『 She resemble in mist.』



 霧に似ていると思った。
 まるで、こんな風に。

 まことは足を止めた。そして回りをゆっくりと見渡して、今迄歩いてきた方
向に視線を向けた。
 今朝は霧が深かった。これから進もうとする道も、通り過ぎてきた道も、数
十メートル先は白い空間に覆われている。ふいにまことは孤独感を覚え、瞬時
にそれを打ち消した。
「・・・木野、さん?」
後ろからの突然の声に驚いて振り返る。そこには穏やかな表情をした、みちる
が立っていた。
「・・・みちるさん」
確認するように名を呟く。
「どうしたの?こんなところで、立ち尽くして」
まことは少し困ったように笑って見せた。そしてやや躊躇してから、ゆっくり
と言葉を繋げた。
「・・・霧に、立ち止まったんです」
「霧?」
「霧に包まれているようなのに、触れられなくて、霧の深い方へ行こうと歩い
ても、辿り着けなくて。
・・・なのに、さっきまでいた場所が霧に包まれているなんて。・・・まるで
・・・」
(まるで私を避けているみたいだ)
声にならなかった言葉の続きに心が痛んだ。そうか、と自分の思っていたこと
に気付く。
 どんなに近付こうとしても、触れられなくて。
 側に居れば居るほど、どこかで遠さを感じてしまう。
(・・・改めて、見せつけられたみたいな気分になってたんだ)
まことはいつの間にか俯いていた。

 ーーー分かっていた。
 隣に居ても、ふいに遠さを感じる瞬間が、数え切れないときを埋めていた。
 けれど、それでもいいと思っていた。
 ただ、好きだったから。
 私に向けて見せてくれる笑顔。
 私を呼ぶ声。
 それだけで、いいと。

 「木野さん」
みちるの声にはっとして顔を上げた。みちるはまことにハンカチを差し出して
いた。まことはそれを見て、また困ったように笑う。
「みちるさん、私、泣いてたりしませんよ」
みちるはまことの言葉に首を降る。「違うわ」と。
「気付いていないの?」
「え?」
「髪、随分濡れているわ。いつから霧の中にいたの?」
みちるは、くす、と笑って見せた。まことは頼りなげな動作でみちるからハン
カチを受け取った。時計に目をやると、まことが家を出てからゆうに2時間は
経っていた。まことが自分の前髪に手を伸ばすと、冷やりとした湿り気が手に
伝わった。
「・・・霧って、あの子に似ているわね」
微笑み混じりでみちるが呟いた言葉に、まことは驚く。
「優しくて、冷たくて」
「・・・・・」
「今にも消えてしまいそうなの」
まことはうなずいた。少し、泣きたいような気分になった。
「でも、本当は存在がとても強いの」
「・・・・・」
「側に居ること、気付いていてあげられてる?」
まことに、みちるは悪戯気にまた微笑んだ。


みちるが霧のなかに消えて行くのを、まことはずっと見ていた。別れを告げて、
一度は足を進めたが、すぐに止まって振り返り、みちるが遠ざかってゆくのを
ずっと見ていた。


(みちるさんには触れられるのだろうか)
まことはみちるから受け取ったハンカチを握り締める。彼女と同じ、水の戦士。
(自惚れてもいいのだろうか)
自分の思い付きに照れくささを覚えて、まことは少し顔を赤くする。

 ーーー霧が髪を濡らすように。
 届かないようで、本当は側に居てくれると。
 そう、信じていてもいいのだろうか。
 ・・・信じてしまえるような気がした。

                              =END=


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