「黄昏の記憶」 ファッティ



 優しい風が小高い丘のスロープを撫でて行く。柔らかな春の日差しが、斜面
に広がる天然の花園の緑を鮮やかに照らし出し、名も知れぬ花々を輝かせてい
る。
 丘の中腹には、少女が一人、座って本を読んでいた。
 そこはスロープの途中では有ったが小さな見晴台の様に平であり、幾つかの
バスケットが置かれ、敷いてあるシートの上には白い猫と黒い猫が眠っていた。
 時折風に乗って少女達の笑い声が聞こえてくる。
 本を読んでいた少女も声のした方に顔を上げ、彼女の仲間らしい一団を見つ
けると笑みをこぼす。
 そして視線を彼方の山々に移すと、すーっと深呼吸をして再び本を読み始め
た。
 やがて一人の少女が長い髪をなびかせながら、本を読んでいる少女の所へ駆
け登り、息を弾ませながら問いかけた。
「亜美ちゃん、何読んでるの?」
 亜美は楽しそうな顔をして答える。
「何って応用物理学の論文よ」
「オ、オーヨーブツリガク?」
 うさぎの怪訝そうな顔とは裏腹に亜美は喜々として説明し始めた。
「うん、どうしても読みたかった論文の原書なの。ずっと前から頼んでいたん
だけど、昨日やっと本屋さんに届いたの」
「あ、亜美ちゃん?」
「それにね、この論文を書かれたハント博士って理論を証明するのに難しい数
式を使いすぎる嫌いは有るけど考え方は斬新だし身近な物を例に使って解説し
ているからとってもわかりやすいの」
「……もしもし」
「あとね、こっちの本はね、生物学のダンチェッカー博士の論文なの、この人
はあまり斬新な考え方はしないのだけれど堅実な理論に裏打ちされた論法は非
の打ち所がないわ」
「亜美ちゃん!」
「な、なあにうさぎちゃん」
 急に大きな声を出したうさぎに驚いた亜美はキョトンとした顔でうさぎを見
上げた。
「なあにじゃないの!ダーメ、今日は楽しいハイキングなんだから!お勉強の
事は忘れること!ネ!」
「え、でも本人にその気があればお勉強は何処ででも出来るのよ」
「あ、いやそーゆー事言ってるんじゃなくてぇ、今日ぐらいはこのうさぎちゃ
んの言う事を聞いてしっかりと遊びなさいって言ってるの!」
 うさぎは亜美の読んでいた本を取り上げると、胸をはって宣言した。
「うふふっそれもそうね。でも帰ったらしっかりお勉強しましょう、うさぎち
ゃん」
「げ、そんな夢も希望も無くなるような事、言わないでよー」
 うさぎは逃げるように駆け出し、すこし離れた所で立ち止まると亜美に向か
って叫んだ。
「亜美ちゃん、これから皆で花の首飾りに挑戦するんだー、早くおいでよー」
 再び駆け出したうさぎの後を追うように立ち上がった亜美はあきれたように
首を振る二匹の猫に声を掛ける。
「ルナ、アルテミス、お留守番お願いね」
「ああ、楽しんでおいで」
 白い猫が返事をすると黒い猫が呟く。
「うさぎちゃんも遊びと同じ位い勉強してくれれば、あたしも気が楽なんだけ
どねー」
「くすくす、今日は大目に見てあげましょうルナ」
 亜美はやさしく笑うと丘のスロープを降り始めた。

        ・        ・        ・

 丘の麓ではうさぎの他にレイや美奈子、そしてまことが白いレンゲ草の花を
摘んでいる。
 うさぎの横には既に山のように花が積まれている。
「うさぎ!いくら沢山花を摘んだって、あんたは不器用なんだから無駄無駄」
「なによ!レイちゃんだってそんなに一杯取っちゃって!手先の器用さはあた
しと大して変わらないでしょうが」
 うさぎがレイを睨むとレイはつり目気味の目をさらにつり上げてうさぎを睨
み返した。
「言ったわねー、何なら私と勝負する?」
「おぅ、この際だからきっちりとけじめを付けようじゃないのー」
 二人が睨み合っているところへまことがやれやれといった体で割込んだ。
「二人ともその位にしときなよ。あーあ、こんなに沢山摘んじゃって、小さな
花だって命が有るんだから無駄に摘んだら可哀想だろ」
 まことに睨まれたうさぎはバツの悪そうな顔をして、ゴメンナサイと謝るが、
レイはぷいと横を向いてしまう。
「あたしに謝ったってしようがないさ、その分きれいに作ってあげればいいん
だから」
「大体この二人は目的よりも手段の方が先に走っちゃうんだから」
 美奈子も勝ち誇った様に二人をちゃかす。が、
「美奈子ちゃんも二人の事は言えないわよ」
 と後ろから声を掛けられた。振り向くと亜美が立っている。
「どう見てもうさぎちゃんやレイちゃんより沢山有るように見えるけど、この
お花」
「い、イヤーねー、半分は亜美ちゃんの為に摘んだのよ、ほほほほほっ」
「本当かしら?」
 亜美がくすくすと笑いだすと美奈子も照れたように笑いだした。

 一頻り笑いが収まると各々座り込んで花飾りを作りはじめる。しかし亜美は
摘んだ花を手にした所で、はたと考え込んでしまった。
『うーん、どうするのかしら?こんな事したことが無いから作り方が解らない』
 亜美は手にとった数本の花を編みこもうとしたが、どうしてもうまく行かず、
すぐにばらばらになってしまう。事勉強や科学的知識は人並み以上では有った
が、この手の事は苦手と言うより殆ど知らなかった。
「どう?うまく行かないみたいだね、貸してごらん」
 いつの間にかまことが亜美の側にやって来ていた。そして亜美から数本の花
を受け取るとゆっくりと編みはじめる。
「いいかい、ここをこうして・・・これを通して、ほら、簡単だろ、後は同じ
事のくり返しだよ」
 まことの慣れた手つきをじっと見ていた亜美は不思議な既視感を覚えた。
『ずっと昔にもこんな事が有ったような気がする』
 亜美は自分の記憶を探りながら、ふとまことの横顔を見上げる。
 その瞬間、閉ざされていた記憶が鮮やかに蘇って来た。

        ・        ・        ・

 青い宝石の様に輝く地球が昼間の明るい空に浮かんでいる。
 地球の春の様に調節された区画には、月には無い地球産の草花がその美しさ
を競い合っていた。
 いつもよりほんの少しだけ着飾ったマーキュリーはその区画の中心部を通る
小道の脇の芝生に座って情報部からの地球監視報告に目を通していた。
 月と地球との関係が今の様に緊張したものになったのは何時の頃からだった
ろうか。
 マーキュリーやアルテミスの進言により情報部を創設はしたが平和に慣れた
月の人間達を説得するのに少なからぬ時間を要してしまった。
『やっぱり…遅すぎたわ……妖魔の浸透がこんなにひどいなんて』
 情報部からの報告が日を追う毎に質、量、共に少なくなっている。アルテミ
スは対諜報組織の設置を元老院に提言したが賛同者は小数派だった。
『残った希望はエンディミオン公だけだわ、あのお方なら…』
 携帯端末と思考のやり取りを行い、状況の分析、予測を行うが得られる結果
は何時も同じだった。何かが起きようとしている、しかし手元に有るデータだ
けではそれ以上の事は解らなかった。
「やあ、マーキュリー、めずらしいなこんな所で…て、やってる事はいつもと
同じだね」
 摘んだばかりの花の入った篭を抱えたジュピターが携帯端末で資料を検討し
ているマーキュリーに声を掛けると、マーキュリーはぱっと明るい顔になって
ジュピターを見上げ、データバイザーに接続された思考伝達ユニットを外す。
「CICや私の部屋だと造花かホロ映像の花しかないから…なんとなく味気な
くて…それに…」
「それに…なんだい?」
「それに…ここにいれば貴女に逢えると思ったの……」
 ジュピターは花篭を抱えたままマーキュリーの横へ腰掛けた。
「マーキュリー?」
「だって、貴女も私も最近忙しかったから、すれ違ってばかりだし…その…少
しだけ…ゆっくり…お話し…」
 ジュピターに見つめられ、耳までも赤くして端末を抱きしめながら俯いてし
まったマーキュリーの言葉の最後の部分は、ほとんど言葉にならなかった。
 そんなマーキュリーの仕草を見ていたジュピターは、嬉しそうな顔をしてこ
う言った。
「我らが軍師殿も言葉に詰まったりするんだ」
「ジュ、ジュピター」
「違うよ、からかった訳じゃないんだ。嬉しいのさ、凄く。他の誰でも無い、
このあたしの前では冷徹な軍師殿じゃなくて優しいマーキュリーで居てくれる
のが」
 時には仲間の犠牲をも省みない決断を冷徹に行うマーキュリーもプリンセス
の守護神に就く以前は表情の豊かな多感で優しい少女であった。
 だが自分の能力と使命の重大さとを比較したとき彼女は感情を捨てざるをえ
なかった。
 そうしなければ大切な仲間を友を危険な場所へ向かわせる事は出来なかった
からだ。
 戦略、戦術の全てを任された彼女は自分の指示で戦場へと赴く仲間を見送る
度に何度叫びだしたい欲求に駆られた事か。彼女の心はその表情とは裏腹にず
たずたになりかけていた。
 むろんジュピターや他の守護神達もその事は知っている。
 彼女の指示に異を唱える事は、ほとんど無かった。
 だがジュピターは、そんな彼女が見ていられなかった。
 マーキュリーと幼なじみであったジュピターは彼女の辛さが、苦しさが手に
取るように理解できた。
 自分が傷つく事よりも仲間の事を心配をしてしまう彼女の性格を誰よりも良
く知っていたからだ。
 だから危険な任務にも率先して志願した。
 いつも不敵に笑って出撃し、同じように笑って帰還した。
 負傷して戻った時でも同じだった。
 そうする事がマーキュリーの負担を少しでも減らせると考えたからだ。
 だがそんなジュピターも一度だけ深手を負って帰還した事があった。
 戻って来た時は何時もと変わらず平静さを保っていたがクィーンとプリンセ
スに状況の報告をしている最中についに気を失い周囲を慌てさせた。
 やがて病室で気がついたジュピターが見たのは彼女の手を握りしめて小さく
ふるえているマーキュリーの姿だった。
 青ざめた頬を伝う彼女の涙だった。 
 ごめんなさい、と何度も彼女は言った。
 違うよドジをしたのはあたしなんだからマーキュリーのせいじゃないよと笑
ったが、その夜マーキュリーはジュピターの側を離れようとしなかった。

「かわいいお花ね」
 マーキュリーがジュピターの持つ花篭から小さな白い花を見つけた。
「れんげ草って言うんだ。地球では野原一杯に咲いてるんだって。そうだ、良
い物を作ってあげる」
 ジュピターは篭の中かられんげ草を主体にいくつかの花を取り出し器用に編
み始めた。
「地球の女の子達はこうやって首飾りを作って遊ぶんだって」
 草花と対するときジュピターは例えようもないほど優しい顔をする。
 マーキュリーはそんなジュピターの横顔を眩しそうに見つめるとふわりと微
笑んだが、すぐにある事に気づいて心配そうな顔をした。
「でもそのお花は今夜の舞踏会を飾るのに使うのでしょう。大丈夫なの?」
「なーに、沢山有るから大丈夫さ。そうそう今夜の舞踏会にはエンディミオン
公もおいでになるんだろ?」
 仕上げに入った首飾りを見ながらジュピターが話題を変えた。
「そうよ、非公式ですけどもね。プリンセスは朝からそわそわしていらっしゃ
ったわ。それに私もエンディミオン公にはお会いしたいし」
 マーキュリーの言葉にジュピターは、はっとして彼女の顔を見る。
「じゃあ、いよいよ…」
「ええ、地球へ行けるように御願いしようと思うの」
 ジュピターはマーキュリーの表情がいつもの冷たい仮面を装うのを見逃さず、
彼女の手を握りしめた。
「あたしも行くよ!」
 ジュピターだけが地球へ潜入すると言うマーキュリーの計画を聞かされてい
た。
 彼女曰く妖魔の動静を直接調査するだけで戦いに行く訳ではない。
 今の地球国と月の王国との微妙な関係、それに守護神が月を離れるなどとい
う事を決して許可しようとしない元老院にも内密に行う潜入行であり、力の強
い戦士では敵に探知され易いから自分一人で行くというのである。
 そもそも戦いになる事自体計画の失敗を意味する。
 そう説明されて一度は説得されたジュピターではあったが納得した訳ではな
かった。
「貴女が行けば必ず戦いになるわ。それに四守護神の半数が不在になるのはも
っと問題だわ」
「………」
「時間が無いの。敵はこちらの監視に気づいて動きを隠し始めたわ。何か大き
な作戦が動こうとしているの、此処に居たのでは対策を立てる事も出来ない、
それに…」
 厳しい顔をしてマーキュリーの話を聞いていたジュピターは小さくしかし力
強く答えた。
「行かせないよ!」
「ジュピ…」
「だめだ。やっぱりこの話は聞けないよ、守護神の一人としても認める訳には
いかない。なによりもあたしの気持ちが許さない!」
 叫ぶとジュピターはマーキュリーを押し倒し、その上に覆い被さった。
「あたしが、あたしがどんな危険な任務でも、どんなに倒れそうになっても、
帰ってこれるのはマーキュリーお前が此処に居てくれるからだよっ!」
 一瞬前とは別人の様な悲しそうな顔になって呟くように話を続ける。
「お願いだよ、お願いだから無茶な事はやめてくれよ、お前が居なくなったら
あたしは、あたしは何処へ帰ればいいんだよ…」
 それは雷将と呼ばれ、猛将といわれるジュピターがマーキュリーだけに見せ
る弱々しさだった。
 さあっと木の葉が鳴って風が二人の髪を揺らす。
 ポロポロと落ちるジュピターの涙がマーキュリーの頬を濡らした。
 じっとジュピターの瞳を見つめていたマーキュリーはやがて優しく微笑むと、
すっと両手をジュピターの頬にあてた。
「解ったわ……私の負けみたいね」
「え?」
「そんな顔をされたら逆らえないわ、それにこのまま私が一人で行ったら貴女
は必ず私を追いかけてくるでしょう?そんな事になったら元も子もないもの」
 そう言うとゆっくりとまぶたを閉じた。
「うん……」
 ジュピターは安心したようにマーキュリーの胸に顔を埋める。
 マーキュリーは目を開けると空に浮かぶ地球を見つめた。
 そしてジュピターの頭を抱くと栗色の髪を優しく撫でる。
「ジュピター」
「…ん?」
「愛しているわ」
「……うん」

 暫くして二人は各々の役目の為にその場を離れた。
 自分の執務室へと歩いていたマーキュリーは花園を出る直前に声を掛けられ
立ち止まる。
「良いのかい?」
「しかたがないわ、彼女の気性ですもの。ああ言っておかないと何をするか解
らないから」
 ストッと白い影がマーキューリーの足元に飛び降りた。
「アルテミス。私が出かけたら……門を破壊して…操作は私の部屋から出来る
ようにしておくから」
「な……そんな事をしたら君が戻れなくなってしまう」
 マーキュリーはアルテミスの驚きをまったく意に介さず。氷のような表情で
説明した。
「門は四日もあれば修復するでしょう、私の調査もそのくらいで何とかなるわ」
「けど、その間は誰も君を助けに行けない。もしも敵に見つかったらどうする
んだ?」
「その時は、助けは要らないわ。それに門が健在でも恐らく無駄よ」
「………」
 アルテミスは反論出来なかった。マーキュリーの戦闘能力を考えれば敵の本
拠地で一人で敵に発見された場合、大した時間稼ぎも出来ないだろう。
 だが彼が見上げた彼女の瞳には強い決意と僅かな悲しみが読み取れたが迷い
は無かった。そう誰かが行かなければならない。
「ジュピターに知れたら絞め殺されるな僕は…」
 その言葉にふわっと花園を振り向きながらマーキュリーは答えた。
「彼女は知ってるわ…きっと…私の嘘なんか簡単に見破っちゃうんですもの…
…」
「マーキュリー…」
 アルテミスはふと今彼女はどんな顔をしているのか見てみたい衝動に駆られ
た。だがそれを許されるのはたった一人であることも知っている。
 暫くしてマーキュリーは踵を返すと、行きましょうやるべき事が沢山待って
るわと言って歩きだした。

        ・        ・        ・

『これは私の中のマーキュリーの記憶……』
 時折、なにかのきっかけで断片的に蘇る前世の記憶、自分の中のもう一人の
自分が心の奥にしまった大切な思い出、ほとんどが悲しい記憶ではあるけれど
彼女と彼女が愛した人との大切な思い出だった。
『結局あの時マーキュリーは地球に行けなかった…あの舞踏会の夜が月の王国
の最後の夜…』
 守るべき人と愛する人と仲間と大切な物全てを同時に失った生々しい心の傷
跡、遥か太古の昔に起き今は伝説すら残らない、がそれは彼女が確かに経験し
た事だった。
「どうしたの泣いてるの?、あたし変なこと言ったかな?」
 亜美は自分でも気付かないうちに涙を流していた。
「え、あ、ううん何でもないの」
 慌てて涙を拭って笑おうとしたがうまくいかなかった。
「な、何でも……うっ…くっ……」
 逆にマーキュリーの悲しみが心を占めてしまい自分の意志とは別に泣き出し
てしまった。
「あーっまこちゃんが亜美ちゃんを泣かしてるー」
 うさぎが二人の様子に気付いて騒ぎだした。普段はあまり喜怒哀楽を見せな
い亜美が顔を両手で覆い俯いたまま肩を震わせている姿を見て驚いてしまった
のだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしには何がなんだか…」
「どうしたの亜美ちゃん?まこちゃんに変な事でもされたの?」
「レ、レイちゃん!」
「まこちゃんが浮気したの?このー亜美ちゃんと言うものがありながらー」
「美、美奈子ちゃんまで」
「亜美ちゃんの作ったお弁当を悪く言うなんて!まこちゃんでも許せない!」
「うさぎちゃん……」
 普段は目立った失敗をしないまことをみんなは嵩にかかって責めたてている。
 だが亜美はそんな騒ぎの蚊帳の外で一人泣き続けていた。
 その時だった。
『マ…キュ…ー……』
 それは突然亜美の心に響き始めた声だった。
『誰?まこちゃん?』
 聞き馴れたまことの声かとも感じたが何処かが違うようにも感じる。
『マーキュリー』
『誰?まこちゃんじゃない……ジュピター?』
『マーキュリー泣くんじゃないよ、あたしはいつも側に居るんだから』
 亜美は声の響いてくる方を見上げたがそこにはみんなに責めたてられている
まことが涙にゆがんで見えるだけであった。
『みんなもいつだって一緒だよマーキュリー、だから泣くんじゃないよ。まだ
まだやらなきゃならない事が沢山待ってるんだ。泣いてる暇はないんだよ』
 やがて亜美の心を占めていた悲しみが徐々に拭い去られていく。
『あたしはいつも側に居るんだから』
 そして亜美の心の中の悲しみが消え去ると同時に心に響いていたジュピター
の声も消えて行った。
 不思議な感覚だった。
 それは幾千年の時を越えた二つの心の一瞬の逢瀬だったのかも知れない。
「あ、亜美ちゃん、良かったみんなに説明してよ。あたし何にもしてないよね」
 亜美の様子に気づいたまことが亜美に助けを求めた。
「うん、何でもないの、ただちょっと昔の事を思い出しちゃっただけなの」
「ほら見ろ、あたしは悪くないんだから。大体あんた達は早とちりが…ねえ亜
美ちゃんそれってどんな事?」
 亜美はまことの矛先が突然自分に向いたので驚きつつも照れ笑いをしながら
誤魔化そうとした。
「え、な、何でもないの。大した事じゃないわ」
「大した事じゃ無いのに何であんなに泣くのさ、あ、こら、待ちなっ、逃げる
んじゃないよ」
 ぱっと逃げだした亜美をまことは追い始める。
「だから何でもないの」
「何でもないって事はないだろ、こらっ待ちなってば、このっ!」
 走りだした二人を残された三人は唖然と見送った。
「何なのよ、あの二人は」
「ほーんと、すっかり二人だけの世界に行っちゃってってうさぎっ!私の首飾
りだよそれは、何してんのよっ!」
「何って、レイちゃんの出来を見てるのよ、私との勝負よもや忘れたとは言わ
せないわよ」
 春の風が少女達の喧噪の中を駆け抜けて行く。
 遠い昔に彼女達の背負った心の傷跡は今生まれ変わった事で少しづつ癒され
ようとしている。
『あたしはいつも側に居るんだから』
 幻の様に心に響いた声だったが亜美は確かにそれを感じた。
『マーキュリー、もう一人の私。貴女は一人じゃないわ、仲間は何時だって側
にいるのよ。貴女の大切な人も、私の大切な人の中に…』
 亜美には風の先を走るマーキュリーとジュピターの姿が見えたような気がし
た。

                              終


 「黄昏の記憶」 後書き…です

 稚拙な作品を読んで頂いて有り難うございます。この作品はセラ
ムン小説の二番目の作品です。本当はこれを書きはじめる時には5
本ほどのプロットが出来上がっていて、どれを書き上げるか結構迷
いました。まだ私の中でセラムンに対するスタンスが出来上がって
おらず、書くもの全てが実験的な物になってしまっています。
 当然ながら前回と今回のお話もセラムンと言う材料はお借りして
いますが、登場するまことも亜美も全くの別人。パラレルワールド
みたいなものとご理解して頂ければ有り難いです。
 おそらく今後の作品も全て同じ様にパラレルワールド的に作って
行くと思いますが、いつしか私の中で確たる世界が構築出来たら楽
しいだろうな、なんて考えています。
 あ、そうそう大事な事を一つ。私の作品は一応「まこ×亜美」と
銘打っていますが、実際はどちらが攻めでどちらが受けと言うスタ
イルは考えていません。私の中でこの二人は常に対等の立場でいて
欲しいのです。まあ、どちらがより積極的になる事は有りますが、
それはストーリーの流れしだいと言う事で…
                     作者 拝


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