血液型は『血液』 型ではない!


2011. 12. 4 更新




名前が誤解の根源か?改名を望む!


「血液型人間学」でおなじみの故能見正比古氏が声を大にして強調されていたことではあるが、

血液型とはけっして『血液』だけの型ではない。

その実体は、髪の毛の先から爪先にいたるまで全身くまなく分布する、

脳を含む全身の『体質型』・『材質型』なのである!


最近では『糖鎖』の研究も進んでいる。

ABO式は『糖鎖』そのものである。

全身の細胞に存在する『糖鎖』の違い、

それが現在『血液型』という名前で呼ばれているに過ぎないのだ!


その『体質型』が、血液を検査することにより判る。

血液の場合には、これが合わないと輸血できない。


 # 最初は、血液どうしを混ぜ合わせた時の反応として、発見された。

     当初は血液だけに存在するものと思われていた。

     だから「血液型」と命名された。

     その後全身に存在することが判り、学者達は『全身型』と改名しようとしたが

     既に、血液型という表現語が世界中に広まってしまっていて、定着してしまったのだ。


ではその『体質型』の正体とは何か?




『体質型』の正体は?


O型物質 … L・フコース

A型物質 … N・アセチール・ガラクトサミン

B型物質 … D・ガラクトース


という糖タンパクである。

これが髪の毛、皮膚、筋肉、内臓、脳、さらには汗や唾液などの分泌液にまで、

全身くまなく分布しているのである。

襟垢からもこの『体質型』が判る。

もちろん血液にも存在している。

血液中においては、赤血球に最も多く存在している。


このうちO型物質だけは、すべてのヒトに含まれる。

O型は O型物質だけを(但し、その絶対量はとてつもなく多い!)

A型は O型物質+A型物質を、

B型は O型物質+B型物質を、

AB型は O型物質+A型物質+B型物質をもつ。


O型は「非A」「非B」の意味、つまり『ゼロ』を意味するためにこの記号がつけられた。


少々単純に乱暴に言ってしまえば、

全身が『L-フコース』でできている (全身に含まれている) のがO型、

全身が『N・アセチール・ガラクトサミン』でできている (全身に含まれている) のがA型、

全身が『D・ガラクトース』でできている (全身に含まれている) のがB型、

ということが言えよう。


そしてそれらの違いが『体質差』となって、

見た目の『雰囲気の違い』にも滲み出てきているのではないだろうか?

♯ たまに、他人の血液型を言い当てるのを得意とする人がいるが、

  その人たちも無意識のうちに

 『体質的な違い』によるムードを感じとっているのかもしれない。



もういちど言おう。


『血液型』という名前がよろしくない!

それは本質を表していないからだ。


本質的には

『ABO式体質型』

『ABO式材質型』

『ABO式材料型』

『ABO式素材型』

『ABO式全身型』

あるいは

『ABO式バイオ・タイプ』

『ABO式バイオ・マテリアル・タイプ』

とでも、言うべきであろう。


また脳の体質・成分が違う(?)のだから、

脳の働き方の傾向や、

刺激に対する反応のしかた、

ひいては基本的な気質傾向に、

何らかの影響を与えているとしても、決しておかしくはない。


#補足


血液型と気質傾向の関係を否定する

反論意見の中には、

『脳にはBBB(血液−脳関門)というバリヤがある。

分子量の大きな血液型物質は通過できない。

だから、血液型は脳には影響を与えない。

よって、気質にも関係しない。』

というものがある。


しかし、これは間違いである。


BBBを通過しようがしまいが関係ない。


血液型(ABO式材質型)によって、

脳の材料自体が違うのである!

脳そのものが違うのだ!


(極端に言えば、『血液』なんてどうでもいいのだ!)


近い将来、ABO式の糖鎖と脳や身体の働きについて、何かが判ってくる可能性も高い。




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