『メランコリーの軌跡』



「ごめんなさい、まこちゃん、今日は一人で帰るわ」
 敵との戦いで足を負傷し、片足を引きずる亜美に肩を貸そうとしたまことに亜美は、
そう言って一人で歩き出した。
 もう、どうしちゃったんだよ・・・。まことは、亜美の拒絶に驚き、心でそうつぶや
く。そしてひよっこ、ひょっこ、と片足を引きずり火川神社の階段を下ってゆく亜美の
背中を悲しそうな瞳で見つめるしかなかった。

「まぁこちゃん」
 普段なら背後から気配を感じさせずに近寄れるのはレイくらいなものだった筈だが、
その声は美奈子の物だった。
「んわっ!・・・ああ、なんだ美奈子ちゃんか・・・どうしたの?」
 まことは、調子の外れた悲鳴を一瞬上げると、声の主へ向き直る。
「どうしたのじゃないわ、亜美ちゃん送ってかなくていいの?」
「一人で帰るって・・・」
「あらら、亜美ちゃんに振られちゃったんだ」
「・・・まあ、そう言いたければ言っていいよ」
 まことは、美奈子の言葉に照れと苛立ち両方のこもったややつっけんどんな声で答え、
ぷいと横を向いててしまう。

「あらら、まこちゃんも、おかんむりか」
 <ふむ・・・>と腕を組み左手を顎へ持っていく「考える」のポーズを取る。やがて
そのポーズをとくと言った。
「でもこの愛のヴィーナスが、その難事件解決のヒントを教えてあげるわ」
 そして美奈子は、右手の人差し指を濡れたような唇へ持ってゆきウインクをしたのだ
った。
 本殿の回廊へ上がる階へ座ったまことと美奈子の二人は、残照の放つ熱のないオレン
ジの光に身を染めている。
「まず今日の戦闘のおさらいをしましょう」美奈子がいう。
「ああいいよ」

 亜美がその敵に襲われたのはどういう経緯だかは、はっきりしなかったが、どうやら
ここしばらく続いている「切り裂き魔」を追っかけているうちに逆襲を食らったという
のが本当のところのようだった。

          ☆        ☆         ☆

 真昼だというのに古い廃屋を囲む鬱蒼と茂った木々は、濃い影を作り出していた。
 さすがに一人でその廃屋へ潜入するのは躊躇われたが、今から仲間を呼んでいては逃
げられる可能性があったそのため、亜美は無理を承知でその廃屋へ「切り裂き魔」を追
って入り込んだ。
 だが、やはりそれは亜美をおびき出すために仕掛けられた罠だったようだ。
 軋む扉をくぐった途端に夥しい数の「蜘蛛」に取り囲まれた。
「誰かは知らんが、人の後を付けるのは良くないなお嬢ちゃん」
 深い闇の中に身を置く影が耳障りな声をかけてきた。
「人?おかしな事を言うわね、私にはどう見てもあなたは人には見えないわ」
 亜美は、そう言いつつ、左手の通信機の緊急呼集ボタンを押し込む。
 そしてジーンズ地のタイトスカートのポケットへ突っ込まれている棒状の物体へ手を
伸ばす。
「・・・お嬢ちゃん悪いが拳銃なんてものじゃこの私は倒せないんだ」
「ええ、そうでしょうね、あなたが狼男だったりするのなら銀のフルメタルジャケット
弾でも心臓へ打ち込めば、足を止める事くらい出来るでしょうけど。だけどお生憎さま、
これはそんな無粋なものじゃないわ!」
 亜美は、不敵にそう言い放つと、ポケット手の中の棒状の物体を力強く握り締め、心
の中でもう一人の自分の名を叫ぶ。

 亜美の姿は溢れる清冽な青い光に一瞬包まれ、水星の加護をを受し一人の戦士の姿へ
変わってゆく。亜美を取り囲んだ、無数の蜘蛛は、その一瞬の清冽な光に焼かれ、溶か
され、姿を失ってしまう。

 深い闇に包まれていた切り裂き魔自身もその光の洗礼を受け、苦しげなうめき声を上
げ、そして人への化身が解けるその正体は、蜘蛛の頭部に人の上半身が融合したような
形をしている。
「うぉおおのれっ!貴様何者だ!!」
 <しゃああああっ>という爬虫類が出す威嚇音と同時に、耳障りな人の声が混じる。
 だが、亜美は、相手に時間を与えなかった。
「名乗り合う必要はないわ!シャイン・アクア・イリュージョーーーン!!」
 極低温の水流が蜘蛛型妖魔を取り囲み、氷柱の中に封じ込めてしまう。

 だが、封じ込められたかに見えたのは、蜘蛛型妖魔の虚像でしかなかった。
「甘いねぇ」天井から声とともに無数の「槍」が振ってくる。
 亜美は小さく舌を鳴らすと、その槍を避けるため、入ってきた扉へ向かって身を投げ
出し肩からその扉をうち破り、草いきれのするエントランスへ転げ出る。
 さらに、二度三度と勢いを付けコンクリートの上を転がり、腕のバネだけで、エント
ランスから数メートル飛びすさり、腰を下げ片膝を付き見事に着地する。その後を、槍
が追いすがり、次々と地面へ突き刺さる。

 さらに、槍が繰り出され、亜美へ突き刺さろうとしたとき、電撃と金色のビームがそ
の槍をうち砕いた。
 亜美の背後には、いつの間にか、まことと美奈子が経っている。
「お待たせ、マーキュリー」「ナイスなタイミングで登場したみたいね」
「そろそろ来てくれると思っていたわ、ありがとう」亜美は、まことへ向かい礼を言う。
「あたしにはぁ?!」と美奈子が自分を指さし問う。
「ありがとう、セーラーヴィーナス」
「どういたしまして」と言いつつ「えっへん!」というホーズ取る美奈子。

「くる!」そう、まことが言うと同時に、黒いビームが、三人へ突入した。
 だが、それを食らう程、油断も、隙も彼女たちには存在していなかった。

 美奈子は、右へ、まことと亜美は左へ飛びそのビームを避けてしまう。
「おのれっちょこまかと!!」
 日の光の元に姿を曝すことを避けていた蜘蛛型妖魔だったが、小型妖魔が糸を使い作
り出したベールをまとい白日の下に姿を現した。

 そして3人目がけどす黒い糸を打ち出す。
 美奈子もまこともそれを、真上へ飛ぶことで避けた。
 しかし、亜美はサイドステップで避けようと足を踏み込もうとした、だか、足下は露
の多いタイプの草に覆われていた。踏みしめたその草が力を入れたとたんに滑った。
「え?!」という少し間の抜けた声が亜美の口から漏れる。
 踏ん張りきれず、前につんのめるように亜美の体が沈む。その踏ん張りきれなかった
左足へどす黒い糸がからみつく。
「あっぅぐぅぅぅぅっ・・・」
 亜美の足に激痛が走る。まとわりついたその糸がギリギリと音を立てて、足首を締め
付けている。
 さらにその糸は、亜美の体を覆うように広がって行くのだ。
「マーキュリー!!」
 まことは、亜美へ駆け寄ると黒い糸を外そうと腕を伸ばす。

 だがそこへ最悪のタイミングで、うさぎが飛び込んできた。
「あははは、遅れちゃったお待た・・・せぇうあええああああっ!なに!なに!あんた
なに?!!」

 その突然現れたうさぎへ向け、妖魔は、無造作に鋭く尖った前肢を繰り出す。
 まことは、その時、亜美を優先させるべきか、うさぎを助けるべきが瞬間の判断を迫
られた。
 そして亜美は、このとき、まことがうさぎよりも自分を優先させてくれることを望ん
でしまった。
 <行かないで>と目でまことへ訴えてしまった。

 だが、まことは、生命へ危機の大きさで判断した。
 まことがうさぎの体へ飛びつこうと動き出したとき、レイと美奈子の必殺技が妖魔を
捉えた。
「マーズ・フレイム・スナイパー!!」「ヴィーナス・ラブ・アンド・ビューティショ
ック!!」

 美奈子のVLnBSが、妖魔の前肢をうち砕き、レイのMFSが、妖魔をうち砕いた。
 亜美を締め付けていた黒い糸も、妖魔が消滅すると同時にの力を失い、シュウシュウ
と音を立て、消滅して行く。
「まったく、セーラームーンは、もうすこし状況を見て飛び込みなさい!!」
「えへへへっ、ごめぇん」
 尻餅をつきつつ、背後に降り立った、レイを見上げ照れ笑いをするうさぎだった。

「大丈夫?マーキュリー」
 まことは、亜美へ手をさしのべる。
「ええ、大丈夫・・・」その手にすがり足を引きずりつつも立ち上がる亜美。
 だが、その亜美の瞳は、まことを見てはいず、うさぎをじっと見つめ続けていた・・
・。

          ☆        ☆         ☆

 すっかり暮れて、金星すらも地平の向こうへ隠れた火川神社の階に、座り込み話し込
むまことと美奈子の姿がある。
「亜美ちゃんは、きっとまこちゃんに助けて欲しかったのよ」
 まことの顔をのぞき込む言う美奈子。
「・・・それは判っているよ、だけどうさぎちゃんがあのとき危なかったのは事実じゃ
ないか」
「そうよ、亜美ちゃんもそれは判っているわ」
「じゃあどうして・・・」
 思わず声に力がこもる
 <分かんないよ・・・亜美ちゃんだってうさぎちゃんへの思いは判っているはずじゃ
ないか、同じ思いの筈じゃないか・・・>
 まことの心が、そう泣きたくなるような思いに捕らわれかけたとき、ようやくまこと
は1つの解答を見つけたような気がした。

 美奈子には、その時まことの表情がふっと吹っ切れた様に見えた。そして問う。
「判った?」
「・・・と思うよ、ありかとう美奈子ちゃん」
 ゆっくりとうなづくまことの唇へ美奈子は自らの唇を「ちょん」と押し当て言う。
「これは、愛のヴィーナスのおまじない「世界で一番短いキス」絶対これで仲直りでき
るから、がんばるのよ」
「うん!」
「じゃあ、しっかり亜美ちゃんを慰めて上げるんだぞ」
 美奈子は、そう走って行くまことの背中へ向かってつぶやいた。

 その美奈子の足下へ白い獣が擦り寄ってくる。
「お疲れさま」美奈子に抱き上げられながら言う。
「どういたしまして」美奈子は、その獣の頬へ自分の頬を摺り寄せた。

 亜美は、一人自分の部屋へこもっていた。
 自分が許せなかった。あの時、まことには、うさぎちゃんを助けるよりも自分のそば
に居てほしかった、自分を優先してほしかった。そして、そう思ってしまった事が、許
せなかった。

 玄関のチャイムが鳴る。
 誰だろう・・・出たくない・・・。
 しつこい、こんな時間なのに。

 そのとき亜美は、気が付く「こんな時間」にいったい他に誰が来るというのだ・・・。
部屋を出て、インターホンへ手を伸ばす。
「ど・・・どちらさまですか?」
「亜美ちゃんあたし、開けてくれる?」
 思ったとおり、一番聞きたくて、一番きたくない人の声だった。
 うれし悲しい複雑な感情に鼻の奥がつぅんと痛くなった。
「駄目・・・今日は駄目」
「亜美ちゃん、聞いて、今日はごめん、あたしがもっと強ければ良かったんだ。
 そうしたら、亜美ちゃんもうさぎちゃんも・・・二人とも助けられたんだ・・・。
だから、自分を責めるのは止めて」
「違うわ、そうじゃないの・・・」
「ね、亜美ちゃん部屋に入れてくれるかな?」
「・・・うん・・・」
 チェーンを外す音と、ロックを外す音がして、ゆっくりと目を真っ赤にした亜美の顔
が現れる。
 まことは、ドアの隙間へ体を滑り込ませ片手で亜美を抱きしめつつ、ドアをすばやく
後ろ手に閉める。

「怒らないで聞いてくれる」
 自分の胸の中にすっぽりと入ってしまう華奢な少女を抱きしめながら耳元へ口を持っ
てゆきゆっくりと言う。
「亜美ちゃんさ、うさぎちゃんにジェラシー感じてるんだと思うんだ」
 腕の中の少女は、ふるふるとかぶりを振る。
「でも亜美ちゃんは、自分が許せないんでしょう?」
 ゆっくりと頭が縦に動く。
「どうして自分が許せないのか、もう一度よく考えてみて」
 <え?・・・>
「・・・亜美ちゃんは、あたしがうさぎちゃんに取られちゃったような気がしてるんじ
ゃないかな?」
 再び少女はかぶりを振る
「そんなことない?・・・でもそう思った自分が許せないんだよね?」
 ゆっくり縦に動く。
「それは、亜美ちゃんがうさぎちゃんを大切に思っている証拠でしょ?
 だから、それはとても大切な気持ちだと思う。
 それは、あたしたちみんなが胸の底で・・・セーラー戦士として存在し戦うための
「コア」として持っていなくちゃいけない気持ちだから。

 だけど、それだけの為に水野亜美っていう1人の女の子が居るわけじゃないだろ?
 うさぎちゃんに、ジェラシー感じたっていいじゃないか、それが亜美ちゃんなんだか
ら・・・。
 セーラーマーキュリーである亜美ちゃんも、そういう感情もっている亜美ちゃんも、
こうやってあたしの腕の中で泣いてる亜美ちゃんも、どんな亜美ちゃんだって全部まと
めてあたしが大好きな亜美ちゃんだもの」
 そのまことの言葉に小さく亜美が問う
「ほんとう?」
「ほんとうだよ、あたし「まだ」全部の亜美ちゃんを知ってるわけじゃないけど、全部
の亜美ちゃんを好きになる自信があるよ、だから自分を嫌いにならないで」
 亜美の頭が小さく縦に振られ「うん」と小さく声が聞こえる。
 まことは、ゆっくりと腕を解き、亜美を自分の腕から解放する。
「こんばんわ、今は泣き虫な亜美ちゃん?・・・うん大丈夫、泣いてる顔も可愛い」
まことは、両手を亜美の頬へ押し当て、親指でながれ下る真珠の粒をそっと拭う。
「もう、そんな泣き顔なんてまじまじ見ないで恥ずかしいわ」
「恥ずかしがってる亜美ちゃんも可愛いよ」「・・・ばか」

 そして華奢な少女が、すこしだけ背伸びをして、ゆっくりと二人の影が1つに重なっ
た。

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「メランコリーの軌跡」Fin                By 九条 公人
                   fom
HTTP://www.raidway.or.jp/~kimito/


あとがき

もくもく亭さん、7000HITおめでとうございます。
なぜか(^^;
トップページを見たら、まこ×亜美小説プリーズという電波がビシビシ飛んできたの
で最近書いてなかった甘党な話を書いてみました。
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     Writing system KimitoKujyou & PC-9821An & WZ Editor V3.0 & Atok11
                 & Libretto30 & WZ Editor V3.0 & MS-IME95
                    WRITE START DATE 1997/10/25 AM:2:00
                       E N D DATE 1997/10/25 PM:2:05
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