Special Thanks to まきのさん、ひーやんさん、RUIさん
All story written by FunTom



まこ亜美HP『もくもく亭』1周年記念 進呈ストーリー

美少女戦士セーラームーン後日話
稼げ!セーラーレーサーズ?!


act.1 Reflection

「やけに静かだね。今日は」
 カウンターの向こうでマスターが、ソフトクリームをグラスに注ぎながら言
った。
「そうですねぇ。昨日はあんなに賑やかでしたのに…」
 カウンターの手前ではウエイトレスが、スプーンにナプキンを巻きながらう
なずいた。店には窓際の席に5人の少女達が居るだけ。カウンターの奥にある
ラジオから流れる小さな音の競馬中継まで聞こえるほど、静かであった。

 ここは十番商店街にあるフルーツパーラー、クラウン。いつもセーラーチー
ムが作戦会議と称しながら、午後のおしゃべりに寄る店である。それは高校2
年生になった今も変わらない。
 そして、それは夏休みも始まったばかりのある日のこと。

「どうしよっかぁ…」
「…」
 美奈子の問いかけに、4人からは答えがない。

「ごめんな。あたしのせいで…」

 間を置いて出た声に、みんなの目がそこに向いた。
「でもしっかり者のまこちゃんにしては、失敗したわねぇ。お家賃を落としち
ゃうなんて…。いい男にでも見とれてたんじゃない?」
「レイちゃんっ! まこちゃんはね…」
 レイのたわいのないツッコミに、亜美が珍しく語気を荒げた。あわてて、ま
ことは亜美を制する。
「亜美ちゃん、いいんだよ。あたしのドジには違いなんだから…」
「起きちゃったことはしょうがないよ。ね、みんな…」
 珍しく素早いうさぎのホローに、みんな静かに頷いた。

「旅行。みんなで行ってくれよ。あたしは留守番してるか…」
 ニッコリ笑ってまことの言葉が終わらぬうちに、美奈子が身を乗り出した。
「ダメよっ。まこちゃんも、みんなで行くって決めたんじゃない! まこちゃ
んが行けないなら中止にしましょ」
「だ、だめだよ、美奈子ちゃん。もうコテージの前金振り込んじゃっただろ。
ムダになっちゃうじゃないか。みんな楽しみにしてたんだし…。な、行ってく
れよ」

 まことが強く言えば言うほど、4人の気は沈んでいく。昨日はあんなにハッ
ピーだったに…。

 事の起こりは4ヶ月ほど前にさかのぼる。その日も、このパーラーに5人は
集まっていた。
「ここ、ステキよねぇ。こんな所でカッコイイ彼氏と1日海を見て過ごしたい
わぁ」
 美奈子が少女向けの情報雑誌を握りしめて、声を上げた。
「え、どこどこっ!」
 すかさず、うさぎとレイがその雑誌を奪ってページを広げる。
「わぁっ! ほんとロマンチックねぇ。こういうところ行きいたわねぇ」
「そうだ! ねぇ、みんな。今度の夏休みに行かない? セーラーチームも今
年で結成3周年じゃない。記念の旅行しましょうよ。この機会を逃すと、みん
なもう受験で忙しくなるじゃない。チャンスだと思わない!」
「美奈子ちゃん、グッドアイディアだね。あたし、賛成!」
「あ。あたしもぉ!」
「でも、私たち全員がここを離れるのは、チームとしてまずくない?」
 当然、こういうツッコミを入れるのは亜美だった。
「亜美ちゃぁん。かたいこと言いっこなしよ。ほら、はるかさんやみちるさん
もいるじゃない。ほんの2、3日だけよ」
 こういう事になれば、行動力抜群の美奈子である。既に雑誌から連絡先など
を書き写している。
「じゃあ、はるかさん達がokしてくれたら…」
 もちろん、亜美だって行きたいのである。

「よしっ。けってぇいっ!」と美奈子は決めポーズ。
「おぉおっ!」

 とかいう具合に"セーラーチーム結成3周年夏休み旅行"の計画は進んでいっ
た。みんな、お小遣いを貯めて旅行資金を捻出。ぶつぶつ言われながらも、は
るか達に留守番を頼み込むのも成功。憧れのコテージも高い競争率を勝ち抜い
て、何とか予約にこぎ着けた。そして、昨日、その予約金を振り込んで、この
パーラーで祝杯を挙げたばかりだった。

 なのに…、だ。
 まことが、夕べ住んでいるアパートの家賃を落としてしまったらしい。その
額は生活に困るほどではないが、この2ヶ月無駄遣いはまったくできない。当
然、旅費に注ぎ込む余裕はないどころか、これまで貯めた分を少し使うことに
もなった。かといって、自分の不手際で、仕送りをしてくれる祖父に余計な出
費をねだるほど、まことはお気楽娘ではない。その辺は、みなよく知っている。
 そして、今日。まことは旅行に行かないと言い出したわけだった。

 いつもならアッという間になくなる、5人の前に並んだパフェのアイスも溶
けていく。みんなの気まずさに堪えられなくなって、というかパフェの魅力に
負けたうさぎが、スプーンをグラスに差し込む。まあ、そのスピードがいつも
の4割減なんだから、許してもらおう。
 そのうさぎの耳がピクピクと動いた。
「まこちゃん! みんな、ちょっと待っててね!」
 そういうと、うさぎは正に脱兎の勢いで店を飛び出した。残された4人は狐、
いやうさぎに鼻をつままれたというところか、ぽかんとうさぎを見送った。
 ほんの数分で戻ってきた彼女の手には1冊の雑誌が握られていた。
「これよこれっ。いま、ラジオで流れていた競馬の中継でピカッと来ちゃった
んだよねぇ」
 もう自信満々でうさぎは、隣の本屋で買ってきた雑誌をテーブルに置いた。
「『月刊 賞金マガジン』って?!」
 4人は雑誌の名前を読んで顔を見合わせた。それは、賞金付きの懸賞やコン
テストなどを毎月まとめて掲載している最近話題の雑誌だった。
「これで、お金を稼ぐのよっ。うーん、我ながらグッドアイディアだわ」
「うさぎぃ。世の中、そんなに甘くはないのよ。私の知り合いのおじさんなん
て、競馬でスッて何十万て損してるのよ」
「そうよ。うさぎちゃん。確証的な因子がない限り、確率に頼るギャンブルは
損失しか生まないわ…」
「ちょちょっと、レイちゃんも亜美ちゃんも待ってって。だから、あたしはギ
ャンブルをしようって言うんじゃないのよ。何か勝ち抜けそうなコンテストを
選んで出場して、賞金をもらおうって…」
「でもね。うさぎちゃん」
 美奈子が口を挟む。
「それだって勝てるとは限らないじゃない。それだったら、ここは素敵なおじ
さまを見つけて、援助(バコッ)…いったぁい!」
 レイとまことの平手が、両側から美奈子の後頭部を見舞った。そして、みん
なのジト目が刺さる。
「もうぅ、やだなぁ。ジョークよ、It's so joke! はは…」
「もう、美奈子ちゃんは…」と、あきれ気味に亜美は額に手を当てる。

「ともかく。これで探すだけ探してみようよ。何かあるかもしれないしさ。ダ
メだったらまた何か別な手を考えようよ。ねっ。みんなで行けるように」
「そうだね。せっかくうさぎちゃんが雑誌買ってきてくれたんだからさ」
 まことは自分のために、いやみんなのためになると俄然一所懸命になる、う
さぎの好意を無にしないために、その雑誌をめくりだした。

 決まれば、うじうじ考えない。5人は額を寄せ合って雑誌の記事をチェック
しだした。「うーん、これは年齢制限があるし。これは賞金が少ないし…」
「これは! 歌唱力コンテスト。賞金5万円だって」
「だめじゃない。もう申込み締め切ってるわ」
 と、記事の掲載枠にドンドンと×印が書かれていく。思いの外条件に当ては
まるものはなかった。

「残ったのはこの3つね…」
 亜美が、丸のついた枠のある記事をきれいに切り抜いた。
「『特盛十番らぁめん4杯早食い競争』って、これはうさぎ向きね」
 レイが切り抜きをうさぎの前でヒラヒラとする。
「ええぇ。30分であの特盛らぁめん4杯も食べんのぉ!?」
「この前、2杯は軽く食べたじゃない。4杯完食で2万円。いけるわっ」
 レイはニヤリと笑った。
「そうね。でも、うさぎちゃん1人じゃ心許ないから、レイちゃんと2人で挑
戦してもらいましょ」
「ちょっとぉ! 食い意地だったら美奈子ちゃんの方が上でしょっ!! それじ
ゃあ美奈子ちゃんは何するのよ?」
「あたし? あたしはこの『ミスお美足コンテスト』に出場するのよっ」
「ええぇ! 脚線美だったら、このレイちゃんにお・ま・か・せっ、よっ!」
「じゃあ、レイちゃん! 勝負よっ!!」
「分かったわ。美奈子ちゃ…、って。なによ、うさぎ」
「だめぇ! レイちゃぁぁ〜ん…。あたしと一緒に出てようぉ」と、うるうる
目のうさぎは、レイのスカートを握る。
「う、うさぎぃ〜。はぁ、わかったわよ。あんたにつき合ってあげるわよ、はぁ…」

「あと1つは…。これね」。亜美が手元に引き寄せる。
 その切り抜きには『素人レーサー対抗カートレース大会』とあった。優勝賞
金20万円。3位入賞でも5万円と、まことの旅費をまかなってお釣りが来る金
額だ。

「あたし。これに出る」
 まことがつぶやいた。
「でも、まこちゃん。カートって競走専用のゴーカートでしょ。経験もないの
に…」
 亜美が心配そうに、彼女の顔を覗き込んだ。
「ほら、はるかさんが前にカートのレースに出て、それで勝った雑誌を見せて
くれただろ。はるかさんに教わってみるよ。まあ、付け焼き刃だし、はるかさ
んに無理だって言われたら諦めるけど…」
「そうよ。まこちゃんはスポーツ万能だからいけるかもしれないよ。そだ、あ
たしがレースクイーンやってあげる」と、はしゃぐうさぎ。
「うさぎちゃん、レースクィーンは必要ないと思うけど。くすっ。でも、メカ
ニックというかアシスタントは必要よね。私で良ければ…」
「うん! ありがとう、亜美ちゃん。あたしそういうのはてんでダメだから、
亜美ちゃんがサポートしてくれれば心強いよ」
 とニッコリと笑うまことに見つめられて、亜美の頬がちょっと染まる。
「よし。じゃあ、うさぎちゃんとレイちゃんがラーメン大食いで、あたしが脚
線美コンテスト、それでまこちゃんと亜美ちゃんがカートレースね。これで、
それぞれ目標が決まったわ。それぞれ、賞金目指してGO!」
「おぉおっ!!」

 早速、うさぎとレイ、そしてつき合いで美奈子は十番らぁめん「丸金」に申
込みを兼ねて下見に。そして、まことと亜美は、はるか達のマンションへと相
談に向かった。


「まこちゃん…。良かったのこれで? 本当のこと、みんなに言った方が…」
 はるかのマンションに向かう道すがら、亜美はまことに問いただした。
「いいんだよ、これで。そりゃ、本当のことを言ってもみんな分かってくれる
と思うよ。でも、これはあたしが勝手にやったことだからさ…」

 それは夕べのこと。
 昨日は昼過ぎに集まり、みんなで銀行に行ってコテージの予約金を振り込ん
だ。その時、まことは家賃を引き出し、帰りがけに不動産屋に寄るつもりだっ
た。そして、パフェの祝杯を挙げたあと、帰る方向が同じ亜美を残してみんな
とは別れた。
 そして、アパートに前に来たとき、その玄関に所在なげに立っている男の子
がいた。

「あれ、誠君! どうしたんだい?」
 彼はまことの部屋の隣に母と2人で住んでいる少年だった。
「あ、まこねぃちゃん…」
 偶然にも同じ名前だったことから、2人はすぐに仲良くなり、彼の母親とも
親しくしている。それだけに、元気のない少年のことは気がかりで、まことは
その理由を尋ねたのだった。
「田舎のおばぁちゃんが倒れたんだ。でね、おかあさんがお店休みたいって言
ったんだけど、お給料引くって言われてさ」
 この親子の経済状況が良くないのは、親しいまことはよく知っている。もち
ろん、母親はそんなことは一言も言わなかったが。
 少年と話し、励ましているとそこに母親が帰ってきた。その顔色から、交渉
事が上手く行かなかったのは明らかだった。
「これ。つかってよ…」
 まことは、家賃用に降ろした現金の入った封筒を彼女の手に握らせた。亜美
は驚いてまことを見たが、まことはニコリと笑って首を振っただけだった。封
筒を渡された母親は、中を見て驚き、まことに返そうとした。
「いいんだよ。これがあたしの全財産てわけじゃないし、ちょっと遊ぶのを控
えれば大丈夫だからさ。戻ってきて、お給料が入ったら返してくれればいいか
らさ。ねっ。たった1人のおかあさんなんでしょ。誠君連れて逢いに行きなよ。
ねっ」
 結局、親子はまことに深々と頭を下げてお金を受け取り、あわてて帰郷の準
備を始めた。
「まこちゃん…」
「ごめん、亜美ちゃん。旅行。行けなくなると思う。それと、このことはみん
なには内緒にしておいてよ」
「…」
 まことの両親は不慮の事故で亡くなっていた。それを知る亜美は、ただ小さ
くうなずいただけだった。




act.2 I'll be there

 訪れた部屋には、珍しくはるかだけでなく、みちるもほたるも居た。ちなみ
に、せつなは、時空の番人としてのお仕事が出来たらしく、長期外出中だ。

「今日は2人だけかい。で、どういうご用件かな?」
 応接のソファでまことと亜美は、はるかと向かい合った。少し離れたダイニ
ングではみちるが本を読んでいた。
『すごい、"Der Prozess"ってカフカの"審判"の原語版だわ』と亜美は驚いた。
まことも感心していたが、こちらは厚い外国語の本だという点だけだった。さ
らに、みちるの名誉のために付け加えるなら、この"Der Prozess"はカフカの
チェコ訛のドイツ語により忠実なレアものの第2版皮装幀である。
 まあ、それはいいとして。まことは状況を説明して、はるかに協力を願いで
た。
「話は分かったよ。まことは運動神経も良いし、きっとそこそこは出来ると思
う。ただ、忘れていけないのは、カートといえども立派なモータースポーツな
んだ。そしてモータースポーツは、体力や運動神経だけでは勝てない。勝つに
はクルマ、つまりカートという機械が良くなくてはならない。それにはお金が
いる…」
 まことと亜美は、ハッとした。そうだ。大食い競争や美人コンテストなら、
身体ひとつ持っていけばいいのだが、カートレースをやるには、専用車両のカ
ートやそれに使うガソリンやタイヤ、練習するためのコースを借りるお金がい
るのだ。たかだか数万円を得るのに必死になっている彼女たちに、それらを用
意するお金があるわけがない。
「じゃあ、これは無理ですね…」
 まことの声は意気消沈していた。
「まだそう決めつけるのは、早いんじゃないかな」
「えっ!?」
「カート自体は僕が前に使っていたものが、カート・ショップのガレージに眠
っているはずだから、それを貸して上げよう。そのショップはカート・サーキ
ットにも近いからそこを拠点にすればいい。ショップの親父さんには僕から話
をつけてあげよう」
「ホントですか! ありがとうございます、はるかさん」
「喜ぶのはまだ早いな。レーシング・ウェアなんかも僕のが合うなら貸せるが、
他にもガソリン、オイル、タイヤなんかも必要だ。これは実費を頂きたいとこ
ろだが…」
 はるかは、意地悪い目でまことと亜美を覗き込む。2人は次の言葉を身を硬
くして待っている。
「そうだな…。よし、僕が資金を立て替えよう。ただし、だ。3位に入賞しな
けりゃ意味がないわけだから…。そうだな賞金の2割を頂こうか。入賞できな
かったら、レース後に君たちには僕が指定したバイトをしてもらって、経費分
をタダ働きだ。これでどうかな?」
「はるかさん、それでかまいません。でも…」
 まことが即答した。
「でも、このレースに出るのはあたしだから、資金の返済はあたしだけで…」
「待ってまこちゃん。私、大したお手伝いはできないかもしれないけど、まこ
ちゃんと一緒にこのレースに参加するっていう気持ちは変わらないわ。だから、
最後まで一緒に…」
「おいおい。くくっ。君たちはもう負ける心配かい。勝ちゃぁいいんだよ。勝
てばね。で、どうだいこの契約受けるかな?」
「はい!」と2人の声はハミングした。

 はるかは電話を取り、ショップや知り合いに連絡を取った。初練習は明後日
と決まった。そして、2人はカートの基礎知識をはるかからいろいろと聞いた。
「それと、まことにはあとでカートに必要な体力トレーニングのメニューをフ
ァックスで送るから、これから毎日続けるように。マラソンや体操といった普
通のメニューだけど、心肺機能と首、腕の筋力アップに重点をおいてある。大
丈夫だろうね」
「はい。必ずやります」
 そして最後に、まことはカートの入門書を、亜美にはカートのメカニズム・
ハンドブックと規則書が手渡された。


「ほんと、意地悪な人ね」
 2人が帰ったあと、正面の"いつもの"ソファには、みちるがいた。
「なんだい。僕にしちゃあとびきり親切にしてやったつもりだけど…。あ、サ
ンクス」
 ほたるが、2人の手に紅茶を手渡した。はるかはダージリンのストレート、
濃いめ。満ちるにはアールグレイのミルクティ、ノンシュガーを。
「ありがと、ほたる。だってそうでしょ。親切なら、直接足りない旅行資金を
貸してあげればいいじゃない。違うかしら?」
「ちっちっ。みちるは分かってないな。人生試練が必要なんだよ。それに立ち
向かう乙女達を勝利に導くのが、僕の使命なのさ」
「まあ、お上手ね。わたくしにはイタズラ堕天使が、乙女の天秤をもてあそん
でるのかと思ったわ。大体、体力トレーニングなんて勧めているご本人は、F
1ワールドチャンピオンを目指して実践してらしゃるのかしら?」
「不要なんだよ、天才にはね。僕はこのしなやかな身体で、華麗なチャンピオ
ンとなるのさ。僕は誰にも教えを請わないし、誰にも負けない…」
「じゃあ、わたくしには何もお役に立てることはないのかしら?」
 はるかは人差指を頬に当てて、尋ねる。
「そうだな。それはベッドの枕元で教えてあげるよ」
「あら。それじゃあ、寝不足になるんじゃなくって。くすっ」
「そのぐらいが、国内レベルのライバル達にはいいハンデさ。さて、まことの
メニューを作ってやらなくちゃね」
 そう言うと、みちるの頭を軽く小突いて、彼女は自室へと消えた。

 入れ替わりにほたるが、ココアのカップを持ってリビングに現れ、みちるの
足下に座り込んだ。
「ねぇ。みちるママ。私、見ちゃったの。朝ね、おトイレに起きたときね。は
るかパパ、腕立て伏せしたり、手を使わないで頭で逆立ちしたりすごいのよ。
汗もいっぱいでね…」
「ほたる。愛しい人ががんばっているときはね。黙って、彼を信じて応援して
あげればいいのよ。余計なことを言ってはダメ。それが"いいおんな"ってもの
なのよ。だから、それを知ってることは、私とほたるの秘密ね?」
「うん! 分かったわ、みちるママ」
「あ、それとほたる。もうその"ママ"は止めなさいって言ったでしょ」
 これまでは"ママ"と呼ばれても、みちるは気にしていなかったが、さすがに
ほたるが小学生に成長した最近は、ちょっと抵抗が出てきていた。
「あ。ごめんなさい。じゃあ、みちる"おかあさん"!」
「もう、この子は。ふふっ」
 みちるは、ほたるの頬をつつくと膝元に抱き寄せた。


「なんだぁ。サーキットって結構小さいのね。うちの学校の校庭と同じくらい
じゃない?」
 お昼過ぎに、はるかが運転するバンで、サーキットに到着した5人娘の最初
の感想はレイの言葉通りだった。小さな観戦スタンドからは、肉眼でコースの
すべてが見渡せる。
 第3新東京サーキットは、一昨年湾岸地区に新たにオープンしたカート専用
サーキットだ。全長は約820mと本物の"自動車"のサーキットに較べればはるか
に小さいが、カート・コースとしては標準的だ。ちなみにここのFAクラス初代
チャンピオンで、未だに破られないコースレコード"32秒84"を持っているが、
天王はるかである。
「感想は、カートが走っているのを見てからだよ。お、そろそろ出てきたぜ」
 お昼休みが終わったところで、コースに数台のカートが入っていった。
「きゃあ、カワイイっ! あんな小さな子もやってるんだぁ」
 美奈子が指さした先には、10歳くらいの少年が乗るカートがあった。そう、
カートは自動車の運転免許がいるわけではないので、小学生でも走ることが出
来る。
 最初はわいわいと騒いでいた彼女たちだったが、次第に言葉が少なくなって
いく。
「こんなに速いんですかぁ。時速100km出てるんじゃない?」
 カート・コースはコースまでわずか2、3mの所で見ることが出来る。間近
で見ると、カート自体が小さいだけに思った以上に速く見えるのだ。
「ははっ、さすがに100km/hは出てないよ。でも今走ってるクラスでも最高80km
/hくらいは出てるよ」
「ええぇ! 大丈夫…なの、まこちゃん…」
 はるかの答えに思わず、声が弱気になるうさぎであった。
「う、うん。大丈夫…、だと思う、けど。はるかさんに教わるんだし…」
「ま、教えるけど、走るのはまことだ。今から飲まれいてどうするんだ」
「は、はい! がんばります!!」

 ピット、つまりカートを調整するコース際のガレージへと、6人は降りてい
った。そこには、今回まことが使うカートが既に運び込まれていた。
「これは僕が最初に使っていたヤツだ。ショップの親父さんに頼んで大会の規
則に合わせて調整もしてあるし、初心者向けに直してもある。本当はドライバ
ーがライセンスを取ってからじゃないとコースは走れないんだけど、今日はシ
ョップの貸し切り走行会だからってことでokをもらってある。ライセンスは、
あとで講習を受ければ君たちでも簡単に取れる。さて、まこと。この前渡した
テキストは読んできたよね?」
「は、はい」
「じゃあ、早速行ってみようか」
 はるかは、自分が来ていた厚手のウインドブレーカーを脱いでまことに着せ
た。まことの今日の出で立ちは、トレーナーにGパン、スニーカーとはるかに
言われた通りの格好である。そして、バックの中からヘルメットとレーシング
・グローブを出し、まことに渡す。
「レーシングスーツは身体を締め付けるから、カート自体の運転に慣れるまで
はその格好でいい。今日は本当にカートの雰囲気が分かればそれでいいんだか
らな。無理はするなよ」
「は、はい」
 ヘルメットとグローブを身につけたまことは、カートのシートに身体を沈め
た。その脇にはるかが座り込み、ドライバーとレンチでペダルやステアリング
の位置を調整していく。傍らでは、亜美がその作業の様子を一瞬たりとも見逃
すまいというほど真剣な眼差しで、見つめている。
「ほぉ。ポジションは大体、僕と変わらないみたいだな。手間がなくていいや。
じゃあ、行くぞ」
 カートにはエンジンスターターどころか、クラッチもついていない。従って、
カートを押してエンジンを掛ける。手慣れてくると、ドライバーが1人で押し
てエンジンを掛けてから飛び乗るという事をする。だが、今回まことは初めて
なわけだから、はるかが後ろから押し出してコースへと送り出した。

「わぁあ! あ、ダメぇ! あああっ、まこちゃん! もう見てらんないっ」
 レイが叫ぶまでもなく、まことの運転するカートはコースのあっちへ行った
り、こっちで止まりそうになったりと、大変な状態である。一緒に走ってる他
のカートにも危うくぶつかりそうにもなった。
 亜美は持ってきたストップウォッチを使おうと握りしめた。
「亜美。今日は、それは不要だ。まだそういう段階じゃない」
「あ、はい…」
「でも…。思ったよりもいいよ、まことは。うん、いい」
「は、はいっ!」
 はるかは亜美にニコリと笑った。
 20周も走っただろうか。とりあえずは変な方向に行くことなく、まことはコ
ースを回ってくるようになっていた。
「よし。亜美。ピットインのサインを出せ」
 はるかに命じられて、亜美は"PIT IN"というプレートをサインボードにさし
てコース脇に出た。ピット前を駆け抜けるとき、まことはその際を見て、亜美
にうなずきを返した。
 カートから降りると、まことは思わずコンクリートの床に座り込んだ。見か
ねた亜美がヘルメットを脱がすのを手伝う。
「まあ、最初はこんなもんだろう。アクセルとブレーキの使い方、コースの雰
囲気っていうのは分かっただろう?」
「は、はい…。はぁはぁ…」
「よし。15分ほど休憩したら、次の走行だ」
「あ、あの。はるかさん、もう少し休ませてあげたら…」
 うさぎが心配になって提案する。が、はるかはあっさりとはねつけた。
「今は、身体が覚えればいいんだ。それは熱いうちがいいんだよ」

 ジャスト15分後。はるかがカートの脇に立つと、まこともヘルメットを取っ
た。
「いいか、まこと。次の走行はこの3つのことを意識しろ。まずストレートで
は、アクセルは全開。絶対全開だ。そして、コーナーに入ったらブレーキを踏
むな…」
「ブレーキを踏まないなんて、そんな無茶な、はるかさん!」
「外野は黙ってろ!」
 横から口を挟んだ美奈子を、はるかは一喝した。
「それから、常に1つ先を見ろ。ストレートならコーナーの入り口、コーナー
に入ったらコーナーの内側の頂点、そこに行ったらコーナーの先のコースだ。
分かったな」
「は、はい」

 再度コースに入ったまことは、はるかの言いつけを頭の中で反すうし続けた。
『ストレートは全開。ひとつ先を見る。ブレーキは踏むな…』
 入った早々はまだギクシャクしていたまことの走りが、5周もするとかなり
見れるようになってきた。
「へぇ。ほんとやるもんだな。…ん。亜美! 時計だ。タイムを取ってみろ」
「えっ。は、はいっ」
 亜美はあわててポケットに仕舞っていたストップウォッチを取り出してタイ
ムを記録し出した。
 最初の周が59秒5、次が58秒8、58秒2…と確実にタイムがアップしていく。
「この周は57秒1って。すごい、まこちゃん…」
 と、亜美がチェックした直後だった。バックスレートの先のコーナーで、ま
ことのカートはコースを飛び出してしまった。コース脇の縁石に飛び乗って、
カートは1m近く中に浮いたように見えた。
「きゃあぁぁ〜! まこちゃぁぁん!」
 はるか以外は、みな声を上げて固まった。
「ま、上出来だよ」
 はるかは、身体を伸ばして、まことに向かって手を振った。それに気が付い
たまことも大きく手を振り返した。4人の安堵のため息が聞こえた。

「まこちゃん。身体は大丈夫なの!? あんなに飛び上がって…」
 ピットに歩いて戻ってきたまことに、みんなが駆け寄る。
「ああ、全然大丈夫。そんな大したことないよ。ちょっと勢い余って飛び出し
ちゃっただけさ」
 笑顔で応えたまことを囲む3人の半歩後ろで、亜美もホッとため息をつく。
「じゃあ、今日はここまでにするか」
 コース脇の砂が着いたカートを点検し終えたはるかが声を掛けた。
「はるかさん、カート壊れちゃいましたか?」
「いや。大したダメージはないが…」
「まだ、走れるんだったら走らせてください。なんとなく分かってきたんです。
だから…」
「そうか。…わかった。じゃあ、あと15周だけだ。もうかなり身体が疲れてき
ているはずだから、それ以上はダメだ。それと、スピンしたあとは、必ず身体
のセルフチェックをしろ。そして無理なら絶対走るな。モータースポーツは危
ないスポーツなんだ。これを忘れるな」
「はいっ!」

 まことは今日3回目の走行に出た。亜美はタイムを取りながら、その走りを
じっと見つめる。そして、ふと気が付いたことを口に出した。
「はるかさん。最も速く走るには決まった走り方ってあるんですか?」
「お、いいとこに気が付いたな。そう、コースを速く走るには一定の走行ライ
ンてのがあるんだ。単純に考えれば、コースの一番内側を走るのが距離が短く
て済む。だけど、そうするとスピードが出せなくなってしまう。スピードを出
せば、加速度や遠心力が付くから、カートはコースの外側へと行ってしまう。
だから、それが最も釣り合った点を結んだ線が最速ラインって訳だ」
「ありがとうございます!」
 思わぬ礼を言われて、一瞬はるかは呆気にとられたが、笑顔で応えた。もっ
ともこの時は、これがひとつのトラブルを招くとは思わなかったからだが。



 カート大会まであと10日となった。まことはライセンスも取得し、サーキッ
トでの練習走行も3回目。もう他の常連カーターたちと一緒に走っても遜色が
なくなっていた。
 そして、この日午前。サーキットに来たのはまことに亜美、そしてみちるの
3人だけだった。はるかは事情があって、午後に遅れてくることになり、その
間のお目付役としてみちるがかり出されたのだった。
 まことと亜美は手慣れた手つきでカートを整備し、コースに入る。午前とい
うこともあり、コース上はそれほど混んではいなかった。
 5周も走ると、タイムを取る亜美がニコリと微笑んだ。
『やった! 48秒を切ったわ』
 前回の走行では、48秒4の自己最高を記録してから、まことはなかなかそれ
以上のタイムが更新出来ない、頭打ち状態になっていた。まあ、ここからは1
秒、コンマ5秒がすごく厚い壁になるわけだが。
 そこで亜美は、まことのカートのパワーとこのコース・レイアウトを基に、
データをパソコンで解析して最速ラインを割り出してみたのだ。それによって
作成された走行ラインは、はるかがふたりに教えたものと若干違っていた。そ
こで昨晩まことと検討して、今日それを試してみることにしたのだ。
「調子いいみたいね」
「ええ、上手く行ってます。みちるさん」
 はじめはスタンドで観戦していたみちるだったが、さすがに飽きたのか。ピ
ットに寄って亜美に声を掛けると、ドライバーズサロンと呼ばれる食堂に引っ
込んで読書を決め込んでいた。
 午前中いっぱい走り込んで、タイムは47秒3まで上がっていた。
「どうだい、亜美ちゃん?」
「うん、最高は47秒3よ。目標タイムは47秒を切ることだから、まだちょっと
かしら。エンジンのフケはどう?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと付いてくるよ。タイムは、1コーナーでいろいろア
クセレーションを試してるからね。それが決まればまだ上がると思うんだ」
 とまあ、2人ともいっぱしの会話をこなすようになった。まことは、はるか
から、毎走行毎の課題を事前に与えられていて、今回もそれをこなしている。
だが、この亜美流ベストラインのことは、はるかには伝えていなかった。

「最初の5周はアタックするよ」
 そうまことは言って、午後のコースに出た。
 5周目。ついにタイムは46秒9と、47秒を切った。
『よしっ』と亜美は思って、コース上のまことに目を向けたが、最初の予定と
違いまことは6周目もアタックを続けているようだった。走りは想定ラインの
上を見事にトレースし、スピードも乗っているように見えた。またタイムが上
がると亜美が考えた、その時だった。
「あっ、まこちゃん!」
 バックストレートの中程にある緩い右コーナーだった。まことはコース際の
縁石に乗りすぎてコントロールを失ってしまった。勢いの付いていたカートは、
2回スピンして次のコーナーの外側に芝生に少し飛び出したところで止まった。
 コースアウトやスピンは、これまで何度かあったので、今更初走行のような
恐怖はなくなっていた。もっとも、亜美にとっては出来れば2度と見たくない
もの、であることには変わりはなかった。
 今回は今までに較べれば大したことがないように見えた。まことも、自力で
コースに戻っていった。その後1周すると、カートはピットに戻ってきた。
「大丈夫? まこちゃん」
「ああ。フロントのシャフトが少し曲がったかもしれない。ストレートでハン
ドルが揺れるんだ」
「分かったわ。じゃあ、シャフトを交換して、前回りを点検するね。それまで
少し休んでいて」
「ああ、頼むよ」

 20分ほどで、亜美は作業を終えた。ふと見ると、まことがいない。と、ドラ
イバーズサロンの方から、まことが歩いて来るのに気が付いた。
「どう、亜美ちゃん、ジュース飲む?」と、まことは冷えた缶ジュースを差し
出した。
「ううん、いいわ。それよりカートの方だけど、やっぱりシャフトが曲がって
いたわ。あとは大丈夫よ。もう走れるけど…」
「そうか。じゃあ、行こうかな…」
 まことは手に持っていた缶を作業台に置くと、ヘルメットを被りだした。そ
の姿に亜美は妙な違和感を感じたが、特には口に出さなかった。
 それから、まことのタイムは47秒前半をコンスタントに記録していたが、時
折1秒以上も遅くなるときもあった。


「どうだい。ジュピター・ストリームの様子は? タイム・チャートを見せて
くれ」
「あ、はるかさん。こんにちは。タイムはこれです」
 ようやく、はるかがサーキットに到着した。
「へぇ。すごいじゃん。あ、この缶ジュース、どっちかもらっていい?」
「ええ、どうぞ」
 と亜美が缶ジュースに目をやると、2つともにリップが切られていなかった。
てっきり、まことは飲んでいたものと思っていたのだが。
「んっ?!」
 そして、チャートの最後の方を見て、はるかの様子が変わった。手に取った
缶ジュースに口も付けずに置き、身体を伸ばしてコース上のまことに視線を向
けたのだった。
 2周も注視していただろうか。はるかは突然亜美に命じた。
「まことをピットインさせろ!」
「えっ。はいっ」

 まことがピットインすると、はるかはつかつかと彼女のそばに寄った。
「あ、はるかさん、来てたん…」
「まこと。手を出せ。左手だ!」
 まことがおずおずと出す左手を、はるかはガシッと握った。
「いっ、つっ…」
「スピンしたときに挫いたんだな。ヘルメットとグローブを外して、こっちに
来い」
 はるかは、まことの左手を触って確認する。
「骨は大丈夫そうだな。今日はもうここまでだ。帰る準備をしろ。帰り道、病
院に行って、その結果を報せろよ。それまでは体力トレーニングも中止だ。
 それと亜美。なんで気が付かなかった。メカニックを気取るなら、マシンだ
けでなく、ドライバーのケアもおこたるんじゃない」
『そうだ。確かに慣れからおろそかになっていた。スピンの後のまこちゃんの
振る舞い。そう缶ジュースも飲むためでなく、手を冷やそうとしたんだ。あの
時、私がもっとまこちゃんのことを気に掛けていれば…』
「はい。すいません…」
「はるかさん! ケガしたの黙っていたのはあたしなんです。亜美ちゃんは知
らなかったんだから…」
「まだある。ふたりとも、今日は何をやっていたんだ。僕のプログラム以外の
ことをやっていただろう」
「あの…。私、新しい走行ラインを計算してみたんです。それをまこちゃんに
試してもらって…」
 亜美は自分のシミュレートした走行ラインを記した紙を、はるかに渡した。
「へぇ。なかなか考えているな。で、これの想定最高タイムはいくつだ?」
「46秒5です」
「そうか。じゃあ、もし僕が走ったとして、何秒ぐらい出せると思う?」
 亜美はベルトポーチから愛用のポケコンを出して計算をしてみた。
「44秒5だと思います。はるかさんのデータがないんで、誤差はコンマ5秒く
らいあるかもしれません。でも44秒は切れないと思います。それにこのマシン
では、このラインで走るのが計算上ベストだと思います」
 確かに自分はカートレースでは素人だ。まことのケガを見抜けなかった落ち
度は反省する。亜美はそう思った。でもカートといえども物理ルールの限界上
で動いているものである。計算なら誰にも、はるかにも負けないと言う自負が
彼女の語気を強くした。
 その亜美の勝ち気な目つきを、はるかは真っ向から見返した。
「まこと。ヘルメットとグローブを貸せ」
 はるかは、カートをざっとチェックし、アクセルとブレーキの具合だけを少
しいじった。そして、ヘルメットを被る。
「亜美。タイムをちゃんと計っとけよ」
 そう言い残すと、はるかはカートを押してコースに出た。

 2周目までは、カートを左右に揺するように走った。そして3周目。はるか
はピット前を駆け抜けるときに、軽く手をあげた。
 亜美は驚いた。ちらっと見ただけで、はるかはあのラインを完璧にトレース
していった。そして、タイム計測のラインに戻ってくる。
「43秒8…」
 次の周は43秒9。手動である誤差も考えれば、ほとんど同じタイムだ。亜美
とまことは、改めてはるかのテクニックに驚いた。
 5周目に、はるかはまたカートを揺するような走りを見せた。そして、ピッ
ト前に来たときに、亜美に向けて指を突きつけた。
 その次の周。亜美もまこともさっきの驚きなど較べものにならない、背筋の
寒くなる光景を見た。はるかがストレートを駆け抜けた。亜美はストップウォ
ッチを見て、さらに愕然とした。
「42秒6って……」
 次の周は途中で遅いカートを追い抜きながら42秒7だった。はるかは、亜美
の計算から導き出したラインとは、かなり違ったラインを走っていた。
 しかもはるかが操るカートが描くコーナーでの挙動は、亜美の推測を大きく
超えていた。コーナーでは縁石に乗り上げ、飛び上がり、時に真横を向く。当
然遅くなる要素ばかりだが、なのに速いのだ。ストレートではテクニックなど
関係なく、エンジンのパワーと重量だけがスピードを左右する。はるかの体重
がまことより際立って軽いとは思えない。カートは当然同じ条件。なのに、は
るかが走ったときのスピードは、まことの時より確かに速く見えた。自分の計
算を、物理の法則を無視しているとしか思えない気がした。

「もちろん、このタイムは根性や超能力なんかによるものじゃない。僕だって
自然の法則には逆らえないさ。ただ、カートを操る中には二桁じゃ足りない無
数のパラメーターが複雑に絡み合っている。レーシングドライバーは地上で最
も鋭敏なセンサーであり、最速のコンピュータなんだ。端から少し見ただけで、
分かったような口を利くんじゃない。帰るぞ、カートを片づけとけ」
「…」
「亜美ちゃん…」

 はるかは用を思い出したと言って、またひとりで先に帰ってしまった。
 帰り道。みちるの運転する乗用車の後席で、亜美は自分から一言も発しなか
った。自然と、まことも口が重くなる。
 みちるは何も口を出さなかった。ただ、車内には行きには掛けなかったCD、
パッヘルベルのカノン・ニ長調*が奏でるバイオリンの音だけが、静かに響い
ていた。


 To be contenued.


Next is Final Lap.
"act.3 Just be conscious"


作者注
1)*印はエヴァンゲリオン劇場版(総集編:DEATH)のラストに流れた弦楽四重
 奏を思い浮かべてくれると…嬉しい。
2)あと、作中のカートの描写についてはかなり適当に書いてますし、マジメに
 解説するとそれだけで行数が爆裂しますので、雰囲気だと思って読み流して
 ください(^^;。
 なんせ、私が実在する「新東京サーキット」走ったのなんて、もう7年近く
 前の話だ(^^;。ホームページで見たら、新装されていて全然コースレイアウ
 トも違うし…。



◎中書きのようなもの…
 は、はずかしぃ(^^;。
 某エヴァ系の流れから「もくもく亭」さんにお越しの方は、ご存じの方もお
 られるでしょうが、せらむんファンのみなさんには「初めましてです(^^/」
 のFunTomと申します。
 セーラームーンは原作コミックスもTVもちょっと摘み喰いしただけで、ロ
 クに知りもしない私が、こんな話を書くのは無謀というか、ファンのみなさ
 んには失礼かとも思いましたが、ひょんな思い付きからセーラームーン・フ
 ァン小説(もどき)を書いてみることにしました。一応(^^;、主人公はまこ
 ちゃんと亜美ちゃんで、しかもちょうど「もくもく亭」さんが1周年を迎え
 ましたので、便乗して(^^;掲載してだくことになりました。
 にもかかわらず、まだ完結していません(^^;<オイオイ。まあ、構想自体は
 出来ているので、近いうちになんとか終わらせたいと思います。
 なお、これを書くにあたってアドバイスなどを頂きましたまきのさん、RUI
 さん、さらに発表の場まで提供してくれましたひーやんさんには改めてお礼
 を申し上げます。また、みなさまにはご感想、ツッコミなどありましたら教
 えて戴ければ、幸いです。

21 Apr. 1998  FunTom


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