて、象やバッファローやガゼルや他のたくさんの動物たちがやってくるのです。水飲み場は湿地帯でその真ん中にはアフリカの形をした中州が作られていました。それから井戸のような形のコンクリートでできた大きなどかんを埋めたものもありました。
 窓のすぐそばにはえさが置かれた台があって、はしごで動物たちがそこへ登れるようになっていました。台の上にはちょうど猫のような、けれどもっと敏捷そうなするどい爪や牙を持っているような猫ともイタチとも違う動物が見えました。
 地下からはもっと間近に動物を見ることができるというジュマさんの言葉を聞いて、地下の部屋を見に行きました。階段を降りていくと、細い廊下が見えて、さらに下へ降りていく坂になった廊下がその先に見えました。「ピラミッドへ降りていく道みたい」そんな声が聞こえました。なるほど天井も割と高くきれいに整えられた気持ちのよい廊下はエジプトの地下へ続く道とは比べようもなかったけれど、確かにいったいどこへ続くのだろうという期待と不安が入り混じった気持ちはその点でピラミッドの廊下のようでありました。
 その廊下の行きついた先にコンクリートでできた小さな部屋というか入れ物というかそういう空間がありました。小さな窓がいくつかあって、そこから外を見ると本当に吐息までもが聞こえそうなくらいすぐそばにバッファローがいました。
 そのコンクリートの空間は小さい窓の高さのところまでがほとんどが地面に埋まっていて上も草で覆われていて、動物からはほとんど見えないようにできていました。あいこさんが窓の外を見て「お父さんが見えるよ」と言いました。小さい後ろ向きの窓から上を見あげると小林さんがさっき私たちが外を見ていた窓のところに立っているのが見えました。これが動物たちが見えるロッジの景色なんだなとわかりました。
 要塞は動物たちからロッジを守るものでもあるけれど、きっと動物たちが中の人間から隔てられる安心でもあるのかもしれません。
 上へ上がると小林さんが予定について説明してくれました。「部屋へ行って荷物を置いたらご飯を食べます。その後ネイチャーウオークという歩いて動物を見に行くものに出かけます。これに参加されない人はおられますか?」堀さんの奥さんが手をあげました。「少しはいいのだけど、まだちょっと」お部屋で堀さんはゆっくりされることになりました。「それからネイチャーウォークが終わったら山もっちゃんに講演してもらうから…いい?」と小林さんが言いました。
 私たちがそれぞれの部屋へ行こうとすると「窓を必ず閉めておいてください。サルが中へ入るから」とジュマさんが言いました。私はおサルさんとお部屋で会えたらちょっとうれしいなんて思ってしまったのでした。渡してもらった鍵は小さな樽に毛皮をかぶせた15センチくらいのマサイの太鼓がくっついていました。
 私は楽器がとても好きなのです。とくに民族楽器が好きです。だからどこかへ行くとかならず楽器を探してくるし、アフリカでも楽器に会いたいなあと思っていたので、この太鼓のキーホルダーはとてもうれしかったです。でも大きいからポケットに入らないからじゃまだよねと大谷さんが言いました。本当にこのホルダーにしても、前の晩の木のホルダーにしても、本当に大きくてちょっと笑ってしまうくらい…
 このホテルはどの部屋にも水飲み場に面してテラスがついているようについ繰られていて、そこからはいつも動物が眺められるようになっているようでした。それからどの階にも大きなテラスがあって、コーヒーやお茶を飲みながら外を眺められるのでした。小林さんとあいこさんが「ツリー・トップスホテルが満室でよかったかもしれない。こちらは広広としていて素晴らしいね」と話しているのが聞こえたけれど、本当になにもかもが素敵でした。部屋の中はテラスに面した壁のところにベッドが一つと真ん中にも大きなベッドが置いてありました。ベッドカバーとカーテンはおそろいの模様で壁の木の色ととてもよく合っていました。ティッシュを入れた藤のかバーやごみ入れの籠もどれもがアフリカの工芸品のようでとてもおしゃれで心がこもっているなあと感じました。
 ケニアに来る旅行者の中で日本人の割合はどのくらいなのでしょうか?レストランでは日本人は他に一組がいただけであとはヨーロッパかアメリカや東南アジアやいろいろな国の人が食事を取っていました。
 食事もとてもおいしそうで、マトンかチキンかと聞かれたので、ちょっとでも食べなれていないものを食べたくてマトンをたのみました。サラダもおいしそうだったけれど、やっぱりここではお腹を壊したくなくて食べるのはやめにしたのだけど横井さんも大谷さんも「もう全然気にしないで食べてるけど平気やね」「もう僕は水も飲みました」なんて話してるので「ダメダメ。水はやめてね」ととても心配したけれど、二人とも最後までお腹を壊さなかったです。
 私は大好きなプリンがあったので、それを一つと小さなパンとマトンを少し食べました。私もお腹を壊さなかったのは食べる量が少ないからということもあるのでしょうか?
 ふと見ると窓のところから誰かがこっちをじっと見ています。尻尾が長くてふさふさしているサルでした。よく見るとレストランの窓のあちこちに何匹もサルがいて、窓の隙間からお客さんに食べ物をもらって食べていました。
 私はどこへ行くにもうさぎのぴょんすけとスケッチブックを持ち歩いていて、レストランにも持ってきていたので、早く食べ終えてしまったあと、太鼓の鍵の絵とサルの絵を描いていました。でもサルの顔がなかなかうまく描けないのです。ちっとも似ないので、大谷さんに描いてほしいとたのむとあっというまにいろんな表情のサルの顔を3つも描いてくれました。
「スケッチブックを持っていくと山元さんが言うから、荷物が重くなるだけだし、そんなものを描いている時間なんてないだろうから本当はやめればいいのにって思っていたんです。どうしてもというならしかたがないけど、スケッチブックなんて…とタカをくくっていたのです。でもこれがなるほどおもしろいです」と大谷さんがあいこさんに話していました。愛美ちゃんは
「山もっちゃんが描いているのを見たら私も描きたくなったよ。絵もいいけど字も丸くてとてもいいよ」って誉めてくれて私はすごくうれしくなりました。
「私たちはいつもただ来て,楽しかったねと言って何も残らずに帰ってきてしまうのだけど、描くっていいよね、すごくおもしろい…愛美も描くといいのに」とあいこさんも言ってくれたので私はまた気をよくして
「私、アフリカにこれるってわかってから、アフリカの本書きたいなって思ったの。だから文も絵もかきたいもの、なんでもかこうと思っていたの。もうすごくうれしいの」と文章は飛行機の中とエジプトのホテルで少し書いただけなのに、もうそんなことを言っていました。
 コーヒーやお茶はレストランの外のロビーの所にあってセルフサービスになっていました。もうこの頃はミルクをたくさん入れるとかお砂糖は入れないとか、他の方の好みも少しづつわかってきていたので、藤尾さんと一緒にコーヒーを取りに行きました。だんだん仲良しになっていく感じが私、好きです。
 部屋にもどるとすぐに動物たちが気になってたらすのドアをあけると、水飲み場ではガゼルが何頭もいました。また水飲み場の周りの森からはバッファローがまたやってくるのが見えました。
 テラスのドアを開けたままにして、手を洗いに行ったら、部屋で何か音がしました。びっくりしておそるおそる覗いたら、さっきレストランに来ていたと同じ種類のサルがスーツケースの上にのってこちらを見ていました。床に這うようにしてサルに近づいて、「怖くないからね、仲良しになりたいんだからね」と心の中でつぶやいておそるおそる近づくと、サルも私の気持ちをわかってくれたのか、スーツケースの端まで近づいてきてくれました。もうあと50センチの距離。でもその端からはサルはなかなか降りてはきませんでした。また一歩近づいたら、きっとその距離がサルにとってはもうそれ以上近づいては行けない距離だったのかもしれません。サルはぱっと遠のいてテラスから外へ帰っていってしまいました。残念。
 まだネイチャーウォークの集合時間には間があったけれど、おサルさんのお客さんも帰ってしまったしと下へ降りてロッジのお土産売り場を見ていました。最初に象やキリンやシマウマやマサイの人たちの絵はがきに目が行きました。はがきのように長方形ではなくて、迫力ある動物の写真がそのままの形にきりとられているのです。日本へこれを簡単に郵便でおくれるのかどうかはわからなかったけれど、日本に帰ってから、持って帰ったビールのラベルや自分で取った写真をと一緒に大きな額に入れていつでも目に付くところに飾ろうと思いたちました。その他にもマサイのお母さんと赤ちゃんの布の人形や木彫りの人形なども買おうかなと考えていました。いつのまにか大谷さんがお店に来ていました。
「今買うとネイチャーウォークのときにじゃまになってしまうんじゃないか?後のほうがいいんじゃないか?」
「うん。そうだね」
本当にそのあと2時間近くも歩いたので、そこで買って持って歩かなくてよかったです。私はそれでなくてもカメラやウサギやスケッチブックや虫さされのくすりなどたくさんの荷物を持っていたのです。
 窓の前ではジュマさんがカッパを何枚も持っていました。
「途中で雨が降るといけないからカッパを着てほしいんだけど困ったことにカッパは12枚で2枚足らないんです。あとの人は傘になります」
「自分で持ってきている人もいるから大丈夫だよ」
 雨は少しも降りそうではなかったけれどスコールが多いのかもしれません。モスグリーンのしっかりしたカッパはちょっと探検隊の気分になることができました。XとXLのカッパはどっちにしてもとても大きくて、もうどちらでも大きいんだからとたくさんあるほうのXLにしたらホテルの人が笑いながら手のところを少し曲げるか?とまるで子供にするように身体を低くして手のところを少し曲げようとしてくれました。
「アイ ライク ロング OK」もうなんだか本当にわけのわからない英語を使って、長くてもかまわないです。大丈夫と言うとまた笑いながらOK、ウサギのはなくて残念だとその人が言ってウサギの頭をなぜてくれました。
 「みんなスーツケースの鍵を閉めてきたほうがいいよ。僕は窓の戸も閉めてあったのに、開けられて、スーツケースも開けられて、蚊取り線香を食べられてしまったからね。他の人は食べ物をみんな食べられちゃったんだそうだから」と伊藤さんはちょっとくやしそうでした。 
 私たちがカッパを着終わった頃、ひとりの男の人がやってきました。私たちよりもっともっと本物みたいなジャングル探検隊のような格好をして、ベレー帽をかぶったいます。
「僕はビンセントと言います。一時間半くらいこのあたりのフォレスト(森)を紹介します。さあ、出発しましょう」ビンセントさんの英語を小林さんやジュマさんが通訳してくれました。「銃を持ってる人が来るって聞いてるけど来てないよ」と言う声が聞こえて、ジュマさんがロッジへ呼びに帰ってくれました。その人は大きなライフルを持っていました。横井さんや大谷さんがその人に何か聞いていたので、私はまた、「ね、何?何を聞いたの?」と知りたがりやなので、たずねました。
「今までその銃で動物を打ったことがあるのかって聞いたらないんやて」横井さんは大阪弁で安心していいよというふうに教えてくれました。
 森の中を歩いていくとバッファローの頭蓋骨が地面に落ちていました。ウンチも横においてあったから偶然にそこで亡くなって骨があったというよりも、持ってきてここにおいて、ここでお話することになっているのでないかと思います。
「この森にはバッフアローがたくさんいる。象やライオンや怖いものはたくさんいるけれど、一番怖いのは一匹だけでいる手負いのバッフアローだ。彼らは人を恐れる気持ちを忘れてしまっていて、手がつけられなく恐ろしい」
 しばらくすると今度は象の骨と象のウンチがありました。象のウンチはやっぱりとてつもなく大きいウンチでした。森の中にはあちこちにいろいろな形や大きさをしたウンチが落ちていました。小さいコロコロウンチ、大きい山盛りウンチ、べっとりしたウンチ、わらがまざったウンチ、長いウンチ。ウンチばかりではなく、今はがされたばかりの木の皮、折られたばかりの枝など、この林がまさに動物たちが生きている場所なのだということを感じずにはいられませんでした。
「アウチ」ビンセントさんが急に顔をしかめました。アリがズボンの中に這い上がってきてビンセントさんの足に噛みついたのです。ズボンのすそをめくったり、足をたたいたりしながら「気をつけたほうがいいよ」と言いました。
 横井さんはこんなときに限って半ズボンをはいていたので、アリとか蚊とかアブにさされないかなと心配になりました。かばんのなかを探したけれど、かばんに入れてきたはずの虫除けスプレーが見当たりません。「ズボンじゃなくて皮膚の方が、すべってつかむことがないからのぼれないよ。大丈夫やよ」横井さんは言ったけど私はそんなこと言ったってさされちゃうんじゃないかなと心配でした。
 他の人の足にもアリは上がってきてみんなでトントンと足を振っていたらライフルを持って私たちを護衛してくれている人が「やぶにいたらダメだ。人が通る道にいたらだいじょうぶ」と英語で教えてくれました。
 横井さんのズッグにもアリが上がってきて、横井さんは最初なんとかアリを傷つけないようにしたくて、振ったり棒でそっとどかそうとしていたけれど、アリはなかなか落ちませんでした。しょうがなくて頭の部分を持ってひっぱってズックからはずそうとしたけれどずいぶん時間がかかっていました。
「すごい力で噛み付いてるわ」アフリカのアリはなかなか手ごわいです。
「ありは血を吸ったりするわけではないのに、どうして噛むの?」
「やっぱりテリトリーを守ろうとしとるんやろな」という横井さんの言葉にアリだって動物だってみんな一生懸命生きてるし、それからアリは「人は人間の道にいればいいよ、そこにいれば噛まないけど、やぶは僕らのテリトリーだから入ってきてはいけないよ」と思ったり、人と動物や、人とアリ、それから動物同士だって自然の中にはルールみたいなものができあがっていて、お互いに守って生きてるのかなと思いました。
 ビンセントさんが突然低い声で「遠くの方にシカがいるよ」と目を細めました。みんな緊張してビンセントさんの指差す方向を見ると、遠くのほうでカサカサ葉が揺れるのが見えたけれど残念なことにシカの姿を確認することはできませんでした。
 その時ちょうど私たちのすぐ後ろでまた枯葉を踏むような音がしたので、びくっとして振り向いたら大きなかばんを背負ってベルトのところを頭にかけるようにして運んでいる人が二人私たちを追いぬいて行きました。
 しばらく行くとジャングルの中でみかけるような大きな大きな目をひく木が生えていました。その木は木の途中からたくさんの根っこのようなものが伸びていて絡み合って下へ下へと伸びていました。周りの木とぜんぜん違った異様な形の木でした。
 「この木はケニアにカソリックが広がる前にみんなが信仰していた神の木です。この木は本当に力があって、たとえばこの木の周りを7回回ると、男の人は女の人になってしまうのです。それから木の根元におしっこをかけると"頭がおかしくなってしまう"のです」ビンセントさんの説明を聞いて「ためしに誰か回ってみたら?」という意見もあったけれど、もしもそんなことして、本当に性別が変わってしまったら、それでもいいよといういさぎのいい人は誰もいなくて、誰も木の周りをまわろうとしませんでした。
 小学校の先生がミミズにおしっこをかけると大変なことになると聞いて、うそだろうと思ってためしてみたら本当に大変なことになった(どんな大変なことになったかは聞いて知っているけれど、ちょっと恥ずかしくてここに書けません。ごめんなさい)という話しをしてくれました。迷信って「迷信だからね、本当には起こらないよね」って思うけど、実際にためすのは勇気がいって怖いです。
 「もう少し行くとおいしいケニアのコーヒーやお茶とケーキが待っています」ビンセントさんの言ったことはどういうことだろうと思ったら、さっき私たちを追い越した二人が森の中の横たわった木があるところで臨時の喫茶店を作ってくれていたのでした。そこは木々のすきまからしたの方がみわたせるようになっていました。私たちは勧められるままに横たわった木に腰を下ろしました。二人はいつのまにかホテルマンの格好をして、「お茶にしますか?コーヒーにしますか?ウイスキーを少し足しますか?」と聞いてくれました。
 ウイスキーを足して飲むのはイギリス式のコーヒーの飲み方でアイリッシュコーヒーと言うのだそうです。おもいがけないおしゃれで粋なこのサービスは粋なだけでなくとてもおいしくて、長い間歩いた疲れをほぐしてくれるようでした。
 ビンセントさんはそこでケニアの歴史などについて話してくれました。
  小林さんが「ビンセントさんに何か質問はありませんか」とみんなに言いました。私はいっぱい聞きたいことがあるのだけど、こんなに質問してもいいのかな?とちょっと心配になりながらもすぐにハイと手を上げました。私には聞きたいことが3つもありました。
 一つ目の質問「森の中にこんなに木がたくさん生えているのに、大きな象がどうやってここを歩けるのかわかりません」
 「アフリカ象はおもに2種類あって、一種類は森に住む象、もう一種類は草原に住む象。草原にいる象はとても大きくて、森に住む象は木の間を通れるくらい小さいのだよ。小さいと言っても大きいよ」
 二つ目の質問「キクユ族とかマサイ族とかそういう言葉が出てきたけれど、ビンセントさんとかジュマさんも何族かに属しているのですか?お仕事とか得意なことは部族によって違うのですか?」
 ビンセントさんはうれしそうに胸をはって「アイム キクユ」と言いました。「キクユ族は農耕にすぐれているのです。それから勇気もあるのです。ケニアを守ったのもキクユ族。ポリスマンやガードマンもキクユ族が多いのです」ジュマさんは「僕はルオー族です。ルオー族は勉強が得意ですね」「それから魚をとるのも得意だよね」とビンセントさんがつけたしました。ジュマさんが「私はルオー族」というときもビンセントさんが「アイム キクユ」というときも自分の胸を指差して、胸をはっていたのがとても印象的でした。自分が自分であることに誇りを持つ人間の美しいしぐさだと思いました。
 それからもうひとつ気になって質問したいことがありました。ビンセントさんがさっきから彼の黒い腕に小枝で字や絵を書いて説明してくれていたのですが、その字がとてもくっきりとしていてよくわかるのです。どうみてもそこらあたりに生えている木を折った小枝で書いているようなのに、どうしてこんなにきれいに字が腕にかけるのか不思議でした。
「僕の手は黒いからこうして枝でこすると字がかける。黒板をロッジから持ってくるととても大変だから僕の腕の黒板はとてもユースフルだ」
「書いた字はどうしたら消えるの?」
「お風呂にはいったら消えるよ、そしたらまた書けるよ」
「イッツ ベリー ユースフル」
私が言うとビンセントさんは大きな声でおなかを前に突き出すようにして笑いました。私は英語を使うのがあんなに臆病だったのに、少しずつ英語でお話している自分に気がつきました。
 それにしてもこの臨時の素敵な喫茶店は本当にうれしかったです。イギリス式のコーヒーサーバーまで運んでくださって豊かな時間をこの深い森ですごせたことは思いがけなかったからこそなおさら心に残りました。
 そうこうしているうちに次のグループの人がやってきて、私たちのそばの木のところにまた喫茶店が開かれて、私たちは出発することになりました。
 しばらくまた森の道を進むとケニア山の頂上が見えるという見晴らしのいいところに着ましたが、でも少し雲があって頂上をみることができずに残念でした。
 小林さんは今回の旅行のコンダクターだから動物に出会えないのをしきりに気にしていました。「たぶん象のいるだろう所に行きましょう」ビンセントさんについていくとそこは木がたくさん倒れている広いところで泥場ができていました。象は虫が身体につかないように泥を身体につけるのだそうで、木には象が体についた土をなすりつけたあとがたくさんついていて、今つけたばかりのような湿った土のあともありました。それからウンチも今したてのほやほやだとビンセントさんが話してくれたけれど、小林さんは動物に会えないことを私たちのためにしきりに気にしていたからビンセントさんの言葉を訳したあとにかならず「でも象はいません。動物は何もいません」と付け加えるのでした。それを聞いたビンセントさんが「象はここにいなければ水飲み場にいます。ギャランティいます」と言いました。「ギャランティしてしまいましたね」と大谷さんが言って、横井さんや小林さんも笑うので「ギャランティって何?西城秀樹さんの歌?」と私が聞くと「それはギャランドゥ。ギャランティっていうのは保証するということ」なのだそうです。
 もうネイチャーウォークも終わり頃になって大きなシカが一頭,私たちのすごく近くをすごいスピードで駆けていきました。あんまり動物がいなかったので、小林さんは少し皮肉やさんになっていて「今,ロッジからシカを放したところです。ウンチや骨も今朝ロッジの人が置いてまわったのに違いない」と冗談を言いました。

ahurika he