Z で始まる人名。



ザデー Lofti Asker Zadeh 1921〜

 ロシア出身。アメリカのシステム理論研究者。 1921年2月4日,旧ソ連のアゼルバイジャン共和国バクーに生まれた。 1942年テヘラン大卒業後アメリカに渡り、
MIT の大学院で学び、 1949年コロンビア大で博士号を取得。 カリフォルニア大学バークレー校教授。 1960年代半ばまではシステム理論を研究。 1965年,輪郭がはっきりしないものの集合を扱う理論として,ファジー集合という考え方をしめした。 以降,人工知能をふくむ同理論とその応用に関して指導的立場にある。 1989 年,本田賞受賞。



エドワード・ザンダー Edward Zander 1947〜

 1987年にサンに入社,営業手腕を発揮し,社長兼COOにまで上りつめた。 サンを現在のような大きな会社に育てた立役者とみなされている。 2002年6月に退任,プライベート・エクイティ・ファンドに就職。 2004年1月5日,モトローラの CEO に就任。



ニクラス・ゼンストローム Niklas Zennstrom

 スウェーデン出身の起業家。 ピアツーピアのファイル交換ソフトウェアのライセンスを米国の企業に供与し,その後,同氏が管理する KaZaA をオーストラリアの投資会社であるシャーマン・ネットワークス社に売却した。



フィル・ジマーマン Philip Zimmermann 1954?〜

 
PGP の原作者,反核運動に携わり反核デモで逮捕された経歴もある。 反政府運動に政府機関が不当介入したのをきっかけに,平和のための反政府運動を支持する目的で暗号ソフト Pretty Good Privacy(PGP)の開発を始めた。 武器の輸出(米政府は暗号技術を武器とみなしている)の罪で起訴されると,多くの市民的自由の擁護者の積極的な活動で,政府に方針の見直しが迫られた。 1996年1月11日,米司法省が,ジマーマン氏とゴーン氏に対する起訴断念を発表すると,Pretty Good Privacy 社を創立し PGP の販売を開始したが,業績は不振だった。 1997年,破産同然だった会社を Network Associates(NAI)に売却し,上級特別研究員として迎えらる。 しかし,PGP の進むべき方向をめぐって, OpenPGP のオープン規格に取り組みたいとする彼の希望との間にギャップがあり,社の幹部たちと衝突を繰り返すことになった。 また,NAI は,クリントン政権には支持されたがプライバシー擁護派には忌み嫌われた『キー・リカバリー(キー修復)』のアイディアをたびたび採用しようとするとともに, PGP の最新バージョンのソースコードを公開して外部の専門家に裏口がないかどうかをチェックしてもらうことを拒んだ。 2001年1月退社。
 現在は Hush Communications のチーフ暗号技術者, OpenPGP Alliance の創設者でもある。 禁止されかねない状況になるまで,PGP を世界にむけてリリースすることで暗号化の合法性を守ってきた功績は多くの人々に認められている。



John Zuccarini

 アメリカでサイバースクワティングを行い逮捕された人物。 ドメイン名の不法占拠により何百万ドルも稼ぎ,紛らわしい Web アドレスを使って未成年者をポルノサイトへ導くことを禁じた新法『Truth in Domain Names Act』の適用第1号となる。 2003年9月にフロリダ州で逮捕され,有名サイトをもじったドメイン名を3000件ほども作った罪で起訴された。 それにアクセスすると広告サイト(多くがポルノ関係)に転送された。 12月10日,罪を認めたが,検察当局によると,広告主は報酬として最高で年間100万ドルを支払っていたらしい。



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