『ALONE』



 休日のファーストフード店の中は人がひしめきあっていた。店員が慌ただし
く、営業用スマイルのまま動き回っている。まことは窓際の席に座ったままコ
ーラの紙コップを軽く振った。中で氷がカシャ、と小さく音を立てる。突然の
雨に追われてきた人達で、まことの隣にも人が一つ分の席を空けることなく他
人がいた。
(走って帰っちゃおうかな)
 まだ三分の一も手をつけていないポテトを口に放り込みながら、まことは小
さなため息をついた。
 人込みは、余り好きじゃない。自分が一人だということを、思い知らされる
から。
 こんなふうに、笑いあっている人達の中で、ただ、自分は一人なのだと、思
い知らされる。
 一人でいることが嫌なわけではない。誰かといることによって生まれてくる
イザコザというものの煩わしさも知っている。
 ・・・けれど。けれど、そのことが不意に寂しくなるときは、確かにあって。
「ここ、いいですか?」
「え、あっ・・・・」
 耳に届いた声が自分に向けられていることに気付き、まことは視線を窓の外
から声のした方へと向ける。
「・・・どうぞ」
 声の持ち主の顔を見て、すぐに立ちますから、という言葉が喉の奥に詰まっ
た。変わりに「あれ?」という疑問の台詞が頭に浮かぶ。
 彼女はすみません、と一言口にすると、コーヒーのカップがひとつ乗ったト
レイを置いて、まことの目の前の席に座った。そしてひとつ息をつくと、カバ
ンの中から本を取り出した。その様子を見ながら、この子も雨宿りか、と思う。
丁寧にカバーのかけられた本越しに、彼女を見る。短く揃えられた、蒼い髪。
伏せがちのその瞳は、凛々しいとも言えそうな冷たい印象がある。彼女がコー
ヒーのカップを取る動作にハッとして、まことは窓の外へと視線を戻した。
 窓ガラスに、雨の雫が流れ落ちてゆく。暫くまことはボンヤリと窓の外を見
ていた。人達の話声が途切れることなく、けれど遠く聞こえていた。
(あれ?)
 まことの頭の中に、もう一度疑問符が持ち上がる。そして、ポテトをつまみ
ながら、まことはもう一度彼女の顔を見た。彼女は先刻と同じ様に本を読み続
けている。まことは自分の頭の中から、帰ろうという考えが消えていることに
気付いた。まるで今、ここに待ち合わせの相手が、来たかのように。
(なんで、そんなこと思うんだ?)
 まことは自分自身に疑問を投げかける。たいした言葉を交わしたわけでもな
い。先刻までと自分の行動も何一つ変わっていないはずなのに。ただ、彼女が
いるだけで。まるで、自分の居場所を見つけたように。他人と向かい合って座
っている。混んでいるこの状態でなければ、ありえないようなそのことが、ま
ことには自然に感じられた。
「あの・・・、何か?」
 戸惑いがちに出された言葉に、まことはハッとする。いつのまにかまっすぐ
に彼女を見ていたらしい。
「あっ・・・とっ」
 まことは困った様に額に手を当てた。
「えっと、あのっ・・・」
 しどろもどろな言葉に区切りをつける様に少し黙り込むと、まことはゆっく
りと言葉を綴った。
「・・・前に・・・どっかで、会ったこと、ない・・・?」
 まことの言葉に、目の前の彼女はきょとんとした瞳を見せる。その瞳を見て、
まことは「あるような気がする」と、心の中で繋げる。まことを見つめる、蒼
い、蒼い、吸い込まれそうな大きな瞳。
「あ、あ・・・のねっ、まるで・・・こうして向かい合っていることの方が、
当たり前のような・・・。そんな気がするんだけどっ・・・」
まことは上目がちに、きよとんとしたままの彼女を見る。
「・・・変・・・かな?」
「・・・変ですね」
「・・・やっぱり?」
 間髪いれずに冷静な声で帰って来た台詞に、まことは顔をひきつらせて笑う。
「でも、」
「え?」
「・・・私もそう思います」
「・・・え?」
 立場が逆転して、今度はまことがきょとんとしてみせ、彼女の方が少し顔を
赤らめた。
「・・・この席に、来たのも・・・良く分からないんですけど・・・なんとな
く私を待っていてくれているような気がして。勿論、他に空席がなかったこと
もあるんですが」
 少しぎこちない、笑顔。彼女はそっと口元に手を置いた。
「ここで・・・座っていても、あなたがいてくれることの方が、自然な気がし
て・・・。・・・なんて、変ですよね?」
 照れ隠しの様に見せた苦笑いに、まことは思わず声を大きくした。
「でもっ・・・!」
(でも)
「・・・変じゃ、ないよ」
(変なんかじゃない)
「きっと、私、待ってたんだ・・・。あんたのこと・・・」
(待ってた)
 確信に近い気持ちで、そう呟く。
「・・・私も、あなたに、会いに来たんだと思います」
 彼女の見せた、まだぎこちない笑顔に、まことも照れくさそうに笑った。

                             END.


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