『美少女戦士セーラームーンS  ’94 X’mas特別編』



 冷たい木枯らしが落ち葉を舞い散らせながら通りを吹き抜けてゆく。
 12月の空はその透明感のように、地上の暖かさというものを宇宙へと解放
しているかのようだ。
 逃げてしまった暖かさを追うように、あるいは冷たい木枯らしにせきたてら
れるかのように、道行く人々の足どりも自然と早くなる。
(「師走」って、こんなとこからきてるのかも・・・・)
 足早に自分を追い抜いてゆく人々を見ながら、亜美はふとそんな事を思った。
「どうしたの? 亜美ちゃん」
「え?」
 不意に声をかけられたような気がして、亜美はいっしょに歩いていたまこと
の顔を見た。
 今は下校時間。
 学校が終わってから火川神社へ行く事が今では日課のようになっているから、
亜美の塾の無い日はうさぎも含めて3人で帰る事が多い。
「何か考えごと?」
「ううん」
 少し心配げなその表情に、亜美は慌ててかぶりを振った。
 もともとワイワイとおしゃべりするタイプではないのだが、思考がある点に
集中すると視線が自然と下がってしまう。その時の表情が、人によっては何や
ら悩みごとがあるように見えるらしい。
「みんな寒そうだなって思ってたの」
 師走の意味が云々などと言ったら笑われそうな気がして、亜美はまことに柔
らかな笑顔を見せた。
「なんだ、言ってくれればいつでも暖めてあげるのに」
 がばっっ。
「きゃ!」
「うさぎちゃん、何を--------」
 キザな台詞とともに背後からいきなりうさぎに抱きしめられ、亜美は短い悲
鳴をあげた。
 最初、亜美以上にびっくりしたまことは、一瞬うさぎをひきはがそうと手を
のばしかけたが途中で気がかわったのだろう、やれやれといった感じでポリポ
リと頬を掻いた。
「うさぎちゃ〜ん(^^;)」
 抱きつかれたままの亜美が困ったような声をあげる。
「へへー、はるかさんのまね」
「・・・・(^^;)」
 確かに天王はるかならやってもおかしくなさそうな行為だが、身長がさほど
変わらないうさぎと亜美では今ひとつ見栄えに欠ける。「抱きしめている」と
いうより「おんぶをねだっている」ように見えてしまうのは、うさぎの性格の
なせる技だろう。


 ぞくり、と背筋を走る悪寒に似たものを感じ、はるかは眉をひそめた。
「どうかしたの?」
 すぐにそれを察したみちるが問いかける。
「いや・・・・」
 みちるの声に、はるかは短く答えてフッと笑った。
「ちょっと寒いかなと思ったんだ」
「そう」
 言葉とは裏腹にオープンカーの速度をあげたはるかに、助手席のみちるはそ
れ以上なにも言わなかった。
(・・・・かなり寒い)
 リアシートのせつなはそう思ったが、こちらも何も言わなかった。


「うさぎちゃんらしいと言うか、なんと言うか・・・・」
 亜美と2人並んで歩きながら、まことはうさぎが消えた通りの方に目をやっ
た。うさぎは何を思ったのか、2人にそのまま歩いているように言うと、通り
のずっと向こうへと駆け出して行ったのだった。
 一体何をめざとく見つけたのか、亜美にもまことにもさっぱり分からなかっ
た。一緒に帰るとはいっても、毎回この調子で落ち着かないことはなはだしい。
 商店街へと続く通りの向こうには、この季節らしく大きなクリスマスツリー
が飾ってあるのが見える。
「そう言えば、もうすぐクリスマスだね」
「そうね・・・・もう1年もたっちゃったのね」
 亜美はそう言うと首にまいた白いマフラーに手を触れた。市販されているも
のよりもかなり長めのマフラーは、2つ折りにしてもなお亜美の顔の半分をす
っぽりと埋めてしまうくらいに大きい。
 まことの顔にふっと微笑がうかんだ。亜美の仕草にふと1年前のクリスマスの事を思いだしたからだ。
「またみんなでクリスマスパーティしようよ。今年は亜美ちゃんのために、ちゃんとしたの作るからさ」
 わざと冗談めかして言ってから、まことは亜美の顔を盗み見た。
「・・・・から」
 大きいマフラーにさらに顔をうずめるようにして亜美が何か呟く。頬が紅いのは、マフラーの暖かさのせいだけではないようだ。
「ん?」
 聞こえなかったふりをして、まことは亜美の顔に耳を近づけた。
「・・・・これ、好きだから」
「これ、好きだから…」
 1年前のクリスマスにまことが贈った白いマフラー。もともとは元基とペア
で使うためにまことが作ったものだったのが、とある経緯で亜美のものとなっ
ていた。
 最初のうちは貰った手前、大きすぎるのを気にしつつもつけていた亜美だっ
たが、1年たったこの冬ではすっかりお気に入りになっている。
 一方あげたまことの方も、毎日顔を半分うずめて登校してくる亜美を見ては
妙に照れくさい思いをしていたものだが、いつの間にやら慣れてしまって今で
は恰好のからかい材料にしてしまっていた。
「亜美ちゃんが良くってもだーめ。あたしの気持ちが許さないんだから。なに
しろ今見るとかなりいい加減に作ってあるからなぁ」
「ううん、そんなこと--------」
 作った当人が言っている事に、何も真剣に反論する必要はないのだろうが、
そういう反応が亜美らしくてまことは嬉しい。
「実を言うとね、もう作りかけてるんだ。マフラーじゃないんだけど。もっと
小さいもの。なにしろ5人分作んなくちゃならないからね」
「5人分?」
「そうだよ。一応ほら、みんなの手前亜美ちゃんだけにあげるって訳にもいか
ないじゃない。それともみんなに作ってあげちゃ駄目だったかな?」
「そ、そういう意味で言ったんじゃ・・・・」
 勿論そんな事はまことには分かっている。分かっていないのは亜美だけなの
だが、うさぎの性格がなかなか直らないのと同様、亜美のこの性格も当分は変
わりそうにないだろう。
「お待たせぇ。あれ、亜美ちゃんどうしたの? 顔あかいよ」
 小脇に紙袋を抱えたうさぎが息を切らしながら戻ってきた。
「う、ううん。なんでもない」
「うさぎちゃん、どこに行ってたんだい?」
 うさぎがこれ以上しつこく聞かないように、まことがさりげなく話題をそら
す。
「うん、あそこの通りにね、この前新しい鯛焼き屋さんができたんだよ」
 うさぎの方もそれ以上は気にせず手にした紙包みを差しだした。
「寒い季節はやっぱりこれよねぇ。はい、亜美ちゃん、まこちゃん」
 そう言って2人に鯛焼きの包みを手渡す。うさぎ本人はここに来る途中でも
う食べてしまったのか、口のまわりにあんこが少し残っていた。
「さんきゅ、うさぎちゃん、それじゃあいただきまーす」
「ありがとう、それじゃあレイちゃんのところに行ってからいただくわ」
「うぐ・・・・(@_@;)」
 さすがに亜美は歩き食いはしない。一方すでに鯛焼きの頭にかぶりついてい
たまことは、思わず胸をつまらせて目を白黒させた。
「駄目だよぉ、レイちゃんと美奈子ちゃんの分買ってないんだから。ここで食
べちゃってよ」
 こういう事を平気で言えちゃうあたりが、うさぎちゃんのいいとこだよなぁ
と、まことはつくづく思う。
「ここで?」
 案の上、亜美は戸惑いの表情を見せた。
「うん」
 うさぎも譲らない。
 仕方なく、亜美はカサカサと袋の口を開け、中の鯛焼きを手に取った。
「あれぇ? うさぎ、こんなとこで何してるの」
 と、その時3人の背後から声がかけられた。亜美が慌てて鯛焼きを袋の中に
もどす。
「ちびうさ。あんたこそなんでこんなとこにいるのよ」
 振り向いた3人の前に、学校から1度帰っておでかけ姿のちびうさが立って
いた。
「私はこれからほたるちゃんの家に遊びに行くの。じゃね」
「もう夕方だよ。御飯までにはちゃんと帰ってこなきゃ駄目だからね」
「分かってるー」
 ちびうさは3人に向かって手を大きく振ると、大急ぎでほたるの家の方へと
走って行った。
「ちびうさちゃん、毎日ほたるちゃんの家に行ってるんだね」
「うん、そうみたいだよ。いつも帰ってくるとほたるちゃんの話ばかりだもの。
聞いてて飽きないけど(^^)」
「とっても仲がいいのね」
 ちびうさに、ほたるに、それぞれの姿をだぶらせながら、3人はしばし遠ざ
かるちびうさの姿を見送っていた。
「・・・・亜美ちゃん、鯛焼き」
 不意に、うさぎが先ほどまでの事を思いだして言う。
「やっぱりここで食べなくちゃ駄目(^^;)」
「駄目だって(^^)」


 それから数時間後。ほたるの家で遊んでいたちびうさは、壁の時計のチャイ
ムの音に慌てて時間を確かめた。
「あ、もうこんな時間。ごめんねほたるちゃん。うさぎに夕御飯までに帰って
こいって言われているの」
 そう言うとちびうさは立ち上がった。ほたるといっしょにいるのは楽しいが、
うさぎに言われるまでもなく夕御飯の魅惑は捨てがたい。
「ちびうさちゃん、いつもみんなといっしょに夕御飯食べてるの?」
 玄関先までちびうさを見送りに出たほたるが、少し寂しそうな感じで訊く。
「? そうだよ。育子ママと謙之パパとうさぎと進悟とルナと私」
「・・・・いいなぁ」
 何か心の中に溜まっていたものを吐き出すかのような感じの言い方に、ちび
うさははっと顔をあげた。
「ほたるちゃん・・・・」
「お父さん、研究で忙しいから、私ほとんど夕御飯はひとりで食べているの」
 そう言われてみれば、とちびうさはこの家の家族構成を思いだした。
 これだけの立派な家に住んでいながら、ほたるの家には彼女の面倒をみてく
れるお手伝いさんやメイドの姿はない。
 強いて言えばあのカオリという助手がそうなのかもしれないが、彼女はあく
まで教授の助手であってメイドや、まして母親がわりではありえなかった。
 いや、カオリにしてみれば母親がわりになるつもりはあるのかもしれない。
ただそれは、ほたるに愛情がある訳ではなく、教授に近づくための手段にすぎ
ないという気がする。
(ううん、多分きっとそう)
 時折かいま見てしまうほたるとカオリの会話。それは部外者のちびうさから
見てもトゲトゲしいものだ。
 ほたるはカオリを好いてはいない。直接聞いた訳ではないがカオリの方もほ
たるを愛してはいないだろう。
「夕御飯、いつもほたるちゃんが作っているの?」
 ほたるが厨房にいる姿というのはあまり想像できないが、エプロン姿のほた
るというのもきっと素敵なんだろうなぁ、とちびうさは思った。
「ううん。お父さんが作るときもあるし、カオリさんがつくる事もあるわ」
「へえ、あの人も夕御飯作ったりするんだぁ」
 これまた意外なことを聞いてちびうさは声をあげた。
「でもここだけの話ね・・・・」
 ほたるはドアの方を見ながら声をひそめた。そしてちびうさの耳に口を近づ
ける。
「すっっっごく不味いの」
「!」
 口にあわないとか、おいしくはないとか、まわりもった言い方を一切排除し
たその評価にちびうさは思わず声を呑み込んだ。その様子がおかしかったのか、
ほたるは口元に手をあてるとククッと笑った。
「だからカオリさんが作った時はあまり食べないようにしているの。お父さん
はね、ちゃんと食べなさいって言うんだけど、味については何も言わないから、
きっとカオリさん私のだけに何か入れてるのね」
 ほたるの表情がふっとかげる。
(あ・・・・)
 不意に、ちびうさはどうしようもなく悲しくなった。
 家族団らんの夕食の時。それはあまり父親にかまってもらえないほたるにと
って、学校での出来事やちびうさの事などを語って聞かせる数少ない時間だろ
う。だがその席には一緒にカオリもいるのだ。
 ほたるにとってカオリは家族ではない。いても楽しくない人が、楽しいはず
の時間にいつもいるとしたら・・・・。
 さっきのほたるの「いいなぁ」には、その想いの全てがこめられていたのだ。


 ぐつぐつぐつぐつ。
 鍋が煮立っている。
「砂糖・・・・塩・・・・胡椒」
 地下の研究室。
 大型のごとくの上のひと抱えはありそうな大きな鍋に、土萠教授は仕上げの
調味料を入れておたまでぐるぐるかき回した。大きく切られた色とりどりの野
菜が、おたまの動きにあわせてスープの海に見えかくれする。人参、じゃがい
も、玉ねぎ、そして香草の類か?
 味が全体に染み渡るように丹念にかき回した後、小まめにアクを取り除き小
皿にスープを取り分けておもむろに味見。
「うむ」
 眼鏡が炎を反射してキラリと光る。
「最後の仕上げは・・・・」
 出来映えに満足したらしく教授は大きく頷くと、鍋のふちに口を寄せてささ
やきかけた。
「愛情」
 どうやら彼は過去に見たとあるCMの影響を受けているらしい。
 火をとめ鍋にふたをした教授は、傍らに置いてあった野菜の入ったバスケッ
トの中から黄色いピーマンを取り出してひと口かじった。
 かじっっ!
「・・・・ふっ、ふっふっふっふっふっふっふっ」
 意味もなく笑いがこみあげてくる。
「ふっふっふぁっふぁっはっはっはっはっ」
 教授のまわりに炎がめらめらと燃え上がる。もし周りで見ている者がいたら、
そんなイメージを抱いてしまうような笑い方だ。
「はっはっはっはっうわーっはっはっはっはっはっはっ・・・・閃いたぞ!」

 Tulllll--------、Tulllll--------
 ウィッチーズ5改めウィッチーズ4の研究室に電話の音が鳴り響いた。
 Tulllll--------、Tulllll--------
 しかし、誰もとらない。
 Tulllll--------、Tulllll--------
 しかし、誰もとらない。
 Tulllll--------、Tulllll--------
 しかし、誰もとらない。
 Tulllll--------、Tulllll--------
 だからぁっっ、誰もとらないってば!
 Tulllll--------、Tulllll--------
「・・・・はい、ミメットですぅ」
 ついに根負けしてミメットは受話器を手にした。彼女はTVの人気番組であ
る『調理の達人』を見ていたところだった。調理が終わり、あとは試食と判定
だけという一番いいところだったのだが、さすがに教授を待たせすぎるという
のもまずかろう。普通の家と違って居留守は使えないのがつらいところである。
 いや、そもそも職場で居留守を使おうというミメットの方が、この場合ちょ
っと変なのかもしれない。
『ミメット君--------』
 受話器の奥から教授の声が聞こえてくる。
『次のターゲットは決まったかね?』
「は、はい。勿論ですぅ」
 受話器を右手から左手に持ち変えたミメットは、ディスプレイをTVから切
り替えると、素早くキーボードを叩いた。
 入力されたデータが解析され、膨大なファイルの中から1人の人物をディス
プレイに表示する。
『ちょうど良かった。私も今回の作戦にふさわしいダイモーンを用意したとこ
ろだ。あとで私の研究室に来るように--------』
「はぁーい」
 ミメットはディスプレイの前で元気よく手をあげて答えた。

「ミメット来ましたぁ・・・・?」
 それからすこし後、教授の研究室に足を踏み入れたミメットは、すぐに部屋
の雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。呼びだしたはずの教授の姿がない
のだ。
 カチッ。
 ミメットが部屋に入ってきたのに反応し、何かのスイッチが入る音がかすか
に聞こえた。
『--------さぁ、そろそろ主宰の登場する時間です』
 部屋のどこかにしつらえられたスピーカーから、日頃TVで聞き慣れたナレ
ーションが流れだす。
「?」
「ようこそ私の研究室へ」
 奥手にある階段の上から教授が姿を現す。
「??」
「お待ちしておりました」
 教授は階段をゆっくりと降りてくるとミメットに右手を差しだした。つられ
てミメットもその手を握る。
 いったいどこで手にいれたのか、教授は光り物を散りばめた黒い手袋をして
いた。 
「???」
「さて、今回のターゲットは誰かな」
「あ、はい」
 何がなんだか訳が分からなくなっているミメットだったが、教授に問われて
慌てて手にしていたプリントアウトを見せる。
「石鍋聖夜、フランス料理の天才シェフですぅ。フランスの3つ星レストラン
で料理長を務めたほどの人物なんですけど、帰国後は庶民派のフランス料理に
力を入れるとかで、お店は開かずに食材店とお料理教室をやっているんですぅ」
「相変わらず詳しく調べてあるねぇミメット君」
「はぁい、彼こんど『調理の達人』に出場するんですよぉ」
 言ってしまってから、今のは少しまずかったかな? とミメットは思った。
「料理にかけるピュアな心か、うむ」
 しかし教授は気が付かなかったようだ。いや、ミメットのそんな性格は今更
言っても仕方がないので諦めているのかもしれない。
「それでは今回の作戦にふさわしいダイモーンを登場させよう」
 そう言うと教授はうしろを振り返った。それにあわせて奥の壁の上から3つ
のスポットライトが、そこだけきれいに片づけられた床を照らし出す。
「さあ、よみがえるがいい、ダ・イ・モーーーーーン!」
 教授の声と同時に床の一部が開く。荘厳な音楽と『名状しがたい興奮に包ま
れた--------』という、これまたTVで聞き慣れたナレーションとともに、ク
リスマスツリー、サンタの人形、デコレーションケーキがせりあがってきた。
「もうすぐクリスマス。クリスマスと言えばツリー、サンタ、ケーキという訳
で用意したのだが・・・・さあミメット君、どれを選ぶ!」
「クリスマスツリー、お願いします!」
 とうとう教授のペースに引き込まれてしまったミメットは、高らかに叫ぶと
クリスマスツリーを指さした。
「おおっと、クリスマスツリーであります。クリスマスの代表的存在ともいえ
るクリスマスツリー。その頂に輝く星は、イエス・キリストの誕生の際、東方
の三賢者を導いたベツレヘムの星だと言われております。さぁ今宵、ピュアな
心に導かれるのは達人か、それともフレンチの雄者か!」
「教授ぅ(--;)」
 つい「アレ・キュイジーヌ!」と言いそうになった自分の事を棚にあげ、ミ
メットは『ひとりでカラオケ』をもった教授に冷たい視線を投げかけた。
「あ、いや、さすがにこのナレーションはなかったからねぇ」
 ボイスチェンジャーに改造した『ひとりでカラオケ』を通した声は、確かに
『調理の達人』のアナウンサーの声そっくりだった。
「・・・・(--;)」
「こういう事もできるぞ」
 なんとか取り繕うとする教授はつまみの幾つかを調節した。
「月にかわって、おしおきよ!」
「教授!」
 ミメットが呆れていた。このミメットを呆れさせるのだから、やはり教授は
只者ではない。
「・・・・すぐにこのツリーを使ってダイモーンの卵を作ろう」
 がっくりと肩を落とした教授は、力なくそう言うと壁ぎわに歩いて行きツリ
ーの幹を掴んで持ち上げた。残りの2つ、サンタとケーキは再び床の中に吸い
込まれていく。
「教授ぅ、前から不思議に思ってたんですけどぉ、ダイモーンをもっといっぱ
い作った方が、ピュアな心も狙いやすいんじゃないですかぁ?」
「いい質問だミメット君。実はダイモーンの卵は1度に1個しか作れないのだ
よ。なぜだか知りたいかね?」
「・・・・別にいいですわぁ」
「そ、そうか・・・・」
 威厳を取り戻せそうな質問だっただけに、あっさり引き下がられて教授は少
し残念そうだった。


「--------そう、そんなことがあったの」
 その日の夜。いつものように火川神社に集まっていた一同は、ちびうさから
ほたるのことについて相談を受けていた。
「分かるな、ほたるちゃんの気持ち」
 ちびうさの話を聞き終えたまことは、ふと遠い目をした。
 事故で両親を亡くした後、しばらくあずけられていた親戚の家での食事は楽
しいと呼べるほどのものではなかった。むしろ1人でいる時以上に、昔の事を
思い出してつらかったのだ。
「そうね」
 亜美もまことに同意するように頷く。
 彼女もまた、父親と母親の違いこそあれ、ほたると同じく独りきりの食事の
寂しさを知っている。
「ねぇまこちゃん、亜美ちゃん。私、どうしてあげたらいいの?」
「ちびうさちゃん・・・・」
 真剣な様子で尋ねるちびうさの姿に、亜美とまことは何か心が温まるような
気がした。
 ほたるが必要としているもの。そして彼女達がかつて必要としていたもの。
それは今のちびうさのように人を思いやる心。彼女達の思いを分かってくれる、
そんな存在なのだ。
「・・・・」
 亜美とまことは互いに目と目で頷きあった。
(ちびうさちゃんのこの気持ちを、ほたるちゃんに伝えてあげられたなら…)
「いい考えがあるよ。クリスマスにみんなでパーティをやろうと思ってたんだ。
ちびうさちゃん、ほたるちゃんも呼んであげなよ」
「ほんと!」
 まことの言葉に、ちびうさは顔を輝かせた。
「え? パーティって・・・・そ、そうよね。うん、そうそう、今年はみんな
でパーッと盛り上がっちゃおう」「大勢いた方が楽しいし」「そうよねー、な
んたってクリスマスだもんね」
 まことの口からはじめてクリスマスパーティの話を聞かされたうさぎ達は、
いきなりの事にちょっと戸惑ったが、すぐにその意図を察して調子を合わせた。
 もっともうさぎの場合、ちびうさとほたるの為という以外に、自分の楽しみ
の為という気持ちも混じっているだろう。
「ほたるちゃんのお父さんには、私達からもお願いしておくわ」
「ありがとう亜美ちゃん」
「そうと決まれば、明日っからでも準備をはじめないとね。もうあんまり日も
ないし。ケーキとお料理、今年も気合い入れるぞー」
「バタークリームっ!」
 腕まくりしてみせるまことに、すかさず美奈子のリクエストが飛ぶ。
「ま、まかせときな(^^;)」
 実は作るのが苦手なバタークリームケーキだが、ちびうさの手前難しそうな
顔をする訳にもいかずまことは苦笑いした。
「ねぇ、まこちゃん。まこちゃんにお願いがあるの」
 そのちびうさは、クリスマスパーティにほたるを呼ぶ事に決まった瞬間、あ
る考えが浮かんでいた。
「ん? 何だい、言ってごらんよ」
「私、ほたるちゃんにお料理を作ってあげたいの。ほたるちゃんに私の作った
お料理を食べてもらいたいの」
「ちびうさちゃん・・・・」
「ちびうさ、そんなこと言って大丈夫なの?」
 うさぎが心配しているような、それでいて半分馬鹿にしているような感じで
ちゃちゃを入れる。それもその筈で、うさぎの知る限りちびうさが作れるのは、
ごく簡単なケーキの類とカレーくらいだからだ。
「うさぎは黙ってて。お願いまこちゃん。私に料理の仕方を教えて」
 独りで夕御飯を食べる寂しさを知っているまことはまた、それとは逆に、い
やむしろそれだからこそ、誰かに作ってあげる楽しさや嬉しさも知っている。
「うん、分かったよちびうさちゃん」
 まことはちびうさの肩にポンと手を置くと、優しい瞳で頷いた。

 その翌日の十番商店街。
「料理はまず素材からだよ」
 通りを歩きながらまことが説明する。
「うんっ」
 元気よく返事をするちびうさ。
「本当にちびうさにまかせて大丈夫なのかなぁ」
「まこちゃんにまかせておけば、きっと大丈夫よ」「そうそう、うさぎもちび
うさちゃんを見習った方がいいんじゃない?」
「あらぁ、レイちゃんだって人のこと言えなんじゃないのぉ」
「美奈子ちゃんだって--------」
 その2人のうしろでは、うさぎを始めセーラーチームの一向がわいわいと騒
いでいる。結局のところ、みんなちびうさが心配なのだ。
「ほら、ここだよ。あたしは大概ここで材料を揃えるんだ」
 まことは商店街の中にある、1つの店の前で立ち止まった。
 そこは小づくりなビルの1階で、野菜や果物などが並べられているところは
一見八百屋のようだが、奥の方には肉や魚の類も置いてある。極小規模のスー
パーマーケットというのが一番近いだろうか。
「やぁ、いらっしゃいまこちゃん」
 店の奥から出てきた男がまことに声をかけた。歳の頃30くらい。頭に白い
コック帽こそ被ってないが、全体の服装はシェフのように見える。愛敬のある
口髭と柔和な光りを宿した目が印象的な人物だ。
「こんにちわ。ちびうさちゃん、この人は石鍋さんといってね、有名なフラン
ス料理のシェフさんなんだよ」
「こんにちわ、月野うさぎです」
 ちびうさがぺこりと礼をする。つられてうさぎたちも頭を下げた。
「まこちゃん、そりゃ昔の話だよ。今はスーパーの経営者謙、フランス風家庭
料理の先生さ」
「そんなことないでしょう。今でも料理の雑誌に名前が出てくるくらいなんだ
もの。でも、今日用があるのは料理の先生の方だけどね。実はこのちびうさち
ゃんに、基本的なことを教えてあげてほしいんだ・・・・」
「まこちゃん!」
 てっきりまことが教えてくれるとばかり思っていたちびうさは、まことのこ
の言葉にかなり驚いたようだった。
「そりゃあ、あたしにだって幾つかの料理の作り方くらいを教えてあげる事は
出来ると思うよ」
 まことは膝をおってしゃがむと、ちびうさの目を正面から見た。
「でも、それじゃあちびうさちゃんが作ったと言っても、考えたのはあたしっ
て事になるだろ。ほんとにほたるちゃんに食べてもらいたいもの。それを考え
るのはちびうさちゃん自身じゃなくちゃ。ね」
(私が、ほたるちゃんに、食べてもらいたいもの)
「うん」
 ちびうさは大きく頷いた。
「石鍋さん、実はね・・・・」
 ちびうさが納得したのを確かめて、まことは視線を石鍋に戻した。そしてち
びうさとほたるのこと、なぜちびうさが料理を作りたいと思うようになったか
をかいつまんで話す。
「そうか・・・・そういうことなら、そのほたるちゃんの為にもみっちりと仕
込まなきゃな」
 石鍋はそう言って、ちびうさの頭を手のひらでぽんぽんと軽く叩いた。
「よろしくお願いします」
 早くも緊張した様子のちびうさは、もう1度ぺこりと頭を下げた。
「料理の基本は心だよ。ちびうさちゃんはもう分かっているようだけどね。ど
んな料理だって、食べてくれる人の事を考えて作った料理はおいしいものなん
だよ。その人は何が好きか、何が嫌いか、味付けは? 食べてくれる人の事を
考えるというのは、そういう事だからね」
「それでね石鍋さん、授業料なんだけど・・・・」
 料理教室の先生に教えてもらう以上、払うものは払わねばならないだろうと
まことは思っていた。無論、多少まけてもらいたいという気持ちもあったが。
「そうだな・・・・教える期間が短いから、特別料金だな」
 石鍋は口の周りの髭を手でなでながらにっと笑う。
「う(^^;)」
「・・・・実は今度『調理の達人』に出ることになってね」
「えーっっ! あの超有名な料理番組に!」
 いままで黙って3人のやりとりを聞いていたうさぎは、石鍋が『調理の達人』
に出ると聞いてすっとんきょうな声をあげた。
「うん、ところが応援席に来てくれるような知り合いがいなくってね。ちびう
さちゃんに料理を教えるかわりに、君達にその番組の応援に来てほしいんだ」
「『調理の達人』に・・・・」
 まことはしばし絶句した。その番組はまことも好きで毎回見ているが、さす
がに目の前のこの人物が出場するとは思っていなかった。しかも、そこに応援
に行く事がちびうさに料理を教える条件だという。
「行きます行きます、絶対に行きます。それで、もう誰と戦うか決めたんです
か?」
「いやぁ(^^;) まだ決めてないんだ。まこちゃんどうかな、この条件で」
「え、ええ喜んで」
 想像をはるかに越える条件に、まことは1も2もなく頷いた。
「それじゃあ決まりだね。よし、ちびうさちゃんは今日から特訓だぞ」
「はいっ--------」

「料理にかけるピュアに心か・・・・あの男、危ないな」
 石鍋の店から少し離れた場所でこの光景を見ていたはるかが呟いた。
「敵の次の狙いは--------」
「おそらく」
 みちるの言葉に頷いたはるかは、もうその場に用はないとばかりに身をひる
がえした。
(食べる人の事を考えた料理はおいしい、か)
 そう言えばみちるの作ったものにまずいものはなかったな、などと思いつつ、
それを口にだすことはないはるかだった。


 数日の後、うさぎ達セーラーチームとちびうさは、『調理の達人』の収録ス
タジオ、通称キッチン・コロシアムに来ていた。
 キッチン・コロシアム。本格料理対決番組『調理の達人』のために作られた
このスタジオのセットは、まさに見る者を食の闘技場へと引き込むだけの威圧
感を備えていた。
 向かって正面に掲げられた和・洋・中3達人の写真は、料理の道に精通して
いる人間ほど、大きな圧力となってのしかかってくるのだろう。
 だがここに、そういう威圧感とは無関係の人間もいる。
「ほらほらまこちゃん、あの人ほら、料理記者歴40年のなんとかっていう人。
 あーっ、かのなんとかの直弟子の人もいるーっ!」
「(^^;)うさぎちゃん、もう本番始まるよ」
「あれ? ぷー」
 ひとりで浮かれているうさぎの横で、こちらはコロシアム内を興味深げに眺
めていたちびうさは、セットの陰にせつなの姿を見つけて声をあげた。
「え? どこ?」
 まさかこんな所に? と言いたげな様子でレイがちびうさの見ている方向に
視線を漂わす。
「ほらあそこ。ぷーぅ」
 ちびうさ達のいる視聴者席から階段を降りたあたり、スタジオの出口のすぐ
側にいたせつなは、ちびうさの声をとらえてそちらを振り仰いだ。
「スモールレディ」
 ちびうさ達と違って声に驚いたような響きは感じられない。もっともせつな
の場合、よほどの事がない限り感情を表には現さないだろう。
「ぷー、こっちこっち」
 しかしさすがのせつなも、ちびうさに大声で呼ばれ手招きされてわずかに表
情を崩す。ちびうさにとってせつなは、時空の扉の番人セーラープルートーで
ある以前に、大切な友達の「ぷー」なのだろう。
「スモールレディ、あまり大声を出すとはしたないですよ」
 視聴者席まで上がってきたせつなは、ちびうさにそう言うと軽くうさぎ達に
目礼した。
「ど、どーも(^^;)」
 初めて見る『調理の達人』のスタジオにうかれていたうさぎとしては、せつ
なの言葉に立場がない。
『本番10秒前でーす』
 スタジオ内に時間を告げるADの声が響いた。
「せつなさん、どうしてここに?」
 美奈子が小声で尋ねる。
 と、その時拍手が起こった。本番が始まったのだ。
 こうなるともう美奈子の視線はコロシアムの方へ行ってしまい、せつなが何
か答える前に質問は宙に浮いた形となった。
「もしかして、はるかさんとみちるさんも?」
 浮いてしまったその問を亜美が引き継ぐ。
 せつなは小さく頷くと司会者席の方に目をやった。が、亜美がつられてそち
らの方を見るよりも早く、うさぎ達の息をのむ音が耳に入った。
『今日のゲストはレーサーの天王はるかさんと、バイオリニストの海王みちる
さんです』
『どうも』『今晩わ』
 みちるは白を基調としたドレス姿、はるかの方は濃紺のスーツ。照明に浮か
びあがる2人の周囲に薔薇の花びらが舞散る。
「あ・・・・あの2人」
 言うまでもなく、表向きは一介の中学生にすぎないうさぎ達と違い、はるか
もみちるもその方面では次代を担う天才と目されているのだ。
 2人ともうさぎ達が来ている事は先刻承知らしく、ちらりと視聴者席の方を
見ると唇の端にかすかな笑みを浮かべた。あるいはこんな場に来ている自分達
を笑ったのかもしれなかった。
『挑戦者の入場です』
 キッチンコロシアムの主宰の声。
「・・・・・・・・」
 その時、レイは奇妙な違和感を感じていた。主宰の声もうさぎ達の拍手も耳
を素通りしてしまっている。違和感は、はるかとみちるの事だった。
(もしかして・・・・)
「ほら、レイちゃん始まるわよ」
 何か分かったような気がしかけたレイを、美奈子の声が現実に引き戻した。
 気がつけば石鍋は既に対戦相手を選び、主宰によりテーマ食材の発表が行わ
れようとしているところだった。
 主宰の手が、彼の前のテーブルに掛けられた布にかかる。
『さぁ、発表します。今日のテーマは--------』
 勢いよく布をはぎとる。
 そこには銀色のトランクが1つ。
「?」
 予定外のことにいぶかる主宰の前で、トランクは何の前触れもなく開いた。
そして、トランクの中から出てきた「それ」を見たとき、主宰はとっさに他の
言葉を思い出す事ができなかった。
「きょ、・・・・今日のテーマは」
「う・リスマスぅ」
 頭に星の被りものをし、全身に色とりどりの電球と飾りをつけ、背中には恐
竜の背のような感じで一列にもみの木を生やしたダイモーンが、石鍋の方を見
てニヤリと笑う。
 TVカメラは驚く主宰と達人、そして石鍋の姿を写しだした。
「ミメット!」
 驚いたのは主宰だけではない。事のなりゆきにうさぎ達もいっせいに椅子を
蹴って立ち上がっていた。
「さぁ、う・リスマスそいつのピュアな心をいただくのよ! アレ・キュイジ
ーヌ!」
 幸いなことにミメットは石鍋だけに目がいっていて、うさぎや他の観客に対
しては何の興味も持っていないようだった。それどろかTVカメラに向かって
1度言ってみたかった台詞を言えて至極御満悦の様子である。
「わかっただマス」
 う・リスマスはこくりと頷くと、ひらりとテーブルの上から石鍋の目の前に
飛び降りた。
『さぁ、大変なことになってまいりました--------』
 気をとり直した訳ではないだろうが、実況アナとしての習性が司会に再びマ
イクを握らせる。
「みんな!」
「うん!」
 うさぎが一同に目くばせする。誰しもが分かっているとばかりに頷いた。

「さぁ、おとなしくピュアな心をよこすマス」
 石鍋の両肩をがしっと掴んだう・リスマスは、唇をとがらすと石鍋の顔に近
づけた。必死の形相で2度、3度とそれをかわす石鍋。
「ああン、何やってんのよもう!」
 ミメットがいらついた声をあげる。
 う・リスマスは、それではとばかりに大きく口を開けて息を吸い込んだ。
「うわぁぁぁ!!」
 石鍋が悲鳴をあげる。
 それもつかの間。う・リスマスの吸引力にピュアな心の結晶を引きずり出さ
れた石鍋は、そのまま意識を失いがっくりと床に崩れおちた。
 キラキラ輝くその心の結晶をう・リスマスがごくりと呑み込む。
「さ、引き上げるわよ」
 う・リスマスにではなく、カメラ目線で言うミメット。モニターに写る自分
のアップがたまらなく美しく思える。
「お待ちなさい!」
 と、その時。背後からミメットに力強い言葉が投げかけられた。
「誰?」「何だマス?」
 振り向くミメットとう・リスマス。カメラが2人の視線を追ってパッと切り
替わり、いつも達人が登場するステージを写しだした。
「料理にかける人のピュアな心を狙い--------」
 ステージの左側から、右手に洋ナシを持ったジュピターとマーキュリーがせ
り上がってくる。
「--------その人達の神聖な勝負を乱すなんて許せない」
 右側からは胸の前で腕を組んだマーズとヴィーナスが、ミメットとう・リス
マスに鋭い視線を送りながらせり上がってくる。
 そしてステージの中央からは--------
「御存知、愛と正義のセーラー服美少女戦士セーラームーンと」
「セーラーちびムーンが」
 それぞれプリズムハートムーンロッドと、ピンクムーンステッイクを胸の前
で構えた姿で現れ
「月にかわって、おしおきよ!」
 完璧なまでの決めポーズ。
 ダダンッ、ダン、ダン--------
 効果音とともにカメラの視点が次々と切り替わり、セーラー戦士達を色々な
角度から写しだす。
「うーーーーーっ、う・リスマス、とっととやっつけちゃいなさい」
 明らかに演出負けしたミメットは、くやしそうに叫ぶと自分はさっさと身を
翻した。
「あ、こら待ちなさい!」
「お前の相手はこっちだマス」
 後を追おうとしたセーラームーンの前にう・リスマスが立ちふさがる。
「いいわねッ、いくマスわよッ!」
 う・リスマスはそう言うやいなや、体にぶらさがっている丸い飾りを引きち
ぎって放り投げた。
「よくないーーーっ!!」
 ドカァァツ!
 慌てて跳びのくうさぎ。床に落ちた飾りは派手な爆発音とともに飛び散った。
「やったわね。今度はこっちの番よ。バーニングーーーーーーっ」
「スパークリングーーーワイドぉーーーーーッ」
「マンダラーーーーーッ!」
「プレッシャーーーーーーーーーーーっ!」
 マーズとジュピターの攻撃がう・リスマスに襲いかかる。
「緑は大切にだマスっ」
 う・リスマスは身を屈めた。と、背中に生えたもみの木がミサイルのように
飛び出し2人の技を相殺した。
「もう一度っ!」
「マーズ、ジュピター、ここで火を使うのは危険だわ」
 再びバーニングマンダラを放とうとしたマーズをマーキュリーが引き留めた。
 この場はキッチンコロシアム。当然料理に使うための油が用意されている。
火災がおきればとんでもない事になるだろう。
「燃やさなきゃいいのね。ヴィーナス・ラブミーチェーーーーン!」
 ヴィーナスが光のチェーンをう・リスマスに投げつけた。
「こっちにもあるだマス!」
 う・リスマスがそう言うと、体に巻き付いていた電飾が素早く動いて蛇のよ
うにヴィーナスのチェーンを絡め取った。
「マーキュリーちゃん!」
 3人の技が封じられたのを目の当たりにしたセーラームーンが、最後の頼み
とばかりにマーキュリーの方を見る。
「シャインアクアーーーーー」
 言われるまでもなく、マーキュリーは攻撃態勢に入っていた。
「イリュージョーーーーーン」
 大量の水がどっとう・リスマスに襲いかかる。
「今年は大雪だマスっ!」
 しかしう・リスマスも負けてはいない。う・リスマスの体から、雪に模した
綿がはがれて飛び出し、シャインアクアイリュージョンに対抗して正面から激
しくぶつかりあう。
 技が拮抗すること数瞬。たっぷりと水を吸い込んだ綿がぼたぼたっと床に落
ちる。マーキュリーの技もまた、このダイモーンには効かなかったのだ。
「さぁ、覚悟するだマス」
「マーキュリー、ダイモーンの弱点を!」
 マーキュリーを背後にかばうようにして立ったジュピターが促す。
「ええ!」
 マーキュリーは大きく頷くとゴーグルをセットした。すぐに幾つかの分析デ
ータが表示される。しかしマーキュリーのスーパーコンピューターの力を持っ
てしても、そう簡単に回答は出てこない。
「う・リスマスーーーーーーッッ!」
 今度はこちらからとばかりにう・リスマスが叫ぶ。と同時に無数の柊の葉が
セーラーチームに発せられた。しかもこの柊の葉は、軸の先が針のように鋭く
なっているのだ。
「うわぁっ!」「きゃぁっ!!」「あうっっ」
「ジュピター、マーキュリー、マーズ!!」
 う・リスマスの攻撃に3人は壁に張り付けられた格好になった。
「そっちもだマス!」
 振り向きざまにセーラームーンとヴィーナスにも葉を放つ。
「あーっっ!」「くッ・・・・」
「セーラームーン、セーラーヴィーナス! あっ!」
 ジュピター達と同じように壁に縫いつけられたセーラームーンを助けようと
駆け出したセーラーちびムーンの前に、う・リスマスがたちふさがった。
「残るはお前だけだマス」
 技を放つべく手をあげるう・リスマス。
 ピピピピピ--------
 だがその時、マーキュリーのゴーグルから解析結果が出た事を示すシグナル
が発せられた。
「ます?」
 一瞬びくっとして振り向くう・リスマス。
「セーラーちびムーン、そのダイモーンの弱点が分かったわ。ピンクシュガー
ハートアタックで今から言う所を攻撃するのよ」
「うん、分かった」
 ちびムーンがこくりと頷いてピンクムーンスティックを取り出した。そして、
マーキュリーが探りだした敵の弱点を聞き漏らすまいと耳をすます。
「いい、そのダイモーンの弱点はサンタの飾りが下がっている2本の枝の真ん
中にある節目の中の柊の実よ!」
「え?」
「サンタの飾りが下がっている2本の枝の真ん中にある節目の中の柊の実よ!」
「えっ・・・・とぉ」
 ちびムーンは首をかしげた。順番をたどって整理しているらしい。
「よくぞ見破ったなマス。だがもう遅いんだマス」
「えーとえーと、サンタが着飾ってる日本の絵の漫画家の・・・・ピンクシュ
ガーハートあたっくぅ!」
 ちびムーンは途中で考えるのをあきらめた。
「いたた、いたたた、いたたたた。よくもやったなマス。許さないだマス」
 ちびムーンの間近に迫っていたう・リスマスは、この攻撃を避けきれずに身
をのけぞらせた。だがあてずっぽうの攻撃だったために急所には当たらず、す
ぐに復活する。
「逃げて、ちびムーン!」「ちびムーン!」
 たまらずにセーラー戦士達が叫ぶ。
「うわぁ!」
 う・リスマスの前からちびムーンはころげるように逃げだした。
 カカカッッ!
 その後を追うように柊の葉のナイフが床に突き刺さる。
「逃げても無理すマスーっっ」
 う・リスマスが逃げるちびムーンの背に向けて、葉を平行に投げつけた。数
十枚の鋭い刃が唸りをあげてちびムーンに迫る。
「!」「ちびムーン!」
「あっ☆・・・・痛い(;_;)」
 葉が届きそうになったその瞬間、ちびムーンはカメラのコードに足をひっか
けて前のめりに転んだ。その体のすぐ上を、数十枚の葉は空気を切り裂きなが
ら通り抜けていった。
「あぶないっ!」
 しかし安心するのも束の間、ちびムーンをしとめ損なった葉の進行方向には
『料理の達人』の審査員席があったのだ。
 一瞬ちびムーンの脳裏に料理記者歴40年の女性編集者や、かの有名な美食
家の直弟子の無惨な姿がよぎる。
「ワールドーーーーー・シェイキンッ!」
「ディーーーーーープ・サブマーーーーーージ」
「デッド・スクリーム」
 だが、柊の葉の攻撃は審査員席に達する前に、正面から飛んできた3つの光
球によって消滅させられた。
「セーラーウラヌス、ネプチューン、プルート!」
 いつの間にか審査員の3つの席には、外部太陽系3戦士が座っていたのだ。
「うーっ、また増えたマス」
 思わずたたらを踏むう・リスマス。
 
 カッ!
「うっっ」
 その一瞬立ち止まったう・リスマスのうなじあたりに何かが突き刺さった。
 それは、真紅に咲いた一輪の薔薇。
「い、いたいマス」
 カメラが一斉に薔薇の飛んできた方を向いた。
 このスタジオのセットの中で一番高い所にある司会者と解説者の席。両者と
も逃げてしまったその場所に、気を利かせた照明係がスポットを向けた。
 光りの輪の中に浮かびあがる白いマスクに黒マント。
「タキシード仮面さまっっ!」
 まさしくそれこそはタキシード仮面であった。
「私の記憶が確かなら、そこがお前の弱点のはず」
「ま・・・・す」
 タキシード仮面の言う通り。そこはまさに「サンタの飾りが下がっている2
本の枝の真ん中にある節目の中の柊の実」だった。
「あっ!」
 そして、そこが弱点であったことを証明するかのように、セーラー戦士達を
縫いつけていた柊の葉が消滅した。
「今だ、セーラームーン」
「はいっ! クライシス・メイクアーーーップ」
 タキシード仮面の声を受けたセーラームーンが、聖杯レインボームーンカリ
スの力を借りて二段変身を遂げる。
「う・・・・わたくし、かえりマス」
 う・リスマスがよろよろと立ち上がった。
「レインボーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
ハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーート
ムーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
・エイクっ!」
「・・・・それじゃ失礼しマス
      ・
       ・
        ・
         らぶらぶりーーっ\(×_×)/


 そして今日は12月25日。うさぎの家にはセーラーチームの面々と、ほ
たるの姿があった。
「ふうん、それじゃあちびうさちゃん、テレビに写ってたかもしれないんだ」
「そうなのよ、それなのにセーラームーンがね。スタジオを目茶区茶にしちゃ
ったからぁ」
「ちょっと待てい!」
 ちびうさはほたるに先日の出来事を話して聞かせているところだった。結局
映像的におもしろいものは撮れたのだろうが、番組としてはとても放送できる
ものではなかったらしい。
「目茶区茶にしたのは主にセーラーマーズでしょうが!」
「ぶっ、うさぎっ!」
 レイは思わず飲んでいたお茶を吹きだした。
「レイちゃん汚ぁ〜い」
「誰のせいよ、だ・れ・の」
「?」
 ほたるにはまだ、なぜレイがセーラーマーズの事に過敏に反応するのか分か
らなかった。その顔を見ていたちびうさはふと、いつか本当の事を話す日がく
るのだろうかと思った。
「ほら2人とも、今日はパーティなんだからさ。喧嘩なんかしてないで。じゃ
ちょっと早いけどここで私からみんなにプレゼント」
 うさぎとレイをとりなしたまことは、うしろに隠し持っていた紙袋を取りだ
した。
「はい、うさぎちゃん」
「わ、かわいい。手作りの手袋だね。まこちゃん器用(^^)」
「へへっ、木野まこと2年目の習作だよ」
 それぞれのイメージカラーの毛糸で作った手袋。
 昨年より小さいものってこれだったんだ、と亜美はひとり納得した。
「1年目は何だったの?」
「それは秘密です(^^) はい、レイちゃん」
 ちょっとうつむいてしまった亜美に気付かぬ風に、まことはレイに赤い手袋
を手渡した。
「ありがとう・・・・マフラーとか?」
 まことは思わず苦笑した。レイは多分知ってて言っているのだろう。
「そうだったかもね、はい美奈子ちゃん」
「ありがと・・・・白いやつ? 亜美ちゃんがいつもしてるのみたいな」
 愛と美の戦士にも隠し事は無理かもしれない。
「どうかなぁ(^^;) はい、亜美ちゃん。はい、ちびうさちゃん」
「あ、ありがとう」
「わぁ、まこちゃんありがとう」
 亜美には水色の、ちびうさにはピンク色の手袋を渡したまことは、最後にほ
たるの前に白い毛糸で織った手袋をさしだした。
「はい、ほたるちゃん」
「私に?」
「前に言っただろ、ちびうさちゃんの友達は私達の友達だよ」
「ありがとう・・・・」
「さぁ、そろそろ本日のメインといきましょ」
 どう言っていいのか分からない風のほたるをみて、美奈子はつとめて明るく
話題を切り替えた。
「この日のために練習したんだから。ほたるちゃん期待しててね」
「??」
「そ、それじゃあ最初にうさぎちゃんに挨拶してもらいましょう」
 今回のクリスマスパーティの趣向上、司会・進行役になってしまった亜美が
うさぎを促した。
「あ、挨拶(^^;) 亜美ちゃん、何もそう形式ばらなくても」
「いーじゃんうさぎちゃん、何か言いなよ」「ほらほら早く」「よっ大統領!」
「えと、それじゃあ・・・・」
 レイ達にせかされて、うさぎは仕方なく立ち上がった。
「えー本日はお日柄もよく・・・・」
「何言ってんのよ(^^;)」
「もういいわ、私がやるっ」
 うさぎに愛想をつかしたちびうさは、そう言うと立ち上がってほたるを見た。
「ほたるちゃん、今日はね、ほたるちゃんに私が作ったお料理を食べてもらい
たいの。ほたるちゃん、この前言ってたよね、夕御飯ひとりで食べる事が多い
って、楽しくないって。ごめんね・・・・私、ほたるちゃんに聞くまで1人で
食べる寂しさなんて、全然考えたことなかった」
「ちびうさちゃん・・・・」
「私、自分でお料理なんてした事なかったから、あんまりおいしくないかもし
れないけど・・・・ほたるちゃんに食べてもらいたくって、みんなで食べるの
って楽しいって、ほたるちゃんに教えてあげたくて、だから・・・・」
「ありがとう、ちびうさちゃん」
 ほたるの目は少し潤んでいた。ちびうさが、こんなに自分の事を考えていて
くれた事がたまらなくうれしかった。
 ぱちぱちぱちぱちぱち--------
 うさぎが手を叩いた。亜美も、レイも、まことも美奈子も、ちびうさとほた
るに暖かい拍手を送った。
 ほたるは右手の指で涙を拭うとちびうさに笑いかけた。うさぎ達に拍手され
て照れたようにうつむいていたちびうさも、ほたるの方を見てにっこりと笑っ
た。


「それじゃ、ちびうさちゃんのお料理をいただきましょう」
「すごい・・・・これ全部ちびうさちゃんが作ったの?」
 テーブルの上に並べられた料理を見て、ほたるが声をあけだ。そこにはちび
うさが心をこめて作った料理が、ところ狭しとならべられている。
「うん」
 ちびうさは恥ずかしそうに頷いた。
「食べてみていい?」
「待ってて、今とってあげるね」
 メインデイッシュをちびうさ自らほたるの皿に取り分ける。
「いただきます」
 ほたるの動作を、ちびうさは、いやちびうさ意外のみんなも緊張しながら見
守った。
(食べてくれる人の事を考えて作った料理は、おいしいものなんだよ)
 ちびうさの脳裏に石鍋の言葉が甦る。
「どう? ほたるちゃん」
「・・・・おいしい!」
 ほたるがパッと破顔した。ちびうさの料理の味を、どの程度のものと予想し
ていたかは分からないが、誰でも彼女のこの表情を見れば、予想を大いに上回
るおいしさだったことは容易に想像がつくだろう。
「やったぁ、いただきー!」「あ、ずるい私もっ!」「私も」
 とたんにテーブルの周りは乱戦模様となった。
「だめーーーっ! ここからこっちはほたるちゃんの分なの」
 ちびうさが箸を使って料理の真ん中に線を引く。
「ほたるちゃん、好きなだけ食べてね」
「(^^)ありがとう、ちびうさちゃん」
 ほたるはクスッと小さく笑うと二口目の箸をつけた。
 彼女にとってこんなに楽しい気分の食事はとても久しぶりだった。あるいは
父親と一緒の食事のとき以上かもしれない。
「はい、ほたるちゃん」
 もっとこうしていたい。この人達と、ちびうさちゃんと一緒にいたい。そう
ほたるは願わずにはいられなかった。

                               END.

解説を読む


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